リアの記憶
命が新たな創造主になる前。全ての世界が終わりを迎えるよりも前。
男神の数――二一名。女神の数――四三名。計六四名の神々と創造主が住まう天界は機械的で冷たい雰囲気を放つ異質な空間だった。
神々の声も、創造主の声も、身動きする音さえしない。神に名前が無いのでなかなか会話に発展しないのだ。神々は何年も、何十年も、何百年も、何千年も、何万年も同じ仕事を繰り返す。
世界の管理という、余程のことが起こらない限りつまらない仕事である。ただただ世界を観察し、乱れが無いかを確認する。それだけのことだ。
創造主は更にすることが無い。創造主の仕事は神と世界を創造し、世界を管理するという神の仕事をまとめ上げること。なので毎日仕事があるわけではない。
そんな退屈な日々を生きているせいか、時が過ぎるにつれて神と世界は増えていくばかりだった。
そんな歯車のように何の狂いもなく回り続ける天界にも、明るい話題はいくつかあった。
大抵の神々は交流などしないが、何人かの神は互いに仲が良い者がいたのだ。その内の一つがリアと――。
「ねぇ、リアちゃん。創造主様を見かけなかった?」
「……どうしてその呼び名を?」
リアをリアと呼ぶのは今のところ一人の男神だけだ。金髪で人間の容姿をした、リアからすれば頭の弱い男神。だがリアが神々の中で気を許している数少ないうちの一人でもある。
リアはその男神しか知らないはずの自身の呼び名を、目の前の女神が発したことに眉を顰めた。
目の前の女神は美しい羽根を持ち、薄い水色の髪を地面につくほど伸ばしている。銀色に輝く瞳は簡単に男を魅了できそうなものだが、ここの男神たちにはあまり通用しない。美しいドレスに身を纏ったその女神は、リアと仲が良く時たま会話をするのだ。
もちろんリアの方も美しい女神だ。エメラルドグリーンの髪はショートカット。瞳は見事なオッドアイで右目が赤、左目が緑である。線の細い彼女はボーイッシュな格好を常にしている。
「あの金髪の男神がそう呼んでいたじゃない。聞いていたのよ」
「あぁ、そう。創造主様なら自室でおやすみになっているはずだけど」
女神がリアというあだ名を知っていた理由はとても単純なもので、リアはすぐに興味を失くした。謎が解けたリアは先刻の女神の質問に対して頭を働かせた。リアの所持する一番新しい創造主の記憶は自室に入っていく姿だったので、素直にそれを女神に伝えた。
「あら、そう。早く本日の創造主様のご尊顔を拝見したいわ」
「相変わらずね」
頬を蒸気させ瞳を潤ませた女神の表情は、当に恋する乙女のものでリアは苦笑を零す。彼女の創造主への崇拝ぶりは神々の間での共通認識なのだ。
「私は愛する創造主様のためなら何だってできるわ。本当に何でもね。どんなに辛いことでも、苦しいことでも、悪行でさえも」
「……そう」
さらりと言ってのけた女神だったが、リアはそんな彼女に僅かな恐怖を覚えた。彼女の言葉に嘘は無かった。それだけは理解できた。だからこそリアは、女神が創造主のためなら本当にどんなことも仕出かすという事実に恐れを抱いたのだ。
この時、リアには僅かな嫌な予感のようなものがあって、それでもリアはその正体を掴むことが出来なかった。
「……?」
それから数年後。天界には大した変化もなく歯車のような毎日が繰り返されていた。そんなある日、リアは姿が見えないあの女神に違和感を覚えた。
天界中を探してもどこにもいない。あの女神は大抵天界のどこかをふらふらとしていることが多いので、リアは彼女の自室を捜索の対象外にしていた。だがここまで探してもいないということは、探していない彼女の自室にいるということなので、リアは女神の部屋へ向かう。
女神の部屋の扉を開けると、そこには創造主の写真が壁一面に張られた異様な光景が広がっていた。相変わらずの寵愛ぶりに苦笑いを零すリアだったが、その視線を下に移した瞬間さっと顔を青ざめた。
「っ!大丈夫!?」
リアの瞳に映ったのは床で蹲り苦悶の表情を浮かべている女神だった。彼女がそんな状態になるのも、そもそも神という強者がここまで苦しんでいる姿も見たことが無かったリアは非常に驚愕した。
「う…………あぁ……リア」
「どうしたの!?」
意識を取り戻した女神は不確かな視界でリアの存在を確認した。神が体調不良になることはまずない。創造主が神を創造する際に健康な肉体を用意するからだ。だからこそ今の状態は何らかの大きな原因が無ければおかしいのだ。
「ちょっと、力を使い過ぎちゃって」
「力……?神力のこと?」
神力はその名の通り神が行使する力。創造主が神々に与えた力だ。その種類は様々だがこの女神が与えられた力は、魂を自由自在に操る力。
これは神々の中でも非常に脅威的な力だ。魂そのものを殺すという偉業を一瞬で成すことが出来てしまうし、逆に魂ごと死んだ生き物を生き返らせることも出来るのだ。
簡単に言えば彼女が〝死ね〟と思えばその相手は魂ごと死に、彼女が〝生きろ〟と思えば魂の死も嘘のように覆る。
それを知っているリアは女神が神力を使い過ぎたという発言に首を傾げた。彼女の力を使い過ぎるとは、一体どういう状況なのかと疑問に思ったからだ。
「えぇ……少し、やらなくちゃいけないことがあって」
「そう……無理はしないで。創造主様の手を煩わせるのは嫌なんでしょ?」
神力を手っ取り早く元に戻すには創造主に頼るのが一番だ。だが創造主を心底崇拝している女神からすれば、主の手を煩わせたくないというのが本音だろう。
リアに図星を突かれた女神は静かに首肯した。
「それで、結局何をすればそんな風になるわけ?」
リアは自身の力で女神の身体を治療してやると、そのまま疑問をぶつけた。治療といっても彼女の神力が戻った訳ではなく、本当に体調を治しただけだ。神力は創造主が神に与えたものなので、どんな神でもそれを戻すことはできない。方法は創造主に頼ることと、自然回復のみだ。
「……ごめんなさい。それは言えないわ」
「……そう。言いたくないのなら無理に聞くつもりもないけれど、大丈夫?」
言葉を濁す女神にリアは怪訝そうな目をしたが、彼女の深刻そうな相好でいくら問い詰めても無駄だということを理解した。
「えぇ。……あのね、リア。お願いがあるの」
「なに?」
思い詰めた相好の女神は何かを決心したかのようにリアを見据えた。その瞳があまりにも純粋で、綺麗なものに見えたリアは思わず呆けつつも尋ねた。
「遠い未来……あなたが私のことを、私がしたことについて疑問を抱く瞬間が必ず来るわ。必ずよ。そしてその疑問を解き明かしたいとリアが思った時は、私の魂をヒントにして」
「……どういうこと?」
「ごめんなさい。これ以上は聞かないで」
女神の言っている意味がリアには全く理解できず、思わず首を傾げた。だがその疑問に対する答えは女神から与えられず、リアは当惑してしまう。
「だけど、今私が言ったことを絶対に忘れないで欲しいの」
「分かった……」
リアは気になって仕方が無いという気持ちを包み隠さず渋々返事をした。それは女神の表情があまりにも力強く、目の逸らせないものだったからだ。
「あと、先に謝っておくわ。ごめんなさい」
「本当に何なのよ」
「もしかしたら私、あなたたちにとても酷いことをするかもしれないから」
「え?」
女神から告げられた衝撃的な言葉にリアは増々当惑してしまった。何がそこまでこの女神を追い詰めているのか?どうして女神はそんな予感を抱いているのか?その全てがリアには見当がつかなかったのだ。
だが〝聞かないでくれ〟という女神の願いを聞き入れて、リアはそれ以上問い詰めはしなかった。だがリアはこの時無理矢理にでも女神の真意を知ろうとしなかったことを後悔することになる。
それは唐突に、何の前触れもなく起こった。
女神の様子がおかしかったあの日から数週間後。リアは信じられない光景を目の前に固まってしまう。
リアの目の前には存在する四三の神々のうち、四一の神々が死体で転がっていたのだ。一滴の血も流れていない上に、神々の身体には傷一つついていない。
ただの死ではない。魂ごと死んでいるという事実がリアにはすぐに分かった。その証拠に神々の死体が徐々に消えていく様子がリアには確認できたのだ。
「何なのよ、これ」
疑問の声を呟きつつも、リアは答えに辿り着いていた。
こんな芸当が出来る神も。自分以外に死体と化していない神も。こうなる助長を感じた神も。
リアは一人しか知らない。
〝もしかしたら私、あなたたちにとても酷いことをするかもしれないから〟
この言葉を意味を、リアはようやく理解した。
理解したところで、もう時既に遅し。リアは自身の背後に迫る女神の気配に勘付き、顔を青ざめながら振り返った。
「あなた……」
「ごめんなさい、リア。私、あなたのこと……創造主様の次に大好きだったわよ」
「っ!」
リアの視線の先にいた女神はとても悲しそうな、愛おしそうな相好でそんな言葉を紡いだ。加害者であるはずの女神が、愁色を滲ませているという異様な状況に、リアは困惑と恐怖と悲痛の入り混じった感情を露わにする。
大好き――そう告げた女神は刹那、リアを魂ごと死に追いやった。
こうして全ての神々を殺した裏切り者の女神。
このリアの記憶と、前創造主という前世を持つアランの記憶が繋がり、かつての天界での大まかな出来事は明らかになった。
次は明後日更新予定です。
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