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111 厄介なお客様

 オープンから一週間が経ち、ようやく新店の営業にも慣れ始めた頃。

 また、対応の難しい客が来店したのだった。


 ウェーブのかかった長い金髪が美しい、貴族らしい身なりのご令嬢。そして彼女の連れらしき令嬢が、もう二人。


 三人組の令嬢たちは、カウンターに立つアルメにアイスを注文した。アイスを取り分けて、会計場所で受け渡す。


 が、そこでちょっとした揉め事が起きた。


 金髪の令嬢はグラスに伸ばしかけた手を止めて、顔をしかめた。


「わたくしの頼んだアイスはミックスベリーだったはずですが……こちらのアイスは、別のものに見えるのですが?」

「あら……? 申し訳ございませんが、お客様のご注文はバナナとベリーのマーブルアイス、ではありませんでしたか?」

「はぁ!? そんな注文していませんが? 聞き間違いを客のせいにするなんて、信じられないわ」


 令嬢はとげとげしい声音で言い返してきた。アルメは慌てて頭を下げて謝った。


「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。私の不注意によりご迷惑をおかけいたしました。お詫び申し上げます……! ただいま、ご注文の品をお持ちしますので、お待ちくださいませ」

「まったく……早くしてちょうだい」


 やれやれ、と令嬢がため息を吐くと、取巻きの令嬢たちがコソコソと喋りかける。


「あの店員……ブライアナ様をお疑いになるなんて……酷い方だわ」

「真っ先に人を疑うあたり、きっとお育ちがよくないのでしょう……ブライアナ様、おかしな店員にあたってしまって、災難でございましたね」


 ウェーブの金髪の令嬢はブライアナという名前らしい。


 アルメは改めて注文のアイスを取る。顔に浮かべた接客スマイルとは反対に、内心はガックリとしていた。


(よりによって、気難しそうなお客さんの前で、こんなミスをするなんて……私、疲れてるのかしら)


 仮にも店主という立場の自分が、聞き間違えの凡ミスをおかすことになろうとは。


 客の機嫌を損ねてしまったことに加えて、自分のちょっとしたプライドにも、少々ダメージを食らった気分である。


 新しく盛りつけたアイスを出すと、ブライアナと取巻きの令嬢たちは席の方へと歩いて行った。……それはもう、ペチャクチャと文句を連ねながら。


 令嬢たちが去ったのを見届けた後、アルメはようやく肩の力を抜いた。後ろで作業していたコーデルに謝っておく。


「すみません……お客さんを怒らせてしまいました」

「いえいえ、ミスは誰にでもあるから。――でも、アルメちゃんが単品のアイスの注文で間違えるって、初めてじゃない? お客さんが商品を勘違いしてたとかじゃなくて?」

「う、う~ん……どうでしょう。私の聞き間違え……だと、思うのですが。お客さんもそう言っていましたし。……すみません、慣れに任せて体を動かしていると、細かいところの確認がおろそかになってしまいますね。気を付けます」


 最近、新店に慣れてきたのもあって、気が緩んでいたのかも……。


 そう考えて、アルメはもう一度気を引き締めるのだった。




 

 そうして気持ちを切り替えて、翌日の営業を迎えた。


 ――が、せっかく切り替えた気持ちは、また憂鬱なものになってしまうのだった。


 ブライアナは二人の令嬢を連れて、今日も朝から訪れた。


 彼女はカウンターのアルメに目を向けると、令嬢らしい澄ました笑顔で挨拶の声をかけてきた。


「ごきげんよう。昨日食べたアイスが思いの外美味しかったものだから、また来てあげました。今日は注文を間違えないでちょうだいね」

「ふふっ、ブライアナ様ったら、なんてお優しいこと」

「せっかくブライアナ様と私たちがひいきにしてあげるのだから、誠実なお仕事をお願いしますわね」


 令嬢たちの軽やかな笑い声が、なんだかチクチクと胃に刺さる心地だ……。アルメはグッとこらえて、笑顔で接客を始めた。


「ご来店いただき、ありがとうございます。ご注文は――」

「わたくしたち三人とも、昨日と同じものを」

「……かしこまりました」


 ブライアナは、さも当然、というようにサラッと言ってのけた。が、この注文の仕方は店員としてはちょっと困る。


 連日、朝から夜まで、店には数えきれないほどの客が来るのだ。そして店員たちは、星の数ほどの注文をさばいていく。


 そういう忙しい店で、個別に客の注文を覚えておく、というのは至難の業である。常連客ならまだしも、一度来ただけの客となると、顔を覚えているだけでもすごいくらいだ。


 この令嬢たちとは、昨日ちょっとしたいざこざがあったから、アルメも注文をばっちり覚えていた。けれど、そうでなかったら忘れていたことだろう。

 それに、別の従業員を相手にこういう注文をされたら、対応できない。


 正直なことを言うと、困るからやめてほしい注文の仕方である。


(って、一応、お伝えしておくべきかしら……。いや、今日はやめておこうかな……穏便に、流しましょう)


 一言添えておくべきだろうか、と考えたけれど、やめておいた。昨日の今日だとまた機嫌を損ねてしまいそうだ。続くようなら、そのうちそれとなく言っておこう。


 アルメは注文を受けて――今日は、注文を繰り返し確認して、アイスを取り分けた。


 会計を済ませて、令嬢たちにアイスを渡す。


 ブライアナはアイスのグラスを手に取って、じっと見つめていた。が、直後に、彼女はまた顔をしかめた。


「このアイスの飾りのお花だけれど、どうしてこのお花をお選びになったの? わたくし好きじゃないのよねぇ、紫色の花。別の花を選ばせてちょうだい」

「ええと……申し訳ございませんが、飾りのお花のご指定はご遠慮いただいておりまして……」

「まぁ! 融通の利かないお店だこと。じゃあ、全部取り除いてちょうだい」

「……かしこまりました」


 花の砂糖漬けの飾りを取り除いて渡すと、令嬢たちはヒソヒソとお喋りをしながら席へと移動した。


「よりによって、紫色のお花を寄越すなんて……。わたくしの初恋のお方が、わたくしをお振りになったお詫びに寄越した花と、同じ色だというのに……」

「あぁ、ブライアナ様、お可哀想に……」

「人を傷つけるようなお花を飾って寄越すなんて、嫌がらせですわ」


 ヒソヒソ声にしては、アルメの耳によく届くように喋っているように感じるのだが……気のせいだろうか。


 彼女たちが去った後、近くにいたコーデルがボソリと呟いた。


「いや、そんなこと言われたって、知るわけないでしょうが」

「コ、コーデルさん、抑えて抑えて……!」


 と、言いつつ、内心アルメもまったく同じことを思っていた。コーデルも同じ意見のようで、ちょっとホッとしてしまった。


 令嬢たちは時折こちらをチラチラと見ながら、お喋りを楽しんでいた。


 お喋りの内容は、きっと聞いたところで胸をモヤモヤさせるだけだろう……と、思って、なるべく聞かないようにしておく。


 アイスを食べ終えた令嬢たちは、わざわざカウンターの側を歩いて去っていく。クスクスと笑い声を上げながら……。


「明日は白鷹ちゃんアイスをいただこうかしら。不敬なデザインのアイスは、そのうちメニューから消えてしまいそうだから。店主さんが不敬罪に問われる前に、味わっておかないとね」

「ふふっ、そのうちアイスだけでなく、看板まで撤去されてしまうのでは?」

「庶民のお店は図太いから、『このマスコットは鷹ではなくてヒヨコです~』なんて言い逃れをするに決まっていますわ」

 

 あれこれ勝手なお喋りをしながら、令嬢たちは歩いて行った。



 そんな彼女たちと入れ違うように、当の本人――白鷹がノリノリの様相で来店した。


 令嬢たちの言うように、白鷹関連のものが撤去されてしまったら、きっと一番に悲しむのは当人なのではなかろうか。


 そんなことを考えつつ、アルメは遠い目でため息を吐いた。


 客の数が増えれば、それだけ、変わった客や面倒な客に遭遇する確率は上がるものだ。あまり考えすぎずに、気にしないでおこう。


 そう自分に言い聞かせて、モヤモヤする心を慰める。


 気を取り直して笑顔を作り、カウンターに歩み寄ってきたファルクと挨拶を交わした。


「こんにちは、ファルクさん。ご来店ありがとうございます」

「こんにちは。今日も賑わっていますね。もう新店でのお仕事には慣れましたか?」

「えぇ、まぁ、はい」


 ちょっと歯切れの悪い返事になってしまったが、笑顔は保てたので、よしとしよう。


 最近はファルクと二人で過ごす、のんびりとしたお喋りの時間を取れていない。なので、こうしたカウンター越しのちょっとした挨拶も、アルメにとっては貴重な時間となっている。


 そんなわずかな癒しの時間を、どんよりとした雰囲気にしたくはない。――という理由で、努めて明るい声で、笑顔の挨拶を交わしてみたのだけれど……ファルクは変な顔をしていた。


 彼はまじまじと顔を見つめて、問いかけてきた。


「アルメさん、お疲れですか? 最近、十分なお休みを取れています?」

「それは……少々、答えに困ってしまいますね。オープンから一月くらいの間は、どうしても忙しくなってしまうので――……って、何でしょう? 私、クマでもできていますか?」


 確かに、最近それなりに疲れてはいるけれど。特にこれといって見た目に変化はないはずだ、と思う。


 アルメは首をひねったが、ファルクはまだじっとこちらを見つめていた。


「なんだか、いつもと比べて笑顔が硬い気がしたので」

「あら、ずいぶんと人の顔をよく見ていらっしゃいますこと」

「っ……、茶化さないでください……!」


 軽い冗談を返したら、ファルクは慌てた様子で顔を逸らした。


「ふふっ、冗談ですよ。ご心配いただきありがとうございます。私は大丈夫なので、ご心配なく」


 気安いやり取りに、アルメはホッと息を吐いた。


 あと半月くらい頑張れば、そこからはゆるゆると休んでいける予定だ。その時期が来るまで、多少の疲れはやり過ごしていかなければならない。


 頑張り時に弱音を吐くのもアレなので、アルメはひとまず『大丈夫』と、答えておいた。


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