108 アイス屋二号店オープン
冬を迎える四季祭りの、大忙しの三日間が終わった。けれど、祭りを終えても、まだ街には賑やかな空気が残っている。
そんな浮ついた雰囲気に乗っかるようにして、いよいよアイス屋二号店のオープン日を迎えた。
今日の晴れ渡る空と同じ色合いの、青色の花飾りが店先を飾っている。これはエーナの家からの祝いの品だ。
大きな花飾りが通行人の目を引いている。それに加えてもう一つ、今から人々の興味を引くようなオープンイベントを行う。
店の準備が整ったところで、アルメはコーデルに声をかけた。
「それじゃあコーデルさん。オープン前にもう一度、氷魔法で『火の精霊払い』をしましょうか」
「えぇ、安全祈願と景気づけを兼ねて」
アルメとコーデルは店先で大きく手を振り、フワリと氷魔法を使った。途端に、魔法で作られた氷の粒子がキラキラと舞った。
このエリアは一応、火事によって火の精霊を集めてしまった事故エリアである。
オープン前に店の周りに氷魔法を流して、もう一度火の精霊払いをしておこう、ということで、大きく魔法を使ってみた。
舞い上がる氷の結晶は、日の光を反射して美しく輝く。突然始まった楽しげなイベントに、街の人々は足を止めて見物していた。
アルメは大きく息を吸い、周囲に声を響かせる。
「アルメ・ティティーのアイス屋、ただいまよりオープンいたします! 皆様どうぞ、冷たくて美味しい氷のお菓子を、お楽しみくださいませ!」
オープンの口上を終えると、周りから拍手と歓声が上がった。こういうノリの良さは、さすが陽気な街ルオーリオ、といったところだ。
人々に感謝しつつ、周りを見回す。――すると、ひと際はしゃいだ様子の見物人がいた。抜き出た長身に、茶色の髪の男。ファルクだ。
アルメと目が合うと、彼は大股で歩み寄ってきた。
「アルメさん、アイス屋二号店のオープン、おめでとうございます!」
「ありがとうございます、ファルクさん……! まさか初日に来ていただけるとは思いませんでした。お仕事がある、とか言っていませんでした?」
ファルクはつい先日まで、オープン初日は仕事かも、なんてぼやいていたのだけれど。結局休みを取れたようだ。
申し訳ないやら、ありがたいやら。ちょっと複雑な気持ちである。苦笑するアルメをよそに、ファルクはウキウキと言う。
「休日というものは、自ら作り出すものだと心得ました。最近ようやく、ルオーリオでの学びを活かせるようになってきまして」
「それはよかったです。その調子でご自愛くださいね」
「えぇ、努力いたします。――さて、俺の話は置いておき、」
話を切り替えると、ファルクは抱えていた花束を差し出してきた。赤、黄色、白、青、ピンク、緑――なんともカラフルで賑やかな花束だ。
「改めて、新店オープンおめでとうございます。アルメさんのご活躍と、お店の繁盛を祈り、花を選んで参りました」
「ふふっ、それはそれは。ずいぶんと賑やかなお祈りですね。とても綺麗な花束、ありがとうございます」
確か、路地奥のアイス屋を開店した時にも、こういう虹色の花をもらった。懐かしさと嬉しさに、つい口元をゆるめてしまった。
アルメが笑みをこぼすと、間髪入れずに、ファルクは慌ただしく手持ちの紙袋類をガサガサと渡してきた。
「あ、っと、花だけでなく、こちらもどうぞ! こっちがお菓子で、これが石鹸。こちらはジャムと蜂蜜と――」
「ちょっ……お待ちください、ファルクさん!?」
祝いの品が多すぎる、ような……。次々渡される品々で、アルメの両手はすっかり塞がってしまった。
言葉を挟む間もなく、あれこれ持たされて、最後にひと際綺麗な紙袋を差し出された。
「あと、これはアクセサリーです。前にお贈りした、そちらのネックレスに合うデザインの、イヤリングとブレスレットになります」
「……ええと、また貢ぎ物、ですか?」
客が店員にアクセサリー類を贈る、というのは、接客酒屋で多く見られる光景である。ネックレスに続いて、またそういうことを……と、複雑な顔をしてしまったのだけれど。
ファルクは困ったように笑いながらも、まっすぐな目を向けてきた。
「もう接客酒屋のようなシステムに頼るのはやめました。これは客から店主への貢ぎ物ではありません。俺からアルメさんへの、個人的な贈り物です。新店のオープンにかこつけてしまいましたが、そうでなくても、いずれ贈ろうと思っていた品です。どうか、お受け取りください」
「は、はぁ……」
(そう言われると、逆に受け取りにくいような……)
アルメはつい、手を伸ばすのをためらってしまった。
ファルクの言葉の意味を探ろうとして、頭が勝手にまわっていく。が、なんだか照れてしまって、考えるそばから思考が取っ散らかってしまう。
考え込んで固まっているアルメを見て、ファルクはボソリと小声をこぼした。すねたような、やけくそになったかのような、普段聞かない声音で言う。
「……受け取ってもらえなかったら、俺はこの場でピィピィ泣いて駄々をこねます」
店先でじたばた騒ぐ、大きなヒヨコを想像してみる。アルメは神妙な顔で言葉を返した。
「やめてください……営業妨害です」
「では、お受け取りください」
「……ありがとうございます……大切にしますね」
プレゼントを受け取ると、ファルクが表情を戻してニッコリと笑った。新手の脅しを受けた気分だが……まぁ、深く考えないでおこう。
アクセサリーの紙袋を落とさないよう、アルメは大事に抱え込んだ。
オープニングイベントと称した精霊払いをした後、早速アイス屋の営業が始まった。
今日のシフトメンバーはアルメとコーデル、エーナとジェイラ、そして他数人の従業員。アルメと店長コーデルは通しで入り、他は数刻ごとの交代だ。
アルメはファルクを店内へと招き入れた。アイス屋二号店も、お客さん第一号はファルクとなった。
彼は店内を見回して明るい声を出した。
「路地奥店の穏やかな雰囲気も素敵ですが、こちらのお店はまた雰囲気が違っていて、ワクワクしますね。洗練されていて、優雅なひと時を過ごせそう」
「ありがとうございます、新店は上品な雰囲気にしてみました。表通りは庶民だけでなく、お貴族様も立ち寄ることが多いと聞いたので。――といっても、ほとんど前のテナントのものを使いまわしているだけですが」
店内には、入ってすぐにガラスケースの大きなアイスカウンターがある。アイス容器がズラリと並び、色合いが目に楽しい。
アイスの種類は数十種類。カウンターの脇には、可愛らしいイラストが添えられた、大きなメニュー表が掲げられている。
メニュー表のイラストを見て、ファルクが目を輝かせた。
「おや、なにやら白鷹ちゃんアイスに花が飾られていますね」
「アイスの盛り付けを改良したんです。食用花を飾ることになったのですが、お花が苦手でなければ、お一ついかがですか?」
「是非、いただきましょう!」
最初のお客さんの最初の注文は、白鷹ちゃんミルクアイスのお花添えに決まった。
注文を通すと、カウンターの内側にいるエーナがアイスを取り、ジェイラが花の砂糖漬けを飾って、手際よく作り上げる。
エーナとジェイラはファルクへと声をかけた。
「このあとアイデンとチャリコットさんも来る予定だから、みんなでゆっくりしていってくださいね」
「客寄せ頼むわー。なるべく窓際で食べて、窓際で。通行人に見えるように」
そつがないジェイラの提案に、アルメとファルクは笑ってしまった。
店は通りに面して大きなガラス窓があり、店内がよく見える造りになっている。窓際席やテラス席の客は他の客の呼び水となるので、今日はファルクを使ってしまおう、という策だ。
会計を済ませてアイスを受け取ると、ファルクは手元をまじまじと見つめた。
まんまるのミルクアイスに、レモンの皮で作られた目とくちばし。その白鷹ちゃんの頭に砂糖漬けの花が飾られている。
器は細かい泡の入ったガラス皿で、光を反射して美しい。足の付いたグラス型の作りが洒落ている。
「これはこれは! メニュー表の絵の通り、白鷹ちゃんアイスがより華やかになりましたね。俺もアイスに合わせて、次の出軍では花冠でも被りましょうか」
「本人がマスコットの方に合わせてどうするんですか。戦地に向かうというのに、浮かれた装いはおやめください」
ファルクはのん気なことを言ってのけたが、本当にやりかねない人なので、ピシャリと諫めておいた。
そんなやり取りをしていると、ふいにコーデルが店の表に目を向けた。
「あら、次のお客さん来たわよ。エーナちゃんの旦那くんと、ジェイラちゃんの弟くんじゃない?」
玄関を見ると、アイデンとチャリコットがヒョイと覗き込んでいた。歩み寄り、朗らかな声をかけてきた。
「よう! 開店おめでとう! 結構立派な店じゃんか!」
「おめでと~! お、路地奥店よりアイスの種類増えてね? ――って、うわ……先客がいやがった……!」
チャリコットはファルクの姿を見つけると、大袈裟にムッとした顔をした。続けて喧嘩を売るように、ベッと舌を出す。
子供か……と、アルメは心の内で突っ込んでしまったが、顔には出さないでおく。
ファルクは白鷹ちゃんアイスの器をズイと突き出して、チャリコットのしょうもない喧嘩を買った。
「ご覧なさい、可愛いでしょう? チャリコットさんもいかがでしょうか、お花の白鷹ちゃんアイス」
「絶対食わねぇ。――俺はスカイハーブミルクアイス一つ、お願いしまーす」
彼は青色のスカイハーブと白色のミルクアイスが混ざりあった、マーブル模様のアイスを注文した。
二人はごちゃごちゃと言い合いをしながらも、一緒に窓際の席に着いた。その様子を見て、アイデンがへラリと言う。
「あぁ言うの、何て言うんだっけ? 痴話喧嘩?」
「いや、『喧嘩するほど仲がいい』の間違いじゃない……?」
「ま、何でもいいか! じゃあ、俺はこのナッツとクッキーのアイスで頼むわ!」
アイデンはペラっと会話を流して、注文を決めた。……この感じだと、また軍の中で白鷹に関するおかしな話が流れることになりそうだ。アイデンの適当なお喋りによって。
三人は窓際の席でワイワイと賑やかにアイスを食べ始めた。カウンターから眺めながら、コーデルが何とも言えない顔をする。
「デカい男が三人……なんか初っ端から男くさい店になっちゃったわね。もっとこう、お洒落な女性客が欲しいわ」
「ふふっ、まぁそう言わず。――あぁ、ほら、お客さんが来ましたよ」
男三人が堂々と入店し、大口でアイスを食べているせいか、続けて男性客のグループがドッと入ってきた。
そしてその次には男女の客。女性客のグループ。子供連れの家族――。いい感じに客が続くようになってきた。
こうなったら、後はガンガン働くだけだ。アルメは客入りのブーストをかけるべく、他の従業員を連れて店先に立った。通行人にチラシを配りながら声を張る。
「冷たくて美味しい、氷のお菓子はいかがですか。ルオーリオ発の新しいお菓子、アイスのお店が本日オープンいたしました。是非、お立ち寄りください!」
人々はチラと店の様子を覗いて、雰囲気を確認したら、そのまま中へ入っていく。
大きなメニュー表の前で足を止めるので、入り口辺りに人だかりができる。その人だかりを見て、興味を持った人がまた足を止めていく。
オープンからわずか半刻ほどで、アイス屋はテラス席まで客で賑わうほどになった。
日が高く登るにつれて日差しも強まり、気温もグッと上がり始める。最高のアイス日和だ。
人々は色鮮やかなアイスを目で楽しみ、続けて美味しさに舌つづみを打つ。皆、笑顔をこぼして、アイスとお喋りのひと時を楽しんでいる様子。
なんとも楽しげで平和な景色だ。これぞアルメの見たかった景色である。
こういう、人々ののほほんとした笑顔が、風景が、アルメは何よりも好きなのだった。
――かつて、ジュース屋に訪れる客の笑顔を愛した、祖母と同じように。
店先で青空を仰ぎ、天の国にいる祖母を想う。新店オープンの感動と、新たな決意を伝えておく。
(おばあちゃん、ティティーの店が表通りの一員になったよ。これから今まで以上に、多くの街の人たちを楽しませてみせるからね!)
祖母も陽気な平和を愛し、人々の明るい顔を見るのが好きな人だった。
もし彼女がこの場にいたならば、店の様子を見て、アイスを食べて、思い切り笑ってくれただろうか。
そんなことを考えながら、アルメはせっせと働き、チラシを配る。
天からの光を受けたネックレスが、アルメの首元でキラリと輝いていた。




