105 ブランデーミルクアイスと親睦会
翌日も、モナカ皮製造工場はフル稼働していた。
今日はアルメとエーナとコーデルの三人で、せっせと皮を作っていく。
今回の冬の四季祭りは、新店オープン前の大切な宣伝の場である。今まで参加してきた夏と秋の祭りよりも、露店の営業時間を長くするつもりだ。
朝一から夜まで営業するつもりなので、その分たくさんアイスを仕込んでおかなければいけない。モナカ皮も多めに作っておく予定だ。
途中、お喋り休憩もはさみつつ。どんどん皮を作って。
作業をしているうちに、本日もあっという間に夕方を迎えたのだった。
エーナは仕事終わりに試食と称して、モナカアイスを一つペロリと平らげて帰っていった。
他の従業員も帰して、店を閉めた後、アルメとコーデルもモナカアイスをこしらえる。こちらは自分たちで食べるのではなく、人に贈るためのアイスだ。
新店の隣の店――ケーキ屋のリトへの差し入れである。この前フルーツタルトをもらったので、お返しにモナカアイスを贈ることにした。
彼女は連日、夜まで店で準備をしているとのこと。新店の店長となるコーデルの挨拶を兼ねて、今日訪ねてみることにした。
リトの好みがわからないので、ひとまずプレーンなミルクアイスでモナカを作って、容器に詰めた。氷魔石と一緒に布で包み、抱えて店を出る。
お喋りなコーデルとあれこれ話をしながら、路地を抜けて大通りを歩いていく。
南地区の新店にたどり着いて、隣のケーキ屋を覗いた。リトはカウンターで何か書き物をしている。一人で作業をしているようだ。
扉を叩いて声をかけたら、彼女は笑顔で迎え入れてくれた。
「あら、アルメさんこんにちは~。いや、もうこんばんはの時間かしら。いつの間にやら、すっかり夕方ねぇ」
「こんばんは、遅くまでお疲れさまです。お仕事の最中にお伺いしてしまい、すみません。アイス屋表通り店の店長と挨拶に参りました。それと、この前のタルトのお返しに、ミルクアイスをお贈りしたく」
アルメの言葉を受けて、コーデルが前に出た。
「はじめまして、コーデル・ドルトと申します~。新店の店長を務める予定です。仲良くしてもらえたら嬉しいわ」
「はじめまして、リト・セルジオと申します。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします~」
ペコリとお辞儀をして、コーデルとリトは挨拶を交わした。二人とも喋り方がやわらかく、おっとりとしているので、一気に場が和やかな雰囲気になった。
ひとまず、お隣同士よい関係を築けそうで、アルメも頬をゆるめた。
アイス容器の包みを受け取り、リトは思いついたように声をかけてきた。
「アイスもありがとう! ――あ、ねぇ、もし時間があったら、ちょっとお茶していかない? せっかくだから、一緒に食べましょう」
「リトさんのお邪魔でなければ、喜んで」
「いいわね~、親睦会ってことで」
アルメとコーデルが話に乗ると、リトはカウンターをササっと片付けた。苦笑しながら言い添える。
「――って、お茶に誘っておいて申し訳ないのだけれど……まだ椅子もテーブルもないから、カウンターで立ち飲みになっちゃうわ……。でも、代わりにいいものがあるから」
「いいもの、ですか?」
ふっふっふ、と笑うと、リトは棚から酒瓶を出してきた。輝くはちみつ色のお酒は、ブランデーだ。
「ミルクアイスに、ブランデー。どう? 合いそうじゃない? お酒苦手じゃなかったら、どうかしら」
「なんとも魅惑的なお誘い……!」
「ごちそうさまで~す!」
アルメとコーデルもニヤリと笑って、カウンターを囲んだ。
リトは小ぶりなグラスにブランデーを注いで、カウンターに並べた。アルメはアイス容器を出して蓋を開ける。
片手にモナカアイス、もう片手にブランデーのグラスを掲げて、三人で親睦の乾杯をした。
「では、アルメさんとコーデルさんのアイス屋と、我がケーキ屋の成功を願いまして~」
「「乾杯!」」
明るい声を合わせた後、クイとブランデーで喉を潤す。続けてミルクアイスモナカをかじると、口の中で味が合わさった。
甘くまろやかなミルクアイスに、ブランデーの風味と香りが乗る。たまらなく贅沢な味わいだ。思わず、美味しさにため息を吐いてしまった。
コーデルとリトもそれぞれ感動の声を上げる。
「はぁ~! たまらないわ、これ!」
「んっふっふ、やっぱりブランデーはお菓子に合うわねぇ! 冷たいアイスにお酒。ルオーリオの暑い夜に最高じゃない?」
「最高ですね……! グラスのお酒にそのままモナカを浸してもよさそう」
アルメはブランデーに、モナカアイスの端を浸してみた。皮がよい具合に酒を含み、絶妙なブランデーミルクアイスが出来上がる。
三人でモナカアイスを浸して食べながら、大盛り上がりしてしまった。
思いがけず出来上がった、大人のアイスを堪能しながら、アルメは密かに苦笑する。
(ブランデー掛けミルクアイスは……ファルクさんに食べてもらうことはできないわね)
神官は神との契約で酒の喜びを禁じられているのだそう。程度はわからないけれど、酔いがまわるお菓子は危うい気がする。
こんなに美味しいのに、アイス好きの彼に提供できないなんて……酷くもどかしい心地だ。
アイスを味わいながら、三人でお喋りを楽しむ。ほどよくお酒がまわってきて、みんなペラペラと口が動いた。
「アルメさんのアイス、ケーキにもよく合いそうねぇ」
「アイスケーキ、いいですね! いつかコラボ商品でもどうでしょう」
「アイスケーキ? ケーキの中身をアイスにするってこと? やだ、絶対美味しいわそれ」
「是非、お願いしたいわぁ! お店を盛り上げる新作として! うちのお店も一緒に、アルメさんのお店の勢いに乗せてちょうだい」
アイスケーキの案でひとしきり盛り上がった後、話の流れでリトが問いかけてきた。
「――にしても、アルメさんのアイス屋さん、本当に勢いがあるわよねぇ。まだ開業してから一年も経っていないのでしょう? すごいわぁ。もう二号店を表通りに出すなんて、攻めるわねぇ」
「いやぁ……私もここまで早く事を進めることになるとは思わなかったです。……ちょっと、戦う相手ができてしまいまして」
「あらあら? なにやら事情があるのね? 聞かせて聞かせて~」
リトはどこかワクワクとした様子で、ブランデーをグイとあおった。おっとりとした人だと思っていたが、意外とこういう話が好きらしい。
聞き上手なリトに乗せられて、アルメは事情をペラっと話してしまった。
フリオとキャンベリナの浮気による婚約破棄騒動から、現在の競合店との戦いに至るまで。酔いにまかせてペラペラと。
話し終えてリトを見ると、彼女はものすごくいい笑顔をしていた。
「アルメさん、やるじゃない! 元婚約者の浮気相手の店をぶっ潰すために新店進出! 燃えるわぁ!」
「いえ、ええと……ぶっ潰すまでは言っていませんが」
そこまで過激なことは言っていないのだけれど……リトはなぜだか気分が上がった様子だ。『潰したれ~!』なんて言いながら、冗談っぽくパンチの真似をしていた。
……パンチの真似、にしては、ずいぶんと拳のキレがいいように見えたのは、きっとアルメの気のせいだろう。
一連の騒動を話し終えたところで、アルメは我に返って謝った。
「――って、しょうもない身の上話を長々と語ってしまってすみません。というか、お酒までいただいて、長居してしまって……」
ふと店の外を見ると、もうすっかり暗くなっていた。そういえば、さっき夜の鐘が鳴っていたような。
謝るアルメに、リトは気にした様子もなく笑った。
「いいのいいの。いくらでもお話ししていってちょうだい。この時間いつも一人だから、みんながいると賑やかで楽しいわぁ」
「リトちゃん、今日も夜遅くまで仕事するの? お酒入ってるし、帰り道危なくない? あたし送ってってあげようか。アルメちゃんと一緒に」
「あら優しい。迎えに来てくれる殿方もいないし、お願いしようかしら」
どうやらリトは独り身らしい。わざわざ明かしてくれたのは、婚約破棄を暴露したアルメへの気遣いかもしれない。
プライベートを明かしたリトは、ついでとばかりにコーデルのことも、ちょいとつついた。
「コーデルさんは両手に花を持って夜道を歩いて平気なんですか? どなたかに、嫉妬されてしまいません?」
「あたしももう一応……独り身だから平気よ」
「一応?」
歯切れの悪いコーデルにリトが詰め寄った。コーデルは酒をグイと飲み干すと、思い切ったように話し始めた。
「田舎の地元に彼女がいたんだけど……なんだかうやむやになって、街を追い出されちゃったのよ、あたし。たぶん関係も消滅しただろうから……あたしも独り身のはず」
「えっ、彼女さんに街を追い出されたんですか!?」
アルメはギョッとして声を上げてしまった。コーデルは一体どういうお相手と付き合っていたというのか。
コーデルはやれやれ、と事情を語った。
「お相手、街長の娘さんだったの。末の娘さんだったから、パパさんからずいぶんと甘やかされててさぁ……。いざ婚約の段になって、『お前なんぞに娘はやらん!』ってパパさんと揉めて……彼女は彼女で『パパがそう言うなら~』とか言っちゃって……。結局なんだか、あたしだけ悪者みたいになって、おしまいよ。ど田舎の小さな街だったから、街長の敵になったらもう暮らせなくて……」
「わぁ……」
「お疲れさまねぇ……」
コーデルもなかなかに苦労をしてきたようだ。労うように、リトがグラスに酒を注いだ。
彼は話の締めに、吹っ切るように言い放つ。
「だからもう、次お付き合いするお相手は、何のしがらみもない庶民の女の子がいいわ。親の影がない、自立した子」
そう力強く言い切った後、コーデルは表情をやわらげてこちらを向いた。
「ちなみにお二人はどんな人が理想なの? あたしも暴露したんだから、二人も話してよね」
ほろ酔いの親睦会は、暴露大会に変わり始めた。コーデルの問いかけに、酔っぱらったリトがペラペラと答えた。
「私は身長の高い人がいいわぁ。私が平均より高い方だから、私より高い人。でもガタイのいい筋肉質な人はちょっとねぇ~。スラっとした演劇役者さんみたいな、優男が理想。でも、一日中バリバリ働いててもへたらないような、男らしい馬力は欲しいわぁ。けど、悪い意味で男くさいガサツな人は嫌」
「条件細かっ」
「き、厳しいですね……!」
リトはなかなか高い理想の持ち主らしい。――けれど、アルメは隣を見て、ふと思った。
「あ、でも、コーデルさん結構当てはまってません?」
「え、あたし?」
気がついたことを口に出したら、リトがハッとしたようにコーデルに目を向けた。
何か見定めるようにまじまじと視線を向ける。しばらく見回した後、彼女はおもむろに手を差し出した。
「コーデルさん、お友達からどうでしょう」
「あら、採用試験突破しちゃった? まぁ、光栄だわ。リトちゃんしっかりしてそうだし、気が合いそう。どうぞよろしく~。今度ゆっくり、おデートでも」
冗談っぽく笑いながら、二人は握手を交わした。
――そんな和やかな二人を眺めつつ、アルメは神妙な顔をした。『デート』という言葉を聞いて、最近の密かな悩みを思い出してしまった。
悩みというか、疑問というか。ちょっと、人に聞きたいことがあるのだ。
(……今、この雰囲気なら、少しくらい変なことを聞いても許される気がする)
ほろ酔いに任せて、アルメは相談事を話してみることにした。大人な二人なら、笑わずに聞いてくれそうなので。
「……あの、お二人にちょっとお聞きしたいことがあるのですが……男女で遊びに行くとして、『友人としての街遊び』と『デート』って、どういう違いがあるのでしょう?」
急に真剣な面持ちになったアルメに、コーデルとリトは目をまるくした。少々の恥ずかしさは脇に置き、アルメは言葉を続ける。
「その……世間の人々は、『ただの遊び』と『デート』で、何か振る舞いに差をつけているものなのでしょうか? もし、お相手とデートだと思って出掛けて、雰囲気のない子供っぽい遊びになってしまったら……ガッカリするものですか?」
ファルクにデートの話を出されてから、ずっと気になっていたのだ。彼はどういう街遊びを望んでいるのか、と。
ただの街遊びでいいのなら、普通に過ごすつもりだ。けれど、デートらしいデートを望んでいるのだとしたら、それっぽく対応しないとガッカリされてしまうかもしれない。
……彼にガッカリされる想像をすると、どうにも悲しい気持ちになって仕方がないのだ。
複雑な表情で考え込むアルメに、リトはやんわりとした笑顔を向けた。
「友達とのただの遊びも、恋人とのデートも、何も難しいことは考えないでいいのよ。『人生は気楽に、愛は真心のままに』。ルオーリオののん気な歌の通り、適当でいいのよ、適当で」
「はぁ、適当、ですか……」
コーデルもリトと同じ調子で言う。
「デートだろうがなんだろうが、気楽に楽しく過ごせばいいだけよ。――っていうか何? アルメちゃんもデートの予定があるの?」
「いや、その、えっと……友人が、悩んでいたので。友人が」
つい照れ隠しに、友人の悩みということにしてしまった。
コーデルとリトは顔を見合わせてこっそりと笑い合った。
『友人の話なんだけど』という断りが入る話は、大抵の場合、本人の話である。何かを察してしまったけれど、二人は素知らぬ顔で見守ることにした。




