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104 モナカ皮製造工場

 新店の準備を進めているうちに、祭りの日も近づいてくる。そろそろ、そちらの準備にも本腰を入れていく。


 一昨日モナカ皮の焼き機が完成し、無事、アイス屋の調理室に仲間入りした。そういうわけで、本日からモナカ作りを始動させる。


 アルメは自宅店舗の調理室で、モナカ皮の焼き機を前にした。


 焼き機は家庭のコンロでも手軽に扱えるような、ワッフルメーカーに似た作りをしている。


 長方形の型が六つ並び、その型にモナカ生地を置いて、上下の金型を合わせてギュッと押し焼く仕組みである。

 出来上がったモナカ皮は手のひらサイズに仕上がる。


 焼き機は四つ作ってもらったので、フル稼働させたら一度に二十四枚の皮を生産できる。一つのモナカアイスに二枚皮を使うので、計十二個作れる計算だ。


 といっても、皮は祭りの会場で、その場で焼くわけではないのだけれど。先に大量に作っておいて、当日までは冷凍保存しておく。


 ――と、いうことで。今日は大量製造の初日である。


 アルメの他に、ジェイラとタニアが皮作りに加わってくれた。


 タニアはモナカ皮に入れる焼印広告のデザインを担当しているので、仕上がりが気になるそう。せっかくなので、皮作りの仕事を一緒に、と声をかけてみた。


 今日はこのメンバーで、明日はエーナとコーデルが手伝いに入ってくれる予定だ。


「それじゃあ、始めましょうか!」

「了解~!」

「が、頑張ります……!」


 三人でエプロンを整えて、モナカ皮作りがスタートした。


 アルメはテーブルに広げた材料と調理室を見回して、ざっくりと段取りを決めた。


「私が生地を作っていくので、ジェイラさんは焼き機を担当してもらってもいいですか? タニアさんは仕上げの焼印をお願いします。同じ作業ばかりしていると飽きてしまうので、グルグルと担当を交代していきましょう」


 指示を出しつつ、アルメはボウルに米粉を出した。


 米粉をメインにして、他にも色々な粉を加えていく。モナカ皮にサクサク感を出すための粉や、もちもち感を出すための粉、焼いた時によく膨らむようにする粉、などなど。


 試行錯誤を重ねて生み出した特製ミックス粉に、水を加える。よく混ぜ合わせてひとまとめにしたら、生地は完成だ。


 もちもちの生地から、一つ分の大きさをちぎり取る。むっちり、むっちり、とちぎって軽く丸め、油を塗った焼き機の型に置いていく。


 焼き機に生地をセットしたら、ジェイラがヒョイと持ち上げた。


「よーし、焼いてくよ! 失敗したらごめん」

「いえいえ、気にせず。実は私も昨日、少し試し焼きをしてみたのですが……最初のうちは結構な枚数、焦がしてしまったので。でも慣れると、こんなもんかな~という感覚でいけます……!」


 納品された焼き機の使い心地を確かめつつ、アルメも練習してみたのだ。焼き加減の調整は、まさに『習うより慣れ』といった感じであった。


「よっしゃ、じゃあアタシも皮焼きを極めるかー!」


 ジェイラは笑いながら、焼き機をコンロの火にあてた。上蓋を閉じて、金型をギュッと合わせる。


 熱せられた焼き機からジューという音がして、調理室になんとも食欲をそそる香ばしい匂いが満ちる。


 こんなもんかな~、とジェイラが焼き機の上蓋をチラッと開ける。そのまま焼き上がり第一号をテーブルに持ってきて、トングで皮を型から外した。


 粗熱取りの網の上に、焼きたてのモナカ皮がコロンと並ぶ。しっかりと焼けて、綺麗に長方形の形をしている。焦げ付きもなく、とても綺麗な仕上がりだ。


「す、すごいですねジェイラさん! 初回でこんなに綺麗な皮を……!」

「アタシ、モナカ職人の才能あるわ~」


 ジェイラは胸を張って得意げな顔をした。なんとも頼もしい職人だ。ちなみにアルメは十枚くらいは焦がしている……少々の悔しさは脇に置いておこう。


 ジェイラの横から、チラリとタニアが顔を出した。


「えっと、この皮に焼印を入れていくんですよね? 全部に入れていきます? それとも、二枚組になるので、片方だけにします?」

「モナカアイス両面にガッツリ広告入ってた方が、目立ってよくね?」

「そうですね、せっかくなので全部の皮に焼印を入れていきましょう」

「じゃ、じゃあ、いきます……!」


 タニアは焼印の金具を手に取り、コンロの火であぶる。


 その間に焼印用の小さな台座にモナカ皮をセットしておく。こちらもシトラリー金物工房で一緒に作ったものなので、皮にピッタリのサイズである。


 熱くなった焼印を、慎重にモナカ皮に押し当てた。シューという小さな音を立てて、皮の表面に焦げ跡がついた。


 ティティーの店の字と、白鷹ちゃんのゆるキャラがしっかりと焼き付けられた。その下に、別の焼印で店の地図を入れる。さらに仕上げに、オープン予定日もしっかりと焼き付けておく。


 これでお祭り用の広告モナカ皮の完成だ。


 なかなか綺麗に仕上がり、三人でまじまじと見入ってしまった。


「ほ~、いいじゃん! これ食べるのもったいねぇな」

「そうですね……せっかく綺麗にできたのに」

「ふふっ、食べてこそですよ。広告とはいえ、一応お菓子ですから」


 もったいない、と声をそろえて嘆くジェイラとタニアに、アルメは笑ってしまった。タニアは初対面ではジェイラに怯えていたけれど、ようやく最近、打ち解けてきたようだ。


 二人の様子に和みながら、アルメはさて、と声を出す。


「さぁ、この調子でどんどん作っていきましょう!」


 初作を終えて要領をつかんだところで、製造続行だ。


 ジェイラは早々に焼き機を四つ全て稼働させて、サクサクと皮を焼いていった。よい頃合いの焼き機を、サッとアルメに流していく。


 アルメが焼き上がった皮を取り出し、また生地をセットしてジェイラに流す。この作業を四つの焼き機でグルグルと回していく。


 焼き上がった皮にはタニアが焼印を押していき、粗熱取りの網にどんどん並べていく。冷めたところで皮を重ねて、容器に入れて冷凍庫へ納める。


 本日のアイス屋の調理室は、すっかりモナカ皮工場になっていた。





 そうして担当をローテーションしつつ、数百枚の皮を作った。


 夕方が近づいて、そろそろ今日の作業は仕舞いにしようか、という雰囲気になった時。とある男が調理室にひょっこりと顔を出したのだった。


 銀色の短髪に褐色の肌。ジェイラとよく似た垂れ目に、ジャラジャラとした耳飾り。チャリコットだ。


 彼は調理室を覗き込んで、のん気に声をかけてきた。


「よーっす、アルメちゃん。今日姉ちゃんいるっしょ? 暇だから迎えに来た~」

「チャリコットさん、こんにちは。……って、ちょっと。服をちゃんと着てください、服を」

「え~? 今日すげーあっちぃんだもん。服なんて着てられねーって」


 チャリコットはいつも通りに、いや、いつも以上にゆるいファッションで現れた。シャツの前を完全にくつろげている。


 普段から胸元を晒していて、目のやり場に困る人なのだが……今日は腹筋まで晒している。


 ジェイラは呆れた様子で、弟に言葉を返した。


「お前さー、だらしない格好で中入ってくるなよ。つーか部外者は出ていけっての」

「姉ちゃんだって腹出してんじゃん。俺のこれもファッションです~。身内が従業員だし、覗くくらいはセーフっしょ」


 仲良し姉弟の気安い会話に、アルメはつい笑ってしまった。――が、背中に隠れるようにして、タニアが固まっていることに気がついた。


「あ、ええと、タニアさん。彼はジェイラさんの弟さんの、チャリコットさんです」

「……チャ、チャラ男さん……!?」

「チャリコットさんです、チャリコット」


 タニアはジェイラと初めて会った時同様、怯えきっていた。


 やっとチャラっとしたお姉さんに慣れてきたというのに、今度はチャラっとしたお兄さんが現れて、二度目の衝撃をくらっているようだ。


 ……気持ちはわからないでもないが、慣れてもらうしかない。


 アルメはタニアの背を押して、グイと前に出した。彼女の姿を見て、チャリコットが声をかけてきた。


「あれ~? アイス屋さん、女の子増えてるじゃん。初めまして、ルオーリオ軍三隊所属のチャリコットでーす」

「……ぐ、軍人、さん……? ……ど、道理で、大胸筋と腹直筋が素晴らしいと思った……。外腹斜筋も……絵画工房の石膏像より立派だわ……」


 タニアはあわあわしながら、なにやら筋肉の名前をボソボソと呟いた。一瞬アルメの頭の中に『筋肉フェチ』というワードがよぎったが、忘れることにする。


 筋肉を褒められたことに気を良くしたのか、チャリコットは調子づいてお喋りを始めた。


「え、なになに? 褒めてくれてんの? ――じゃあさー、俺の腹筋と白鷹野郎の顔面だったら、どっちが素敵だと思う?」


 前にアルメも、似たような質問をされたことがある。確か世間でネタとして流行っている質問だ。白鷹を選ばない女性は狙い目なのだとか。


 タニアは動揺しながらも、スッパリと答えた。


「……腹筋……が、素敵だと思います……私個人的には……」

「まじで!? すげ~! 初めて圧勝した!!」


 即答したタニアに、チャリコットは大きな声を上げて思い切りはしゃいだ。


 ケラケラと明るく笑うチャリコットと、身を縮こめてオロオロするタニア。二人の様子はまるで正反対だ。


 あまりにも対照的で、一周まわって逆に絵になっている気がしてきた。

 対になる物事というものは、絵画や文学作品など、諸々のモチーフとしても使われがちである。


(陽の色男と陰の美女――。なんてね)


 目の前の光景にタイトルを付けるなら、こんなものだろうか。――そんなことを考えつつ、アルメは二人のやり取りを眺めてしまうのだった。


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