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第六章・ゆがんだ黒




ケッ、大切なモノ?そんな下らねぇモンは捨てちまえ








アクラス国城内・地下水路。

「〜〜〜っ!何で優美で気高く残酷なこのオレサマがッ!!こんなことしなきゃなんねーんだっつーの!!」

それはもう怒りも声も抑えることなく、カインは思い切り叫んでいた。真っ暗な地下水路に、カインの怒声が反響する。

「……くそっ、」

面倒だ。面倒すぎる。

しかしまだ、あのガキに死なれちゃあ困るんだよ…!

「―――――…、」

自身の魔力と気配を押し殺し、カインは地下水路を進む。生き物の気配などまったくしない中で、しかしカインは確かに、かの気配を感じ取っていた。

静寂。

しん、と静まり返った中に一定の水音だけが響く。


ぴちゃん、


「!」

なんだ、ただの水音か…。チッ、たかだか十年ちょい下界に顕現しただけでこんなにビビッちまうとは、闇の最下層に居た頃と比べりゃあ大違いだな。

そんなことを呑気に考えている暇はないカインだったが、微かな空気の揺れに気付き、静かに前を見据える。


<黒針ブラックニードル!>


瞬間、無数の針が宙に現れたかと思うとそれらは一斉にカインに向かってきた。カインは両目を見開き、気付くのが遅かった割にはうまくそれらを避けることができた。

「…っ!!」

攻撃の対象に当たらなかった無数の針たちは、からん、と軽快な音を立てると同時に漆黒の羽へと変わった。


黒い、羽に。


「おやおや…何だか強力な魔力を感じると思って来てみれば…猫さんだったんですかぁ♪」


うっすらと闇紫の瞳を覗かせ、ジェノンは目の前の黒猫と対峙した。ぴりぴりとお互いの魔力がぶつかり合う中、カインは敵意を剥き出しにして毛を逆立てる。

一体何だ?――――…てめえ」

かつん――――…とジェノンの靴音が高く響く。

「私ですか?私は――――、ただの王族付秘書官・ジェアローズと申します♪」

かつん、

「まあ、真名まなではありませんがね…♪」

くらい、暗闇。

血も凍るような異質さを放つジェノンに、カインはにぃ、と目を細める。まるで獲物を狙う捕食者のように、ゴールド赤紫ワインレッドは燦々と輝き始めた。

「人間ではないかだってわかっただけでもよしとするか―――…くく、このオレサマに出遭っちまったこと、後悔する暇もないくらいにぐちゃぐちゃにしてやるよ!!!」

そのカインの声を合図に、周囲の空気がんだ。

水路の水が、わっと波打つ。


<天と地の先駆け、千と幾億の夢をもって我に嘆きと破滅、屍と永久に続き続ける不変を与えよ―――!!>


叫ぶように、しかしそれは荒々しいモノではなく凛とした響きへと変わる。

そのカインの声に同調するように、重ねられるうた


「うふふ…♪<遥か異界よりの使者、光纏いし蝶、我に悲嘆と絶望を、相対する者には閉じられゆく世界の鍵と、狂おしい程の憎しみを―――!!>」


空気が軋み、二人の魔力がをも巻き込んでいく。

周囲を、世界を、変質させていく力。


舞い落ちる、黒いはね


「ケッ、久々に解放できたと思ったら片翼だけかよ…」

はァ、とだるそうにため息をつき、目を細めるカイン。

本来の黒猫の姿から、いびつに片翼だけが姿を顕現させていた。小さな体躯たいくに似つかわしくない、巨大な翼。それは、怪異であるカインという存在を更に禍々《まがまが》しいものにするには充分なものだった。


「へぇ、一体何かと思ったら――――…悪魔さんだったんですかぁ♪」


「そういうてめえは、堕天使かよ……!!」


周囲の闇を更に包みこむように、ジェノンは漆黒の翼を広げる。闇紫の瞳がうっすらと開き、邪悪な笑みを、悪魔に向けた。

夜よりもなおくらい闇紫が、酷くたのしそうにカインをとらえる。

「今宵はついてるんだかついてないんだか、よくわからないですぅ…♪せっかく綜威チェン・ウェイさんを連れて、この城を出て行くつもりでしたのに…」

大きな、翼。

ばさ、っとうるしを塗ったような「それ」が、舞い踊る。

酷く冷たい、闇紫の瞳。

三日月のように、嗤う口元。

堕天使と――――悪魔。


「神に“堕天”されただけのモノが、奈落の底に落ちた魂…悪魔このオレサマに、勝てると思ってんのかアッ!!?」


ざわ、と空気が揺れる。

次の瞬間、カインは一瞬でジェノンの首元に移動し――――、噛み付いた。






アクラス国城内・大広間。

僕は約十人程の魔術師ウィザードたちに囲まれ、さっきからほとんど進展しない膠着こうちゃく状態に陥っていた。何か変化しているものがあるというなら、それは僕の戦況悪化だけだった。もうほとんど、体力も残ってはいない。

「…っ、クソ!」

次々と襲い掛かってくる剣、様々な永続魔法たちに、僕は避けるのが精一杯だった。

もしこの魔術師たちが生きていて操られているだけなら、なるべく傷つけずに済ませたいとは思っていた。しかし今の僕にはそんなことを判断している暇もなく、ついでにそんな余裕もない。

「綜威さん…貴女一体、この国で何人の人間を殺したんですか?」

致命傷を避けながら、僕は何とかこの状況の打開を図るべく、綜威さんの気を散らそうとする。これ程の人数を操るには相当の魔力と集中力が必要だから、もう彼女の心を揺らすしか僕に生き残るすべは残されていなかった。

「…」

綜威さんは一瞬青の瞳を苛立たしげに細めると、しかしもう勝負は決まったと思っているのか、僕のお喋りに付き合ってくれた。

「私はね、エインセルさん。三百の魔術師を殺さなければならないんですよ。自分のしゅを、解くために」

「…呪を、解くために?」

そんな呪い…あったっけ?

しかし魔術師たちは僕に考える暇を与えない。避ければすぐに次の攻撃がきて、僕は短剣でそれらを防ぐ。正直、この現状はかなりきつい。体中傷だらけで、もう立っているのもやっとだった。

「ある日、人魚が私に囁いたんです。魔術師を殺せと、でなければその身体は老いることも朽ちることもなく、ただ終わることのない苦しみをお前に与え続けるだろう…って。実際、かれこれ私は三百年程生きてますよ。もちろん、どんな傷を負ったって私は死なないんです」

悲しそうに、自分を嘲笑うかのように、綜威さんは言った。そして震えを止めるように自身を抱きしめ、静かに僕を睨みつける。

「運が悪かったですね…エインセルさん。私たちは、今晩にはこの国を出て行くつもりだったのに。」

「また違う魔術師を殺しに…ですか?」

その僕の言葉に、綜威さんは微かに眉根を寄せる。

透き通る程の青い瞳には、僕への殺意が明確に表れていた。

「つまり、綜威さん?この魔術師たちは、もう貴女に殺されていて…死んでるってことですか?」

「そうですよ。殺したのは私でも、魂を喰らったのはジェノンさんですけど」

言うと、魔術師たちは一斉に僕に向かってくる。もう終わりとでも言うように、綜威さんは静かに笑った。

しかし僕は、余裕の笑み。


「それだけ聞ければ充分です」


瞬間、僕に攻撃が当たる寸前、魔術師たちはまるで何かに弾かれるように周囲に散らばった。そして各々の攻撃魔法で、魔術師たちは殺し合いを演じ始める。しかし僕は、既にそんなことには興味を失い、綜威さんが立つ玉座へと歩を進めた。

僕の背後では、きっとおぞましいまでの光景が繰り広げられていることだろう。ぐちゃ、ぐちゅ、と人間のカタチが壊れて、損なわれていく不協和音ノイズが響く。

「エ、エインセルさん…貴方、一体……!!」

綜威さんは僕を…否、僕の背後の光景を見て、表情を凍りつかせている。

「彼らの身体が既に生きてないどころか、魂まで喰われてることを確認できて助かりましたよ。僕は生者には優しくても、死者には冷たいですからね。」

かつん、かつんと僕の靴音が響く。

さっきまでのおぞましい音は既に止み、静寂だけが辺りを包みこんでいた。きっと肉塊へと変わってしまった哀れな魔術師たちは、恐らく原型など留めていないだろうと思った。

僕の今までの、経験上。

「僕は他の魔女たちとは違って、ちょっと特別な“キャ”の魔女なんですよ。徹底的なまでの無を生み出し、僕に向かってくる攻撃を冷徹なまでに打ち返す力。跳ね返ったらどうなるかと言えば…ほら、ああなります。」

言って、僕は綜威さんに背後の光景を示す。僕の足元に転がってきていた、おそらく人間の目玉だったものを冷静に一瞥すると、踏み潰す。


ぐちゃり、


酷く気分の悪い音が広がり、気持ちの悪い感触が僕の感覚を侵す。

「…恐ろしい人ですね、貴方は。」

「貴女程ではありませんよ、綜威さん」

綜威さんは静かに僕を睨む。

まだ敵意を緩めない彼女を見て、僕はため息をついた。


「綜威さん、貴女は人魚にからかわれただけですよ。魔術師を百人殺そうが千人殺そうが、貴女の貰ってしまったしゅは解けない。」


「…え?」

絶望のような、喪失感ともまた違う表情を浮かべて、綜威さんは僕を見た。今まで彼女が信じていた悲しいしがらみが、少しずつ崩れていく。

「人魚はとても残酷な怪異です。人魚たちには不老不死の力があると言われていますからね、魔術師たちが彼女たちを狙って攻撃することも当然あったでしょう。…ですから貴女に呪いを押し付けて、魔術師を殺させようと思ったんでしょうね、恐らく。」

「…何で、っ、じゃあ私が今までしてきたことは全部、…無駄だったって、ことですか…?」

信じたくないと、そう訴えてくる青い瞳から、僕は目を逸らす。

「そう、なりますね」

見ていられなかった。

そんな悲痛な叫びを響かせる彼女から、僕は目を逸らさずにはいられなかった。

「今まで、ずっと…!私はこんなことしたくなかったのに、ずっと我慢して殺し続けてきたんですよ…!?なのに、それなのに…私はこれからもずっと、“このまま”だって言うんですかっ!!?」

淡い青の髪を振り乱し、彼女は自身の短剣で自分の胸を突き刺した。

まるで僕に見せ付けるように、思い切り。何の躊躇ちゅうちょもなく。

「!」

一瞬、僕は息ができなかった。

僕の頬に、何か真っ赤な液体が付着する。混乱し続けている頭の中で、僕はかろうじてその真っ赤な液体が綜威さんの返り血であることを認識した。

「っ、はは、…あはははははっ!ほら!見てくださいよエインセルさん!!…死なないんですよ…!!私は、何をしたって、…死なないんです……!!」

さっきまで深く抉られていた彼女の胸の傷は、瞬きする間にみるみるうちに再生していった。それももちろん驚いたが、僕には狂気に笑い続ける綜威さんに、ぞっとした。

鳥肌が、立った。

「汚いでしょう?気持ち悪いでしょう…!?こんなになってまで生き続ける私に、意味なんかあるんですか…?そもそも私はこんな醜い化物になってしまったのに、生きてるって言えるんですか……?」

僕は何も答えない。

綜威さんの手から、かしゃん、と短剣が滑り落ちる。

「そんなこと、僕にはわかりません。僕だって人間とは到底かけ離れてしまった魔女なんですから。…でも、そんな貴女を、僕は気持ち悪いなんて思いませんよ」

こんな僕の言葉は、彼女にとって気休めですらないのかもしれない。

それでも。

「なんで、どうして…エインセルさんはそんなことが言えるんですか…。私は自分の為だけに殺し尽くして、どうしようもないくらいに奪い尽くしてきたのに…!」

「でも、痛かったんでしょう?辛かったんでしょう?綜威さんはずっと…苦しかったんですよね。」

「ちが、違います、私は……そんな、こと」

弱弱しい、彼女の声。


「じゃあどうして、貴女は泣いているんですか?」


そんな少女を見て、僕は手を差し伸べずにはいられなかったんだ。

僕は無意識に、自分と彼女の残像を重ね合わせてしまっていた。

…………………………………

……………………………………………。


















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