第五章・終われない青色
下らない下らない下らない。それとも私が悪いって言うんですか?
※
「初めまして♪お名前をどーぞっ♪」
僕はこのふざけた男を見た瞬間、即座に王族付秘書官・ジェアローズだと確信した。
だって…ねえ?
「…エインセルと、申します」
思わず、後ずさる僕。
狐目の…まだ名乗ってもらってはいないが、ジェアローズさんはにこにこしながら品定めするように僕を見る。
…なんか、腹立つなこいつ。
「へ〜〜ふ〜〜ん、エインセル、…エインセル、エインセルさんと仰るんですか〜〜♪」
いや、わざわざ三回も繰り返さなくてもいいし。
何なんだこの男は…と僕が怪訝な表情をしていると、ジェアローズさんの後ろから女の子が出てきた。
「じゃ、レイシャさん。あとは頼みましたね♪」
言って、ジェアローズさんは扉の向こうへと姿を消した。
レイシャと呼ばれた少女は僕に一礼すると、無言で城の中へと促す。
「……」
薄暗い廊下。
かつん、かつん、と僕と前を歩くレイシャさんの靴音だけがやけに響いた。
漆黒の長衣に国花の紋様が刺繍されているところを見ると、多分この子は魔術師なのだろう。
「あの、レイシャさん」
「……」
聞こえているのかいないのか、彼女はただ淡々と歩き続けるだけ。何回かまた声をかけたのだが、ずっと無視されているようなので僕の心が傷ついただけだった。
「…」
何なんだろう、この違和感は…
微かな疑問を抱きながら、僕はレイシャさんの約二メートル程の距離を保ちながら歩く。
「着きました。」
停止。
レイシャさんは機械的に部屋の扉を開くとまた僕を無言で促した。
「では。本日はゆっくり休まれてください。」
言って、レイシャさんは僕を部屋に放り込むと、機械的に扉を閉める。
「あ!ちょっと!」
ばたん、かちゃり。
「……え、かちゃり?」
僕は今までにない程のスピードで扉に駆け寄るとがちゃがちゃとドアノブを回す。
しかし扉は虚しいくらいの無機質な音を立てるだけでびくともしない。
「……」
と、閉じ込められた……
※
「あーっはははははっ!!無理無理無理!!ギブです―――――っっ♪!!」
とある一室にて。
ジェアローズ、もといジェノンは腹を抱えて笑い転げていた。そんな状態の堕天使を、綜威は少しだけ鬱陶しそうに見つめていた。
「だってあの魔女さん!簡単に捕まりやがって恐ろしく間抜けですよ――っ♪!うひゃひゃひゃひゃ!」
「ジェ、ジェノンさん……キャラが崩壊してますよ、」
はあ、と綜威は頭を抱えてため息をついた。
やっと笑いを抑えて、ジェノンは涙目になっていた瞳をこする。
「でも、これで準備は万端ですよ?」
す、っと綜威の髪に触れると、ジェノンはくすくすと笑いながら言う。
しかし迷惑そうにその手を払い、綜威は静かに堕天使を睨みつけた。
「まだわかりませんよ…彼の使い魔は一緒ではなかったんでしょう?それに、《炎》の魔女だってまだ」
綜威の言葉を遮るように、ジェノン。
「だーいじょうぶですよぅ♪既にこの国の魔術団だって私たちの手に堕ちたのですから」
「……」
うっすらと闇紫色の瞳を開くと、ジェノンは自信満々な表情。
もう憂うことはないとでも、言うような。
綜威は青い瞳を僅かに苛立ちに歪める。
「…疲れました。出てってくれませんか?」
「はいはい。相変わらずつれないですねぇ、我侭なお姫様です♪」
言うと、ジェノンはいつものように笑んでさっさと部屋を後にした。
既にジェノンが去った扉を眺めて、綜威はぽつりと呟いく。
「あーあ…この国に来て、私は一体何人殺したのかな」
窓の外を眺めると、美しい夕焼けが堕ち始めていた。
魔の時間が、始まる。
「どういうことだ、フォルン!」
かしゃーん、とグラスが割れる。
その無機質な音は余韻を残すかのように反響した。
「答えろッ!!」
怒りで毛を逆立て、カインは威嚇を示す。しかしフォルンは冷静に、冷めた瞳で目の前の黒猫を見つめる。深紅の瞳が、細められる。
「今言った通りよ。私は雪兎君に、ほとんど知ってる情報を公開してない」
「で、本当の情報はっ!!?」
怒りをおさめないカインに、フォルンはため息をついた。
炎のような真っ赤な髪が静かに揺れる。
「一つは、あの城に生きてる人間はほとんど残ってないだろうってこと。二つ目は、あの城には恐らく人間じゃないモノ…堕天使と、もう一つ」
「堕天使と…もう一つ?」
ようやく冷静さを取り戻したカインの疑問に、フォルンは淡々と答える。
「さあね。もう一つはわからないわ。でも…人間じゃないことだけは確かね」
「てめえ…そんな大事な情報を教えないで、あいつを敵地に送り込んだってワケか?」
「まあまあ。そんなに怒んないでよ。それと三つ目は」
「しかもまだあんのか!?」
ケッっと悪態をついて、カインはオッドアイを細める。
その金と赤紫の瞳に、静かに怒りを燃やす。
「三つ目……この国は、もう終わりよ。」
そう冷たく言い放つフォルンに、カインは両目を見開いた。
「…っ、はは、はははははッ!そうか!そういうことか!!どーりでてめえ程の力を持つ魔女がいるのはおかしいと感じたんだ!!」
最早楽しそうに、カインは表情を歪める。
嘲笑。
「てめえ最初から…この国を消し去るつもりだったな?」
「そゆこと♪」
にこ、っとフォルンはしてやったりの笑顔。
「だってこの程度でやられちゃうんだったら…世界なんて救えないんじゃない?あの子」
城に向かうのか駆け出したカインを、フォルンは深紅の瞳で見つめる。
そして呟くように、しかし自分に言い聞かせるように、フォルンは言った。
「…お門違いなのよ。だって私たちは、ただの化物でしかないのに……」
外が完全に真っ暗になったその頃、僕は持っていた針金で鍵のかかった扉と格闘していた。さっきから頑張ってごちゃごちゃやってるけど、どうにもうまくいかない。
かちゃ、
「!」
やった!
僕は灰色の瞳を輝かせ、扉を開く。ぎぃ、と軋むような音が周囲に広がった。
「………」
それにしても、何なんだこの違和感は…
かつん、と薄暗い廊下に僕の靴音が響く。誰もいない。まったくと言っていいほどに、この城には生きている気配というものが欠落しているように思えた。
使用人や見回りの一人でもいるはずなんだが…やっぱり、こりゃフォルンさんに嵌められたな。
「……」
しばらく歩を進めると、僕は大広間に出た。
眺めるように、静かに見渡す。
ひゅん、
瞬間、何かの気配を察して振り向くと、僕の頬に血が流れていた。
その傷が切られたモノだと気付くのに、時間はかからない。
「レイシャさん!?」
僕が驚く間もなく、彼女は構えていた剣を振りかざす。後ろに跳躍するように攻撃を避けると、僕も懐から短剣を取り出し、構えた。
「……っ、」
しかも気付くと、僕の周りは魔術師にしっかり囲まれている。
まるで気配を感じなかった…
レイシャさんだけでなく、他の魔術師たちも同様に人形のように無表情。そんな淡白な殺意に、僕はため息をつく。
「反応はそんなに悪くないんですね」
玉座の方から、声がした。
僕は魔術師たちにもちゃんと気を配りながら、ゆっくり声がした方向を見る。
「……誰、ですか…?」
たん、たん、っとチャイナ服を纏った少女は階段を降りてくる。一段降りる度に彼女の淡い青色の髪が揺れた。
「私の名は綜威。あえて何者かを答えるならば…人魚に呪いをもらってしまった化物というところですね」
「…」
ぴた、と綜威さんは止まる。成る程。一定以上は僕に近つ゛くつもりはないワケか。
「と、いうわけなんで。戦争を、始めましょう?」
そう可憐に笑む綜威さんに一瞬心を奪われてしまった事実は、なしの方向でよろしく。
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