終章・終わりの始まり
嫌いだよ。君のことなんか
※
「ふーん。それで、村の人たちみーんな殺しちゃったわけなの?」
少女はけろりと、そう言った。少年はその少女の言葉が気に障ったのか、少し睨むようにして灰色の瞳を細める。しかし少年が睨んだって、少女は謝るでもなく、臆するでもなく…ただ笑うだけ。
右は金、左は赤紫の――――オッドアイを細めて。
「違う。奴らが勝手に死んだだけだ…僕は、僕は何も―――悪くない」
今にも、消え入りそうな…震えた声。
しかし少年は灰色の瞳だけはしっかりと開き、目を逸らそうとはしなかった。
「そうだね――――君は悪くない。でも、」
少女は言う。
少年に手を、差し伸べる。
「ちゃんと自分を知ろう?大丈夫。あたしは君を見捨てないし、クロードの仲間はいい人たちばっかりだよ。時間はたくさんあるんだから、ゆっくり慣れていけばいいんだよ」
しかし乱暴に、少年は少女の手を振り払った。
「うるさい…五月蝿い五月蝿い五月蝿い五月蝿い!!どいつもこいつも、知った風な口を聞くんじゃねえっっ!!この状況のどこに取り返しがつくってんだ!!ふざけるな!ふざけるなッ!!僕は―――僕は、こんなこと」
肉片ばかりの血溜まりの中、少年は叫ぶ。
周囲にには、殺し合い、削りあった死体ばかりだった。
「こんなのただの、化物じゃねえか……!」
「…そうだよ。だからあたしたちは―――魔女と呼ばれるのだから」
泣きそうだった。
痛いくらいに、泣いてしまいたかった。
「あっ!そう言えば、まだ君の名前を聞いてなかったね」
虚ろな灰色で、少年は少女を見つめる。
少年は、自分の名を言った。
「へー。いい名前っ!あたし?あたしはねえ―――。」
たずねられてもいないのに、少女は答える。
凛と、世界に染み渡る程に、美しい声音。
「アリス。あたしの願望は、世界を救うことだよ」
眩しいくらいの笑顔で、《あいつ》はそう言ったんだ。
少年は躊躇するようにゆっくりと、少女の手をとった。
※
<黄昏からの悪夢、深まりし闇と共に消え行く影よ、暁に染まる幻影は贖いの地に―――!!断罪、せよ>
遠くから聞こえるような、まるで僕自身が発する声じゃないような―――そんな、反響するように響く詩。
どろりと溢れ、僕の中に流れ込む―――堕天使の想いと狂気。
虚脱感にも似た、空っぽの空腹感。
酷く渇いた喉は血を欲し、高潔な魂を欲する。
入り混じる強い―――妬み、嫉み。
狂喜で、狂愛。
血が見える。真っ赤な、血が。
どうしたら貴女は―――私を見て下さるんですか?
「…っ、」
――――吐き気が、する。
「――――――やめろッッ!!!」
その疲弊しきった堕天使の声で、僕は我に返った。
気付いたら大量の冷や汗を流す僕と、冷たい床に肩膝をつくジェノンさんがいた。彼には既に立つ力もなく、ただ僕を闇紫の瞳で睨むだけ。
「…っ、そ、それ以上…っ私の中を覗き見ないで、いただけますか、……?」
「僕だって、…見たくて見てるわけでも、聞いたくて聞いてるわけでも…っ、ないんでね…!」
僕もジェノンさんも肩で息をするのがやっとだった。
数瞬の沈黙が、辺りを包む。
「この、力は…っ、《赤》の魔女の…!ふ、ふふふふ…♪まさか、貴方がその眷属だったとはねぇ―――!」
「……まあしかし、これは《あいつ》と半分こにした力でして…存在を消し去ることができるくらいに魔力を搾りとれるわけではないんですよ…」
存在を、なかったことにする、この力。
バルドウェイン博士が《あいつ》に植え付けた、忌まわしい力。
静かに、僕は灰色の目を伏せる。
「―――――――やっぱり負けましたね、ジェノンさん」
はっ、と僕は顔を上げる。ジェノンさんも、驚いて背後の玉座を見る。するとそこにはさっきまで眠らされていた彼女ではなく、整然と玉座に座り、どこかさっぱりとした表情の綜威さんがいた。しかし纏っているチャイナ服には、僕に死ねない身体だということを証明するために突き刺した胸元が、ぐっしょりと血で濡れていた。真っ赤に染まったチャイナ服で、青い瞳を細めるようにして笑む。
「…綜威さん、最初から起きてたんですか…」
「綜威さん!?じゃあさっきの会話、初めから聞いて…!?」
きゃーっ、とあたふたするジェノンさんを一瞥するように見て、綜威さんはそれどころではないと言うように僕を見た。
「ところで、《炎》の魔女が動きはじめたみたいですよ。早くしないと私たちまで火達磨どころか身体の一部すら残らなくなっちゃいます。ジェノンさん、飛べますか?」
「え、ええ。私は大丈夫ですけど…綜威さんの仰せとあらば♪」
ぱりーん、とガラスの割れる音。
僕は焦るように周囲を見渡す。すると、既に火の手はこの城にまで来てるようで、ステンドグラスが凄い勢いの熱風で次々に割れていく。
「カイン!どういうことだよ!?」
「どうもこうも…ああもう面倒臭ぇ!!説明は後だ!」
ジェノンさんは綜威さんを抱え、ばっちりスタンバイオーケーの様子。カインも巨大な漆黒の山犬に姿を変える。黒猫の姿では不釣合いだった巨大な翼も、これなら映える。
「早く乗れ!!」
そのカインの怒声と共に、再びステンドグラスの割れる音。それらはまるで連鎖するかのように響き、そしてあっと言う間に、《炎》はアクラス国はおろか、最後の砦であるこの城さえも巻き込んでいった。
一時間程前。
静寂と共に暗闇が支配する時刻。赤い瓦屋根の宿屋から、フォルンは静かに扉を開けた。長く美しい深紅の髪を太い三つ編みで編み上げ、右肩から垂らしている。《炎》の魔女が纏いしは、魔女結社・黒い鉤爪の紋が刻まれし漆黒の長衣。
「…やれやれ、雪兎君たちはもう逃げてくれたかな?」
ややふざけた口調で、髪と同じ深紅の瞳を細めて笑う。
そしてフォルンが手をかざした瞬間、周囲の建物という建物が―――、一気に燃え上がった。
轟、と鳴り響き、唸る炎。それらはまるで大きな龍の如く総てを呑み込み、総圧する。
かつん、かつん、と何事もないかのように、フォルンは炎の中を燦然と歩を進める。凄まじいまでの轟音と共に、焼け付く炎に絶叫する人々。建物の中から落ちてくる人間を一人も逃さずに、タクトを振るようにフォルンは自身の凶器を振りかざす。
「赦してね?ある地域の80パーセントが怪異の魔力に当てられ、発狂してしまった場合、消さなくちゃならないのが私――――始末番の、役目なの」
ふふ、と舌なめずりするように、妖艶にフォルンは笑む。
それはまるで、悪魔のように。
それはまるで、堕天使のように。
しかしどちらでもない―――フォルン・レギリットは紛れもない魔女。
慈悲はない。容赦もしない。
徹底的に、殺して殺して殺し尽くす。
灰すら残さず、焼き尽くす。
それが魔女結社・黒い鉤爪のナンバー2である、始末番のフォルン。
「ふふ、あはははは…!」
人間から、魔女という異形を隠すために、仕方のない犠牲。
今まで何回も、フォルンは同じことをやってきた。
しかし《炎》は、《赤》への憎しみに揺らぐ。
「見てなさいよ…!必ず見つけて、地の果てまでも追いかけてあんたを焼き殺してやるから……!!」
※
そしてフォルンさんが高らかな嘲笑を上げているなど知る由もない僕ら。
「あー…」
と、まるでやるきのない僕の声に、カインは不満を募らせた。
真っ赤に染まったアクラス国。そんな悲惨な光景を、僕たちは上空で見下ろしていた。
綜威さんはジェノンさんに抱えられて、僕はでっかくなったカインに乗っかって。
「……」
何もかもが、真っ赤だった。
《あいつ》のような―――燃え盛るような、赤。
「僕は、《赤》の魔女を探してます。やらなければならないことがある。その為に、僕は旅をしています。とても危険な旅です。でも貴方たちに―――その気があるのなら、」
綜威さんの呪いを解く方法があるかもしれない、と僕は言いかけて、その言葉は彼女自身に遮られた。
「エインセルさん。私、死ねない理由ができちゃいました」
やわらかく甘い笑みで、綜威さんはそう言った。
闇紫の瞳を見開いて、酷く驚いた様子のジェノンさん。そりゃあそうだろう。なぜなら彼は、彼女の呪いを解くために契約したのだから。
「私は貴方の物語を見届けるまでは、死なない。もちろん、呪いを解く方法は探すつもりです―――だから、ついていってもいいですか?」
僕も、灰色の瞳を見開く。
「ちょ!綜威さん!まさかエインセルさんを好きになったとか言い出しませんよね!?」
「…な、なんでそうなるんですか…!」
「オイこらてめえらっっ!!勝手に話を進めんなっ!」
わなわなと慌てる二人に、一人会話に紛れもしない怒声。
思わず、僕はぷっとふきだした。
「はは…」
眷属、悪魔、堕天使に不老不死―――にぎやかな旅に、なりそうだと思った。
それは、終わりへと向かう序曲―――――。
堕天使の章・完結いたしました!様々なキズイロが奏でる彼らの出遭い、いかがだったでしょうか?次回からは「傷色幻想曲・魔女と北大陸の傭兵王」連載予定です!!