106 祭りの白鷹ファンサ会場
あれこれと準備に勤しんでいるうちに、気付けばもう、四季祭り当日を迎えていた。
大きな木箱には大量のモナカ皮。そしてこれまた大きなガラス容器には、大量のアイス。もちろん、数種類しっかりそろっている。
大荷物に囲まれた出店スペースの中で、アルメは街の鐘の音を聞いた。
空にこだまする鐘に合わせて、周囲から賑やかな声が上がる。
『冬の神に感謝を――! ルオーリオに栄光を――!』
お決まりの歓声と共に、冬を迎えるお祭りが始まった。
――と言っても、今日もルオーリオの日差しはギラギラと街を焼いている。上がってきた気温に汗をかきつつ、アルメは露店のオープン準備を終えた。
今回の祭りの出店場所は、なんと中央地区の大広場の前だ。
前回の秋祭りが終わった直後に申し込んだので、よい場所を取ることができた。出店料は少々かさむけれど、必要経費としておく。
今回、露店は主にアルメとコーデルの二人でまわす予定だ。加えて、隣のスペースにはしっかりとジェイラの串焼肉屋が寄り添っている。
三人で協力して、祭りの三日間を戦い抜く。
コーデルは一応料理全般の心得があるらしく、串焼肉もいけるだろう、とのこと。ジェイラは『やった、サボれる~』なんて笑っていたが……サボる暇もなくなるのは、数刻後のことだ。
祭りの始まりの鐘が鳴って、少し経つと、ドッと人の数が増えた。
中央地区の一等地ともなると、賑わいもそれなりだ。まだ朝だというのに、もう通りに人の波が出来上がっている。
アイス屋の露店にも、早速客が流れてきた。氷魔法の冷気を浴びて、男女の客が顔をほころばす。
「いやぁ、冬祭りだってのに暑いこと。この冷たいお菓子美味そうだなー」
「食べてみようか。これ二つお願いします。ミックスベリーと――」
「俺は蜂蜜レモンで」
「かしこまりました。二つで四百Gちょうだいします」
アルメが注文を聞いて会計をする。その間にコーデルがアイスを取り、モナカアイスを作り上げた。
受け渡し用の皿に並べると、客がそれぞれヒョイと手に取って歩いて行く。嚙り付く前に、しっかりとモナカ皮の広告を見ていた。
「あら、お祭りの後にお店オープンするんですって」
「南地区のあの辺かー。開店したら覗いてみようか」
なにやらお喋りをした後に、男女の客はモナカを頬張って笑い合っていた。
遠目に様子をうかがいながら、アルメはよし、と小さくガッツポーズを決めた。モナカ皮の広告はちゃんと機能しているようだ。
コーデルとジェイラともハイタッチを交わす。
「広告効果、ばっちりね!」
「こっそり焼印作って、焼き肉屋の広告も乗せときゃよかったわ~」
「勝手にデザインを崩したら、タニアさんに怒られちゃいますよ」
軽口を交わして笑いつつ、その後も続々と来店する客をさばいていった。
モナカアイスは一つ二百Gの設定だ。今回は売上よりも、広告として多くの人に手に取ってもらうことを重視している。そのため、値段はグッと抑えておいた。
お手軽な価格且つ、食べ歩きに最適な形状。客が途絶えることなく来るのは、この二つの要素が大きいみたい。
かき氷の時よりもハイペースでまわっていく。これはもしかしたら、途中でモナカ皮の追加が必要になるかもしれない。
――というのも、お昼頃には、さらにグンと客入りが増える見込みなのだ。とある『お使い』のお客様が来る予定なので。
アルメはせっせと働きながら、チラリと前方の景色を眺めた。大広場の向こう側に見えるのは中央神殿だ。
青空に浮かぶ大雲のような、真っ白い神殿。そこで働くアイス好きの神官が、使いとして人を寄越すとのこと。
(ファルクさんのお使いの方が来られるのはお昼頃、って話だから……その後にお客さんが増えたら、モナカ皮の追加を持ってくることになるかもしれないわね)
ファルクは新作モナカアイスを手に入れるために、また神殿から人を寄越すそう。かき氷の時の使いの青年――黒髪眼鏡の見習い神官、カイルが、昼頃に来店する予定である。
最近、新店や祭りの準備が忙しくて、なかなかファルクと会えずにいた。上手く二人の予定を合わせることができなかったので。
と、いうわけで、まだ彼にはモナカアイスをお披露目していない状態だ。
手紙のやり取りの中で、お祭り当日のお楽しみ、ということになったのだった。
『当日、絶対に手に入れます』と、強めの筆圧で返事が来て笑ってしまったのは、つい先日の話である。
前のかき氷の時は、神官が使いに来たことで店の周囲が大きく盛り上がった。今回も同じように、使いが来たら客が増えると予想している。
密かにソワソワしながら、アルメはその使いが来るのを待っていた。
早く来てほしい。そして早く、ファルクに新作アイスを食べてもらいたい。そういう気持ちで、それはもうソワソワと待っていた。
――の、だが。
アルメのウキウキとした浮かれた気持ちは、遠くから押し寄せてくる人々の悲鳴で、ハラハラしたものに変わるのだった。
昼の鐘が鳴った頃。何やら広場の向こうの方から、大きな歓声が聞こえてきた。
「広場の中が賑やかですね」
「大道芸人のパフォーマンスでも始まったんじゃない?」
アルメはコーデルと、そんなのん気な会話をしていた。が、段々と、『おや……?』と首をひねり始めた。
歓声は徐々に大きくなっていった。というより、こちらに近づいてきているようだった。近くなるにつれて、黄色い絶叫であることがわかってきた……。
……アルメの胸に、じわりと嫌な予感が湧いてきた。
この女性たちの黄色い絶叫……前にも聞いたことがある種類のものだ。主に出軍の見送りイベントなどで……。
渋い顔をするアルメを見て、ジェイラは早々に何かを悟ったらしい。この後来るであろう嵐のような客入りに備えて、売り物の肉を大量に焼き始めた。
固まるアルメに、商魂を燃やすジェイラ、そしてポカンとするコーデル。
そんな三人の前に、ほどなくして、歓声の中心人物が姿を現したのだった。
広場を突っ切って通りを歩いてきたのは、白鷹本人であった。
白と青の優美な神官服を揺らして、颯爽と歩いてきた。ルオーリオの強い日差しに照らされて、白銀の髪と金色の瞳がキラキラと輝く。
人の波を割って歩く威風に満ちた姿は、さながら天から舞い降りた男神のようだ。
……が、そんな男神の手にはクーラーボックスが握られている。せっかくの神々しさが台無しである。
白鷹ファルクは見習い神官カイルを供にして、悠々と歩み寄ってきた。
アルメの露店の前で立ち止まり、小声でコソリと囁く。
「こんにちは。近かったので、来ちゃいました」
「……こ、こんにちは……白鷹様……」
アルメは顔が引きつってしまって、上手く返事を返すことができなかった。
人々が店を取り囲んで壁のようになっている。少々の距離を取っているのは、白鷹への畏れのためか。
固まってしまったアルメをよそに、ファルクはクーラーボックスをパカリと開けた。
「モナカアイス、楽しみにしていたんです。せっかくなので、たくさんいただいていこうかと。ご迷惑にならない程度に、どれくらいいけるでしょうか?」
「え、ええと……そんなにたくさん、食べられますか……?」
「幸いなことに、神殿には大きな冷凍庫がありまして」
ファルクはさらりと言ってのけたが、隣のカイルは苦笑をこぼしていた。
「ファルケルト様、冷凍庫を私物化されるのは、どうかと……」
「せっかくそれなりの権力を得ている身ですから、こういうところで使っていこうかと思いまして。今日より神殿の冷凍庫の一部は、おやつ用にいたします」
(なんとしょうもない職権乱用……)
会話を聞いて、アルメは胸の内でツッコミを入れてしまった。
ファルクは気を取り直して、注文を告げた。
「それでは、この箱の中いっぱいに、モナカアイスをお願いいたします」
アルメは慌てて手を洗って、コーデルと共にアイススプーンを握りしめた。
大急ぎでアイスを取り分けて、モナカに詰めていく。全ての種類をまんべんなく作って、氷魔石入りのクーラーボックスに詰めていった。
機械のような速さで動く、アルメとコーデル。二人を見て、ファルクはのん気な声をかけてきた。
「そう急がず、ゆっくりでいいですよ、ゆっくりで」
「ゆっくりしていられますか……!」
アルメは小声で文句を飛ばしておいた。
人だかりがとんでもないことになっているのだ。近くの店の店員たちまで見物に来ている。早くお帰りいただかないと、通りがパンクしてしまう……。
平和だったアイス屋は、男神の襲来で戦場のような慌ただしさになってしまった。
そんなアイス屋の脇で、ふいに見物人の子供――可愛らしい幼児が、甲高い無邪気な声を上げた。
「ママー、あの人、ママがパパよりかっこいいって言ってた人ー?」
「わぁっ!! こらこらこらっ!!」
舌足らずな幼児のお喋りは、母親の大声でかき消された。周囲からドッと笑い声がもれる。
ファルクは苦笑しつつも、そちらへ向かって手を振った。振られた先で母親と、流れ弾をくらった女性たちが悲鳴を上げる。
幼児に触発されたのか、今度は六歳くらいの男の子がファルクに声をかけてきた。
手に巻かれた青いブレスレットを掲げる。このビーズブレスレットはアルメの店のくじの景品だ。
「見て! 一緒のやつ!」
「よくお似合いですね。俺も部屋の一番よい場所に飾っていますよ。とても大切なブレスレットなので。毎晩眠る前に手に取って、刻まれた素敵な詩を眺めています」
返事を返されて、男の子はパァっと目を輝かせた。
男児とは反対に、アルメは背を丸めて縮こまってしまった。公衆の面前でそういうことを言うのはやめてほしい……この例えようのない照れを、どうしてくれるのか。
アイスを待つ間、ファルクは街の人々との交流を楽しんでいた。
間近に見る白鷹に怯んだのか、大人たちはわきまえて、遠巻きにしている。無邪気に声をかけてくるのは子供ばかりであった。なんとも和やかな交流会である。
幸いなことに、集まっていたのが庶民ばかりだったので、場はほのぼのとした空気を保っていた。
この場に恐れ知らずの貴族の婦女子がいたならば、ちょっとした事件が起きていたかもしれない。……あの日のキャンベリナのように。
(白鷹様が軽々しく露店に顔を出さないように、って注意しておいた方がいいかしら……? ……事件を未然に防ぐためにも)
交流会を横目に見つつ、そんなことを考える。――けれど、注意などできないだろうなぁ、とも思う。……来てくれて嬉しいという本音が、邪魔をしてくるので。
この日、広場前の一角は、すっかりファンサービスの会場と化してしまうのだった。
そうして無事にモナカアイスを納めて、神殿の王子様にお帰りいただいた直後――。
本当の戦が始まったのだった。
取り囲んでいた人々が、そのままドッとなだれ込んできた。人々は興奮した様子で、二百Gを握った手をグイグイ突き出してくる。
「これモナカアイスっていうの!?」
「白鷹様、すごくたくさん買って行ったわね!」
「そんなに美味いのか!?」
「えっ、安くない!? 三つお願い!」
嵐のように注文が殺到して、目がまわるかと思った。
遠く向こうには神殿に帰っていくファルクの背中が見えたが……彼はモナカアイスを歩き食いしていた。
あまり行儀がいいとは言えない食べ方だけれど、白鷹の歩き食いは、おかしなほどに優雅であった。
結局モナカアイスは爆発的な売れ行きを見せ、昼過ぎには追加の皮とアイスを持ってくることになった。
祭りは今日を入れて、三日間の開催だ。翌日以降も想定以上の売れ行きが見込まれる。祭りの間、モナカ皮製造工場はフル稼働となりそうだ。
モナカアイスを手にした客は皆、珍しい焼印広告を目に留めてくれた。
「ティティーの店、だって。南地区でオープンするらしいよ」
「あれ? そのアイス屋、中央の大通りにもなかったっけ? 貴族向けの気取った店」
「あの店とはまた違うんじゃない? あっちの店の看板には、ヒヨコの絵なんてなかったし」
ゆるキャラ白鷹ちゃんも大活躍している様子だ。――鷹ではなく、ヒヨコとして。
客の会話を聞いて、アルメはつい笑ってしまうのだった。




