12話 微笑みの王子
「おはようございます」
「おはようございます、アリーシャさま」
「お姉さま、おはようございます!」
朝。
馬車から降りて学舎に向かう途中、生徒達と挨拶を交わす。
今までは、特に声をかけられることもなかったのだけど、最近はやけに多い。
特に女子生徒。
なぜか目をキラキラと輝かせていて、好きなイケメンアイドルと接しているかのような反応だ。
私は女の子なのに。
まあ、無視するわけにもいかず、普通に挨拶をしている。
すると、隣を歩くフィーが、どこか誇らしげな顔をした。
「どうしたのですか、フィー。その顔は?」
「みんなが、アリーシャ姉さまの魅力に気づいてくれて、妹としてうれしいんです」
「魅力? 気づく?」
なんのことだろう?
乙女ゲームでは、悪役令嬢のことを好きになる奇特なファンも微数ながらいたものの……
それと同じ、ということ?
いや、まさか。
そんなことはありえない。
私、なにもしていないもの。
「フィーは、たまによくわからないことを言うんですね」
「……アリーシャ姉さまは、どうしてこう、たまに残念になるんですか」
ひどいことを言われたような気がする。
最近、フィーがものをハッキリと言うようになり、たくましくなっているのだけど……
でも、良いことばかりではなくて、こうして困った反応を見せることもある。
まったく、誰に似たのやら。
小さくため息をこぼしていると、ふと、憂いを帯びた乙女の声が聞こえてくる。
「あぁ……今日もなんて素敵なのかしら」
「あの宝石のような瞳で見つめられたら、私、どうにかなってしまうかもしれません」
「一度でいいから、そっと甘く、耳元でささやいてほしいですわ」
女子生徒達に、うっとりと甘い視線を送られているのは、もちろん私ではない。
その視線の先に、一人の男子生徒が。
男子にしては、やや背は低い。
ただ体は細身で、それでいてしっかりと鍛えられている様子で、とてもスマートだ。
モデルのような魅力があり、ついつい視線が吸い寄せられてしまう。
銀色の髪は絹のよう。
緑の瞳は宝石のよう。
体が芸術品で作られているかのようで、輝いていると言っても過言ではないだろう。
この国の第三王子、ジーク・レストハイム。
学年問わず、多くの女子生徒達の心を魅了している美男子であり……
そして、乙女ゲームの攻略対象であるヒーローだ。
ちなみに、私と同い年で、二年。
クラスは違う。
穏やかな物腰で誰に対しても優しいことから、微笑みの王子と呼ばれている。
ゲームではなんとも思わなかったけど、こうして現実になると、かなり恥ずかしい呼び名だ。
私だったら、赤面してしまいそう。
「アリーシャ姉さま?」
「……いえ、なんでもありません」
思わず顔をひきつらせてしまう私を見て、フィーが不思議そうな顔に。
適当にごまかしながら、歩みを再開する。
しかし、その頭の中はジークのことでいっぱいだ。
もちろん、彼の華麗な姿に心を奪われたわけではなくて……
やがて訪れるであろうバッドエンドを、どう回避するか、ということを考えている。
「確か……」
ゲームの内容を思い返す。
アレックスが悪役令嬢アリーシャ・クラウゼンを告発するのならば、ジークは断罪する立場にある。
アリーシャ・クラウゼンを裁判にかけて、その罪状を言い渡す。
それが彼のヒーローとしての役割だ。
彼もまた、重要なキーマンだ。
うまくいかずアレックスに告発されたとしても、ジークと仲良くなっていたら、告げられる罪状が軽くなるかもしれない。
彼は人情家でもあるのだ。
普段なら死刑だけど、うまくいけば追放くらいで済むかもしれない。
いや、追放もイヤだけど。
でも、なにもしないなんて選択肢はない。
アレックスと並行して、ジークとも仲良くなっておかないと。
「とはいえ、どうしたものか」
アレックスでさえ、なかなかうまくいっていない。
それなのに、ジークとも仲良くしないといけないなんて……
うぅ、忙しい。
というか、そんなこと私にできるのかしら?
不安しかない。
「あの……アリーシャ姉さま?」
フィーが心配そうな顔でこちらを見る。
「なにか問題でも?」
「どうして、そんなことを?」
私、顔に出ていたかしら?
ポーカーフェイスを貫いていたと思うのだけど。
「アリーシャ姉さまのことだから、なんとなくわかります」
「そう、なのですか?」
「はい。私は、いつもアリーシャ姉さまのことを見ていますから」
えへへ、とはにかみながら、フィーがそう言う。
かわいい。
かわいいのだけど、いつも、というところがちょっと怖い。
うーん?
私の妹が、妙な方向にズレていっているような?
まあ、大丈夫だろう。
なにしろ、フィーはメインヒロインなのだ。
妙な方向にズレたとしても、それがマイナスにとられることはないはず。
それに、なんだかんだで、結局のところかわいい。
かわいいは正義。
だから問題ない。
「あ、あの……なにか困り事があるのなら、私に言ってください。私になにができるか、それはわかりませんけど、というか、できない可能性の方が高いですけど……でもでも、アリーシャ姉さまの力になりたいんですっ」
「……ありがとう、フィー」
「ふわっ」
妹に対する愛しさが爆発してしまい、その場でフィーを抱きしめる。
「そう言ってもらえると、とても安心します。私は、こんな妹がいてくれて、とても幸せものですね」
「……アリーシャ姉さまは、私がいたら幸せなんですか?」
「ええ、もちろんです」
「……ありがとうございます」
フィーはわずかにうつむきつつ、小さな声でそう言う。
「どうして、フィーがお礼を?」
「そんな気分なんです」
ちょっとはぐらかされたような気がした。
でも、追求する雰囲気でもないので、そのままにしておく。
「……それじゃあ、一つ聞きたいのですが」
「はい、なんなりとっ」
「フィーは、ジー……レストハイムさまとは親しいですか?」
「えっ!? そ、そんな……王子さまと親しいなんて、恐れ多いです。親しいどころか、挨拶をしたこともありません」
なるほど。
そうなると……まだあのイベントは起きていない、ということか。
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