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109 祝いの人々とピヨケルト

 さんさんと降り注ぐ日差しも手伝って、アイス屋は想定以上に好調だ。昼頃からは通りの人通りも増えて、一層客入りがよくなった。


 ファルクはアイスを食べ終えてからも、店の入り口の端に立って、人々の様子をのんびりと眺めていた。


 一応、彼も客の立場なのだけれど。『自分も関係者です』と言わんばかりに、腕を組んで得意げな顔で立っている。


 ついには客から、『ご馳走様、美味しかったよ』なんて声をかけられていた。ファルクは不意を突かれてキョトンとした顔をしている。

 ……ちょっと面白いので、アルメはそのまま見守ることにした。


 

 オープン初日の午後からは、繋がりのある人達が次々に祝いに来てくれた。


 来店したタニアは、メニュー表に集まる人々を見てオロオロしていた。


「ひえっ……メ、メニュー表に人だかりが……! 私の絵、大丈夫ですか!? なんか変なこと言われてない!? 下手くそとか汚いとか言われてないかな!? 大丈夫……!?」

「落ち着いてください、大丈夫です。むしろ好評ですよ。イラストを見て注文を決めてくれるお客さんがたくさんいます!」


 そう説明したそばから、女性客のグループが『これ、可愛くない?』とイラストを指さしてお喋りしていた。指されたのは白鷹ちゃんアイスだ。


 タニアは声にならない声を出して感動し、口元をへラリとゆるませていた。


 

 タニアに続いて、カフェ・ヘストンのメンバーも来店した。ウィルとアリッサと、息子さん夫婦。そしてその子供の、アークとアイラ。


 大人たちが挨拶を交わしている間に、アークとアイラはもう待ちきれない、といった様子で、アイスカウンターを見ていた。メニュー表とアイスを見比べて、キャッキャとはしゃいでいる。


 双子の兄妹はメニューイラストで一番派手なアイスを指さして、無邪気な声を上げた。


「あれがいい! 一番すごいやつ!」

「パフェ? ってやつ! お城みたいなアイス!」


 元気な双子の孫に乞われて、ウィルとアリッサはパフェを注文した。それも一番豪華な『花火パフェ』を。


 本日初めて入った注文に、アルメは大きな笑みを浮かべた。ついに花火パフェが、店内でお披露目の時を迎えた。


「パフェは作るのに少しお時間をいただきますので、この番号札を持ってお席でお待ちください」

「何やらすごいものが出てきそうだね」

「花火付き、って、火を噴くアイスでも出てくるのかしら。楽しみだわ」


 ヘストン一行は店先のテラス席へと着き、アイスの出来上がりを待つ。


 従業員がパフェを作り上げ、アルメが席まで運んだ。テーブルに置いた後、着火器で花火に火を点ける。


 パチパチキラキラと光が弾けて、ただでさえ豪華なフルーツパフェが、さらに華やかさを増した。


「うわわわ! 何これ何これっ!!」

「あっはっは! すっごく綺麗!!」


 アークとアイラは子供らしい甲高い声を上げて、大きく盛り上がった。


 よく通る子供の声と花火の光に誘われて、周囲の客まで目を向けている。皆、見物しながら楽しげにお喋りをしていた。


(よし! お客さん受けはばっちりね。他のアイスより値段が高いから、注文が入るか不安だったけれど……この様子なら、大丈夫かしらね)


 最初の注文を入れて、大いに盛り上げてくれたヘストン一家に感謝する。その直後に、早速、次の花火パフェの注文が入った。


 注文したのは紳士二人組だ。身なりがいいので富裕層と思われる。


 二人の席にパフェを運んで、花火に点火する。

 彼らも大笑いして楽しんでいた。キラキラと光を放つパフェグラスを掲げて、乾杯の声を上げている。


 光り輝く華やかなパフェは、子供たちだけでなく、それなりの身分を持つ紳士たちの心もくすぐったらしい。


 

 そこから少し間を空けて。カヤもアイス屋に遊びに来てくれた。

 彼女はモナカアイスを注文して、まじまじと見つめていた。


 モナカアイスは祭りの後も継続して販売する予定だ。その時々に合わせて焼印を変えて、広告を兼ねて提供する。


 今日販売しているモナカアイスの皮は、『新店オープン』仕様である。この焼印を作ってくれたのもカヤだ。


 彼女は焼印の入ったモナカアイスを眺めて、しみじみとしていた。


 見送りに店先へ出て、彼女とお喋りをする。


「私の作った道具で、こんな立派な商品が出来上がるなんて……なんだか不思議な感じです」

「モナカアイスはこれからもどんどん出していくから、引き続き、焼印製作をよろしくお願いしますね」

「はい! 頑張りま――……あ、」


 会話の途中で、カヤが通りの向こうに目を向けた。そちらを見ると、大きな体格のおじさんがのしのしと歩いて来ていた。


 筋骨隆々の巨体に、厳めしい顔。大きな熊を思わせる姿だが……熊ではなく、彼はワッフル屋の店長である。


 大股で歩み寄ってきた店長に、アルメは反射的に身を縮こめた。


 店長はニッコリとした笑顔――とは言い難い、傍目に見たら恐ろしい笑顔を浮かべて挨拶をしてきた。


「こんにちは、お嬢さん! 新店オープンの話を聞いて、気になって覗きに来てしまったよ。新店のメニューとやらに、『アイス添えワッフル』なんてものがあったりしたら、どうしようかと思ってね」

「え、ええと……ご来店いただき、ありがとうございます。ワッフルはありませんから……ご安心を」

「ないのかい!? アイスに合うだろうに、なぜ出さないんだい!? 今後新作として、密かに出そうと考えているんじゃないのかい!?」

「ひぃっ……」


 体格に見合った大きな声で喋りながら、店長はさらに前進してきた。それに合わせてアルメは後ずさっていく。


 ――が、両者の動きは途中で止まった。


 大きな熊の前に、これまた大きな鷹が立ち塞がったのだった。いつの間にか歩み寄ってきていたファルクは、アルメの前に立って店長の動きを制した。


 両者身長は同じくらいだが、横幅は店長の方が大きい。けれど、ファルクは動じることもなく話しかけてきた。


「アルメさん、お知り合いですか?」

「は、はい。こちらは以前お邪魔したワッフル屋の店長さんで――……あ、ええと、せっかくご来店いただきましたし、アイスを召し上がりますか?」

「ううむ、残念だが、実は用事の途中でね。あまりゆっくりできないからなぁ……。ちょいと話をしに来ただけだから、また後日お願いしよう。――それで、本題に入るが」


 ここから本題が始まるのか、と、アルメはガクリと体を傾けた。今までの会話は前振りだったらしい。……話の入りだけで消耗してしまった。


 でも、先ほどよりかはずいぶんと気が楽だ。目の前のスラリと伸びる高い背中が、なんとも頼もしいので。


 店長はアルメとファルクに向かって、朗らかな声で話を始めた。


「前にも少し話をしたが、うちの店と手を組んでみないかい? アイス添えワッフル、絶対に人気が出ると思うのだが、どうだろう?」

「はぁ……そう、ですね。きっと素晴らしく美味しいと思います」

「だろう? じゃあ、やってみようじゃあないか!」

「……アイス添えワッフル……? アルメさん、どうか前向きにご検討を……!」


 アイス添えワッフル、というワードを聞くと、ファルクはグルリと体を反転させてこちらを向いた。

 

 今さっきまでアルメの盾だった彼は、一瞬で熊の方へ寝返ってしまった。熊と鷹に追い込まれて、アルメは引きつった顔で返事をした。


「ま、まぁ……これからまたどんどん新作を出していかないとなぁ、と考えてはいましたから。そうですね、一緒に、前向きに考えていきましょう」

「よしっ! 言質(げんち)は取ったぞ! ではでは、よろしく頼む!」

「アイス添えワッフル、実に楽しみですね!」


 店長とファルクは、各々満足そうに頷いていた。


 やれやれ、と息を吐くアルメ。その袖をチョイと、カヤが引いた。


 彼女はアルメの耳元に顔を寄せて、ヒソヒソと話しかけてきた。


「あの、あのっ、ちょっとお願いが……! 店長さんに、ワッフル屋のお兄さんのお名前を聞いてもらえませんか……!?」

「お兄さん? ――って、あぁ、カヤちゃんの好きな人ね」


 カヤはワッフル屋で働いている金髪の男性店員に恋をしているそう。この前初めて話しかけられたことを喜んでいたけれど……まだ名前を知らないみたいだ。


 アルメもヒソヒソ声で返事を返した。

 新店オープンのお祝いに来てくれたお礼も込めて、願い通り、情報を仕入れてあげるとしよう。


「わかったわ。聞いてみてあげる」

「あっ、あと……! 身長と体重と歳と好きな食べ物と、彼女がいるかどうかもお願いします……!」

「待ってちょうだい、多い多い!」


 一息で言い切ったカヤに、アルメは苦笑した。ひとまず、聞ける範囲で聞いてみよう。


 さて、そろそろ帰ろうか、という雰囲気になっている店長を呼び止めて、アルメは声をかけた。


「――あの、店長さん。最後にちょっとだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「おう、なんだい? ワッフルのことかい?」

「お店のことでお聞きしたいことがありまして。ワッフル屋さんに、金髪の若い男性店員さんがいらっしゃいますよね? この前話しかけてくださった。あの方のお名前を、知りたくて」

「あぁ、ジェフのことか? あいつは俺に手厳しいが……若いのにしっかりした、いい奴だよ!」


 店長が男性店員の名前を口にした。


 すると、その名を繰り返すように、隣から『ジェフ……』という呟き声が聞こえた。――その声は、なぜかアルメの両隣から聞こえたのだった。


 カヤの惚けた声と、もう一人。ファルクまで小声をこぼしていた。ついさっきまでの浮かれた声音は消えて、どこか平坦な低い声に聞こえた。


 すっかり浮き立っているカヤに袖をチョイチョイと引かれて、アルメは質問を続ける。


「そのジェフさんは、おいくつでいらっしゃいますか? あぁ、人様のことを探ってしまってすみません……こういうことは、直接ご本人にお伺いした方がいいかしら」

「いやいや、特に気にするような奴じゃないから。自分から『誕生日を祝ってくれ』なんて言ってくる奴だし。ジェフはついこの前、十六歳になったんだったか。もううちで働き始めて二年くらい経つな」

「あら、最近誕生日を迎えられたのですね。ジェフさん、何かお好きなものはあるのでしょうか? お菓子とか、何か贈られたらお喜びになるものはあります?」

「ジェフはしょっぱい菓子が好きだよ。ワッフル屋のくせに、塩ポテトの方が好きだとか」


 チラッとカヤの方を見ると、彼女はアワアワとしていた。好きな人の情報に浮かれながらも、わずかに緊張した面持ちだ。まだ、一番大きな質問が控えているからだろう。


 アルメも少し緊張しながら、締めの質問を投げかけた。


「最後に、つかぬ事をお伺いしますが……ジェフさんに、想い人はいらっしゃいますか?」

「あぁ、いないいない。『募集中!』とかふざけたことを言ってるから、もし気に入ったなら声をかけてやってくれ。『店長に優しくしろ』って説教をしてくれると、助かるよ! ――と、それじゃあ、俺はそろそろ行こうかな。提携の件、よろしく頼むよ!」


 会話に区切りをつけると、店長は笑いながら踵を返した。

 アルメは大きな背に手を振って、彼を見送った。



 一息ついて、ふと、右側を見ると。

 カヤが店の外壁にもたれかかり、ベッタリと溶けていた。もたらされた情報を処理できずに、すっかり惚けている。


 そして、今度は左側を見る。

 ファルクは目をつぶり、静かに立ち尽くしていた。彫像のように動かなくなった彼を不審に思い、声をかける。


「ファルクさん? どうしました?」

「…………アルメさん……その、ジェフさんという方は……素敵な方ですか…………?」

「爽やかな好青年といった感じで、雰囲気のよい店員さんでしたよ」

「…………そう、ですか…………」

「えぇ。カヤちゃんがすっかり骨抜きにされてしまうほどには」

「……カヤさん?」


 動きを取り戻したファルクが、ポカンとした顔でカヤを見る。カヤは浮かれ切った表情のまま、アルメにペコリとお辞儀をした。


「えっへっへ、聞いていただき、ありがとうございます! 今度ジェフさんに、しょっぱいお菓子を贈ってきます……!」

「もう誕生日が過ぎたみたいだから、なるべく早めがよさそうね。頑張ってね!」

「はい!」


 少し会話をした後、カヤは溶けた顔のままアイス屋を去っていった。モナカアイスも溶けていたので、氷魔法で固めておいてあげた。



 そうして、アルメとカヤのやり取りを確認した後。


 ファルクは思い切り大きなため息を吐いて、店先に崩れ落ちたのだった。


 突然の動きに、アルメはギョッとしてしまった。


「えっ、どうしたんですか!? 大丈夫……!?」


 アルメもしゃがみ込み、彼の肩に手を添える。店先で話し込んでいるうちに、日差しで具合を悪くしたのだろうか。


 そんな心配をしたのだけれど。彼は脱力した様子でしゃがみ込み、掠れた声で変なことを口走った。


「いえ、大丈夫です、ホッとしたら力が抜けてしまって……。はぁ……俺の名前が、ピヨケルトになるところでした……」

「ピヨケルト? ふふっ、何ですかそれ。急に何を言い出すのやら。ピヨケルト……ふふふっ、あっはっは」


 突然真面目な顔で変なことを言わないで欲しい。不意打ちをくらって、ツボに入ってしまった。


 アルメはお腹を抱えて、しばらくの間大笑いしてしまった。


物語にお付き合いいただき、ありがとうございます。

お正月休みをいただきまして、

次回の更新は3日(月曜日)とさせていただきます。


本年は大変お世話になりました!

来年も執筆を続けていけるよう、気合いを入れて参ります。

皆様、よいお年をお迎えください。

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