YOUR BOOK
クリスマス前のお話が当日アップになりました。恐縮です。皆様にメリークリスマス!
クリスマスシーズンを迎えた雑貨店の一角。
「ママ! 飛び出す本よ」
少女が手にした本を、背後の母親に差し出した。
「ホント、凝っているわね。開くと一軒の家が立ち上がるのがすごいわ。
この家、よく見るとウチに似てない? 窓の人影もパパみたい。
そう言えば今日は帰りが早いって言っていたから、そろそろ戻らないと。
おかずは何か買っていきましょう」
本を商品棚に返し、親子連れは楽しげに去っていった。
次にその本を手に取ったのは、20代後半の男性。
表紙をめくると、驚いた様子で中に手を差し入れ、小さく声をあげた。
「なるほど、ここに何かを入れてプレゼントするのか。この大きさだと……」
やっぱり指輪だな、と呟きながら男性は立ち去る。
その次は、女子高生3人組だった。
「見て! フェルトが貼ってあるカワイイ絵本♪」
「森の動物たちのお話だ。動物のモコモコが気持ちいい」
「あ、ウサギったら意地っ張りで、狐とヤマネとケンカしている。
でも最後皆と仲直りできたんだね。
……わたしさっきこのウサギみたいだった。ゴメン」
「こっちこそゴメン」
「じゃぁ、仲直りだね」
3人は笑い声をあげながら、他のコーナーに移って行った。
そんな光景が繰り広げられた傍ら。文具コーナーでメモ帳を物色していた若い女性が、首をかしげた。
同じ本を手にとって、親子連れは飛び出す本、男性はくりぬき本、女子高生3人組はフェルトを貼った絵本と言ったような?
ここしばらく、仕事が忙しかったけれど、聞き間違えるほど疲れているのかしら?
そう、忙しかったので彼とだって、2か月も会ってない。
メールはあいさつ程度のやりとりだけで、それも五日前が最後。
もうじきクリスマスだっていうのに、このまま自然消滅かしら?
今頃、彼に新しい彼女ができていたりして。
そう思うとやっと仕事が一段落したというのに、怖くて電話もメールもできない。
かといって家にまっすぐ帰る気持ちにもなれないし……。
湧き上がる不安を押しやるように、目の前で起きた小さなミステリーに気持ちを向ける。
さっきの人たちが見ていたのは、同じ表紙の違う内容の本なのかしら?
棚を探したけれど、そこにあった本は一冊だけ。
紺地に緑と金色で装丁された、聖夜を思わせるB5サイズの本だった。
不思議に思いながらそれを手に取り、おそるおそる開いた。
彼女の目の前に、夕焼けに浮かびあがる大きな観覧車の風景が広がった。
それは、彼と初デートの時に見たものだった。
偶然に驚きつつ、次のページをめくる。
広がる海辺とカモメたち。沖合に見えるのは変わった形の岩。
これも二人の思い出の海辺の風景。
パラパラとめくると、飛び出すページも、くりぬきも、動物たちの絵もなく、見覚えのある風景写真ばかり。
まさか?
心臓がドキドキしてくる。
最後のページには、イルミネーションで飾られた大きなクリスマスツリー。
以前、彼と見に行こうって約束した……。
思わず本を閉じる。
目を落とすと、表紙には「Your Book(あなたの本)」のタイトル。
さらに高鳴る鼓動を感じながら、もう一度本を開こうとしたとき、コートのポケットからメロディが流れ出た。
あわてて本を戻し、携帯電話を手に店の外に出ると、耳元のスピーカーから久しぶりの声がした。
「俺だけど。しばらく修羅場でさ。連絡できなくてゴメンな。今、やっと納品したところ。
そっちはどう?」
一瞬彼女は言葉を失う。
「おい、どうしたんだ? もしかして連絡しなかったのを怒っている?」
次にあの本を手に取る人は、中に何を見るのかしら?
そんなことを思いながら、
「怒ってないわ。ちょっと驚いただけ。わたしも今日で仕事が一段落したから」
どこかで待ち合わせをしない? 一緒に温かいものを食べましょうよ。
頬を上気させながら、彼女は雑踏にまぎれて行った。
よいクリスマスを。
これはあなたに起こるかもしれない物語。
This is “Your Book”.
<了>
本当はもう少し前に投稿しようと思っていましたが、インフルエンザの予防接種後体調を崩してダウン。そこからバタバタと2週間をふいにしました。噂にはそんなこともあるとは聞いておりましたがまさか自分の身の上に降りかかるとは。予約投稿システムを使わなかったのが失敗でした。スミマセン。
ともあれ、皆様におかれましてはよいお年をお迎えください。ではまた来年♪