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アヤカシ探偵社。其の四 ー前編ー  作者: JAM歌い@おかP
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鬼ヶ島大冒険

劇場版長編アニメまたは実写特撮映画用として書いています。二時間越えの長編になりますが

エンターテインメント要素満載ですので映像を思い浮かべながらお楽しみください

京都の夏は猛暑である。市内は盆地にある為風は吹かず、内陸に熱気がこもり茹だるような暑さになるが、アヤカシ探偵社事務所兼あんじー居宅のある東山の山中は周りの緑に冷却されてはるかに凌ぎ易い。早朝の日ノ出時刻など肌寒いくらいである。今日も朝5時から爽と箔、巳之助は元気に庭で走りまわっている。あまりの騒がしさに鎌鼬は離れの床下から這い出てきた。普段、彼はあんじー宅の床下に住んでいる。座敷に上がっても構わないのだが、鼬の習性なのである。

「毎度毎度何て騒がしい奴等だ。オチオチ寝てらんねえよ」

寝惚け眼の鎌鼬が愚痴を溢した直後、急に三匹が騒ぎ出した。鎌鼬はまたか、と呟いた後で三匹に尋ねた。

「どうしたチビっ子ども。変わった虫でも発見したか?」

「虫はいないよ。けど、鬼のおじさんならいる」

箔が答えた。鎌鼬は耳を疑った。

「はあ⁉鬼だって?」

鎌鼬が急ぎ駆け寄ると其処には痩せ細った青鬼が横たわっていた。どうやら行き倒れの様である。

三匹は警戒からか木の枝で突衝くだけである。鎌鼬は声を掛けてみた。

「おい、兄さん大丈夫か?」

するとか細い声で青鬼は返事をした。

「だ、大丈夫じゃないです…もう三日間なにも食ってなくて…腹ペコで死にそうですぅ~」

鎌鼬は呆れ顔である。行き倒れって空腹でかよ?と愚痴りながら三匹に指示した。

「あんじーを呼んで来い。それと爺ちゃん婆ちゃんに何か食える物を貰って来てくれ」

三匹はシンクロした返事で相槌ちした。

「あい~‼」

三匹は屋敷めがけ一斉に走り出した。箔は離れのあんじーへ、爽と巳之助は母屋の老夫婦の元へ向かった。

「待ってな、今食える物持ってくるからよ。にしても、何だってこんなとこまでやって来たんだ?鬼族は瀬戸内の鬼ヶ島にひっそり暮らしてるもんだとばかり思ってたんだが…」

鎌鼬が語りかけるとはっと我に返った青鬼が急に起き上がろうとした。

「そ、そうです!こうしちゃいられない、あんじー様に会いに行かねば‼」

が、再び力尽きて倒れ込む青鬼。丁度その時爽と巳之助が野菜と猪肉を持って来た。その食物を貪る様に食らう青鬼。全て無くなったタイミングであんじーと箔が到着。現状を把握し、青鬼に語りかけた。

「儂があんじーじゃ。して、お前は何者じゃ?何故此処に参った?」

口一杯食物を頬張っていた青鬼は、残りをごくりと飲みこみ正座した。

「拙者は摂津を縄張りとする鬼・茨木童子と申しまする。実は、兄者・酒呑童子について助けていただきたい事がございまして…」

酒呑童子は日本で最も有名な鬼である。無論あんじーも蛮勇振りはよく知っている。

「あの鬼の大将か…京の一件以来、里で大人しくしていると聴き及んでいたが…また何か悪さでもしでかしたか?」

京での一件とは、平安時代丹波大江山を根城に暴れていた酒呑童子が一条天皇の命を受けた源頼光・藤原保昌等討伐隊により退治された話である。草本や芝居演目では首を切られ死滅した事になっているが、どっこい生き長らえていたのである。頼光の持ち帰ったのは手下の大熊童子の首で、大柄な大熊童子は酒呑童子の影武者であった。酒呑童子本人は、実は鬼にしてはやや小柄で太っちょの赤鬼だったので見栄えを気にして討伐隊の前では大熊童子を自分の影武者にしていたのである。一族の大半を退治された後は討伐を怖れ瀬戸内海に浮かぶ鬼ヶ島に隠れ住んだ。

「そうなんです。我等鬼族は永らく鬼ヶ島に隠れ住んでいたのですが…」

茨木童子は東山に辿り着くまでの経緯を語り始めた。鬼退治の一件以来、難を逃れた鬼の残党は住み処を求め京から西に流れ、ようやく瀬戸内海にある島に、永住の地に辿り着いた。それが鬼ヶ島である。瀬戸内には無数の島があるが、鬼ヶ島の周囲は潮の流れが複雑で渦を巻いており漁民は近寄りたがらない。また濃い霧も立ちこめる為発見される事もない上、酒呑童子の神通力で結界を張っているから例え見つけたとしても上陸は不可能なのだ。其処で細々と暮らしていた鬼達だが、窮すると時折本土に出向き近くの村を襲っては娘や食糧を奪い、暴れまくっていた。だがその悪行も桃太郎なる英傑と猿・雉・犬の家来によって凝らしめられる。散々な目に会い(身から出た錆なのだが)改心した筈の鬼達だが、実は心の底では復讐心をたぎらせていたのだ。その一方、酒呑童子には科学に対する優れた才能があった。近年ではロボット工学とバイオテクノロジーに研究熱心で、ラボで開発した海底採掘用マシンロボ「削岩鬼」に手下達を搭乗させ様々な資源を採取したり魚介・海藻の養殖も手掛けていた。そんなある日…

資源調査の為、潜水艇で山陰の島根~鳥取沖を航行した際に大発見をするのである。それは深海を探索中に突如現れた。巨大な白い柱の様だがスケールが桁外れである。直径が優に50mはある!

更に進むとまたしても柱が⁉ しかも上部は湾曲している。この光景は延々と続いた。

「お頭、何なんですかね?気味悪いっす」

送舵手の手下が尋ねると、酒呑童子は深い溜息を吐きぼそっと答えた。

「こいつは骨だ。おそらくあばら骨だな」

送舵手は驚いた。慌てて問い返す。

「あ、あばら骨って…どんだけデカい生き物なんです⁉骨だけで鯨より大きいなんて」

酒呑童子は驚いた様子もなくニヤリと樮笑んだ。

「間違いない、八又の大蛇の死骸だ。こいつはひょっとすると大チャンスかも知れないぞ‼」

酒呑童子は手下達に命じ一族総出で八又の大蛇のサルベージに着手したが、粗方の骨を引き揚げ鬼ヶ島に移送するのに半年の月日を要した。島の地底基地に運び込まれた巨大な八又の大蛇の骨格は優に4000mを越え、目前にした茨木童子を筆頭に手下の鬼達は驚愕し彼が何をしようとしているのか、皆目見当がつかなかった。その日から更に時を経て半年…。酒呑童子は自らのテクノロジーを駆使し、八又の大蛇の骨格を基礎に駆動部と外装を装着し採種したDNAを元に筋肉細胞を培養、超巨大サイボーグ怪獣を造り上げようとしていたのである。完成を目前にしたある時、茨木童子は酒呑童子に尋ねた。

「兄者、この怪物は何の為の機械なんだ?とても採掘用とは思えないが」

酒呑童子は不敵な笑みを浮かべ得意気に答えた。

「だろうな。このメカ大蛇はな、憾み重なる人間どもを滅ぼし俺達鬼族が世界を支配する為の兵器なのだ。地上を総て焼き尽くして新たな世界を創造してやるのさ」

茨木童子は驚愕した。酒呑童子が人間を憾んでいるのは至極当然だが世界征服を企んでいたとは⁉

しかも八又の大蛇が機動すれば地上は灰土と化すのである。 平和主義の茨木童子には到底承服できる話ではなかった。茨木童子は隙を見て鬼ヶ島を抜け出し、京のあんじーに助けを求めたのだ。

「あんじー様、どうか兄者を止めてください!このままでは世界が崩壊してしまいます」

事の顛末を知ったあんじーは暫く考え込んでいたが、決心した。

「あいわかった!儂等で酒呑童子を止めよう」


鬼ヶ島。地下ドックのメカ大蛇建造は最終段階に入っていた。実に4,400mに及ぶ巨体は禍禍しい光沢を放っている。酒呑童子は手下達を集合させた。インカム・マイクを通し、最後の言葉を発した。

「後は電装系のチェックと起動実験を残すのみ。皆、よく頑張ってくれた。礼を言うぞ!我等の悲願もこれで叶う‼」

いや、願っているのはあんただけだ、俺らは誰も世界征服なんて望んでないなどと手下達はとても口に出して言えなかった。酒呑童子の狂気は最高調に達し、何者をも寄せ付けなかったのである。

「メカ大蛇に送電!起動実験を開始する‼」

手下達は慌てて各部署に着いた。鬼ヶ島の動力源は地底のマグマを利用した地熱発電である。発電施設の供給班が送電を開始した。薄暗い構内が急に明るくなり、地鳴りにも似たヴゥ~ンという重低音が響き渡った。メカ大蛇が光を放っている。

「お頭❗エネルギー充填率95%に達しやした。97、98、99…100%‼」

「よし、メカ大蛇起動!首を上げろ‼」

酒呑童子か嬉々として号令した。操作班が構内天上部にあるコントロール室から復唱する。

「大蛇頚部起動開始!」

構内に通電のビィ~ンという低周波音が響きわたった。高層ビル程もある巨大な頚部が徐々にせり上がっていく。しかも同様の頚が八本もあるのである。その様は遥か古代の、おぞましい伝説の神話をまざまざと彷彿させた。だが― 突然接続各部から火花が吹き出し、爆発音と共に機動部がパワーダウン❗鎌首は凄まじい音を立て落下した。

酒呑童子は呆然自失。

「な、なんだ⁉どうしたというのだ‼」

コントロール室の手下が答えた。

「お頭、電力供給部の負荷が大蛇の大食いっぷりに耐えられなかったみたいです。」

酒呑童子は苦虫を噛み潰した様に顔を曇らせた。

「この設備では満足できぬと言うのか…化け物め」

恨めしそうに酒呑童子は横たわった大蛇の頭頂部を見上げた。最起動実験には更なる設備強化を要した。


一方、あんじー達は赤穂を通過し岡山に入る所であった。爽・箔と巳之助も連れてきたので例のおんぼろハイエースである。運転手が手の目から小豆洗いに替わったくらいで飛行組のぬこ神・辻神を除いてアヤカシ探偵社員は全員いる。道中、明石の魚之棚で蛸の一夜干しを、佐越漁港で牡蠣を大量に仕入れた。山陽自動車道の備前インターチェンジから岡山ブルーラインを経て牛窓町に着いた。

「鬼ヶ島に乗り込む前に腹ごしらえをしよう」

あんじーが提案すると一同は賛同した。

「京を出てから何も喰ってなかったから腹ぺこだぜ」

鎌鼬が切実に呟いた。爽・箔もはしゃいでる。

午後2時、牛窓海水浴場に着いたので遅い昼食に。仕入れた食材を調理する。積載のキャンプ道具類を使い佐越の牡蠣を浜焼に、老夫婦から頂いた京野菜も焼く。蛸の一夜干しは刻んで、磨いできた米と飯盒で炊き蛸飯に。小豆洗いが得意気に解説する。

「佐越の牡蠣はぷりぷりで火を入れても縮まないんじゃ。また、明石の蛸飯は一夜干しを使う事で強い旨味とコクが出ておる。」

小豆洗いは元料理人なので調理に詳しく、腕前は超一級である。彼を抜擢したもうひとつの理由であった。チーフ・シェフ小豆洗いの指揮の元、全員で作り上げた御馳走を皆貪るように喰らう。

牡蠣は檸檬汁のみで十分旨い。蛸飯は生蛸を使うものとはまた違った味わいがある。小一時間で全て食いつくしてしまった。一服したところで茨木童子がおずおずと切り出す。

「あのう…そろそろ鬼ヶ島に向かった方が…島に着く前に日が暮れてしまいますが」

あんじーがすっくと立ちあがり号令する。

「皆の者、いよいよ敵地に上陸する時が来た。気合いを入れるのじゃ!して、どうやって鬼ヶ島まで渡るのじゃ?」

一同ずっこける。茨木童子が答えた。

「実はこの近くに拙者が買出し用に上陸用舟艇を格納しておりまして…其処まで行きましょう」

一同はこれ幸いと浜に近い倉庫へと向かった。

結構巨大な物流倉庫である。今は使われておらず鬼族が資材の仕入れ用に借りている。建屋の大きな両開きの扉を開くと眼前に米軍使用のカーキ色揚陸艇が現れた。第二次大戦中の挺の様だがまだまだ現役なのが流石軍用。茨木童子が自走式に改造しているのでトレーラー並みのダイヤが18輪。水陸両用だから浜から海へ入れる。早速艦首のゲートを降ろしハイエースで乗り込んだ。操舵室から茨木童子が声を掛ける。

「では参りますぞ‼」

ディーゼルエンジンのスターター・スイッチを回すと轟音を発してエンジンが回りだした。揚陸挺はゆっくり動き出す。敷地を出て浜に付設したコンクリートのスロープから海に入る。着水の瞬間大きく揺れたが、重量があるためか安定して進行している。あんじーが茨木童子に尋ねた。

「鬼ヶ島は近づく事さえできぬと聞き及んでおるが如何様にして乗り込むのじゃ?」

「ご安心くだされ、鬼しか知らぬ秘密の通路がございますです」

茨木童子は笑顔で答えた。沖合まで進むと、島と呼ぶにはあまりに小さな、小山くらいの岩礁が見えてきた。挺を近くまで寄せた時、茨木童子は手にした小型リモコンの一つしかない丸ボタンを押した。岩礁の一部がせり上がりトンネルの入口が現れる。茨木童子は揚陸艇を岸壁に乗り付け、降車させたハイエースで中に入って奥へ進む。結構な下り坂を降りてようやく平行な通路となった。黄色の通路灯が微かに車道を照らしてなんとかトンネル内は認識できる。長時間過ぎた感覚だが実際には2時間も経過してはいない。気づくとやや上向きに…登り坂になってきた。

茨木童子がアナウンスする。

「間もなく鬼ヶ島側出口になります、皆様ご準備を」

皆は戦闘態勢にモチベーションをシフト。辺りが徐々に明るくなり、ハイエースはトンネルから奥外に出た。出口に扉は無く山中にある自動車専用道路の料金所の様である。だが警備係はいない。それどころか移動中も鬼の姿は無かった。ハイエースは海岸線沿いの古いログハウスの駐車場で停止した。

「此処は拙者の鬼ヶ島での住み処です。おそらく全ての鬼達が工場に駆り出されてるとは思われますが見張りの鬼は少しは残っているでしょう。後は見つからぬよう徒歩でドックに侵入しましょう」

茨木童子の提案にあんじーが口添えする。

「確かに見掛けぬワンボックスでは目立ってしまう。此処からは隠密行動じゃ」

一行は茨木童子の自宅裏から山道に入り一路地下ドックを目指した。彼の通勤路だそうな。巳之助は持ち前の能力を活かして拙攻に、茨木童子の案内で一同黙々と歩く。小豆洗いや鎌鼬は山登りは当たり前に得意だが水棲の蛟である爽・箔は歩くのが苦手な為、中々進まない。

「おい小僧どもさっさと歩け、本当に日が暮れちまうぞ❗」

鎌鼬が檄を飛ばすと二匹は不平をこぼした。

「そんなこと言ったって…僕達長時間歩くなんて初めてなんだよ❗ぷんぷん‼」

見かねた茨木童子が仲裁する。

「まぁまぁ、蛟に歩けというのも…そうだ、基地の貯水池に続く水路がこの先の川に繋っております。そこから工場まで行けますので先に向かわれては?」

二匹が笑顔になった。が、あんじーは不安気である。

「お前達、大丈夫か?第一どうやって現地で合流するつもりじゃ」

茨木童子が口添えする。

「貯水池はドックに隣接しております。連絡なら拙者の無線器を貸してあげましょう」

爽と箔はあんじーに懇願した。

「ねぇ良いでしょう⁉池に着いたら皆の到着を待ってるから」

「ううむ…若干不安ではあるが確かに今のままでは基地に着くまで時間がかかり過ぎる。ここは任せてみるか…」

あんじーの言葉に二匹は飛び上がり歓喜。

「わ~い❗ありがとうあんじー。先に行ってきまぁす♪」

早速二匹は走りだし、道端から斜面を滑り落ちる様に川へ飛びこんだ。鎌鼬が愚痴る。

「なんだ、駆ける元気あるんじゃねえか。普通に歩けるだろ?」

「まあま、お子達も水の中なら拙者らの足手まといにはなりますまい。それより先を急ぎましょう」

茨木童子が言うとあんじーが自身に言い聞かせる様に呟いた。

「若干危惧するところもあるが二匹を信じて儂等も先を急ごう」

一行は更に歩速を早めた。



ドック内ではまさに再度起動実験が行われようとしていた。問題の設備は補強されて耐えられるようになっている。酒呑童子が構内に響き渡るような怒声を発した。

「もはや失敗は許されん!今度こそ起動実験を成功させるぞ」

どうやら初回から何度も起動実験に失敗したようである。更に酒呑童子の号令が続く。

「供給率が臨界に達したら頚部から起動させるぞ‼ コントロール室、秒読み開始!」

「了解しました。現在90%!93…96…99…100!頚部起動開始‼」

オペレーターがタッチパネルのONマークに触れると構内に重低音が響き渡った。よこたわった巨大なメカ大蛇の鎌首が徐々に競り上がる。大蛇は胴体を持ち上げ、コブラの威嚇ポーズを示した。

「よし、試験成功じゃ。次回は蛇行能力を試験する。各部分スローダウン、整備員は点検・メンテナンスに掛かれ」

酒呑童子は満足げに指示した。配下達は一斉に作業に掛かった。酒呑童子は意気揚々と自室に引き揚げていった。



あんじー達は基地の連絡通路入口に辿り着いていた。茨木童子が扉右横の暗証パネルに手を伸ばす。

「変わってなければ良いのですが…」

枡目の数字キーに番号入力すると呆気なく扉は開放した。

「見張りも置かず、セキュリティにも気が回らぬとは…作業が佳境とは言え、全く無用心なものです」

茨木童子のぼやきはあんじー達にとっては好都合である。巳之助を見張りに、小豆洗いはロッジに戻らせあんじー・茨木・鎌鼬がドックに向かう事に。ほの暗く細い階段を一向は用心深く下っていった。何れ程降りただろうか、ようやく基地内に入る扉に辿り着いた。が、此方も暗証パネルが備わっている。茨木童子は自信気に語った。

「上が開いたなら基本設定は変わりませぬ。番号は違いますが、この通路はほぼ拙者専用ですので」

自信満々で数字キーを押す茨木童子だが、開かない。流石に此方は変更されていたようである。

「困ったのう…こんな所で立ち往生とは…いずれ発見されてしまうぞ」

あんじーの不安を払拭するかのように茨木童子は言葉を返した。

「ご心配には及びませぬ、こんな時の為にちゃんと抜け道を細工しておきましたので」

茨木童子は器用にパネルの蓋を開け、中からCCDカメラを抜き出した。カメラレンズを自身の顔に近づけると小さな警告音と共にあっさり扉は解錠したのである。

「よく酔っ払って暗証番号ど忘れするんですよ。顔認証ならなんとかできるんで」

茨木童子が明るく言うとあんじーが返した。

「決して誉められた行為ではないが、今回は役に立って良かったのう。怪我の巧妙じゃ」

基地内は連絡通路とは打って変わって広大ですらある。茨木童子は扉左側面に留めてある搬送用の大型フォークリフトを指差した。

「あれに乗って参りましょう。先ずは現状を知るため指令センターへ」

一同は各々思い思いの箇所にへばり着いた。

「参りますぞ❗」

茨木童子がギアを入れ、アクセルを踏み込むとフォークリフトは勢いよく走り出した。時速は30km程とさして速くはないのだが、トンネル状の通路では体感速度が違う。途中、作業員の鬼達にすれ違うのだが速すぎて彼等には操縦する茨木童子しか注視できていないようだ。一様に敬礼を返してくるだけである。茨木童子もバレぬよう威厳を持って答える。構内は複雑な造りで何度も右左折を繰り返し、ようやく指令センター入口に辿り着いた。警備係がゲートを挟んで立っている。

「拙者が先に彼等を惹き付けておきますのでその隙に」

茨木童子が進言するとあんじーが否定した。

「いや、それには及ばぬ。儂も連れて行ってくれればよい」

茨木童子はあんじーの意図が理解できなかったが何か策があると見て承知した。

「では、一緒に参りましょう」

茨木童子はあんじーの手を引いてゲートの前までゆっくり歩んだ。気付いた警備の鬼達が茨木童子に敬礼する。

「これは、茨木童子様。長らくお見掛けしませんでしたが、ご健勝の様で…で、このお子はどちら様で?お見受けしたところ猫妖怪の様ですが」

流石に鬼には正体が隠せない。彼等は丁重な言葉とは裏腹に猜疑心剥き出しである。

「おじさん、眼鏡をよく見て♪」

言われた二人があんじーの眼鏡を見た。あんじーの黒目が筋から眼球いっぱいに広がり、真っ黒になる。すると意識が吸い込まれたかの様に鬼達は直立不動の木偶人形と化した。

「扉を開くのじゃ!」

あんじーの命令に無言で従う鬼達。茨木童子が小声で尋ねた。

「これが噂に聞く傀儡の術でありますか?」

「まあ、人心掌握術でその様にも言われておるが儂はねこじゃ・ねこじゃの術と呼んでおる」

あんじーは面倒くさそうに答えた。

司令センター内に入ると、3人の鬼が正面にある5面の巨大モニターパネルを凝視していた。茨木童子が画面を観て震える声で呟いた。

「まさか⁉お、大蛇が…‼」

画面の先には超巨大な金属装甲の爬虫類型ロボが地鳴りを響かせてのたくっていた。起動実験は更に繰り返され、最終段回に辿り着いていたのである。あんじー等に気付いたオペレーターの鬼達が振り返った瞬間、あんじーが奇声を発する。

「にぎゃあっ‼」

鬼達の動作がピタリと止まった。さながらパントマイムの静止ポーズである。茨木童子がまたぞろ余計な口を挟む。

「またねこじゃねこじゃでありますか?」

七面倒と思いつつも答えるあんじー。

「いや、ねこじゃねこじゃは相手が儂の目を見る必要がある。瞬時に敵の動きを止める不動金縛りじゃ」

茨木童子は感心して問いかけた。

「ねこじゃ・ねこじゃに不動金縛りですか。猫又の妖術はいろいろあるんですな」

あんじーが憮然とした顔をして返した。

「妖術ではない、この技は人間の編み出したものじゃ。忍者の常套手段なのじゃが知能の高い妖怪にも有用なのじゃ」

「ほほう…人間の術にも精通されているとは。流石ご長命のアヤカシ様で」

あんじーは茨木童子の突っこみに辟易していた。

「茨木殿の言う事はおだてられているのかからかわれているのかようわからんのう」

嫌みを込めてあんじーが返事をすると慌てて茨木童子が否定した。

「いや、全くその様な事はござりませぬ!畏敬の念から出ました言葉でして…」

しどろもどろになる茨木童子。その時、スピーカーから酒呑童子の怒鳴り声が。

「指令室!応答しろ、さっきから返事がないぞ‼」

慌てる茨木童子。

「どうしましょうあんじー様。兄者が呼びかけておりますが」

「茨木殿が答えてやるがよい」

あんじーの即答に一瞬躊躇う茨木童子だが意を決してマイクのスイッチをいれた。

「こちら司令室、聞こえております」

「返事が遅いぞっ❗…ん?その声は茨木か⁉任務を放り出して今まで何処をほっつき歩いてたんだ‼」

酒呑童子の怒声にほうほうの体で答える茨木童子であった。

「いや、あまりの激務に寝込んでたんだ、兄者。 やっと起き上がれるようになって帰ってきたのだ」

「そうか!それは申し訳ないことをしたな。復調したなら直ぐ作業に着いてくれ。オペレーター、メカ大蛇右旋回!」

酒呑童子の発令に慌ててパネルをタッチ操作する茨木童子。巨大メカ大蛇は腹部を蛇腹の様にくねらせ右に移動した。続いて酒呑童子の号令が。

「左旋回!」

茨木童子は言われるがままに操作。メカ大蛇は巨体をくねらせ左に前進した。

「良いぞ‼駆動系は完璧だ。正面より前進!」

茨木童子がパネルのマークをタッチするとメカ大蛇は微速前進する。

「おお❗完璧だ‼最終調整完了」

酒呑童子の歓声に茨木童子が安堵した瞬間、センター入口のゲートが左右にスライドした。武装した警ら隊が突入、手にした自動小銃をあんじー達に向けた。

「動くな❗動けば撃つ❗」

驚いた茨木童子が問いただす。

「な、何事だ⁉拙者と知っての狼藉か?」

警ら隊のリーダーらしき鬼が答えた。

「茨木様、申し訳ありませんがお頭様の命令ですので」

その時メインスクリーンが切り替わり酒呑童子の顔がアップで写し出された。

「たわけめ‼俺がお前の行動に気付かぬとでも思ったか❗失踪に違和感を感じ方々の草に行方を探らせ、追尾用ドローンで監視しておったのじゃ」

草とは全国各地に放った現地住まいのスパイの事である。普段は人間に化け情報収集や作戦行動に当たる、忍者の世界ではよくある役どころなのだ。

「京都の東山に向かった時点でおおよその検討は着いておった。案の定、面倒なアヤカシ探偵社の連中を連れ込んで来るとは…」

酒呑童子の言葉にあんじーが口を挟む。

「ならば此処に来る迄の道中で襲うなり手立てはあったじゃろう。鬼ヶ島まで来させたのは何故じゃ」

「ふん❗貴様はあんじーだな?気付いておらんのか、日本中の妖怪はほぼ貴様の味方なんじゃ。ましてぬらりひょん頭領が後ろ楯となれば貴様と対峙すれば日本妖怪全てを敵に回す事になるようなもの。大蛇が稼動すれば屁でもないが、アウェイで戦うなど愚の骨頂。自陣に引き込み叩くのが実戦術というものよ❗」

「確かに。鬼ヶ島での事件なら何が起こったかわからぬから、のう」

妙に感心するあんじーに苛立つ酒呑童子。

「衛兵、作戦開始まで其奴等を地下牢に閉じ込めておけ❗処分は追って知らせる」

「今 この場で処刑せんのか?やけに寛大じゃのう」

ニヤリと不敵な笑みを浮かべるあんじーに苦々しく答えた。

「用心深い貴様の事だから全員で来る訳がない。どうせ何組かは基地回りか島外に待機させておるのじゃろう。貴様に何かあれば攻めこむ手筈じゃろうが」

あんじーは酒呑童子の適格な判断に感心。

「ご名答❗流石は百戦錬磨の鬼大将」

酒呑童子は馬鹿にされた気分になり更に苛立った。彼の考えは当然だが的を得ている。貯水池に爽・箔、地上に巳之助・小豆洗い、近くの島にはぬこ神と辻神が待機していざとなれば妖怪組合に連絡する手筈になっている。酒呑童子はそのあたりの事も織り込み済で待ち構えていたのだ。衛兵はあんじー達を拘束、更に地下深くの牢に繋がるエレベーターに連行した。エレベーター内は扉以外の壁が強化ガラス張りで、大洞窟に建っている地熱発電施設が一望できる。降下する途中、不思議なモニュメントが現れた。崖っぷちに無造作に立て掛けられた物は剣の形をしているがスケールが桁違いである。

「茨木殿、あれは何じゃ?」

あんじーの問いに茨木童子が答えた。

「ああ、天業雲ですな。マグマ発電所を建造する際、採掘時に削岩鬼のオペレーターが発見した遺跡です。形状が古代の草薙刀なので皆そう呼んでおりまして」

「はて?天業雲の剣とは朝廷の三種神器の一つと認識しておるが」

更なるあんじーの疑問を茨木童子が解説する。

「昔から神様の剣は一様に業雲と称されていたのです。ただ、あの馬鹿デカさは意味がなく、単なる権威の象徴として造られた物でしょう」

「確かに、儂の周りでも扱えるのはダイダラボッチくらいのものじゃ」

あんじーの感想に鎌鼬が一言水を指す。

「巨大妖怪のダイダラボッチならかろうじて持てるたろうが、非力なヤツに振り回せるとは思えんがな」

そんな会話の間に地下牢のある最下層へ到着した。エレベーターの扉が開くと…イメージされる牢獄とは違い、宇宙船の艦内かと思わせる近代的な廊下が現れた。壁に並んだ扉がどうやら監獄の様である。その牢の一つにあんじー・鎌鼬・茨木童子の三人は入れられた。

「どうしましょう、あんじー様」

狼狽する茨木童子とは対照的にあんじーは冷静である。

「案ずるでない、茨木殿。巳之助に一刻(二時間)過ぎても連絡が無ければ小豆洗いの元へ向かえと言伝ててある」

「しかし此処に居ては何もできませぬ。手をこまねいていては取り返しのつかない事に…」

あんじーは茨木童子の心配を一蹴した。

「そうかな?脱け出す事など雑作もないぞ」

あんじーが目配せすると鎌鼬が一歩前に出た。右手の鎌を扉に向け切りつける。スパッと切れ目が入る。続いて左手の鎌を切れ目をなぞるように降り下ろす。扉は切れ目を境に前後にずれた。

「鬼どもは鎌鼬程度の力ではこの鉄扉は切れぬと考えておるじゃろうが、こ奴の秘技・超振動鎌には切れぬ物はないのじゃ」

鎌鼬はもどかしそうに

「解説は後にしてさっさと酒呑童子を倒しに行こうぜ‼」

と怒鳴り付け、扉を蹴飛ばした。思い鉄扉が轟音を立て倒れる。慌てて看守達が駆けつけるが、あんじーの奇声を浴びて金縛り状態に。三人は悠々と例の連絡用エレベーターに乗り込んだ。あんじーは茨木童子に尋ねた。

「酒呑童子はどの辺りにいるか?のう茨木殿」

茨木童子はさっきの事を思い巡らして答えた。

「先ほどの様子だとドックの天井コントロール室で窓越しに直接指揮しているのでしょう」

あんじーはその言葉に納得した。

「ではドックに急ぐとしよう」

一行のエレベーターはコントロール室のある階に停止。遥か先の扉に向かって早足で進む。するといきなり銃撃が!警ら隊が待ちぶせていたのだ。

が、あんじーの金縛り効果に鬼達は無力化され抵抗できない。鎌鼬が愚痴る。

「まったく、俺様の活躍する場がないぜ。ちょっとは暴れたいもんだ」

「まあ、無益な争いなど避けられるなら無い方が良いのじゃ」

あんじーが諭すかのように答えると茨木童子も同意した。

「その通りです、出来れば同胞と闘うなどしたくないです」

何を生温い事を、と思いながら鎌鼬は反論はしなかった。口論は時間の無駄と悟り、先を急ぎたかったからである。数多の鬼達を倒し、ようやくコントロール室に辿り着いた。茨木童子がドアを開けると…中はもぬけの殻⁉スピーカーから酒呑童子の声が響いた。

「予定より早く着いたようだな?ようこそ特等席へ。お前達はこれから偉大なる俺様の世界征服への第一歩を拝む事になるのだ‼有り難く思えよ」

顔を見合わせる三人。

「あ奴め、茨木殿の思考の裏を突いて我等を此処へ誘導しおったな!儂も気が回らなんだわ」

地団駄踏むあんじーに茨木童子が呼びかけた。

「あんじー様、あ、あれを‼」

茨木童子の指さす方向には…メカ大蛇が正に出動すべく躯を震わせ異音を放っている姿があった。酒呑童子が手下に号令する。

「原子炉に接合、エンジン始動開始!」

酒呑童子の指示に指令センターの手下達は困惑した。

「え?今エンジンに繋いだら大蛇が動き出してしまいますぜ!」

指令センターの手下達は不安を抱えつつも渋々従った。タッチパネルを操作する。

「供給電源切り離します」

大蛇の各部位に繋がれた巨大なケーブルがリジェクトされた。

「原子炉に接合!大蛇エンジン始動します」

耳をつん裂く轟音を上げ、メカ大蛇は八本の鎌首を垂直に持ち上げた。

「大蛇前進!」

巨大な蛇は地響きをたてながら蛇行を始めた。その巨体を格納するのが目一杯のドックでは収まり切れない。

「進水ゲート開門!全員上階に避難せよ」

酒呑童子の号令に地上階の整備士達は慌てて我先にと非常階段に向かった。徐々に開き始めたゲートから怒濤の如く海水が流れ込む。津波かと思われる程水面は急上昇した。ドック内はほぼ水没するも手下達はなんとか最上階の観望デッキまで上がることができた。大蛇の身体はほぼ水没している。酒呑童子が号令した。

「推進モード!全速前進‼」

「イエッサー!大蛇全速前進!」

オペレーターが復唱。大蛇は首を前方に伸ばし、体躯を直線にすると海蛇の如く胴体をくねらせ進みだした。ゲートを潜る際に外枠の一部に触れ、ゲート自体が大きくひしゃげてしまうが酒呑童子は気にもならない。大蛇はドックを抜け外海に出た。潮流を巻き込み海面に浮上するとその勢いで津波を起し、回りの島々を浸水した。

コントロール室に残されたあんじーは茨木童子に尋ねた。

「酒呑童子は何処にいる⁉ドック内には見うけられなんだが」

茨木童子は狼狽えながらもなんとか返答した。

「メカ大蛇の遠隔操作の為、おそらく潜水艦で同行しているものかと」

「なるほど、あ奴の性格からして大蛇の暴れる様を直に眺めたいだろうからの」

あんじーは無線機を取り出した。

「爽、箔、聞こえるか?」

「あい~、あんじー」

通信は良好のようだ。貯水槽の二匹が応答する。あんじーが指令を伝えた。

「大蛇がドック外に出た!お前達はすぐ追ってくれ。其処から外海に出られるか?」

爽と箔は貯水槽を見渡した。かなり大きな排水口が見えた。

「う~ん…多分出られるかな?」

「良し、見つからぬよう十分注意するのじゃ。出動!」

あんじーの声に呑気に答える爽と箔。

「あいあい~さ~♪」

二匹は排水口の中に入っていった。水路を抜けると鬼ヶ島南岸の、丁度ドック開口部横に出る。2匹は海面に顔を出した。すると眼前に超巨大なメカ大蛇の胴体が連山の如く聳えていた。

「うわ〜!島が動いてるよ、あんじー」

 箔の驚嘆の声にあんじーが指示する。

「そいつは大蛇じゃ。目立たぬように追跡するのじゃ」

「了解〜」

 ニ匹はメカ大蛇後方から追随。あんじー達は急ぎ通用門から地上に出る。出口には巳之助·小豆洗いと共に近くの島に待機していたぬこ神、辻神が空を舞っていた。

「小豆洗い、茨木殿と巳之助を連れ揚陸艇で大蛇を追ってくれ。儂はぬこ神と空から追跡する」

「わかった、あんじー。少し遅れるが直ぐ追いつく」

 小豆洗いが答えると巳之助も一言付け加える。

「気をつけてね、あんじー」

「心配するな、巳之助。なあに、儂にかかれば大蛇など敵ではないわ」

 根拠のない言葉だが皆には妙な安堵感があった。あんじーならば何とかしてくれる、という思いがあったのだ。あんじーはぬこ神の背にまたがり空へと飛び立った。辻神は既に大蛇に向かっている。小豆洗い・茨木童子・鎌鼬と巳之助もログハウスの揚陸艇へと急いだ。


 メカ大蛇は瀬戸内海を淡路島に向け進んでいた。上空には新聞社の報道ヘリ、自衛隊機、海上では水上警察・海上保安庁の哨戒艇が取り囲んでいる。人間界では突如現れた怪獣に映画さながらのパニック状態に陥っていた。テレビ番組はオロチ報道一色である。一方、東京では首相官邸前に様々なメディアが押しかけていた。時の首相大泉総理大臣を報道陣が取り囲んでいる。テレビ局の女性アナウンサーがマイクを差し出した。

「総理、あの怪獣は一体何なのですか?突如現れたのは何故なんですか?」

 大泉総理は困惑した表情で答えた。

「只今各機関を総動員し調査中です。今暫くおまちください」

 女性アナウンサーが尚も食い下がる。

「総理、解かってる範囲だけでも教えてください。あれはどういった生物なんですか?」

 大泉総理は面倒くさそうに答えた。

「目下調査中です!私のところにもまだ何の情報も来てないんだ、もう少し待ってくれ!」

「総理、どう対処されるおつもりですか?上陸すれば甚大な被害が...」

 報道陣の質問攻めに揉みくちゃにされながらもなんとか執務室に逃げ込んだ大泉総理を稲村防衛大臣と自衛隊幹部三人が待っていた。本革の高級そうな肘掛椅子に腰かけた大泉総理が稲村大臣に尋ねた。

「事は急を要する!もったいぶっている余裕はない。アレはすぐ使えそうかね?」

「どうなんだ、田村参謀」

 稲村大臣が航空自衛隊参謀の田村中将を名指した。田村中将が答える。

「は!現在硫黄島基地にて待機中です」

「そうか。まさかこの様な事案で出す事になるとは…事は急を要する、早急に富嶽を向かわせてくれ」

「承知いたしました、総理。直ちに発進させます!」 

 大泉総理の言葉に稲村大臣が答え、幹部連三人は敬礼した。執務室を出た段階で稲村大臣が小声で幹部三人に問いかけた。

「実のところどうなんだ、参謀。あのバカでかい戦闘機で例の怪獣を退治できるのかね」

 田村中将より先に残る幹部の一人、海上自衛隊の山本准将が反論する。

「お言葉ですが大臣、富嶽は航空機ではなく飛行空母です!我が国の科学技術の粋を集めた自国防衛の最終兵器です。海上航行から飛び立てば最高速度マッハ3で飛行、艦内から戦闘機の離着陸も可能で装備は最新鋭。富嶽一機で米軍とも互角に戦えましょう」

「おいおい、滅相なことを言うんじゃない。米軍に聞かれでもしたら首が跳ぶどころでは済まないぞ」

 慌てた田村参謀は顔を曇らせた。

「こ、これは失言いたしました。ただ私は富嶽の戦闘力を評価したまででして...」 

 山本准将はしどろもどろである。

「いずれにせよ総理のご要望だ、できるだけ早く出動させてくれ」

 稲村大臣はそんなやり取りを気にもせず指示。田村参謀が答える。

「は!即時指令を出します」

 一行は官邸の車寄せから別々の送迎車に乗り込み、散会した。



 秘密裡にされているが東京都硫黄島には空自・海自・陸自合同の特殊兵器研究施設がある。中でも件の航空戦闘母艦富嶽は最終決戦兵器として建造された国土防衛の目玉なのである。全長348m総重量32,000t、巨大な三角翼を持つエイの様な飛行艇でステルス機能の為かマットブラックに塗装され、突起物は無く流線形の飛行に適した形状になっている。出撃準備を終えた富嶽は格納庫から海面に移動し、出撃命令を今や遅しと待機していた。艦首下部に位置する艦橋では乗組員が無言のまま連絡を待ちかねていた。

「統合本部より入電!直ちに怪生物Xに向け出撃されたし」

 怪生物Xとはメカ大蛇に政府が命名した公称である。名前が無いと不便なので先ず国会で決議された最初の案件であった。艦橋に響き渡る様に通信士が伝令を読み上げる。艦長山本一等空佐が号令を発した。

「総員戦闘配備!富嶽出撃!」 

「富嶽出撃します」

 総舵手が右側のアーム型ハンドルを手前に引いた。富嶽のハイドロ・エンジンが回りだし徐々に回転を上げていく。船体はゆっくりと航行を始めた。総舵手はハンドルを目一杯手前に引いた。富嶽は急加速する。

「超電導システム起動!」

 総舵手が左側レバーを引くと船体が微振動した。と同時に船体が海面からわずかに浮き上がる。

「ロケットエンジン点火します」

 操舵手は点火ボタンを押し右足のペダルを軽く踏んだ。すると両翼の噴射口から轟音と共に炎が吹き出した。富嶽は徐々に高度を上げ、大空に舞い上がった。

「最大航空速度!目標、瀬戸内海上の怪生物X!」

 富嶽はマッハ3の猛スピードで瀬戸内海へ侵攻した。



 瀬戸内の大蛇は淡路島に近づいていた。ただ内海を蛇行しているだけなので海自の駆逐艦や保安庁の巡視艇は動向を見守るだけである。大蛇を一目見ようという野次馬で沿岸住民の避難は遅々として進まない。随行する鬼族の潜水艦では酒呑童子の高笑いが止まらなかった。

「ギャラリーも大分集まって来たようだな。さて、どうしてくれよう。先ずは大蛇の脅威を知らしめるのに何か破壊させてみるか」

 淡路島を見渡しても目ぼしい建造物が見当たらない。酒呑童子は眼前の明石海峡

大橋に注目した。

「通行の邪魔だ、あの橋を潰そう。大蛇をあの吊り橋に体当たりさせろ」

「了解!前面の明石海峡大橋を破壊します。大蛇前進」 

オペレーターはコントロールパネルを操作する。大蛇は上体を反らし海面から立ち上がった。そのまま尾をくねらせ海底面を掃く様に進む。橋梁に到達すると轟音を響かせ蜘蛛の巣を払う如く破砕してしまった。怪獣騒ぎで通行止めになっていた為被害は無いが沿岸には小規模の津波被害が出ていた。監視していた船舶も煽りを食らい大きく揺れた。

「今、怪生物Xが!明石海峡大橋を破壊しました!」

 明石港から中継していた民放のレポーターが必死の形相でマイクを握りしめ叫んでいる。この光景を目の当たりにした国会議事堂内の対策本部から首相が命令を下した。

「怪生物Xを攻撃せよ!沿岸地域を守るのだ!」

 田村参謀が大蛇を取り巻く護衛艦及び上空から監視していた戦闘ヘリ・戦闘機に指示した。

「全軍怪生物に対し総攻撃開始!これを殲滅せよ」

「了解。怪生物Xに対し攻撃を開始します」

 号令を受け、7機のコブラ・11機のアパッチが地対空ミサイル及びロケット弾を発射。大蛇に命中するも巨大な胴体にマッチの火の様な爆炎を上げただけで何のダメージも与えられない。続いたガトリング砲の斉射に至っては効いているいるのかさえ判らない。上空のFー15イーグル、護衛艦からも多数のミサイルが放たれたが空しく爆発音が響くだけで花火程度の閃光をきらめかせるばかり。艦砲斉射も石粒を当てている様である。

「馬鹿な人間どもめ、スケールの違いも認識できんのか。ちっとばかし相手をしてやれ。うるさい頭の蠅を追い払え」

「承知しました。航空兵器を排除します」

 酒呑童子の言葉に答え、オペレーターが大蛇を操作する。大蛇は九つの首の一つを空に向け伸ばした。大きく口を開け火炎を吐き出すと火柱が天空にそそり立つ。が、コブラは寸でのところで躱す。すると大蛇は口を窄めた。炎は見る見る細くなりプラズマ化、ビームになった。大蛇は首を振り照準を合わせコブラに狙いを定めた。プラズマビームは弧を描きコブラに命中。機体は爆破、海面に落下していった。大蛇は残る首の内二つを駆使してビームで次々と戦闘ヘリを撃ち落としていく。だが最高速度がマッハを超えるFー15イーグルには当たらない。二機のイーグルはヘリを援護すべくバルカン砲で威嚇。すると四つ目の首がイーグルの進路上に灰色のガスを噴いた。ガス雲を通過したイーグルは機体から火花を散らし失速、墜落した。残存機は現状に反応しすぐさま現場を離脱、ガスの外に逃げる。一方、海上の護衛艦隊はありったけの魚雷と対空ミサイルを大蛇に放つが命中しても爆音と水煙を上げるだけで効力はほとんど無かった。酒呑童子は高笑いして

「ついでだ、木っ端船も破壊してしまえ」

 オペレーターに指示。大蛇が巨体を翻すと再び波紋が大波となって沿岸を襲った。大蛇は護衛艦隊に向け巨大な尻尾を振り上げ海面に叩きつける。ドーンと轟音を上げて巨大な波紋が護衛艦群を襲った。船体は大きく揺れ、転覆するかと思われる護衛艦もあった。大蛇は一隻の艦にプラズマビームを放つ。命中した護衛艦は爆音を上げて撃沈した。他の艦は慌てて回避行動を取るが大蛇のビーム攻撃は逃さず破壊する。海上は火の海と化した。メディア関連は大騒ぎになり、生中継で惨状を報道していた。空が爆炎で赤黒く染まる中、南西の方角から富嶽が接近。頃合いとばかりに山本艦長が号令する。

「総員戦闘配置!F-3戦闘機は各位発進、砲門及びミサイルを怪生物Xに照準合わせ!」

 富嶽下部後方ハッチが開き22機のF-3が次々吐き出されていった。F-3は落下しながらアフターバーナーに点火、次々に発進する。F-3編隊は大蛇に向かっていった。富嶽の全砲門・弾頭発射口のゲートが開く。 

「怪生物Xまで距離1万2千!射程距離まで到達しました」

 レーダー手が大蛇の位置を伝えた。

「よし!荷電粒子砲、弾道弾、全門(撃)てーっ!」

 山本艦長の声がスピーカーを通じて艦内に響き渡った。富嶽主翼砲門からビームが放射され、上部発射ハッチから無数のミサイルが上空に舞い上がった。荷電粒子砲は大蛇の背中を直撃し大蛇は身震いした。多少の効果はあるようであった。続いてミサイルが放射状に降り注ぎ爆炎に包まれた。大蛇沈黙。やがて黒煙が晴れると…大蛇は静止していた。が、大したダメージは負っていない。突然八本の首が天に向かって咆哮。大蛇は再び動き出した。現場に到達したF-3編隊は分散し、全方位から大蛇にロケット弾を撃ち込む。機数の多い戦闘機に大蛇は宛らスズメバチに襲われたかの様に首を振り回し対応に追われる。プラズマビームは回頭性に優れる機体に追い付けず、毒霧は特殊ステルス装甲のF-3には効果がないようである。身体的ダメージは無くとも釘付けには成功した様に見受けられた。イラっとした酒呑童子が怒鳴る。

「どうせ蚊に刺された程度の被害しかないんじゃ、気にせず進め!先ずは大阪湾から上陸」

「え?神戸港ではなく、ですか?」

 総舵手が聞き返す。酒呑童子が子供に解説するように答えた。

「メカ大蛇は巨大過ぎてその重量で地面にめり込んでしまい地上では遅くなってしまうんじゃ。目指すは京都、最短距離で目指すのじゃ」

「成程。では大阪湾に入ります」

 総舵手はコントロールパネルを操作。大蛇は富嶽の攻撃を受けながらも再び進み出した。

 


 その頃後方にいたあんじーの元に頼もしい助っ人が来ていた。

「統領、わざわざお越しいただき誠に申し訳ない」

「なあに、我等妖怪も他人事ではないからのう。見たところあ奴は八岐大蛇じゃな。だが何やら機械じみた躯体は・・・酒呑童子の仕業か」

 統領は小豆洗いからの連絡を受け、急ぎ大烏に乗り駆け付けたので詳細までは聞いていないがあんじーが東山を出立する前に鬼ヶ島へ行くことだけは伝えてあったのだ。

「左様じゃ。奴め、復讐の為因縁の京の都を火の海にするつもりなんじゃろう」

 ふう、と統領はため息をついた。 

「今の世ならば東京を攻めるのが妥当じゃが余程京に恨みつらみがあるのじゃろう。酒呑童子にしてみれば江戸になんの思い入れもないからのう。で、どうするつもりじゃ。何か策でもあるのか」

 あんじーは一瞬思案したのち質問に答えた。

「メカ大蛇はただ操られているだけのロボットじゃ。司令塔を叩けば動きは止まる。酒呑童子の潜水艦さえ見つければ何とかなるんじゃが...」

「あいわかった。瀬戸内に棲む妖怪たちに指示して捜索させよう」

統領の快諾にあんじーが難点を打ち明けた。

「鬼ヶ島から蛟の兄弟と辻神に大蛇を追わせているんじゃが奴の潜水艦だけは発見できぬ。何やら秘密があるようじゃが」

 統領は腕を組んで頷いた。

「ふむ。姑息な酒呑童子の事じゃからそのあたりも抜け目なく手を打っているわけか。おそらく人の船にでも模して偽装させているのじゃろう。成程、その辺も注意させよう」

 さすが統領である。発見されるのを恐れた酒呑童子は海上自衛隊のそうりゅう型とそっくりな潜水艦を使っている。神戸には自衛隊の潜水艦が駐留しているためそれらと見分けがつかず、瀬戸内海を航行していても疑われない。あんじーは真剣な表情で訴えた。

「上陸する前に酒呑童子の潜水艦を叩いて大蛇を止めねば大惨事になる。なんとか奴をくい止めねば!」

 あんじーの言葉に統領も同意。

「うむ。妖怪組合も総力を挙げて助力しよう」

 統領の言葉にあんじーはいたく感謝した。

「そう言って頂けると有難い。頼もしい限りじゃ、宜しく頼む」

 あんじーと統領はその場で別れ、あんじーは大蛇に向かって行った。統領は妖怪たちを集結させるため小豆島を目指した。


 大蛇は大阪湾に到達していた。相変わらず富嶽との交戦は続いていたが進行を止めるまでには至らない。大蛇は徐々に甲子園浜まで近づいていた。あんじーは蛟の兄弟と辻神に酒呑童子の潜水艦の捜索結果を打診した。

「どうじゃ、それらしき船影はないか」

 辻神が応える。

「あんじー、わいは空から見とるが海が濁っとるのでようわからん」

 爽と箔の答えも似たようなものであった。

「う〜ん、見当たらないよ」

「そうか…ヤツの船ならかなり巨大な筈。目立たぬ事はないんじゃが…音はどうじゃ?スクリュー音が聴こえぬか?」

 箔が応えた。

「おと?何も聴こえないよ」

 あんじーは暫し考えた。ふとある事に気づく。パンダ・ポシェットの中からスマホを取り出し、山陽道を走っているおんぼろハイエースの茨木童子に連絡した。

「いかがなされましたかあんじー様」

「茨木殿、酒呑童子の潜水艦が見当たらないんじゃが何か発見する手がかりはないものか?形とか色とか特徴的な、何でもいいんじゃが…思い当たることはないかのう」

 若干通信が途切れるものの、なんとか電波はつながっているようで茨木童子は思考を巡らし返答した。

「そう言えばかなり前のことですが、造船の参考にするのだと呉にはよく通ってましたな」

 そう、呉には海上自衛隊の軍港があるのだ。

「わかったぞ!爽、箔、辻神。神戸の兵庫港に三菱の造船所がある。確か自衛隊の潜水艦を建造している筈じゃ。何隻かはドックの外で停留しているから当たってくれ」

 蛟の兄弟は何の事かわからない。

「え?何?みつびしって何処?」

 辻神が二匹に言い聞かせる。

「造船所の場所は知っとる、おっちゃんが連れてってやるからついて来い」

「あ〜い〜」

 なんとも間の抜けた返事だが二匹は至って真剣である。

「頼んだぞ辻神。さて、ヤツの潜水艦が見つかるまで何とか大蛇を足留めせねば」

あんじーの面前ではF-3戦闘機や海自の駆逐艦からの攻撃を受けながらも虫にたかられているかの様に平然と進むメカ大蛇の姿があった。気づけば上空には富嶽が大きく旋回している。

「お困りかえ?あんじー」

 聞き覚えのある声に振り替えるあんじー。そこには善女竜王の姿があった。

「おお、善女龍王!この様な所でお会いするとは…如何されたのじゃ?まさか物見遊山では」

 あんじーの失礼な物言いにムッとした善女竜王は語気を荒げた。

「馬鹿をお言いでない!八つ首の大蛇が世間で話題になっているでの。テレビでは大蛇ばかり報道されて取り上げられなんだがSNSでは大蛇の影でぬこ神に乗った貴様の目撃情報や画像が出まわっておるのよ」

 はっと己の行動を顧みるあんじー。

「左様か。大蛇を止める事にかまけて身を隠すところまで気を回すのを怠ってしまっておったか…じゃが善女竜王、テレビはおろかネットまでチェックしとるとは」

「ふふん。妾は新しい物が好きでの。流行には何でも乗るのよ。いや、この様な話をしにきたのではない!さぞお困りだろうとお手伝いをしにきたのよ。龍神村では世話になったからの」

「それは有難い話じゃ。今は一人でも力添えが欲しい」

 あんじーの言葉に善女竜王は不敵な笑みを浮かべた。

「一人?妾が単独で来たとお思いかえ?」

「我等も来ておるぞ、あんじー」

 声のする方を向くとなんと難陀竜王と春光の姿があった。

「難陀竜王!春光も!何と心強い」

「善女龍王様から連絡を受け馳せ参じました」

 春光の返事に感動するあんじーを見て難陀竜王は更に語った。 

「いや、我等だけではない。弟の跋難陀竜王、善女殿の父君沙伽羅竜王、他にも和修吉竜王、徳叉迦竜王、阿那婆多竜王、摩那斯竜王、優鉢羅竜王」

 あんじーは目を見張った。

「八大竜王揃い踏みか!なんとも凄い事に」

 壮観なメンバーに目を見張るあんじー。

「娘が迷惑をかけたようだな、あいすまんかった」

 沙何羅竜王の言葉に顔を真っ赤にする善女竜王。

「な、何をお言いかえ父上。今語る事ではなかろうに」

 二人の会話を遮るように阿那婆多竜王が申し出た。 

「あんじー殿。我等八部衆、何でもさせていただく所存。先ずは何か策はお持ちか?」

 一瞬黙り込むあんじー。が、先般の案を語り出した。 

「メカ大蛇は酒呑童子が造り出したロボットなのじゃ、奴の操縦装置を破壊すれば止める事ができる。じゃが肝心の酒呑童子が見つからぬ。手掛かりは得たので社員達が捜索中なんじゃが、その前に大蛇が大阪に上陸してしまうのを何とか食い止めたい」

 難陀竜王はふむ、と腕組みして答えた。

「我等が足留めすれば良いのじゃな、承知した。八岐大蛇相手に我等の力が何処まで通用するかわからんがやってみよう」

 あんじーは難陀竜王に更に進言した。

「その件については一つ考えがある。以前龍神村で用いた亜空間転移術じゃ。あの技は長時間はもたないのじゃが結界に応用できる。但し海上では起点を築くことができぬのじゃ。そこでお主等に柱となってもらいたい」

「左様か、ならばその内容を伺おう。ワシ等は何をすればよいのかな?」

 和修吉竜王に尋ねられたあんじーは竜王達に手順を細かく説明し、一行はすぐさま行動を開始した。


 その頃、ハイエースは阪神高速・柳原インターを降りて兵庫区の三菱造船所近くまで来ていた。此方でも大蛇襲来で造船所内はパニックになっていた。小豆洗いは正門近くに車を停めて逃げる工員を尻目に易々と中へ忍び込んだ。茨木童子と巳之助は目立つので連絡を受ける為ハイエースに残っている。小豆洗いは潜水艦ドックへと向かった。ドック周辺は流石に持ち場から離れられぬようで作業員が結構残っている。小豆洗いはどこからか調達した作業服を身に纏い辺りを徘徊する。するとある若い作業員が不思議そうに遠くを眺めているのに気付いた。

「どうした、若いの」

 若者は小豆洗いを古参の先輩と勘違いし素直に答えた。

「いや~、どうも気になって…係留しているそうりゅうなんですが、一隻多いんですよ。ほら、あそこのヤツなんですが昨日は無かったような…」

 それだ!と小豆洗いは心の中でガッツポーズをした。

「緊急事態やから海自の連中が避難したんやろ、気にせんで自分の仕事に戻れや。おっと、ワシも油売っとらんで持ち場に戻らんと。ほなな!」

 小豆洗いは急いでその場を離れハイエースに戻った。車内に乗り込むなり一言。

「見つけたで!酒呑童子の潜水艦や!急いであんじーに連絡せんと」

 ビックリする茨木童子と巳之助を尻目に小豆洗いはノートパソコンを開きあんじーに送信した。

「あんじー、わかったで!造船所の堤防に泊まっとる」

 傍受したあんじーの声は溌剌としていた。

「そうか!よくぞ見つけてくれた。統領達がそちらに向かっておるので合流してヤツの操縦機を破壊してくれ。大蛇はこちらで何とかする」

 茨木童子が割って入ってきた。

「承知しました。あんじー様くれぐれも無理なさらぬようお気をつけて」

「茨木殿か。お心遣い感謝する。では、作戦開始じゃ!」

あんじーの号令で八大龍王はメカ大蛇を取り囲むように展開。残った善女龍王はつまらなそうに尋ねた。

「妾には何もする事がないのかえ?」

 あんじーが答えた。

「ご心配召さるな善女龍王。ちゃんと大事な役目をお願いしようと思ってたところじゃ」

 喜々として尋ね返す善女龍王。

「何と?何を任せてもらえるのかえ?」

 あんじーは小さな子供に読み聞かせるように分かり易く説明した。

「八門遁甲陣を敷くには八つ鬼門が必要なのじゃ。龍王達にはその柱となってもらい結界を構築するのじゃがその前に酒呑童子が気づくやも知れぬ。そこでお主の出番じゃ」

「妾が大蛇と戦えばよいのかえ?」

 眼を濫々と輝かせる善女龍王。やる気満々である。

「その通りなのじゃがただ真正面に龍神が現れては酒呑童子に疑われてこちらの目論見がばれてしまう。そこでじゃ。丁度良い囮が天空を舞っておる」

 あんじーの言葉に善女龍王は空を見上げた。

「あの、人間どもの飛行機かえ?」

「その通りじゃ、巨大なヤツが。酒呑童子は人の兵器など取るに足らんものと舐めておる。もし善女殿があの機体の仕業と見せかけて嵐や竜巻を起こせば慌てふためいて躍起になって攻撃してくるじゃろう。彼等には申し訳ないが暫く気を引いてもらおう。見たところそう易々とは墜ちそうにないようじゃからのう」

 あんじーの話に善女龍王は悪魔の様な笑みを浮かべた。

「まっこと愉快なアイデアよ。その大役、務めさせてもらうぞよ」

 そう言うなり富嶽めがけて舞い上がる善女龍王。

「待たれよ!ほんに慌て者のお方よ、ちゃんと本意を理解してくれておるのかのう」

 一抹の不安を過らせながらも任せるしかないあんじーであった。善女龍王は富嶽を越え更に上空まで上がると芭蕉扇を懐から取り出した。。両手を大きく広げ何やら念じると暗雲が生じ、善女龍王を中心に巨大な渦を巻き始めた。落雷と豪雨を伴い宛ら台風が直撃したかの様な有様となった。ちょうど台風の目にあたるのは富嶽であり暴風雨から何の影響もうけていない。まるで富嶽が起こしたかのようである。善女龍王の仕業なのだが機体の真上から操っているのでそう見えるのだ。更に善女龍王は芭蕉扇を下に向け素早く回し始めた。すると風が竜巻となりメカ大蛇に襲い掛かる。暴風は蜷局を巻き、何と大蛇を海面から引き剝がすように浮かび上がらせた。だが巨体の大蛇を一瞬持ち上げるのが限界で津波の如き波紋を広げて爆音を響かせ海面に落とした。いや、効果は十二分にあった。驚いたのは酒吞童子である。

「な、なんと!人間どもめ、まさかあのような気象を操る装置まで隠し持っていたとは…油断しておった、とんでもない兵器よ。オペレーター、あの頭上のバカでかい凧(富嶽のこと)を叩き落せ!集中攻撃じゃ」

 担当の鬼が復唱する。

「メカ大蛇、眼前の飛行物体に集中砲火!」

 大蛇は九つの首を各々上空に伸ばし、口を大きく広げ紅蓮の炎を噴き上げた。僅かに届かないのだが口を窄め頬を膨らますとプラズマ化され機体に命中。被弾した富嶽は大きく揺らいだ。状況を呑み込めないまま山本艦長が叫んだ。

「ビーム攻撃を回避!被害報告を!」

「コーティング剥離は見受けられますが装甲はかろうじて貫通しておりません。ですが次弾では防ぎきれないかと」

 整備班の報告にちょっと安堵する山本艦長。

「現場を離脱、ビーム射程外まで退避する。高高度まで上昇!」

「イエッサー!富嶽大気圏まで上昇します」

 指示を受け総舵手が機首を上に向けフルブーストを掛ける。機体はほぼ直角に急上昇、大蛇のプラズマビームを被弾しながらも何とか大気圏外に逃れる事ができた。面白くないのは酒呑童子である。

「畜生め、撃ち落とす前に逃げおったか」

 顔を真っ赤にして怒る様は仁王のようである。だが彼には更なる悲劇が待っていた。

「全員所定の位置に着きましたぞあんじー殿」

 難陀竜王の声に気合の入るあんじー。印を結んで唱えるとボッと白煙が起き七頭身の美少女形態に変身した。あんじー戦闘モードである。猫耳は更に大きく、エプロンドレスの下から出た二本の尻尾が反り返っているが片方は半分の長さで切れている。昔、白眉との一戦で受けた名誉の負傷なのである。因みに、白眉は九尾の内一本をやられている。余談になったが、八角の陣形を見据えたあんじーはパンダ・ポシェットから独鈷を取り出し九字を切った

「おん・ぎゃくぎゃく・えんの・うばそく・あらんぎゃ・そわかー!」

 あんじーが真言を唱えると八門内に大閃光が飛散、鏡に囲まれたかの様な多面体のドームが出来上がった。

ドーム内に閉じ込められた大蛇は動いてはいるが外には出られない。実際、中は異空間なのだから。

「どうゆうことじゃ⁈何が起こったんじゃ?」

 状況が呑み込めず慌てる酒吞童子。

「ええい、兎に角大蛇を脱出させるんじゃ!」

 酒吞童子の指示にオペレーターが操作するがメカ大蛇は動かない。

「お頭、大蛇が応答しません」

 肉眼で目視はできるが亜空間転移で別次元いる大蛇には遠隔操作が効かない。かろうじて補助プログラムで活動しているだけなのだ。更なる不幸が酒吞童子達に降りかかる。レーダー手が叫ぶ。

「お頭、船体に何か取り付いています!」

「な、何⁉モニターに映し出せ!」

 レーダー手が船外監視カメラの各画面を分割で投写。映っていたのは…艦橋に巻き付いた磯女、甲板に張り付いた舟幽霊、周りを囲む人魚と爽・箔の兄弟。

「げ!妖怪組合の連中か?いや、それどころではない全速で逃げるんじゃ‼急速潜行!」

 酒吞童子の命令に総舵手が呼応。

「イエッサー!急速潜行、最大船速で現場を離脱します」

 そうりゅう型潜水艦はタービンをフル回転させハイドロジェットのフィンを回す。船体はゆっくり沈みながら、徐々に速度を増し最大船速32ノットで周りの妖怪達を振り落とした。

「逃がすでないぞ!」

 上空から大烏に乗り監視していた頭領の呼びかけに必死で追いすがる妖怪達。だが、そうりゅう型潜水艦のウォータージェットに追い付けない。酒呑童子が喜々として叫んだ。

「良いぞ!このまま外海に逃げ出せ!」

 オペレーターが指示通りそうりゅうを突堤の先に向かわせたその時、ドスン!と艦首に衝撃が走って船体が傾いだ。何かに当たった様である。度重なるアクシデントにテンパる酒呑童子。

「今度はなんだ?モニター!」

 レーダー手がスクリーンに艦首を映し出すと山の様な真っ黒い塊が。中央から巨大な目が開いた。

「ナイスタイミングじゃ海坊主!逃がすでないぞ」

「ぬもおおおお」

 統領の言葉に海坊主は答えて大きな両手で船体をガッチリ掴んだ。

「ええい、どうにかしろ!」

 酒呑童子の罵声に慌てふためくクルーの鬼達。その隙に辿りついた爽・箔と小豆洗い(潜水服着用)が船体を調べてい

る。小豆洗いが呟いた。

「どうやら艦橋に突き出ているダイバーアンテナから指令をだしているようだな。此処から操縦装置を破壊できそうじゃ。鰻男、頼む」

 鰻男と呼ばれた黒ずくめの妖怪はアンテナをむんずと掴むと超強力な電気を流した。それがあまりに強すぎて操縦機のみならず艦内の電子機器までもショートさせた。潜水艦は機能停止。クルーの鬼達は感電し失神状態になった。

「やってくれおったなあんじー!」

 地団駄踏む酒吞童子だけは辛うじて動けている。海坊主はそうりゅうを海上まで押し上げた。甲板に降り立ったあんじーと統領はハッチから這う這うの体で出てきた酒呑童子を捕縛。統領は睨みを効かせて語った。

「酒呑童子!貴様の企みも潰えた、観念せい。どうじゃあんじー、こ奴の処分はどうする?」

 あんじーは変身を解き、物静かに答えた。

「やった事は悪いがお主の気持ちも理解できぬ訳ではない。悔い改めて今後善行に精進するなら許さぬ訳でもない」

 酒吞童子は苦虫を嚙み潰した様な顔で言葉を返した。

「ふん!貴様らに温情を受ける気など更々ないわい。どうせ俺等の夢も終わりじゃ、煮るなり焼くなり好きにすればよいわ!」

 呆れて顔を見合わす二人。丁度その時、八門遁甲術が時間切れで効力を失い、メカ大蛇の結界が解けた。八大龍王が見守る中、沈黙する大蛇。操縦者無き怪獣は不動の筈…だったのだが。突然八岐の首が咆哮を上げ再び動き出した。驚く妖怪達。あんじーが酒吞童子に問いただす。

「どう言うことじゃ?操縦装置は使えぬはずじゃ!何故動く⁈」

 酒呑童子がふてぶてし気に呟く。

「補助プログラムの自動操縦で勝手に動いているだけじゃろ。大蛇はその巨大さ故に膨大な熱エネルギーを必要とするんじゃ、餌を求めて彷徨う動物と同じよ」

 酒呑童子の説明に合点のいかぬあんじー。今度は統領が尋ねる。

「では何故陸地に上がらず紀伊水道に向かっておるのじゃ?何処にその燃料があると言うのじゃ」

 酒呑童子もその問いに疑問を感じたらしく暫く考え込んでいたがあることに気づく。

「地上は浮力が無いのでエネルギー・ロスが激しい、水中を進むのが選択肢としては正しい。しかしあ奴の動力源となる膨大なエネルギーとなると…核エネルギーか!」

「核エネルギー?瀬戸内海にそんな物はないぞ!」

 怒鳴るあんじーに酒呑童子が太々しく言い返す。

「そんな事ワシに言われても解からんわい」

 二人のやり取りに後から合流した小豆洗いが加わってきた。

「原子力といったらアメリカ軍の戦艦じゃろ。空母とか」

 酒呑童子があざ笑うように反論した。

「空母?横須賀基地の空母ロナルドレーガンが近海まで来ているとでも?そんな情報は入っておらんわ」

 酒呑童子の言葉にいや待てよ、とあんじーは心の中で自問した。原子力エンジンを動力としているのは何も空母だけではない。目立たずこの状況を監視しているとすれば米海軍のシークレットサービス、つまり原潜では!そう、あんじーの不安は当たっていた。紀伊半島沖の領海域ギリギリの地点で第七艦隊の原子力潜水艦ノースカロライナが諜報活動を行っていた。対岸の火事とはいえ巨大怪獣の脅威は自国にも及ぶ可能性があるのだ。それが裏目に出てしまった。メカ大蛇は相変わらず纏わり着く富嶽とFー3の攻撃をモノともせず進撃、鳴門海峡を抜け外洋に出た。自艦目掛け直進してくる大蛇にノースカロライナの艦長ウイルソン・カーク大佐は恐怖を感じ盛んに国防省本部と通信をやり取りしていた。

「司令部、怪物Xが本艦を襲撃しようとしています、対応許可を求む!」

 再三の要求に暫し検討されていたのか、数分間が開いた後結論が出た。司令部から伝令が入る。

「緊急避難の為公海上にて自衛手段の行使を認める」

 本部の返答にほっとしたカーク艦長はすぐさま魚雷発射管を開放させた。

「一番から四番管、装填!発射用意!」

 カーク艦長は大蛇が領海をでるタイミングを見計らった。

「カウントダウン!5、4、3、2、1…0!シュート(発射)‼」

 ノースカロライナから四本の魚雷が放たれた。高速で進む魚雷は大蛇に命中。轟音を上げて爆発するが当の大蛇は無傷。当然である。荷電粒子砲でさえ通用しなかった装甲は通常兵器では全く歯が立たない。焦ったカーク艦長は司令部に核弾頭の使用許可を求めた。司令部は日本国政府との交渉に入るが色好い返事が得られない。ノースカロライナに危険が迫っている為、司令部の要請にホワイトハウスのベネット大統領が決断を下す。

「公海領域に限り核攻撃を許可する」

 ノースカロライナのカーク艦長は待ってましたとばかりに砲術長に命令した。

「SLBМハッチ2・4・6門開放!ゼロカウント発射!」

 甲板の発射口から三発のトマホークが射出された。核弾頭は放物線を描きながらメカ大蛇に命中、核爆発特有の大閃光を放った。が、動画の逆再生を観るかの様に見る見る収束、何事も無かったかの如く衝突前の状態に戻った。ただ、大蛇は躯体全体が金のベールを覆った様にキラキラと輝いている。後を追っていたそうりゅうの甲板からその様子を凝視していたあんじーは酒呑童子に問うた。

「どう言うことじゃ?あ奴は何をしたんじゃ」

 酒呑童子は面倒くさそうに答えた。

「メカ大蛇は巨体を動かすのに膨大な熱エネルギーが必要なんで体表面の吸収装置で核爆発のエネルギーを取り込んだんじゃ。あの程度ではまだまだ足りんじゃろうがのう」 

「と言うことは…大変じゃ!アメリカの原潜が危ない‼」

 あんじーの危惧は的中していた、メカ大蛇は更に前進し逃げるノースカロライナを射程内に捕らえた。首の一つがプラズマ火炎を放ちノースカロライナに命中。核爆発により撃沈されるも再び吸収装置によりそのエネルギーは大蛇に取り込まれた。後は残骸が海底に沈んでいくだけであった。

「救えなんだか…もっとも儂等にはどうする事も出来なんだが」

 己の無力さを悔やむあんじーであった。だがもっと大騒ぎになっていたのはアメリカ国防総省である。ホワイトハウスのベネット大統領はホットラインで大泉首相に日米共闘を申し入れ、合同作戦行動案が成立。直ちに横須賀基地から空母ロナルドレーガンを旗艦に米海軍艦と海自艦による連合艦隊がメカ大蛇の進行先へ向け派遣された。メカ大蛇は何故か海上を東に進んでいる。まるで台風の進路かと思われる動きである。

 あんじーと統領、小豆洗いはそうりゅう甲板にて遅れて合流した茨木童子と共に酒呑童子を糾弾中であった。

「どうにかしてあ奴を止めぬと大変な事になるぞ。日本はおろかこの地球自体が滅びかねぬ。とんでもない事を仕出かしてくれたのう酒吞童子よ」

 統領の苦言に続きあんじーが提案。

「お主、大蛇は補助プログラムで動いていると言ったな。ならば操縦装置が直れば自在に操れるのじゃな。幸い電撃の被害も軽微じゃから修理して大蛇を止めよう」

「誰がお前の言うことなど聞くものか。こんな国など滅んでしまえばよいのだ」

 不貞腐れる酒呑童子を前に茨木童子が名乗り出る。

「拙者が修理しましょう。元々は兄者と拙者が開発したメカです、特にコントロール・システムは拙者の担当でしたので。この艦のクルーも兄者に命令されて渋々就てきた者たちですから説得には時間は掛からんでしょうし」

 茨木童子の言葉に酒呑童子は怒り狂った。

「この裏切り者め!!お前に従う者など鬼族に一人もおらぬわっ!」

 茨木童子は冷ややかな目で怒りで真っ赤な膨れ顔の酒呑童子を見た。

「果たしてそうかな?兄者。まあ見てるが良い」

 茨木童子の言った通りであった。クルーの鬼達は一人残らず茨木童子に寝返り彼の指示に従った。皆酒吞童子は慕っているが大蛇は忌み嫌っていたのである。茨木童子は直ぐ操縦システムや各種設備の修繕に掛かった。その間にもメカ大蛇は外洋から更に北上していた。富嶽は攻撃の及ばない大気圏ギリギリで上空から監視。Fー3戦闘機隊は大蛇に随行している。一連の動きは日本以外にも世界の各種報道機関で話題沸騰。特に米国メディアは太平洋艦隊が出動した事を喧伝していた。もっともその前に横須賀連合艦隊と遭遇するのであるが。

「あんじー殿、修理が完了しましたぞ」

 茨木童子の意気揚々とした声にあんじーは明るい表情で統領と目を合わせた。

「良くやったぞ茨木殿、早速メカ大蛇を停止させてくれ」

「承知しました。オペレーター、大蛇機動停止!」

 オペレーターはパネルに触れた。

「大蛇機動停止します」

 暫く全員が大蛇に注目した。だが…大蛇は止まらず尚も進行し続けた。

「何故じゃ!大蛇は動き続けているぞ‼」

 詰問するあんじーに困惑顔の茨木童子が答えた。

「原因は解かりませんが大蛇の制御システムが応答しません。おそらく故障しているのでは?」

「では何故あ奴は動けるのじゃ」

 統領が尋ねると茨木童子は申し訳なさそうに説明した。

「なんとも言えませんが補助システムだけは機能しているようで。自己保存の為最低限のエネルギー摂取行為はするようプログラムされています」

「いや、そうではない」

 驚いて振り返る面々。そこには着物姿の老婆が立っていた。白髪を伸ばした顔は山姥の様だ。

「おお、サトリのお婆!あんたまで来てくれようとは」

 小豆洗いが叫んだ。サトリと小豆洗いは旧知の仲である。彼等は元は人間なのだ。サトリとは相手の心が読める妖怪である。所謂テレパシー能力を持った人間がその能力故周囲の人々に恐れられ、疎外されて傷心し人里離れた山奥に隠れ住むようになり妖怪化した。小豆洗いも同様で、二人は同じような境遇で過ごしたため仲が良いのだ。実は人間がその特殊能力や身体的特徴が原因で妖怪となった者は多い。ぬらりひょん統領もその一人である。話が逸れたが、お婆はテレパスだけでなくイタコ(霊媒師)の側面も持っている。口寄せ・除霊等を生業としているのだ。お婆は話を続けた。

「大蛇の身体から生き物のエクトプラズムを感じる。何らかの衝撃を受けた時にショックのあまりその魂までも蘇らせたのじゃろう。今は八岐大蛇の霊が支配しておる」

 茨木童子が補足する。

「成程、人間の光学兵器(荷電粒子砲の事)攻撃を受けた際、外傷は無かったのですが痺れた様な仕草をしていました。思えばあの時AIが破損したのかも」

 これを聞いた酒吞童子は青ざめた。

「何じゃと⁈ではアイツは本能のままに破壊と暴食をし続けると言うのか!本当にこの星が滅んでしまうぞ!」

 何を今更、とあんじーが突っ込んだ。

「貴様の狙い通りじゃろうが。何を慌てておる」

「お前は馬鹿か!俺様が生きてこその世界じゃ。本当に崩壊させてたまるか」

 酒呑童子の本音に呆れるあんじー。

「貴様だけが生き残るのか?手下どもや他の者は犠牲になってもよいということか?」

 返す言葉も無く黙り込む酒呑童子。統領が割って入る。

「二人とも、今は押し問答している場合ではなかろう。何とかして大蛇を止めねば」

 メカ大蛇の姿を呆然と見つめるアンジー達であった。

 



                  ー前編・完ー




 


  







  






  





 












 









台詞回しに関西弁特有のイントネーションや言葉使いがあります。気にせず読み流してください

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