表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/29

18話 信じて

「どうしたのですか、困惑したような顔をして?」

「……」


 そう言うジークは、いつもの微笑みの仮面を脱ぎ捨てていた。

 代わりに、とても厳しい顔をする。

 悪人を断罪するかのような……

 汚いものを見るかのような、凍りついた視線を向けてくる。


「もういいよ」

「え? なんのことですか?」

「だから、そうやって善人のフリをするのは、もういいよ」


 え?

 善人のフリ?

 なんのことだろうと、思わず首を傾げてしまう。


 そんな私の仕草が気に入らないらしく、ジークが舌打ちをする。


「まだ、そうやってなんともないフリをして……」

「ですから、意味がわかりません。どういうことなのですか?」

「本音を出せばいいだろう!!!」


 ジークが怒声を響かせた。

 公爵令嬢ということもあり、ここまで強い怒りを真正面からぶつけられたことなんてない。

 思わず、ビクリと震えてしまう。


「僕のせいで、きみ達は巻き込まれたんだ! 妹もきみも、危険な目に遭った! 一歩間違えていたら怪我をしていただけじゃなくて、死んでいたかもしれない。それ以上に、ひどい目に遭っていたかもしれない! 全部、僕のせいだ!!!」

「……ジークさま……」

「それなのに、なんで、きみは僕を責めない!? 僕が王子だからか!? だから、怒りを我慢しているのか!? 遠慮なんてしないでいいさ。全部解き放ってしまえばいいさ。怒る権利が、きみにはあるのだから!!!」


 ジークは怒っていた。

 でも……泣いているようにも見えた。


 ゲームの彼の設定は、人間不信だ。

 汚い人達と接し続けてきたせいで、誰も信じられなくなっていた。


 でも、こうしてリアルで接することで、わかったような気がする。

 ゲームの設定だけが全てじゃないのだ。


 ジークは人間不信であると同時に……

 大きな責任と罪の意識を感じ続けていたのだろう。


 ジークに近づく人、全てが打算で動いていたわけではないはず。

 中には、真の友達になりたいと思って声をかけた人もいるだろう。

 しかし、周囲の汚い大人達によって引き離されて……あるいは、傷つけられたのだろう。


 それを見たジークは、どう思っただろうか?

 どれだけ自分を責めただろうか?

 自分がいなければ……そう思わずにはいられなかっただろう。


「怒れよ! なじれよ! 僕のせいだって、断罪しろよ! そんな平然とした顔をしていないで、あの連中と同じように、本性を見せろよ!!!」


 それは魂の叫びだったと思う。

 汚い世界を見せつけられて、奪われて……しかし、なにもすることができず、一人になることしかできない。

 誰も巻き込まないように。


 それは、彼の優しさだ。

 人間不信だとかなんだ言っても、ジーク・レストハイムはとても優しい人なのだ。


「ジークさま」

「なっ……」


 気がつけば、私は彼を抱きしめていた。

 ジークの体は……小さく震えていた。


「私は、別になんとも思っていませんよ。このことをジークさまのせいだと怒るつもりはありませんし、責めるつもりもありません」

「そんなこと信じられるわけがないだろう! 僕の、僕のせいでこんなことになっているんだ! 心を隠さないで、本当のことを言えばいいだろう!」

「ですから、これが私の本心です」


 ジークが私達を故意に巻き込んだ、というのならば怒る。

 でも、そんなことはないのは、彼を見れば一目瞭然だ。

 こんなにも震えて、怯えている。


「ジークさまのせいだなんて、思っていません。悪いのは、このような事件を画策した者達です。あなたのせいだなんていうことは、決してありません」

「言葉でなら、いくらでも……」

「これが私の本心です!」


 ジークの言葉を遮り、強く言う。

 彼は驚いたような顔をして、こちらを見た。


「私は、勘違いしていました」

「勘違い……?」

「ジークさまは、人間不信で話ができない人なのだと。でも、そうではなかったのですね。人間不信ではなくて……とても優しい方です」

「え……?」

「汚い人を見てきたから、人間不信になっている。一部は、そうだと思います。でも、それが全てではなくて……自分と関われば事件に巻き込まれるかもしれない。大人の汚い政治に利用されるかもしれない。それを危惧して、人間不信のフリをして……いえ、自分自身すらも騙してそう思い込み、誰も近づけないようにした。表面上は仲良くしても、心に踏み入らせることはなかった。そうですね?」

「……知ったような口を」


 否定はしない。

 つまり、そういうことなのだろう。


「だから、どうした。僕は、僕は……」

「ありがとうございます」

「……なんで、礼を言うんだよ?」

「気にしていただけて、素直にうれしいので」


 私はにっこりと笑う。

 そうすることで、少しでもジークを落ち着かせてあげたかった。


「気にしないでください。責任を感じないでください。自分を責めないでください」

「……」

「バカな大人達がしでかしたことについて、ジークさまが責任を感じる必要なんて、欠片もないのですから」

「……」

「だから、今だけは、気を張らないで大丈夫です。私は、あなたの味方です。信じてください」

「……」


 ジークはなにも応えない。

 でも、私を振り払おうとせず、抱きしめられたままだ。


「……一つ、聞いてもいいかな?」

「なんですか?」

「きみは、どうしてそんなにも強い?」

「強い……でしょうか?」

「強いさ。僕は……人間不信で、誰も信じられなくて、信じることができてなくて、ただ遠ざけることしかできなかった。それなのにきみは、こんな僕を諭してくれている。これ以上ないくらいに強いよ」

「過大評価だと思いますが……ありがとうございます。もしも、私が強く見えるのなら、それは……フィーの、妹のおかげですね」

「妹の……?」


 ジークが軽く動いて、寝たままのフィーに視線をやる。


「彼女が……きみの力になっているのかい?」

「はい、そうですね。最近、できたばかりの妹ですが、とてもかわいくて愛しくて、なんでもしてあげたいんです。そんな妹の前で……そして、私は姉なので、いつもがんばろうと思っています。そんなところが、ジークさまに評価されたのかもしれません」

「そうか……きみには、そういう人がいるんだね。正直、うらやましいよ」

「あら。ジークさまは諦めたように言いますが、それは早計では?」

「え?」

「今はいないとしても、いつか、親友ができるかもしれません。それこそ、明日にでも。全てを話すことができて、心の底から全部を託せるような、そんな友達ができるかもしれません。未来は無限ですよ?」

「でも、僕は……」

「んー……なら、親友ができるまでは、私がそのポジションにいます」

「え?」

「私で務まるのかどうか、それはとても分不相応で、足りないと思いますが……ジークさまの友達でありたいと思います」

「……」

「私を、ジークさまの友達にしていただけますか?」


 問いかけるものの、返事はない。

 ただ……

 その代わりというように、ジークは私の手を握る。

 強く、強く……ぎゅうっと握った。


「って……すみません。私、何度もレストハイムさまのことを名前で呼んでしまって」


 今更ながら、自分がやらかしていたことに気がついて、顔が青くなる。

 王子を名前で呼ぶなんて、不敬もいいところだ。


「……構わないよ」

「ですが……」

「構わないよ。だって……僕達は友達なのだろう?」

「あ……はいっ!」


 私は、にっこりと笑い……

 そしてまた、ジークも優しく笑うのだった。

 それはいつもの仮面ではなくて、心からの笑みに見えた。

作品を読んで「おもしろかった」「続きが気になる!」と思われた方は

下方にある評価欄の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして頂けますと、

執筆の励みになります。

長く続くか、モチベーションにも関わるので、応援、感想頂けましたら幸いです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆ お知らせ ◆
新作を書いてみました。
【家を追放された生贄ですが、最強の美少女悪魔が花嫁になりました】
こちらも読んでもらえたらうれしいです。


もう一つ、古い作品の続きを書いてみました。
【美少女転校生の恋人のフリをすることにしたら、彼女がやたら本気な件について】
現代ラブコメです。こちらも読んでもらえたらうれしいです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ