11 アイス屋のオープン一番乗り
いよいよ『アルメ・ティティーのアイス屋』オープンの日が来た。
つい最近まで物置と化していた一階は店舗として綺麗に整い、なかなか見栄えよく仕上がった。
店内はこぢんまりとしているけれど、お洒落な丸テーブルが並び、花と植物の絵が描かれたランチョンマットで飾られている。
店の外にもいくつかテーブルと椅子を並べて、パラソルを設置した。保管してあったジュース屋時代の備品をそのまま使ったので、きっとこの景色を見たら祖母も喜ぶことだろう。
店内のカウンターには、客に見えるようにアイスの容器が並んでいる。
ミックスベリー、オレンジ、コーヒー、ミルク。
ひとまずこの四種類のアイスを揃えてみた。材料の手に入れやすさで選んだメニューだけれど、今後様子を見て入れ替えていこうと思う。
ガラス蓋付きの四角い大きな器でアイスを作って、箱に氷を詰めた冷却ボックスの中に収めてある。温度は氷魔法で調節するので、うっかり溶かしてしまわないようにだけ注意しておきたい。
「アイスの準備も良し、つり銭もばっちり。お店の見た目もそれなりだし、開店準備はこんなものかしら」
あとはお客が来るのを待つだけだ。――と言っても、知名度もない初日な上に、まだ朝の時間帯なので、お客はしばらくは来ないだろうと思われる。
昼頃からが本番である。この小広場には昼から夕方にかけて散策の観光客が流れてくるので、その人たちをつかまえたいところだ。
今日は晴天なので、涼を求めに来る人たちを期待できそう。
さて、のんびりとお客を待つことにしよう、とカウンターに寄りかかって一息ついた時――大きく開け放たれた玄関扉から、ひょっこりと茶髪の男が顔を出した。ファルクだ。
「あら、ファルクさん! いらっしゃいませ」
「こんにちは。早速来てしまったのですが、早すぎましたか?」
「いえいえ、ちょうどお店を開けたところだったので」
「よかった。つい気が急いてしまいまして」
ソワソワと店内を見まわすファルクに笑みがこぼれた。
ほぼ開店と同時、朝一で来るとは思わなかった。どうやら思っていた以上にアイスを気に入ってもらえていたようだ。
あいかわらず暑そうな様子なので、店内へと招き入れることにした。
「外だと日が当たって暑いでしょう。どうぞこちらへ」
「お気遣いありがとうございます。ですがその前に、」
ファルクは姿勢を整えると、背の後ろに隠していた小ぶりな花束を差し出した。
「改めまして、アイス屋のオープンおめでとうございます」
「わ、ありがとうございます!」
差し出された花束を受け取って、アルメは顔をほころばせた。白、ピンク、黄色、オレンジ、水色、緑――色とりどりの花々は、見ているだけで楽しくなるような賑やかさだ。
「極北の街では花が少なかったのですが、この街は花があふれていて楽しいですね。色々と選んでいたら、取っ散らかった虹色になってしまいました。こういうものはセンスが問われますね……」
「ふふっ、賑やかでとても素敵です。お店に飾らせていただきますね」
ファルクは苦笑していたけれど、充分すぎるほどに素敵な花束だ。
――というか、正直なところ、自分も花の組み合わせのセンスはないに等しいので、良し悪しはわからない。……単純に綺麗だと思えたので、お互い良かったと思う。
花を受け取ったところで、もう一つ小さな紙袋を差し出された。持ち手には黄色いリボンが巻かれている。
「あとこちらもどうぞ。蜂蜜です。俺も食べたことがないので、味がわからず申し訳ないのですが……間違いない美味しさ、と言われている商品だそうなので、買ってみました。女性に好まれているそうなので、アルメさんのお口にも合えば、と」
「色々とありがとうございます……! 休憩のお供にいただきます!」
紙袋を受け取りながら、ファルクを店内へと案内した。間違いない美味しさの蜂蜜、とはどんなものなのだろう。気になるので、後で早速いただこうと思う。
店内に入ると、ファルクはカウンターに並ぶアイスを見てウキウキとした声を上げた。
「ミックスベリーにオレンジに、コーヒーにミルク。――これは迷ってしまいますね」
「ひと玉ずつ組み合わせることもできますよ」
「う~ん……では、ミルクとコーヒーでお願いします」
しばし真剣な面持ちで考え込んだ後、注文を決めた。真面目な顔はキリッとしていて妙にきまっている。アイスで悩んでいるだけなのに、もったいない凛々しさだ。
「かしこまりました。少々お待ちください」
言いながら、アルメは大きなスプーンでアイスをすくって、器へと器用にまんまるく盛りつけた。ミルクとコーヒーを隣同士に盛りつけて、ちょっとした飾りをつける。
アイスとは別の冷却ボックスに保管されている容器を取り出して、中からミントの葉とレモンの皮を取り出した。
レモンの皮は小指の爪ほどの大きさに細かくカットされていて、丸い形と三角の形の二種類がある。装飾用のピンセットを使って、ミルクアイスに皮をくっつけていく。
続いてコーヒーの上にちょこんとミントの葉を飾って完成だ。一連の作業をささっと済ませて、ファルクの前にアイスを出した。
アイス屋の看板メニューにする予定の、新商品の名前と共に。
「お待たせしました。コーヒーアイスと、白鷹ちゃんアイスです」
アイスを紹介すると、ファルクは目をまるくして、アイスとアルメの顔を交互に見た。
「白鷹ちゃん……!?」
「はい。そのままミルクアイスを出しても見た目が寂しいので、白鷹様っぽく装飾してみました」
真っ白なミルクアイスに、黄色いレモンの皮で目とくちばしを付けてみたのだ。
見た目がゆるいので、『白鷹様』というより『白鷹ちゃん』の方が合っているかと思って、白鷹ちゃんという名前にしてみた。
ファルクはポカンとしたまま、まじまじとアイスを見つめている。
「白鷹ちゃん……これはまた、ずいぶんと可愛らしい」
「目と口を付けただけですが、こうすると少しは鷹っぽく見えるでしょう? 女性に人気が出ればいいなぁ、と思いまして。ちょっと可愛くなりすぎてしまったので、怒られそうでドキドキしていますが……不敬罪で捕まりそうになったら、ただのヒヨコだということにします」
今商売人たちは白鷹ブームに乗りに乗っているらしいので、こんな路地奥の一店舗が目を付けられるなんてことはないと思いたいけれど。
万が一申し立てのようなことがあったら……と考えると、ハラハラせざるを得ない。
アルメの心配をよそに、ファルクは肩を揺らして笑った。
「こんな可愛らしいアイスで不敬罪にはなりませんよ! むしろこのくらいが白鷹っぽくてちょうど良い気がします」
「そうでしょうか? もう少し格好良くできれば良かったのですが……丸っこいアイスで鷹を作るのは、まぁ無理がありましたね」
「……一つ残念なことは、可愛くて食べるのが可哀想になってしまうことですね」
ファルクはアイスを見つめながら、どことなく、はにかむように微笑んだ。
彼の笑顔は最初に会った時に比べると、自然な笑みに感じられる。
切れ長の目のせいか、素の顔は凛々しい印象なのだけれど、笑むとやわらかく甘い雰囲気を帯びる。
あまりこういうことに頓着しないアルメでさえも、つい見入ってしまうほどの魅力的な笑顔だ。
ファルクの私生活はさぞや華々しいものなのだろうな、ということが容易に想像できる。きっと多くの女性を虜にしているに違いない。
白鷹ちゃんアイスより先にコーヒーアイスにスプーンを入れて、ファルクはパクリと頬張った。
「コーヒーも美味しいですね! 甘さと苦みのバランスが良くて、思っていたよりさっぱりしています」
「ありがとうございます。お口に合ったのでしたら、何よりです」
「白鷹ちゃんのほうは……――もし、白鷹がこのアイスを食べたら、共食いということになるのでしょうかね?」
真面目な顔で言い出すものだから、思わず吹き出してしまった。人間とアイスの関係で、共食いもなにもないだろうに。
そもそも白鷹がこんな路地奥の庶民の店に来ることはないだろうから、心配する必要など何一つとしてない。
「ええと、それは大丈夫だと思いますけれど」
「まぁ、そうですね。例え共食いだとしても、白鷹は気にせずアイスを食べるでしょうね。いただきます」
白鷹ちゃんアイスはファルクの口の中へ、ペロリと収まっていった。
他愛もないお喋りをしているうちに、あっという間にアイスの器は空になった。
後になっていた会計を済ませると、ファルクは名残惜しそうに席を立った。同時に、ぽつりと寂しげな声をこぼす。
「オープンの日に来れてよかったです。アイスを食べ納めることができました」
「えっ、ファルクさん、もしかしてもう来れないのですか?」
驚いて聞き返した。食べ納めということは、彼はまたどこか別の街にでも行ってしまうのだろうか。
せっかく顔馴染みになった、最初のお客さんなのに……寂しいことこの上ない。
動揺したアルメに、ファルクは慌てて言葉を付け足した。
「いえ、しばらく仕事が忙しそうなので、次来られるまでに間が空きそうだな、というだけです。たぶん今月はもう難しそうなので……食べ納めです」
「あぁ、そういうことでしたか。てっきりこの街を出てしまうのかと思いました。――では、またお時間ができましたら、是非いらっしゃってください」
どうやら食べ納めとは今月分の話らしい。大袈裟な言い方はやめてほしい……。
アルメはカゴの中から紙のカードを取り出した。店名と手書きの格子が書かれたこの紙は、ポイントカードである。最初の一マスにスタンプが押されていて、全部で十マスある。
「こちらをどうぞ。一つのご注文につきスタンプを一つ押させてもらいまして、十のマスまで埋まったら、アイス一つ分おまけで無料になります」
「おや、おもしろい仕組みですね」
前世ではありふれたシステムだが、そういえばこの世界ではあまり見ないかもしれない。
ポイントカードを財布にしまって、ファルクはニコニコしながら言う。
「次のスタンプをもらうためにも、仕事を頑張らないといけませんね」
「ご無理をなさいませんよう。お仕事、応援しています」
そう言うと、ファルクはなんだか眩しそうに目を細めて微笑んだ。