114 悩み相談とおあいこハグ
結局、今日は路地奥店はお休みにさせてもらった。
シフトに入っていた従業員は表通り店へ入ってもらうことになった。突然の変更となってしまったが、彼らは快く応じてくれた。
勤務場所の変更を謝罪すると、逆に、結構な心配をされてしまった。……今アルメは、自分で思っている以上にやつれた顔をしているらしい。
そうして従業員への対応を済ませて、一息ついて。
お茶を入れてテーブルに着き、アルメとファルクは改めてお喋りを再開した。
二人でゆっくりと過ごす時間は久しぶりだ。ファルクの落ち着いた声音は耳に心地よく、肩の力が抜ける心地がする。
アルメの話に区切りがついたところで、今度はファルクの話が始まった。彼にも仕事の悩みがあるそう。
上位神官の悩み、ということで、アルメは身構えてしまったのだけれど……背筋を伸ばしたアルメとは反対に、ファルクは糸が切れたように脱力した。
「――俺の方こそ、情けない悩みなのですが……担当している四歳の女の子が、なかなか薬を飲んでくださらなくて……」
「あら、それはそれは。お子様あるある、というお悩みですね」
「えぇ……ですが、お相手はそれなりに身分の高いお嬢様なので……詳細をお話することはできませんが、本当に、結構、困っています……」
ファルクは険しい顔でため息を吐いた。
薬を拒否するチビッ子の姿を想像すると、ちょっと可愛らしい気もするのだが、神官としては悩ましいことなのだろう。大切な薬なのかもしれない。
「飲みにくいお薬なんですか? 苦いとか、粒が大きいとか」
「液薬ですが、彼女曰く『悪魔と魔物とドブの水でできた毒薬』だとか」
「なるほど……それは嫌ですね。悪魔と魔物とドブの水の薬は、私でも飲めないかも……」
なにやら酷い薬らしい。聞いただけでも拒否したくなってしまった。
率直にそう言うと、ファルクは背を丸めてしょげてしまった。
「……アルメさんまでそんなことを言う……それなりに苦心して作っている薬なのに……。甘さを足してみたり、香料を混ぜてみたり……こんなに丹精を尽くしているというのに」
「何か、食べ物に混ぜたりしたら飲みやすくなりませんか?」
「お菓子やジュースに混ぜたりしています。ですが、そのせいで毎度、彼女のおやつの時間を台無しにしてしまって。ついには『白悪魔』なんて呼ばれるようになってしまいました……」
おやつを台無しにされて怒る気持ちもわかるけれど……悪魔と呼ばれて嫌われるファルクも可哀想だ。
「最近では姿を見せただけで逃げ出される始末です。変姿の魔法を使って容姿を変えて近づき、さりげな~く薬を勧めてみたりしたのですが……一瞬でバレて、変姿の首飾りを力一杯引っ張られました。――ほら、見てください、四歳児のこのお力」
ファルクはおもむろに首飾りを外すと、アルメに見せてきた。チェーンの繋ぎ部分が、一部歪んでいる。
この首飾りは強度に優れたミスリル製だというが、繋ぎの部分には別の金属が使われているのかもしれない。……と、思っておこう。
魔法が解けて、ファルクはキラキラとした白鷹の姿に変わった。が、麗しさに似合わない動作で、盛大に頭を抱えていた。
相手のために一生懸命作ったものを拒否される、というのは、なかなか辛いことだろう。その上、自分自身すらも嫌われてしまうなんて。
無邪気な子供は、時にポロッと大人にダメージを与えてくることがある。ファルクの話を聞くに、日々、彼はそれなりの攻撃を食らっていると思われる。
――さて、どうしたものか、と考える。
しょんぼりしている神官に、どうにか元気を出してもらいたい。
すっかり気力の抜けきった様子のファルクに、アルメは両腕を広げてみた。冗談めかして提案してみる。
「ええと、胸をお貸ししましょうか。先ほどストレスを散らしていただいたので、お返しに」
「……え?」
とりあえず雰囲気を明るくしよう、と思っての冗談半分の提案だ。
なんだかんだ、先ほどの抱擁でストレスが散った気がするので、ファルクにもお返ししておこう、と思ってのこと。
悪戯っぽく笑うアルメをよそに、ファルクは真顔で呆けた声を返してきた。ポカンとした顔がなんだか可笑しくて、アルメは調子づく。
「ふふっ、あなたもさっき同じことをしてくれたでしょう? 私をファルクさんのお父様だと思って、甘えてどうぞ」
「こんなに華奢な父ではありませんでしたが……」
少し考える顔をした後。
彼はゆっくりと席を立ち、アルメの隣に寄ってきた。アルメも応えて、席を立つ。
「――ですが、まぁ、せっかくお気遣いいただいたので。お言葉に甘えさせていただきましょう」
「どうぞ。これでおあいこですね」
内心、冗談半分、緊張半分で、結構ドキドキしているのだが。変に意識すると照れてしまって締まらないので、何てことない風を装っておく。
ファルクはそろりと身を寄せて、アルメと体を合わせた。――ところまでは、よかったのだけれど。
さっきみたいな、やんわりとした抱擁を想定していたのに……裏切られることになった。
腕の中にアルメをガッシリ閉じ込めて、ファルクはギュウと力を込めた。思い切り抱きしめられて、アルメは変な声を出してしまった。
「ぐえっ……! 潰れる、潰れる……っ!」
これは抱擁というより、羽交い絞めではなかろうか。
ファルクは力一杯ひと抱きすると、さっと離れていった。一瞬の抱擁だったが、彼の表情からは険しさが消えて、ふにゃりとした笑顔になっていた。
「ありがとうございます。ストレスが吹き飛びました」
「それはよかったです……」
体が潰れるかと思った、と文句を言ってやろうかと思ったのだけれど。文句よりも、すっかり火照ってしまったこの頬をどうにかする方が先だ。
アルメは氷魔法の冷却に集中することにした。




