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第二章・フォルン・レギリット





ごめんなさい?それで済んだら魔女はいらないのよ








「僕の…お金、」

愕然。

しかしカインはそんな傷心の僕に構いもせずに、先程の少年…というよりもまだ幼い男の子が走り去った方角を、何やら思案気に眺めているようだった。頼むから周囲の人間にばれないように、あまり顔を出さないでほしいものである。

「…」

「追わねえのか?」

「んー、」

と、僕は返答を濁らせる。そして数瞬迷うと、くるりと方向転換した。

「追わない。」

「何でだよ。」

「こういう時普通は追いかけるけど、僕は追いかけない。」

「はァ?面倒臭ぇってか?」

一瞥するようにカインが収納されているカバンを見ると、僕は言った。


「僕はどっちかって言うと、主人公タイプじゃないからね」




それから暫く歩いて、僕とカインはフォルンさんが待機する宿屋へと到着した。外装は赤いレンガ造りで、どことなくちょっとした歴史を感じる。時間は既に夕刻。「…」と僕は扉の前で立ち尽くす。

「…」

…一歩が踏み出せない…。

あー、結構ゆっくり来ちゃったからな…フォルンさんとか、満面の笑みで僕に威圧感を与える姿がありありと目に浮かぶ。

「つっ立ってないでさっさと入れよ」

「五月蝿い。心の準備だ。」

僕は扉に、手を掛ける。

からん、と軽快な音色が響いた。中には誰もおらず、僕は無言で宿屋を見渡す。誰もいないことを確認してから、カインもごそごそとカバンの中から出てきた。「ふお〜」とか言いながら伸びをしている。おいおい、今この瞬間に宿の人とか他のお客さんが出てきたらどうするつもりだよ。

「でも宿、のはずなのに…僕ら以外誰もいないのか?」


「そ。今は私たちだけね。」


僕は、驚いて声がした方を見る。すると階段から、赤い三つ編みをいじりながら女の人が降りてきた。その三つ編みは腰の辺りまで続いている。解いたらどのくらい長いのだろうか。

「…フォルン、さん…」

一瞬、僕は硬直した。カインもゴールド赤紫ワインレッドの双眸を細め、いささか不機嫌そうにフォルンさんを見つめている。

「や。久しぶりだねえ雪兎ゆきうさぎ君。それと付属物君。クロードの時の大戦以来かしら?」

彼女は自身の髪と同じ深紅の瞳を細め、にっこりと笑む。

「そう、ですね…」

「そんなに警戒しなくてもいいってば。もう殺そうとしたりなんかしないから!」

そう言ってにこにこと僕に歩み寄ってくるフォルンさん。しかし僕は後退を止めない。というか僕の足が、彼女が近くなる度に後ずさる。どうしようマジで恐い。

「あ、当たり前ですよ。殺そうとしないで下さいっ!」

必死。

「そうねー。ま、《あの時》の私はまだ若かったから、つい感情的になってたのよ。だから赦して?ね?」

フォルンさんはさっきから変わらずの笑顔。しかし僕にとってはじりじりと笑顔の皮を被った悪魔がにじり寄ってくるようだった。

いや、この場合フォルンさんは《魔女》なのだが。

「ゆ、赦します赦します!全力で赦させていただきます!だからお願いですから近いっっ!」

そう、近かった。

今にもキスされるんじゃないかってぐらいの距離だった。

正直な話、キスもまともにしたことがないような似非主人公な僕にとって、こういう冗談はキツイ。

「ふふ。かっわいー!」

「じょ、冗談はやめて下さい…。僕の心臓持ちませんから、」

と、フォルンさんは僕から離れた。とても楽しそうに笑っている彼女を見て、僕はほっと息をつく。しかし次の瞬間、彼女はす、と僕の外套を掴み、血も凍るような笑みで言った。


「そう、本当に《あの時》は感情的になっていたわ…唯一の《赤》い魔女への手掛かりである貴方を、焼き殺そうとしてしまうなんて、」

「…っ、」


僕は声も出せずに、視線も彼女から逸らすことすらできなかった。

完全に、僕は《炎》の魔女であるフォルンさんに気圧されていた。

「だから安心して?私は雪兎君をもう殺そうとしないし、私の手の届く範囲ならむしろ全力で守ってあげるから。」

「…」

「ただし、私が《あの子》にたどり着いてしまったら…敵同士だけれど。ねえ、《赤》い魔女の《眷属》君?」

僕はただ、動けずに彼女を見ていた。

つ、と僕の頬に冷や汗が流れる。


「おい…、冗談にしても度が過ぎるぞ、フォルン・レギリット。」


低く、唸るようにカインが言った。

気のせいか、毛を逆立てているようにも見えた。

「ま、そーゆーことだから。これからよろしくね?」

にっこりと笑む。その瞬間、僕は我に帰った。

「…」

近くにあった椅子に腰掛けるフォルンさんを、僕はまだ緊張の解けない目で見つめる。


フォルンさん。

僕が思っていた以上に、とんでもない人だった。

これが元《魔術師》の、《炎》の魔女。

彼女がかつて人間だった頃の異名は、《魔女殺し》、《魔狩人》。

それぐらい、彼女は《魔術師》として各国に名を轟かせていた。


正直、これ以上よろしくしたくない。

なんか…うっかりとか、何かの弾みで殺されたくないし。

それに―――《あいつ》を殺したい程憎んでいるというのも、気分が悪かった。


「とりあえず仕事の話でもしましょうか。紅茶入れてくるわね。」

言って、フォルンさんは思い出したように席を立った。

どさ、と僕はその場に座り込む。「…」と唖然とした表情をすることしかできなかった。

「何ボケっとしてやがる。」

カインは呆れたようにそう言った。そしてオッドアイの双眸を細めたかと思うと、大あくび。

ちょっと傷つく。

「…」


本当に僕はこんなで―――《あいつ》を、助けられるんだろうか?


「はい、紅茶。」

フォルンさんに気付いた僕は慌てて椅子に座りなおす。一瞬冷めた目で見られた気がしたけど気にしない。フォルンさんも何事もなかったかのように席に着いた。

「で、こっからは仕事の話よ。アクラス国王は元々、魔術師をお抱えなのは知ってる?」

「はい、そのぐらいは…」

魔術を扱える人間はとても少ない。

それはとても、時には大きな戦力となるほどに強大で、だから唯一…人間たちにとっての魔女ぼくらへの対抗手段と言える。


魔術師は―――魔法を扱う人間。

魔女は―――魔を取り込んでしまった、もしくはそれらを生み出してまった人間。

そして正確には、人間ではない。半分くらいは人間であると信じたいけど。

純血の魔女というのも存在するが、それらはほとんど別格で…僕から言わせれば化物クラスだ。僕はまだお目にかかったことはないけれど。


「最近、なんだか変なのよ。ちょっとずつ狂ってくカンジ。まるで誰かが、意図的にこの国を内側から壊していくような―――ね、」

「…それは具体的に、どんなカンジで?」

一瞬彼女は見定めるように深紅の瞳を細めると、いやらしく笑んだ。

「人間たちが、おかしくなっていってるわ。憎しみを呼び込みやすくなっているの―――そうね、意味もない魔女狩りとか」

その言葉に、僕は目を見開く。

しかし僕を見つめるフォルンさんの眼はどこか―――楽しそうで。

「ほんっと愚かね。吐き気がするぐらい―――ホンモノの魔女なんて、混じってやしないのに。そう言えば今夜もその狂宴があるんじゃなかった?」

僕は立ち上がると、フォルンさんの制止の言葉も聞かずに宿を飛び出した。「おい待て!」とカインの声も聞こえたが面倒なので無視。



「あー…行っちゃったわね、雪兎君。」

エインセルのいなくなった店内で、一人と一匹。フォルンは罰が悪そうにそう言った。黒猫―――カインはゴールド赤紫ワインレッドの双眸を呆れたように歪め、すたん、と机の上に移動。

「悪ふざけが過ぎるぜ―――八つ当たりのつもりか?」

「なのかも、しれないわね。」

自嘲するように、フォルン。憂いを帯びると同時に、その深紅の瞳は静かな憎しみの色も混ざり合っていた。

「下らない。そんな憎しみを持ってなんになる?少なくとも―――あの欠番ミッシングナンバーは喜びゃしねーだろうよ」

「私は、私の正義の為に殺す。それにもう、エレールは死んだわ。《赤》の魔女が殺して、ね」

「だからって、眷属であるエインセルの奴には何のカンケイもないことだ」

「…」とフォルンは深紅の瞳を伏せた。

しかしカインは続ける。

「人間の年齢で言ってもまだ二十年すら生きていないようなクソガキに、変なモノを押し付けるな」

それは押し殺すように、怒っているようにも見えた。

フォルンは静かに顔を上げる。

「悪かったって。赦してちょーだい」

にこ、と笑んで紅茶をすするフォルンを見て、カインは珍しくため息をついた。

「これだから人間って奴は―――《闇》の最下層の方がまだマシ、とまでは言わねえが」


「ダメなのよ私は―――《あの時》から、親友エレールが殺された憎しみでしか動けなくなってしまったんだから」









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