107 神官たちのアイス休憩
中央神殿の奥、神官たちの集まるラウンジにて。
大神官ルーグは、おかしな光景に目をまるくしてしまった。
休憩を取っている神官たちは、皆もぐもぐサクサクとお菓子をかじっていた。何やら分厚いビスケットのような……。
「いつの間にやら、ラウンジにお菓子屋でも開店したようじゃな」
ラウンジの奥に歩を進めると、そのお菓子屋の姿が見えた。白銀の髪をしたお菓子屋は、箱を抱えてご機嫌な様子だ。
箱の中からはひんやりとした冷気がこぼれ出ている。クーラーボックスのようだ。
ルーグは呆れた顔で声をかけた。
「ファルクよ、お前さん、アイス屋に転職したのかい?」
「残念ながらこの前面接に落ちてしまったので、転職はしておりません。おやつを配っているだけです。ルーグ様もお一つ、いかがです? ティティーのお店のモナカアイス」
「まったく、調子のいい奴め。……まぁ、どれ、いただこうか」
ズイと目の前にクーラーボックスを差し出されて、ルーグはやれやれ、と息を吐いた。――が、内心ではそれなりにウキウキしている。
(こやつが夢中になっている、アイスという氷菓子。一度食べてみたかったんじゃ。何ともよいタイミングだ)
ルーグは浮き立つ気持ちを隠しつつ、一番上のモナカアイスを手に取った。
手のひらサイズの焼き皮に包まれた、長方形のアイス。白い皮には綺麗に焼印の焦げが入っている。
アイス屋の名前と丸っこいヒヨコの絵。その下に地図とオープン日。このお菓子は広告を兼ねているようだ。
嚙り付くと、皮がサクリとよい音を立てる。中にはバニラが香る冷たいミルククリームが詰まっていた。
クリームのまろやかな甘さと香ばしい皮が絶妙である。サクサクとした食感も食欲を誘い、ペロリと食べられそう。
もう一つ、もう一つ、と手を伸ばしたくなるサイズ感が何ともずるい氷菓子だ。
食べる度、サクサクという軽快な音が鳴る。ルーグは顔をほころばせた。
「これは……手軽なおやつとして素晴らしいな。食器も使わないし、手も汚れない。何より甘さと冷たさがたまらん。ふぅむ、なかなか」
「こちらのおやつ、冷凍庫に常備したいと思いませんか?」
「それは悪くない案だ。休憩の供に、あったら嬉しいな」
「さすがルーグ様。お話がわかりますね」
ルーグとファルクの会話を聞いて、近くにいたカイルが複雑な顔をした。
「ルーグ様までそんなことをおっしゃって……。そのうち、神殿中の冷凍庫に白鷹様印のアイスが住み着いてしまいそう……」
「いいですね、それ。冷凍庫の精霊、白鷹ちゃん。皆さんに親しんでもらえそうです。――あ、ルーグ様、白鷹ちゃんというのは、このモナカ皮に描かれている丸っこい鷹のマスコットのことです」
「ほう。……この丸いの、ヒヨコじゃなかったのかい」
ファルクに説明されて、ルーグは手元のモナカアイスに目を向けた。ヒヨコだと思っていた生き物は鷹だったみたいだ。
――可愛らしいマスコットに、ちょっと変わった氷のお菓子。この絶妙な冷たさと甘さは、きっと子供たちにも人気であろう。
まじまじと見つめているうちに、ふと思いつくことがあった。ポロっと口からこぼしてみる。
「このモナカアイスとやら、幼き聖女様もお喜びになりそうじゃな」
「……それは俺も、少し考えているところでした」
ルーグとファルクは顔を見合わせて、ふむと考え込んだ。
主要な都市には、聖女と呼ばれる特別な魔法使いが配属されている。
聖女は生まれながらにして神との契約を済ませ、魔を弾く『結界』の魔法を得ている。王族の血筋で生まれ、皆女性のため聖女と呼ばれている。
聖女は魔法の結界で街を覆い、魔霧を払って魔物の発生を抑える役目を負う。尊き身分の女性たちだ。
もちろん、この副都ルオーリオにも聖女がいる。それも、二人も。
一人は高齢の聖女で、もう一人は幼年の聖女。そして近々もう一人、青年の聖女を迎える予定である。
彼女たちの心身の不調を取り除くのも、神官の仕事だ。診療は上位神官以上の者に任されている。
大変な誉れではあるが……一つ、少々困ったことが起きているのだった。
高齢の聖女は穏やかな人格者であるため、何も問題ないのだけれど……神官たちが困っているのは、幼年の聖女である。
年齢は四歳。とても大きな魔力を持っていて、将来素晴らしい聖女となるであろう尊い子だ。……が、彼女は年齢の割に、魔力が大きすぎるのだった。
幼く小さな体は自身の魔力に負けてしまい、度々具合を悪くしている。
そういうわけで、体に障りが出ないよう、今は魔力を抑える魔法薬を飲んでいる。……いや、飲んだり、飲まなかったりしているのだった。
その魔法薬の味と色が、とんでもなく酷いものなので。四歳の聖女曰く、『悪魔と魔物とドブの水をこねて作った毒』だそう。
どうにか飲んでもらおうと、ジュースやお菓子に仕込んでみたりしている。……が、いまいち上手くいかない。
薬を仕込んだ神官は、毎度、四歳児の怒りを買って、頬に平手打ちを食らうそうだ。
その神官は世間では白鷹と呼ばれているけれど、聖女には『白悪魔』と呼ばれている。
白悪魔――ファルクはモナカアイスを手に取って、パクリと頬張った。険しい顔で考え込みながら、アイスを味わう。
「キンと冷えたアイスに混ぜたら、少しは薬の味を飛ばせるかと思いますが……まだ試してはいません。聖女様に、アイスをまずいお菓子だと認識されてしまったら、悲しいので……」
「他のお菓子には、あれこれ仕込んでいるくせにのう」
「それは言わないでください、やむを得ずです。でも、アイスはちょっと……アルメさんのお菓子を台無しにしてしまうのは、気が引けます」
モナカアイスを食べながら、ファルクは深くため息を吐いた。
ルーグとファルクはまた二人で考え込む。
ラウンジの一角に、しばらく無言の間が流れた。サクサクもぐもぐという音だけが鳴る。
沈んでしまった空気を変えるように、カイルが別の話題を出した。
「――あ、そういえば。アイス屋の店主の方が身に着けていたネックレス、あちらはファルケルト様がお贈りしたもの、ですよね? この前『店の女性に貢ぐ』なんて言っていたので、接客酒屋にでも入れ込んでいるのかと勘違いをしてしまったのですが……ホッとしました」
カイルの話を聞いて、ルーグも明るい顔を向けた。
前に、ずいぶんと悩んでいる様子だった虫よけのアクセサリーセットを、お相手に贈ることができたようだ。
仕事の話は置いておき、楽しげな話題に乗ることにする。
「おぉ、あれから無事に渡せたのかい」
「はい、ひとまずネックレスだけ、お贈りしました。イヤリングとブレスレットはまたそのうちに」
「なんじゃい、小分けにするとはせこいのぅ。何を怖気づいておるのやら」
「慎重な性分なんです。でも、ご安心を。もうあのような迷走はいたしませんから」
そう言い切ると、ファルクはモナカアイスを一気に食べきった。ペロリと平らげて、猛禽の目を光らせて笑う。
「もうすっかり、このままならない心に名前がついてしまったので。狩りの成功をお祈りいただけましたら幸いです」
ままならない心――恋心に、この鷹はようやく気がついたようだ。
ルーグは子を見守る親の顔で、ファルクに笑みを返してやった。
かつて死を望んだ抜け殻の子が、未来の夢を手に入れたのは実によいことだ。
「それはよかった。自由に、真心のままに、想い人との関係を育むといい。心から、狩りの成功を祈ろうじゃないか」
ルーグは目覚めた鷹へと、力強くエールを送っておいた。
――の、だけれど。
直後に、鷹はヒヨコへと成り下がってしまったのだった。
「……ですが、もし狩りに失敗してしまったら……俺は白鷹の通り名を捨てて、白ヒヨコとして生きていこうかと思います……」
「お前さんの名前がピヨちゃんにならないことを祈っておくよ」
ピヨケルト・ラルトーゼ。……アルメが聞いたら大笑いしそうだな、と、ファルクはぼんやりと思った。
笑い転げるアルメの姿を思い浮かべてみる。耳に心地良いやわらかな声で、長く美しい黒髪を揺らして笑う彼女……首元には、自分の贈った白い宝石が輝いて――……。
そこまで考えて、ファルクはふと、思い至った。
カイルへと真顔を向けて問いかける。
「ところでカイルさん。アルメさんのネックレスを確認したということは、あなたは彼女の首元に目を向けたということですよね? 肌を見た、ということでよろしいか」
「えっ、いや、キラキラと光るものがあったら、意識せずとも目が向くものでしょう……!?」
突然ファルクに鋭い視線を向けられて、カイルは慌てて言葉を返した。
何やら考える動作をして、ファルクはボソリと呟く。
「――さて、記憶を消し去るにはどういう薬を調合しましょうか」
「ひっ、盛られる……!?」
カイルは悲鳴を上げてルーグの背中へと隠れた。ルーグは大笑いして言う。
「はっはっは、上位神官白鷹が自ら作る、ありがた~い薬を飲む機会は、そうないぞ。こやつの薬はとんでもなくよく効くから、心して飲むことだな」
カイルは白鷹の金の目から逃れるように、ルーグの背後で身を縮こめた。
『白悪魔の前で、余計な話題を出すのではなかった……』と、震える小声をこぼしてしまった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
誤字や改行ミス報告等も大変にありがたく、心から感謝申し上げます。
別作品で恐縮ですが、新作短編、
『呪いのへんちくりん毛玉令嬢は、王子様のキスを望む』
を、投稿いたしました。
年末お休みのお供に、お読みいただけましたら幸いです。
アイス屋さんの方は、
最近出番の少なかった白鷹氏の盛り返しをお楽しみください。
皆様、寒さにお気をつけて、よいお休みをお過ごしくださいませ!




