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100 子供遊びと大人の誘い

 そうして伸びるアイスでひとしきり盛り上がり、お茶の時間を終えた頃。


 そろそろ解散しましょうか、という雰囲気になった時、ファルクがテーブルにしがみついてしまったのだった。


 彼は先ほどまでとは打って変わって、心底しょんぼりと呟いた。


「……はぁ、どうしましょう……帰りたくない……」

「どうしましょう、じゃありませんよ。ぐずらないでください。今日は夜にお仕事があるのでしょう?」

「……こんなに楽しいのに帰らないといけないなんて……大人は辛いですね……」

「子供でも、日が落ちたら帰るものですよ。ほら、しっかり!」

  

 夕日は沈み切って、空はもう暗い。テーブルに突っ伏して動かないファルクに、やれやれと息を吐く。


 どうやら伸びるアイスで盛り上がりすぎてしまったようだ。すっかり童心に帰ってしまって、この様である。


 ……なんて、他人事ではないのだが。

 帰り支度をうながしているアルメも、内心は同じように、まだ遊んでいたい気持ちがある。あからさまに駄々をこねるファルクと違い、こらえてはいるけれど。


 大人はたまに、無性に子供っぽい遊びをしたくなるものなのだ。……と、言い訳しておく。


 少し考えて、アルメは店の備品棚からパフェ用の花火を数本持ってきた。


 未だテーブルと一体化しているファルクをつついて、提案する。


「じゃあ、最後にもうひと遊びだけしましょうか。この遊びが終わったら、今日はもう本当におしまい、ということで」

「それ……パフェの花火ですか?」

「はい。手持ち花火にして遊びましょう。外はもう暗いし、きっと綺麗ですよ」


 隙を見せたファルクの腕を掴んで、テーブルから引っぺがした。

 花火で釣りつつ帰り支度をさせて、店の外へと押し出す。


 ファルクに数本、花火を手渡した。彼はポカンとして小さな花火を見つめる。


「こうやって手持ちで遊ぶというのは、なんだか不思議な感じですね」

「結構楽しいものですよ。はい、火をどうぞ」


 この世界では、花火といえば地面に設置して、噴水のように大きく噴き上がるものが一般的だ。この小型花火は特注なので、今から世にも珍しい遊びをすることになる。


 アルメとしては、こういう手持ち花火は懐かしいものなのだけれど。


 店先にしゃがみ込んで、パフェ用花火に着火器の火を移した。


 途端に、暗闇の中にキラキラとした火花が弾けた。やはり日中よりも、夜の花火の方が鮮やかだ。


 手元で輝く光を見て、ファルクが弾んだ声を上げた。


「た……楽しい……! 噴き上げ花火を眺めているより、ずっと楽しい……!」

「ふふっ、光の魔法使いになった気分を味わえますね!」


 花火を振って、キラキラの火花を散らしてみる。夜の闇に光の絵を描いてみたり、両手で持ってフリフリと踊ってみたり。


 二人でまたワイワイと、思い切りはしゃいでしまった。



 そうして小さな花火を数本楽しんで、最後の一本の火が消えた。名残惜しいけれど、花火遊びはこれでおしまいだ。


 燃え尽きた花火を回収して、アルメはパンと手を叩いた。


「はい、終わり! 今日の遊びは終了です。もう、帰りたくないなんて駄々こねは、なしですよ」

「仕方ありませんね……」


 ファルクはしぶしぶと、改めて帰り支度を整えた。そのまま店先で別れの挨拶を交わす。


 気持ちが落ち着いたところで、さっきまでの自分たちを振り返り、アルメは苦笑してしまった。


「伸びるアイスといい、花火といい、なんだか今日は子供のように遊んでしまいましたね。……肝心の面接のことが頭から抜けてしまいそう」

「俺もこの後の仕事が心配です……童心を引きずらないように、気を引き締めないといけませんね」


 はしゃぎすぎたことを反省しつつ、二人で笑い合う。

 

 でも、たまにはこういう時間があってもいい。子供心というものも、大切なので。……と、肯定しておこう。


「さて、それでは俺はそろそろ。グズグズと長居して失礼しました」

「改めて、今日は面接のお手伝いありがとうございました」

「こちらこそ楽しい時間をありがとうございました。……また、今日みたいな子供遊びに付き合ってくださいますか?」

「えぇ、もちろん。また童心に帰って遊びましょうね」


 返事を返すと、ファルクは少年のような無邪気な顔でニコリと笑った。


 ――けれど直後に、彼は表情をさっと変えた。アルメの耳元に顔を寄せて囁く。


「では、大人の遊びはどうでしょう。付き合ってくださいます? 手を重ねて街を歩き、食事をして、身を寄せ合って過ごす遊びです。いつかお時間ができましたら、あなたをデートにお誘いしてもよろしいでしょうか。朝から夜まで、一日中、アルメさんを一人占めしたいのです」


 突然、耳に甘やかな低い声を吹き込まれて、アルメは固まってしまった。


 どうにか口を動かして、ぎこちない返事を返した。


「え、っと……は、はい……」

「ありがとうございます。楽しみにしていますね」

 

 そう言うと、ファルクはアルメの頭をふわりと撫でて、さっさと歩いていってしまった。


 少年の笑みを消した彼は、色をまとった男の顔をしていた。



 彼が去った後も、甘い声音と表情が頭に残ってしまってどうにも落ち着かない……。

 

 アルメは記憶を燃やすように、追加で持ち出した花火に火をつけた。


 一人でブンブンと振り回して、この例えようのない猛烈な照れと、胸の奥をくすぐるおかしな気持ちを忘れることにした。


 





 面接会はその後、数回行って、無事に採用目標人数まで人を集めることができた。

 これでひとまず、シフト勤務で店をまわせそうだ。


 二号店がオープンするまでの間、採用者には研修として路地奥店に入ってもらう。接客対応とアイスの盛りつけ、食器の扱いなど、一通り覚えてもらう予定である。


 アイス作りだけは、固定の数人に任せるつもりだ。アルメとコーデルの他に氷魔法士はいないので、冷凍庫も活用して製造する。

 二号店用に、大型冷凍庫を二台購入しておいた。


 ……最近大きなお金を動かすことが多く、金銭感覚がおかしくなりそうで密かに怯えているというのは内緒である。


 路地奥店も二号店も店主はアルメだが、店長の職は分けることにした。


 路地奥店の店主兼、店長は、今まで通りアルメである。けれど、二号店の方はコーデルに店長の仕事をお願いする。


 もう何度か研修に入ってもらっているのだが、コーデルは思っていた以上に頼もしい戦力であった。


 二号店の営業は彼を軸にしていこうと考えている。もちろん、アルメも店に立って一線で働くけれど。


 店長をお願いしたいという話をしたら、コーデルは目をうるませていた。


 涙ながらに、『まさかデスモンド家のアイス屋での経験が、こうも役に立つとは思わなかった。人生って、どうなるかわからないものね』なんてことを語った。


 そして続けて、『向こうの店に御礼状でも送ってやろうかしら』という冗談を言っていた。


 御礼状というより、喧嘩を煽る手紙になりそうだ。アルメは全力で止めておいたのだった。


 

 そうして人事の仕事を進めつつ、新店の中も整えていく。


 もう諸々の予定の書き込みで、手帳の中はすっかりごちゃごちゃになってしまった。そんな賑やかすぎる手帳を見つめて、アルメはボソリと独り言をこぼす。


「……ファルクさんと、デート……。……どこか丸一日予定を空けて……」


 びっしりと詰まってしまった予定は、なかなか動かせない。


 あの日、一度白紙になってしまった未来にため息を吐き、色々あって予定が埋まってきたことに喜び、そして今、再びため息を吐くことになるとは。


 丸一日予定を空けるのは、二号店が落ち着くまでは厳しそうだ。でも、そのうち必ず、どこかに彼と遊ぶ予定をねじ込みたいと思う。


 自分でも不思議なくらい、たまらなく楽しみで仕方がないので。


 でも一つ、ちょっと気になることがある。


「……デート、って言っていたけれど、街歩きのことよね。ファルクさん、前にも同じような冗談を言っていたし……」


 ファルクと初めて街歩きをした日、彼は観光案内を冗談めかしてデートと呼んだ。今回の件も同じ意味合いなのだろう、と思ったのだけれど……。


「いや、でも、わざわざ『大人の遊び』なんてことを言っていたし、本当にそういう意味のデート、なのかしら……?」


 なんだかそわそわして落ち着かないこの心地は、どうしたらいいのだろうか。

 

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