第一章・出来損ないの灰色
ざっつヘタレ鬱気味主人公。
笑っていてくれる?この地獄のような世界で
※
「あ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!早く出せ早く出せ早く出せっつーのが聞こえねぇのかおいエインセル〜〜〜〜〜〜〜っ!!喰い殺すぞっ!!」
と、さっきからぎゃんぎゃん五月蝿い黒猫を僕は肩から掛けているカバンの中に押し込む。もうこの国…アクラス国の領地に入ってから僕らはずっとこんな調子だった。確かに苦しいとは思うし窮屈なのも痛い程わかるが、それでもこれだけは仕方がないのだった。僕はいつものようにこの黒猫、カインを睨む。
「頼むから大人しくしてくれよカイン、君は黒猫、僕は魔女、はい、ばれたら殺されるのはどれとどれ?」
「お前。」
僕だけかよ。
まったく、冗談じゃない。
というかうかふざけるな。
「…」
僕はため息をつく。
カインはいやらしく右は金、左は赤紫のオッドアイを細めると、カバンの隙間から僕を見上げた。やっぱり窮屈そうでちょっと可哀想だったが、僕は同情なんてしない。
「はっ、大体お前今回の任務こなせんのか?どうせ無理無理。無理に決まってるしきっと何の得もないからやめとけって。だからさっさとこの国を出よーぜ?なっ?」
なんか必死だった。
それぐらいいつもの仕事にやる気を出してくれれば、僕が苦労しなくて済むのに…と一瞬思ったが、そんなことは叶わない夢であることがわかっているので己の願望を片手で取っ払う。
「わかった。よーくわかった。待ってろこのオレサマが今すぐジョーカーを殺しに行く。依頼主であるアイツを殺せばオレサマはこんな苦しー思いをしなくてすむんだ。そうだ。そうしよう決定決定超決定即座に決定ふぎゅ」
僕はカインをカバンの中に押し込む。本日何度目かももう数えるのが嫌になるくらいのこの無限ループに、僕はやっぱりため息をつくことしかできなかった。
「…」
反応が無い。どうやらばたんきゅーのようだった。
…それにしても、こいつだけは勘弁してほしい。マジで。確かにこの任務、僕自身不本意だし心の底から受けたくなかっかのは僕も同じ。だけど師匠からの依頼だし断りきれなかったのは僕のせいかもしれないけど僕のせいじゃない。僕は悪くないはずだ。
カインももう少し、大人しくなってくれればなあ…
「ま、仕方ないか。正式には僕の使い魔じゃないし…」
僕がこんな悲惨な目にあっている元凶は、今から一週間前に遡る。
※
「よっ、エインセルとその付属物。」
と、電話の主は軽快にそう言った。やけに響くテノールが、僕にとっては物凄く耳障りだった。僕の肩に乗っかってるカインも同意見のようで、ケッ、っと悪態をついていたがいつものことなので気にしない。
「なんだよなんだよテンション低いなー。電話くらいせめて明るく話せないのかオメーは。つーかケッとか言ったのちゃんと聞こえてっからなクソ猫。」
「優しーオレサマはわざわざちゃあんと聞こえるように言ってやったんだよこの似非道化師が図に乗るな死ね。」
「…」と、いつもの如く繰り広げられている暴言罵倒を僕は聞き流そうとする。が、一応受話器を持っているのは僕なので、嫌でも一人と一匹の言い争いが耳に入る。てかこれおかしくね?僕は会話の中心にいるわけじゃないはずなのに、なぜかこの状況僕ただ一人が罵倒されてるように聞こえる…。
「そもそもクソ猫。テメーは使い魔の分際でいちいちこのジョーカー様に態度がでけーんだよ
慎め!」
「あーはいはいわかったわかりました!五月蝿い五月蝿い耳が腐る頭が壊れる〜」
と、言うわけなのでいい加減痺れをきらせた僕が仲裁に入った。
「で、師匠。今回はどういう用件ですか。」
電話の向こうで「つまんねえ奴。」っぽい呟きが聞こえた気がしたがスルーした。
「…」と一瞬の沈黙の後、師匠はとても楽しそうに言った。まるで大好きなお菓子の家えを目の前にした、ちっちゃな子どものように。この調子の師匠の声は、大体が僕の嫌な内容一秒前の状態なので僕は電話であるにいも関わらず咄嗟に身構えた。
「よくぞ聞いてくれたエインセル君!ふっふっふ、実はだね」
「きっもー、女癖の悪さが移る死ね」
すかさずカインが言った。
…それにしてもこの二人。いや失礼…一人と一匹はいつものことながら険悪な仲だな。もう慣れたが、巻き込まれるこっちの身にもなってもらいたい。
過去に、何かあったのだろうか。
「女癖は悪くありまっせ〜ん!俺は惚れた女にゃ一筋なんだよ!てか二言目には死ねかよ、ク・ソ・ね・こ・ちゃん!語彙が少ないと大変でちゅね〜」
僕の肩の上でピキ、というような音が聞こえた気がした。
いや、きっと気のせいだろう。うん、そうに違いない。
「…ころす、」
「か、かいん?」
なんか平仮名変換になった。
「殺す、…殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す33回殺してやる。いいかオレサマは33って数字が中でも一番好きなんだ!その数だけ殺されることを有難く思え!このオレサマが有史以来誰も思いつかないような無残で無慈悲で徹底的に残虐なやり方でてめえを殺ふぎゅえ、」
「…」と、僕は無言でカインをカバンの中に突っ込んだ。なんか哀れな音が聞こえたけど、これも気のせいだろう。
「…で、師匠。任務の依頼ですか?」
「ん。…まあ、そんなとこだ。ちいっと頼み辛い仕事なんだが…いいか?」
僕は無言でいたが、師匠はすぐに言った。
「任務自体はたいした内容じゃあない。ただ…フォルンの奴が、今回お前たち二人のサポートにつくんだ。」
「…」
それは…確かに、僕にとってはそっちの方が重要な案件のように思えた。
ごく、と息を飲む。
「大丈夫か?お前、気まずいだろ。」
「まあ、気まずくないと言えば嘘になりますね。てか、僕って誰とでも気まずくなれるタイプですし。」
「自慢できることじゃねえよ、それ。…しかし、そうか。じゃあ頼む。仕事の中身については、フォルンに聞けばわかるから、じゃ。」
…、と切ろうとした瞬間、師匠は思い出したように言った。
「あ、それとちゃんと教育しとけよその猫!ぼけーっとしってっと魂喰われちまうぞっ☆」
ブツン、と電話は切れた。ピー、と無機質な機械音が響く。
「…」
教育、ねえ。
ちらっと、僕はカバンに突っ込んだままのカインを見る。…完璧のびてるし、こいつ。
「仕方ないじゃないですか…、カインは悪魔なだけで、しかも《あいつ》の使い魔なんだ」
※
と、いうわけです。
つまり僕とカインが今この瞬間物凄く落ち込んでいる訳は、詰まるところフォルンさんの存在のせいだった。なんつーか、会いたくない。
それに、関わりたくない。
「…はあ、」
ため息。
依頼を受けたばかりの頃はそうでもなかったけど、フォルンさんが待機しているであろう現地に近ずくにつれて日に日にストレスが溜まっていく気がする。なんなんだろう、この精神的に異常なまでの圧迫感は。
でも彼女との関係は、やっぱり、気まずいモノがある。
フォルン・レギリット。
《炎》の魔女。
《血みどろの童話》
《紅の悪魔》
元人間である、彼女。
そして《あいつ》を―――――殺したい程に、憎んでいる彼女。
きっと《あいつ》の眷属である、この僕も。
まあ、それは気にしすぎているとしても、やっぱり苦手。
恐いモノは―――恐いのである。
さて、では話題を変えてアクラス国について説明しよう。この国は、大陸の北側に位置する最も布織りが有名な国であり、貿易なども盛ん。ま、僕から言わせればごく普通の平和な国である。だからそれなりに―――《魔女》は、ちゃんと疎まれる。人間にとって、自分たち群とは違う存在が中に混ざっているというのは、ちょっとした恐怖みたいだ。
そりゃあそうなんだろう――――自分たちの中に「化物」が混ざっているなんて、僕だって嫌だ。
と言っても、この場合僕こそこの「化物」なんだが。
だから《魔女狩り》は存在するわけで、最初僕がカインをカバンの中に入れていたのは…そういうわけ。
《魔女》に、《黒猫》。
それは人間にとって凄まじいまでの禁忌であり、恐怖。
《黒猫》は、魔の象徴。
だから魔女に使役される悪魔は、黒猫にとり憑くことが多い。
カインは《あいつ》の特別製だから、格が比べ物にならない程凄いらしいが。
「…」
しかし、さすがに街中に入ると人が多いな。
僕は外套のフードを深く被り、周囲を見る。商店や飲食店、雑貨店、骨董店と売買の幅も広いようで、どこを見ても人、人、人。
吐き気が、する。
「…〜、」とふらふらしながら、僕は目的の宿屋へと向かう。思うように足が進まない。てか道わかんなくなったらどうしよう。
そんなことをああだこうだと考えてるうちに、僕は小さい子とぶつかった。
「っ、と。ごめん、大丈夫?」
その子はにこ、と笑んで僕を見上げた。宝石のような翡翠色の瞳が、爛々と輝く。
「うん、大丈夫。こっちこそごめんね、おにいちゃん。」
言って、その子はたとたとと駆けていった。僕はその子が走り去った後を、ぼーっと見つめる。
数瞬、僕はあの翡翠色に目を奪われていた気がした。
「おい」
ぼそ、っとカインは言う。
僕は視線をカバンに移す。
「なんだよカイン。出てくるなよ。」
「いやあのガキ…てめえの財布盗ってったぞ。」
固。
僕は財布を入れていたポケットを必死で探る。
「ない……」
あんな小さい子に掏られる青年がここにいた。
「…」
なんと僕である。
どんまいエインセル!