103 新店の食器調達
よく晴れた日の午後、路地の奥の奥にて。
また店番を他の従業員に任せて、アルメは別の用をこなす。
今日はコーデルと共に革細工工房に荷を受け取りに来た。荷とは、アイスキャンディーくじの景品――白鷹ブレスレットである。
今まではアルメとジェイラが受け取りに行っていたけれど、これからはコーデルにもお願いすることにした。
店主は白鷹ブレスレット作りの途中だったようで、テーブルには青い革と色とりどりのガラスビーズが広がっている。
完成品を一つ摘まみ上げると、店主は挨拶代わりにコーデルへと差し出した。
「コーデルくん、ね。どうぞよろしく。もしよければ一つあげようか? これ、もう持っているかね?」
「いえ、まだ手に入れてないわ! もらっちゃっていいの? 白鷹様ブレスレット、ずっと欲しいと思ってたの!」
「ふふっ、コーデルさん、今のところアイスキャンディーくじ全敗ですからね」
アイスキャンディーくじの景品は、従業員であっても『あたり』を引かないともらえない、というルールである。
――といっても、別にアルメが設定したわけではない。二号店に向けて従業員が増えて、彼らの間で自然とそういうルールが出来上がったみたいだ。
今日、こうして製作者から直接もらえたのはラッキーだ。コーデルは喜び、もらったブレスレットを早速手首に巻いた。
「これ、ガラスビーズがキラキラしてて綺麗よね!」
「丸いビーズはよく見ますが、四角い形は珍しいですよね。このビーズは特注品ですか?」
「そんな大層なものではないよ。弟が作っているものだから。『ちょっとおくれ』とつついたら、大量に寄越したというだけで」
「弟さんってビーズ作りの職人さん?」
「奴は一応、ガラス工房を営んでいるよ。うちは何かと物作りに縁のある家でね。――ほら、これも弟の作ったグラス」
店主はテーブルの端に置いてあるグラスを手に取った。透明なマグカップ型で、持ち手は色ガラスで作られている。曲線が美しい洒落たグラスだ。
アルメとコーデルはグラスに見入ってしまった。
「こちらのグラス、素敵ですね。クルンとした持ち手が植物の蔦のようで」
「色もやわらかくて可愛いわ~。置いてるだけで、なんだか部屋がお洒落になりそう」
「お洒落なグラス、いいですねぇ――……」
感想を言い合った後、二人は顔を見合わせた。どうやら考えていることは同じようだ。ヒソヒソと話し合う。
「――こういう器にアイスを盛ったら、見栄えがうんとよくなりそうですね」
「グラス、おいくらかしら? あまり高価だとアレだけど……」
アルメは店主に聞いてみることにした。
「弟さんはお店をお持ちだったりしますか? 他にも品を見ることはできないでしょうか? こちらのグラス、とても素敵なので気になりまして」
「おぉ、それなら、是非とも奴の工房を訪ねてやっておくれ。少々変わり者だが、悪い奴じゃないよ。路地の奥の奥の奥~の方にあるから。どれ、地図を描いてあげよう」
店主はざっくりとした地図を描いて渡してくれた。
ブレスレットの荷箱を受け取って、アルメとコーデルはその足で、店主の弟の工房を目指すことにした。
路地の奥の奥の奥~の方まで歩き、ガラス工房へとたどり着いた。
工房は石造りのがっしりとした建物だ。立派な建物なので、さぞや活気のある工房なのだろう――と覗いてみたのだけれど、中は閑散としていた。
ごめんください、と声をかけても返事がない。仕方ないので、建物の中へと足を進めることにした。
大きく広い空間にこれまた大きな窯がある。これはガラスを熱する窯だろう。
その脇に、ポツンと一人の老人が座っていた。髪のないツルリとした頭に、白い髭を生やした老人だ。
じっと動かず背を丸めている。ピクリとも動かないので、なんだか人形のようだ……。
「あそこに座っているお爺さん、工房の方、ですよね?」
「え、蝋人形じゃなくて……? なんか怖いんだけど……」
恐々とした様子のコーデルに、アルメは苦笑してしまった。
最初、コーデル自身もアルメとファルクに、魔物じゃないかと警戒されていたのだけれど……その話は内緒にしておこう。
近くに寄って、改めて声をかけてみた。
「あの、ごめんください。勝手にお邪魔してすみません。こちらのガラス工房に用事があって、お訪ねしたのですが――……」
「…………なんだい? ワシの工房に用事だと……っ!?」
話しかけると、老人――ガラス工房の主人と思しきお爺さんが、ギラリと目を光らせた。
なにやら、スイッチが入ったようだ。急に元気に動き出した。
ガバッと振り向いて大声を発した主人に、アルメとコーデルは驚いて飛びのいた。二人に構うことなく、主人は勢いよく喋り出した。
「用事というのは、依頼かい!? 若者たちが、わざわざこんな路地奥の寂れた工房を訪ねてくるなんて……! あぁ、でも、昔はこんなに寂れていたわけではないんだよ。昔はこの東地区でも随一のガラス工房でな! ワシの作った食器は有名なレストランでも使われてて――」
ペラペラと喋る老人を横目に、コーデルがボソリと小声をこぼす。
「わぁ……この話、絶対長くなるわよ。どうするアルメちゃん……一旦帰る?」
「で、でも、もう始まってしまいましたし、放り出すというのは……」
コソコソ話をしている間も、主人の昔語りはどんどん盛り上がっていく。第一章のガラス工房の歴史が終わり、第二章の自分語りが始まった。
「――そんな若い頃には、ワシの周りにはいつも多くの人がいてね。みんな、呼んでもいないのに集まってくるんだよ。当時彼女は五人いてね、いやぁ、色々あったものだなぁ~! 仕事仲間とも毎日のように酒を飲み交わし――」
「その仲間たちとやらは、一体どこにいってしまったのよ? 工房にお爺ちゃん一人きりじゃない」
長話に耐え兼ねて、ついにコーデルが口をはさんだ。現状をスッパリと言葉にされた途端、主人のスイッチはまた急にオフへと転じた。
彼は背中を丸めてしゅんと呟く。
「……いつの間にやら、誰もいなくなっていた……。歳を取るにつれて女たちには相手にされなくなり、友も仕事仲間たちも別のところに縁を求めて、離れていってしまった……。工房に勢いがなくなれば、客もいなくなる……今はもう、ワシ一人だ……」
「ご、ごめんなさい、お爺ちゃん……そんな急に落ち込まないでちょうだい」
「でも、ご家族とは仲がいいのでしょう? お兄さんの革工房にビーズを提供しているとか」
「……あぁ……兄貴はきっと、しょうもない弟に情けをかけてくれているのだろうな……。……もうワシの元に来る仕事は、家族の情けの依頼だけだよ……ワシの時代は終わった……」
そういう締めで、主人の語りは終了した。
これ以上長くなるのも勘弁願いたいけれど、ここで終わるというのも後味が悪い気がする……。というより、ここで終わってしまうのはちょっと困る。
こうも落ち込みきった人間が相手では、気軽な相談ができない。アルメは主人と、アイス屋で使う新しい食器類の話をしたいのだ。
どうにか雰囲気を明るいものに変えたいところ。
(どうしよう……もう一度、お爺さんのスイッチを入れないと)
少し考えた後、アルメは思いついたまま、コーデルのブレスレットを指さした。主人に見せながらお喋りを再開する。
「ええと、時代が終わった、とおっしゃいましたが、そうでもないような気がしますけれど。見てください、このビーズブレスレット。こちら、今街で結構流行っていますよ」
「……おん? これは、兄貴のとこの革細工の……。あんたみたいな若者が、ワシのビーズを身に着けてるのかい。ビーズブレスレットなんざ、何十年も前の流行りだろうに」
「え、そうなんですか?」
初めて知った、とアルメとコーデルはポカンとしてしまった。どうやら、こういうビーズブレスレットは、前にも流行りがあったらしい。
流行は繰り返すというけれど、まさにそういう事象が起きていたとは。へぇ、と感心するアルメの隣で、コーデルが話を続ける。
「流行、一周まわって戻ってきたわね。あんたみたいな若者が~って言うけど、今このブレスレット着けてるの、大体若者よ。白鷹様だって着けているんだから! というか、彼が火付け役なんだけど」
「……白鷹? 何だそれ? 街に何か変な鳥でもいるのかい?」
「変な鳥……」
思わず、アルメは吹き出しそうになった。確かにちょっと変かもしれないが……主人は白鷹を知らずに、本物の鳥を想像しているようだ。
首を傾げる主人を見て、コーデルが目をまるくした。
「やだお爺さん、本当にルオーリオ民?」
「歳を取ってから歩くのが億劫で……久しく表通りに出ていなくてなぁ……街の事なんざもうわからんよ」
コーデルと主人の言葉を聞き、アルメは密かにダメージをくらう。日常的に表通りを歩いている若者でも、流行にうとくて白鷹をよく知らなかった人間がここにいる……。
目をそらしたアルメに代わって、コーデルが説明してくれた。
「白鷹様っていうのは、ルオーリオに来た偉い神官様よ! 老若男女にファンがいて、大人気なんだから~! ――そんな白鷹様がひいきにしているお店の店主が、こちらの彼女」
「あ、っと、申し遅れましたが、アルメといいます。私はアイス屋――氷のお菓子のお店を営んでおりまして、新しくそろえる食器のお話をしたくて、工房をお訪ねしたのですが――」
「……何!? 食器の依頼かい……!? それも何やら有名人のひいきの店から……っ!?」
主人の目が再びギラリと輝いた。どうやらスイッチが入ったようだ。
前のめりになる主人に怯みつつ、アルメは話を進めることにした。
「その、まずはお話だけ、お伺いする形でも――」
「あぁ、構わんとも! こっちに作ったものがある、是非とも見て行ってくれ」
主人はアルメとコーデルの背中をグイグイ押して、工房の奥へと案内した。
奥には大きな棚があり、様々なガラス商品が並べられていた。皿にグラス、花瓶、ボタン、などなど。
アイスによく合いそうな器もある。透明なガラスに泡が入ったものや、色ガラスを混ぜてあるもの。
口がひらひらと波打っているものもある。華やかなグラスはパフェにぴったりだ。
「こういう口の部分が大きく波打ったグラスに、足を付けることはできますか?」
「もちろんだとも! ワシの腕なら余裕で作れる」
「自信満々ね~」
「ワシ、天才だからな!」
「友達がいなくなっちゃったの、そういうところじゃない?」
「天才とは孤独なものなのだよ!」
完全にスイッチの入った主人は、コーデルの厳しいツッコミにも大きく笑うだけだった。
主人はアルメとコーデルに向かって胸を張って言う。
「わっはっは、どんな要望にも応えてみせよう! さぁ、友よ! 仕事の話をしようじゃないか!」
盛り上がってしまった店主に圧倒されつつ、アルメとコーデルはまたヒソヒソと言葉を交わす。
「ちょっと、勝手に友達にされちゃったわよ……」
「まぁ、増える分にはいいのでは……」
この日、アルメにずいぶんと年上の友達ができてしまった。
結局、グラスの製作は思ったよりお手頃価格だったので、そのまま仕事を依頼することになった。
こうして再び、友達兼、仕事仲間を得た老人の自分史に、『第三章、ワシの時代の再来』が追加されることが決まった。――こちらはまた、結構な長さになりそうだ。




