序章・赤の魔女
《魔女とは自然現象のようなものである。しかし決して生き物と呼ぶことはできない。なぜならば、それらは怪異と同一にして、神には決して成りえない存在であり、半魔族的な意味を持っている。そしてそれらは魔族でもなく、ましてや天使、悪魔とも違い、統一性がない。人間から成り上がる魔女もいれば、最初から魔女だったモノもいる。
故に、魔女とは男女・眷属関係なく、世界から浮き上がった怪異だと言える。
怪異集・第一項目「魔女」欄 バルドウェイン・著》
※
ぱたん、と少女はつい先ほどまで眺めていた本を閉じた。
そして目の前でグラスを拭いている男に向き直る。少女の瞳の双眸は右眼が金、左眼が赤紫の―――――オッドアイ。
少女はもはや中身が氷水だけになってしまった淡い青のグラスを片手で弄ぶと、男に向かって尋ねるように言った。
「ねえ店主。貴方は《魔女》をどう定義するの?」
一瞬驚いたような表情を少女に向けると、店主はいつものすました顔で応える。
「はてさて…私めには解せませんね。…そもそも、それは貴女の領分でございましょう?《赤》の魔女様。」
少しだけ、どこかからかった雰囲気の店主に対し、少女はどこか膨れたようにカウンター席に頬杖をついた。そして諦めたかのように、ため息をつく。
「まあいいわ。とりあえずこの本は置いてくから、交渉成立ね。」
「よろしいのですか?怪異集など…しかもあの方が執筆なさった本を。かなり貴重ですよ。」
再び驚いたように、店主。
しかし少女は、もうそんなモノに興味はないとでも言うように席を立つ。
「いいの。だからそれは、いつかここを訪れるあたしの眷属君のためにとっておいて。」
「はあ、眷属…ですか」
隣の椅子にかけておいた漆黒の外套を手にとると、少女は玄関口まで歩を進め、そして思い出したように足を止めた。
「あの子にはね、私の…いえ、この世界の救世主になってもらわなければならないの。だから今、あの子には必死こいてあたしが撒いた物語の伏線回収をしてもらっているところよ。」
とても楽しそうに、少女は言う。
まるで懐かしい、昔の友人を思い出すかのように。
金と赤紫の双眸を細めて―――笑った。
「やれやれ、」
いつものことのように、店主。
少女は扉に、手をかける。
「だってこれは御伽噺でもなければ童話でもない、ただ哀れな魔女たちが奏でる壮大な物語なんだもの。」
店内から少女の姿は消え、ただその余韻を残すかのように、扉の鐘が鳴り響く。
からんからん、
さあ物語を、はじめましょう
ファンタジー始めました!