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112 ストレスがじわじわと…

 少し時間を置けば、そのうち厄介な客も店を離れていくだろう。……と、考えていたのだけれど。


 アルメの予想を裏切って、令嬢三人組はあれからずっと、毎日アイス屋を訪れているのだった。


 新店が軌道に乗ってきたら、アルメの勤務は路地奥店メインに戻していこう、という計画を立てていたのだが。

 アルメが路地奥店に入る日は、そちらにも顔を出すようになってしまった。


 最初に路地奥店に出没した時には、思わずギョッとしてしまった。


 ブライアナ率いる令嬢一行は、アルメの自宅兼店舗を見回してペチャクチャ喋り散らしていった。


「こちらにもお店があると聞いたから来てみましたの。わたくし、すっかりアイスのファンになってしまって」

「でも、こちらのお店はなんだか野暮ったいですわね。ブライアナ様にはお似合いになりませんわ」

「お店の雰囲気だけでなく、アイスまで庶民臭いお味がしたらどうしましょう」

「アイスの味は表通り店と変わりませんから、ご心配なく……」


 アルメはどうにか、引きつった笑顔で対応したのだった。



 その翌日は表通り店で遭遇し、さらに翌日も遭遇し。


 次にアルメが路地奥店に入った時には、また令嬢たちがこちらの店に出没した。


 アイスを注文して、受け渡す。――が、ブライアナはグラスに添えた手をツルリと滑らせた。 


 ガシャン、とグラスが床で砕ける。飛び散ったアイスが、ブライアナのドレスの裾にシミを作った。


 彼女は真っ青な顔をして悲鳴を上げた。


「キャッ……! なんてこと! お父様に贈っていただいたドレスなのに! あなたの渡し方が雑だから……っ!」

「も、申し訳ございません……お怪我は――」

「いいから早く裾を拭ってちょうだい! あぁ、もう! シミが残ったらドレス代を請求させていただこうかしら……!」

「……」


 アルメは言葉を返す代わりに、静かに息を吐いた。


 彼女のこのセリフを聞くのは、もう二回目なのだった。つまり、彼女がグラスを落としたのは今回で二度目。


 一度目はそれなりに焦ってしまったけれど、二度目ともなると胸が重くなるばかりだ。


 じわりじわりと溜まっていくストレスから目を逸らしつつ、アルメは淡々とグラスを片付けた。


 ――さすがにここまで来ると、確信めいた考えが頭に浮かぶ。

 自分は令嬢たちの、嫌がらせ遊びのターゲットにされてしまったのだと――。


 不運なことに、目を付けられてしまったようだ。きっかけは恐らく、初回の注文ミスのいざこざだろう。


 アルメは渋い顔をして、盛大なため息を吐いた。


(はぁ……なんと厄介な……どうしましょう。一応、お客さんだし、強く出るのも微妙よね……)


 以前、フリオがアイス屋に現れた時には、スッパリと追い出してやれたのだけれど。フリオと違って、令嬢たちは一応、しっかりとアイスを食べに来ている客である。


 ペチャクチャ勝手なお喋りをして、アルメにしょうもないちょっかいを出すだけで……その他はごく普通の客なのだ。


 グラスを割ったブライアナは、償いとして多めの代金を置いていく。グラスの弁償と、無駄にしたアイスの分と。

 そして彼女たちは毎回、注文したアイスはペロリと綺麗に平らげて帰るのだった。


 ……半端に常識的な行動をされると、逆に怒るに怒れなくて困ってしまうのだった。


 どうにも処理できないモヤモヤだけが、胸の奥に蓄積されていく……。



 そんな日々が続き、アルメは頭を悩ませていた。

 

 ついぼんやりと考え込んでしまって、来店したファルクとのお喋りも上の空になってしまう日があった。

 

 ファルクは心配してくれたが、彼には事の詳細を話してはいない。『色々な客が来るから、接客対応が大変』という、ざっくりとした話はしたけれど。


 目を付けられてしまったのは、アルメの凡ミスのせいなので、自業自得のいざこざを愚痴るのもなぁ……という気持ちで、話すのをためらっている。


 延々と愚痴ってしまって、せっかくのお喋りの時間がどんよりとしたものになってしまったら嫌だなぁ……という思いもあり。


 ……何より、ファルクにつまらない思いをさせてしまうのが嫌だった。彼が愚痴を嫌って、店に来てくれなくなってしまうことを考えると、話せなかった。


 

 アルメは今日も令嬢たちに絡まれて、心身共にクタクタになって帰宅した。


 遅い夕食を食べて、シャワーを浴びて、ベッドに転がる。


 もう疲れ切っているはずなのに、なかなか意識が飛んでいってくれない。ぐるぐると、いつまでも考え事をしてしまう。最近、すっかり寝つきが悪くなってしまった。


 この前『クマでもできていますか?』と、ファルクに聞いたのだけれど……本当に、目の下にクマができてしまった。


 ベッドに転がったまま、枕元の白鷹ちゃんぬいぐるみを手に取って抱きしめる。祖母のやわらかなブラウスの肌触りが、心を慰めてくれた。


「このぬいぐるみ……作っておいてよかったわ……」


 ぬいぐるみを抱きしめると、いくらか気持ちがやわらぐ。

 白鷹ちゃんの助けを借りて、今夜もアルメはなんとか眠りについたのだった。


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