17話 誘拐
「ジークさま!」
私はあえて大きな声を出した。
一つの目的は、周囲の人に気づいてもらうため。
もう一つの目的は、襲撃者達に動揺を与えるため。
「ちっ、見られたか。なら……ぐっ!?」
敵が複数人ということで苦戦していたジークだけど、隙を見逃すことなく、男の一人を打ち倒した。
仲間がやられたことで、黒尽くめの男達がさらに動揺する。
ジークはたたみかけるように前へ出て、二人目の男を倒す。
ヒーローだけあって、さすがに強い。
でも、安心はできない。
こういう突発的なイベントは、大抵が主人公が不利になるものだ。
「フィー、校舎へ戻って先生達を呼んできてください!」
「は、はいっ」
フィーの足音が遠ざかり、
「きゃっ!?」
「フィー!?」
悲鳴が聞こえて、慌てて振り返ると、黒尽くめの男の腕の中でぐったりとするフィーの姿が。
まだ他に仲間がいたなんて……!
「フィーを離しなさい!」
「お前も眠れ」
「あ……」
黒尽くめの男からフィーを取り返そうとするものの、逆に拘束されてしまう。
そのまま薬を嗅がされてしまい、私の意識は遠くなるのだった……
――――――――――
「……うぅ」
目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。
灯りは一つだけ。
窓はなし。
頑丈そうな扉も一つだけで、鍵がかけられている様子。
「ここは……?」
頭がぼんやりして、重い。
えっと……なんで、こんなところに?
記憶を掘り返して……
「フィー!?」
黒尽くめの怪しい男達のことを思い出して、それから、フィーの姿を探す。
妹は硬い床の上で寝ていた。
「フィー!? 大丈夫ですか!?」
「……すぅ」
よかった、寝ているだけみたいだ。
たぶん、薬の効果がまだ続いているのだろう。
それにしても、ここはいったい?
というか、なぜこんなことに?
「起きたんだね」
「あ……レストハイムさま」
部屋の壁に寄りかかるようにして、端の方にジークがいた。
黒尽くめの男達と殴り合いをしていたからか、顔が少し腫れている。
「ごめんね。僕のせいで、きみ達を巻き込んでしまったみたいだ。実は……」
「待ってください。その前に、えっと……」
手当するための道具を探すものの、なにもない。
前世ならともかく、公爵令嬢の今世では、薬を持ち歩くなんてしないもの。
「なにをしているの?」
「ごめんなさい。その傷を手当しようと思ったのですが、なにもなくて」
「……」
なぜか、ジークがポカンとした顔に。
それから、クククと楽しそうに笑う。
「まさか、こんな時にまで他人の心配をするなんて。きみは、噂通りに、女神のような性格をしているんだね」
「女神? なんですか、それは?」
「生徒達の間で噂になっているよ。優しく聡明で、妹をとても大事にしている姿は、まるで女神のようだ、ってね」
なんでそんなことに?
私は、悪役令嬢なのだけど……ん?
なんで、そんな噂話をジークが知っているのだろうか。
彼の本性を知っているため、そんなものに興味を持たないことを私は知っている。
「レストハイムさまは、なぜそのような噂を?」
「……少しだけきみに興味があって、調べてみたんだよ」
そう言うジークは、複雑な表情をしていた。
ツンデレが日頃辛く当たる幼馴染に恋してると気がついて、でもそれを認めたくないと、そんな顔をしている。
なんていう例えだ。
とりあえず、触れない方がいいだろう。
彼の設定は知っていても、どんな反応を示すかなんてことはさすがにわからない。
地雷のような反応に、わざわざ触れることはない。
「話を戻しますが、巻き込んでしまった、というのは?」
「きみ達は、僕を狙った連中を目撃してしまった。だから、口封じのために一緒に誘拐された……そんな感じなんだ」
聞けば、王子達の間で派閥争いが起きているらしい。
我こそが跡継ぎにふさわしいと、功績を立てて、王らしい振る舞いをして……
裏では、犯罪行為を平然と繰り返して、相手を蹴落とそうとする。
第一王子と第二王子は、そのような感じで、日々、派閥争いを繰り返しているのだとか。
ジークは王になりたいと思っていないが、第一王子と第二王子がその言葉を簡単に信じることはない。
なりたくないと言葉にしても、内心では別のことを考えているに違いない。
そう決めつけて、そして……
どちらの勢力か知らないが、ジークを排除することにした。
ただ、さすがに命を奪うまでのことはできない。
誘拐して、脅して、王位継承権を放棄する念書にサインさせる。
「……たぶん、連中が考えているのはこんなところだろうね?」
「まるで、見てきたかのように話すのですね?」
「見てきたからね」
「え?」
「きみが目を覚ます前に、連中と話をしたんだよ。そこで、念書を書くように脅された」
「そ、それで、どうしたんですか……?」
「まだなにも。考える時間が必要だろう、って言われて、今は放置されているよ」
「そうですか……よかったです」
「なんで、きみが安心するんだい?」
ジークが不思議そうに言うのだけど、なぜ、それくらいわからないのだろう?
「レストハイムさまが望んでいないことだとしても、それは今だけのことかもしれません。この先、気持ちが変わることもあるでしょう? なら、選択肢は手元に残しておくべきです。だから、まだ放棄されていないことを安心したのです」
「いや、だから……なぜ、無関係のきみが僕の心配をするんだい?」
「無関係だと心配できないのですか? 無関係だろうと関係があろうと、目の前で大変なことになろうとしている人がいたら、心配してしまうものでしょう?」
「……」
当たり前のことを言うのだけど、でも、それはジークにとって衝撃的なことだったらしく、目を丸くするのだった。
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