28話 ありがとう
「うっ……ぐす……」
突然、フィーが泣き始めた。
サプライズパーティーがうれしくて……という様子ではない。
悲しそうな、寂しそうな……
そして、混乱している様子で、涙をこぼしていた。
「お、おい。シルフィーナ? どうしたんだよ、いったい」
「僕達は、なにか失礼をしたかな? それとも、体が痛いとかそういう問題が?」
アレックスとジークが慌てている。
父さまと母さまも慌てている。
給仕のメイド達も、心配そうな顔をしている。
みんな慌てていた。
でも、一番慌てているのは……
「フィー!? どうしたのですか、大丈夫ですか? どこか痛いのですか? それとも、苦しいとか? 病気? 怪我? 治癒師を呼んできましょうか!?」
私だった。
すぐにフィーのところへ駆け寄り、小さな体のあちらこちらを確認する。
両親やヒーロー達とは比べ物にならないくらいの慌てっぷりだ。
でも、仕方ない。
なにしろ、世界で一番かわいい妹が泣いているのだ。
慌てない方がおかしい。
むしろ、慌てて当たり前。
よって、私は正しい。うん。
「ち、ちが……違う、んです……痛いとか苦しいとか、そ、そういうことじゃなくて……」
フィーは泣きじゃくりながら、必死に言葉を紡ぐ。
ひとまず、怪我や病気ではなさそうなので、ほっと安心した。
「どう……して?」
「どうして、というのは……どういう意味ですか?」
「どう、して……優しいの?」
フィーは涙をいっぱいに溜めながら、混乱した様子で尋ねてきた。
その姿は、どこか怯えているように見えた。
未知の生物を前にして、どう接していいかわからないというような、そんな感じ。
どんな言葉をかければいいのか?
どんな行動をとればいいのか?
なにもわからなくて、どうすればいいか知らなくて。
ただただ、うろたえることしかできない。
今のフィーは、迷子になって、母親を必死に探す子供のようだ。
「わ、私は……必要となんて、されていないのに、それなのに……うぐ……ど、どうして……こんなに、優しく……」
「っ」
フィーの涙ながらの台詞に、私は思わず胸の辺りに手をやる。
きゅう、っと心が痛む。
この子は、どれだけの孤独を抱えてきたのだろう?
自分はいらない子だと思いこんで、居場所がないと思いこんで……
とんでもなく不安だったのだろう。
寂しかったのだろう。
だからもう、なにも信じることができない。
単純な善意も、なにか裏があるのでは? と疑ってしまう。
だって……自分が必要とされるなんて、求められるなんて、思ってもいないのだから。
そんなことはありえないと、心の底から思いこんでしまっているのだから。
いったい、どのような環境で育てば、ここまで心が歪んでしまうのか?
フィーの実の両親に激しい怒りを覚えるものの、今は、彼らを糾弾する場ではない。
大事な妹の心を救わないといけない。
「……ねえ、フィー」
誰もが言葉を発することができない中、私は、そっと優しく語りかけた。
フィーは、ビクリと震えつつ、小さな声で応える。
「は、はい」
「どうして、って言いましたよね? 私達がフィーに優しくするのに、なんで、って問いかけましたよね? そう思うのは、どうしてなんですか?」
「だ、だって……私は、い、いらない子で……望まれていない子で……この世界に生きている価値なんて、なにもなくて、いてもいなくても変わらなくて……だから、だから……」
「ばかっ!」
どうしようもなく悲しい台詞を耳にして、私の中でなにかが弾けた。
悲しくて悲しくて悲しくて……
次いで、理不尽な運命に怒りが湧いてきた。
乙女ゲームの世界だろうがなんだろうが、大事な妹にこんなに悲しい思いをさせるなんて。
なんてひどい運命なのだろう。
でも、そんなものに従うつもりはない。
皆無だ。
絶対に打ち破り、フィーの心の枷を取り払う。
そんな決意と運命に対する怒りをこめて、ばか、と言い放つ私。
「どうして、そんなに悲しいことを言うのですか? どうして、そんなに寂しいことを言うのですか? もっと周りを見てください。フィーには、たくさんの人がいるでしょう?」
「で、でも私は……」
「自分に自信が持てないことは、仕方ないと思います。ですが、それを理由に、フィーを見てくれている人の善意や好意まで避けないでください。それでは、どちらも傷つくだけで、幸せになれません」
「アリーシャ……姉さま……」
「なんで? と問いかけましたね。私は、こう答えましょう。家族ですから、フィーを見ることは当たり前なのです。あなたは、私のかわいい妹。世界で一番大事な妹なのですから」
「あ……」
「でも、それだけではありません。なによりもまず最初に思うことは、家族とかそういう関係性の話ではなくて、もっともっと単純なことなのです。たった一つの、シンプルな答えなのです」
「そ、それは……?」
恐る恐る問いかけてくるフィー。
そんな妹を、優しく抱きしめる。
「フィーが好きだから、ですよ」
「……あっ……」
私の想いを伝えるように、フィーを抱きしめる手に力を込める。
でも、妹は逃げようとしない。
むしろ、私の想いを必死で受け止めようとして、そのままじっとしていた。
「あなたが好きだから。大事に想っているから。ただ、それだけのことなんです。そんな、単純な感情の結果なんです」
「で、でも私は、望まれていない子で……」
「誰がそんなことを決めたんですか? 私は、フィーを望んでいますよ。あなたは、私のかわいい妹。フィーがいない生活なんて、もう考えられません。ずっとずっと、傍にいてくれないと困ります。これ以上ないくらいに、シルフィーナ・クラウゼンという女の子を望んでいます」
「あ……う……」
再び、フィーの目に涙が溜まる。
それを指先でそっと拭いつつ、私のプレゼントを差し出す。
「ハッピーバースデー、フィー。これは、私からのプレゼントですよ」
「こ、これは……」
プレゼントの中身は……クッキーだ。
アレックスとジークに手伝ってもらい、なんとか完成にこぎつけた。
「私が……前に、アリーシャ姉さまと一緒に作った……」
「はい、そうですね。それと……フィーの思い出のクッキーなんですよね? 家族と一緒に作ったという」
「それ、は……」
「悲しい寂しい思い出は、このクッキーで上書きします。これからは、クッキーを見ても微妙な思い出を掘り返す必要はありません。私のことを……新しい家族のことを思い返してください」
「うぅ……」
フィーは、びくびくとしつつも、クッキーを受け取る。
そのままじっと見つめて……
しかし、食べる勇気がない様子で、手が止まる。
「シルフィーナ!」
アレックスの大きな声が響いた。
「俺も、お前が必要だからな! 俺はお前の幼馴染で、友達で……俺だって、ずっと一緒にいたいと思っているんだ。だから、そんな寂しいこと言わないでくれよ!」
「……アレックス……」
「僕も、きみがいないと困るかな。アリーシャと違って、きみはきみで、とても興味深いと思うし……やや照れるけど、友達だと思っているよ。望まれていないとか、そんなことはない。たくさんの人に望まれていると思う」
「……ジークさま……」
二人の台詞に、フィーの目に再び涙が溜まる。
「シルフィーナ」
父さまの穏やかな声が響いた。
「きみは、大事な娘だ。時間は関係ない」
「ええ、旦那さまの言う通りです。私達は、望んであなたを迎え入れたのですよ」
「……お父さま……お母さま……」
父さま母さまだけではなくて、給仕のメイドからも声が飛んできた。
とても大事な主、尽くしたいと思う相手……などなど。
ここにいる皆が、フィーのことを肯定していた。
彼女の存在を望んでいた。
そんな皆の声に、心に気づかないような妹じゃない。
フィーは、なんだかんだで、とてもしっかりとしていて……そして、優しい子なのだ。
「フィー」
「……アリーシャ姉さま……」
「あなたは、望まれていない子などではありません。ここにいる皆は、あなたを望んでいる。そして私も……誰よりも、かわいい妹に傍にいてほしいと願っています」
「うっ、うぅ……」
「だから、これからも一緒にいてくれますか? 私の妹で、い続けてくれますか?」
「は……はいっ……はい、はい、はい……ずっと、アリーシャ姉さまの妹です!」
「よかった」
私はにっこりと笑い、フィーの頬をそっと撫でる。
それから、クッキーが入った袋を、改めてフィーのところへ。
「今回は、けっこう自信があるんです。食べてみてくれませんか?」
「は、はい」
フィーは、袋を開いてクッキーを手に取る。
少しの間、じっと見つめて……
「あむっ」
小さな口をいっぱいに開いて、ぱくりと食べた。
「……おいしい……」
「本当に? よかった。アレックスやジークが慌てているから、もしかしたら失敗したのではないかと、少し不安だったの」
「そりゃあ、あんな調理過程を見せられたらな……」
「慌てるのも仕方がないよね……」
二人はどこか遠い目をしていた。
失礼な。
「本当に……うく……おいしい、です」
フィーが再び涙を流す。
でも、それは悲しさや寂しさから来るものではなくて、
「ありがとう、ございます……アリーシャ姉さま。私、うれしいです……!」
喜びからくるもので、フィーは泣きながらも、とびっきりの笑顔を見せていた。
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