自称、魔王の生まれ変わり
「命(様)。ザグナシア王国でおかしなことが起きているのじゃ(いますです)」
「ごめん、話すのならどっちか一方にしてくれる?」
ヒューズドという世界を管理しているクランとソヨ。この二人は神々の中でも変わった話し方をする代表格二人なので、命は少々当惑した。クランたちが言わんとしたことは理解できたので、わざわざ言い直す必要もないのだが。
「ザグナシア王国に何かあったのか?」
「未乃……」
命たちの会話を聞きつけた未乃は心配げな相好で女神二人に尋ねた。元々ザグナンという魔王としてザグナシア王国を治めていた未乃からすれば、二人の言葉は追及せずにはいられない案件だったのだ。
「わらわが説明するのじゃ。実は、ザグナシア王国から天界に呼び掛け続ける声がしてのぉ」
「誰の声だ?」
「この前私がザグナシア王国を訪れた時に会った、確かサランとかいう魔人の女の子です」
「サランか……」
ソヨの説明に付け加える様に話したクラン。クランは以前インフェスタの異分子を対処する際にザグナシア王国を訪れ、サランとも多少の言葉を交わしたので覚えていたのだ。
未乃は久方ぶりに聞いた直属の部下の名前に、感慨深そうに呟いた。
「それで?その魔人ちゃんは何て言ってたの?」
「それが、言っている意味がよく分からないのじゃ」
「?」
命の問いにソヨは困った様な声で不可思議な答えを出した。ソヨ同様、クランも意味を理解できなかったらしく、その場にいる四人ともが首を傾げるというおかしな光景が広がる。
「そのサランという女子はこう言っているのじゃ。〝魔王様の生まれ変わりを自称する人間が現れました。魔王ザグナン様は、天界にて神に転生なされたということで間違いありませんか?〟」
「「……は?」」
命と未乃はクランとソヨがその声を聞いた際と同じような反応をし、一方クランはソヨの声真似の上手さに小さく拍手を送っている。
人間が魔王になる可能性は無いとは言い切れない。何故なら魔王とは〝魔人の王〟ではなく、〝魔法の王〟だからだ。魔法の実力に種族の隔たりは無く、それさえ備えていれば魔王になれる可能性は人間にもある。
だが命たちの疑問は尤もなものだ。その理由は言うまでもないが、命たちの目の前にその魔王の生まれ変わりがいる状況では、これほど荒唐無稽な話は無い。
「まぁ、その人間が嘘ついてるってことだけど……何でそんな嘘を?その人間、何が目的だろう?」
「命様、どうなさいますか?です」
その人間が嘘をついているのは明確だが、命にはなぜそのようなことをしなければならないのかが理解不能だった。簡単に思いつく動機は、単に魔王という座を手に入れたいという欲求だが、そうでなかった場合は皆目見当がつかないのだ。
このようなイレギュラーな問題は天界の者たちにとって初めてだったので、クランは命に対応を尋ねた。
「うーん。とりあえず行ってみるかな。未乃、ついてくる?」
「……いや、やめておこう。お供なら別の者に任せる」
「いいの?」
命の提案をあっさりと断った未乃に命は予想外といった相好を見せた。
ザグナシア王国は未乃が前世で守ってきた何物にも代えがたい程の国だ。その上、自分を語る不届き者がその愛国に現れたとなれば、未乃は気になって仕方がないのではないかと命は思っていたのだ。
「俺はもう魔王ではない。ただの男神だ。そんな俺が私情でザグナシア王国を訪れるのは憚れる。それに俺は自分の部下を軟弱に育てた覚えはない。この程度の事態に俺が出しゃばらないと問題解決もできないような魔人は一人もいない」
「そっか」
魔王と神では神の方が立場的には上なので、ただの男神という表現は首を傾げざるを得ないものだが、未乃の考えは理解できたので命は破顔一笑した。
以前命がザグナシア王国を訪れた際、この国の特徴を好いていたので、その片鱗を窺えた気がして命は嬉しくなったのだ。
「じゃあ、ソヨちゃん行く?」
「うむ。わらわもザグナシア王国には興味があるのじゃ」
「では私はお留守番ですねです」
命は女神になってからヒューズドを訪れたことの無いソヨを深い意味無しに誘った。だが魔人の中には以前の異分子たちの件で、クランに本能的な恐怖を抱いている者もいたので、その選択は無意識のものだっとしても正解ではあった。
「じゃあ早速行こっか」
命の鶴の一声で、命とソヨは早々にヒューズドのザグナシア王国を訪れることになったのだ。
「やっほー!お久しぶりって、実際命に会ったことある魔人はもういないんだっけ?」
「「…………」」
ザグナンが存命だった頃、いつも鎮座していた魔王の椅子に降り立った命に、魔人たちは口をあんぐりと開け呆けた面を向ける。因みにソヨは命の背におぶさっているので、その光景は更に異質なものである。
魔王の椅子に土足で上がったことを咎めようとする魔人もいたが、命の名を聞いてしまったのでそれが実行されることは無かった。
「命、もう下ろすのじゃ。わらわは子供ではないのじゃぞ」
「ごめんごめん、ソヨちゃん」
子ども扱いが嫌だったのか、ソヨは命の背でじたばたと暴れると、命に下ろすことを要求した。命は陳謝すると、顔触れが変わった王城の魔人を見渡した。
「失礼を承知で申し上げます。私は魔王ザグナン様直属に仕えておりましたサランと申します。あなた様は、伝承の創造主――命様で間違いないでしょうか?」
即座に命の来訪に反応し、膝まづいて尋ねてきたのはサランだ。天界の神々に呼び掛けたのは彼女なので、その呼びかけに対する返答が来たのだと、いち早く判断することができたのだ。
「伝承になってるんだ、命。君が天界に語り掛けた魔人ちゃんだね?」
「その通りにございます」
自分がザグナシア王国に伝承扱いされていることを未乃から聞き及んでいなかった命は、少々面食らいながらもサランに確認をした。
サランは純黒の長髪の一部を編み込み、瞳は血のような鮮紅。その容姿だけで言えばザグナンを女にしたような特徴が目立つ。
はっきり言ってサランが魔王の生まれ変わりだと言われた方が説得力がある。まぁサランは魔王が生きている頃既に仕えていたのでそれはあり得ないが。
「で?その魔王の生まれ変わりだとかバレバレの嘘ついた人間はどこ?」
「はい、こちらに」
命の問いにサランは少しホッとしたような相好で命を案内した。その表情の理由はすぐに分かることとなる。
魔王の生まれ変わり(自称)(笑)らしき人間は縄で拘束されている状態だったのだ。もしこれで万が一この人間が魔王の生まれ変わりだった場合、自分たちは大変な不敬を働いたことになるので、命が〝嘘〟と明言したことでサランは僅かに安心を覚えたのだ。
そもそも魔王であればこの程度の縄など簡単に脱することができるので、どっちにしろこの人間は魔王ではないのだが。
縛られている男は一〇代後半ぐらいで、ミルクティー色の短髪に碧い瞳を持った青年だ。全身黒ずくめの服を身に纏い、腰には帯刀している。
「おい!俺は魔王の生まれ変わりだぞ!早くこの縄を解け!」
青年は無駄なあがきで喚き散らしたが、命がそんな青年の顔を凝視するためにしゃがみ込んだことで、青年は警戒の相好を露わにした。
「ねぇねぇ。君は知らないだろうけど、魔王は既に神様に転生してるから君の話は嘘だってバレバレなんだよね」
「えっ……」
「そんなことよりも、命には君の動機の方が気になるんだよね。何で魔王の転生者なんて嘘をつく必要があるのかな?」
命から発せられた純然たる事実に明らかな動揺を示した青年。まぁ、神に転生したなど下界の住人が知る術など無いので当たり前の反応ではあるが。
「そ、そんなの知らねぇよ。お前が嘘ついてるんだろ!そもそもお前誰だよ!?」
命の存在を知らない者からすれば、オーラを隠した命はどこからどう見てもただの人間なので、青年は強硬な姿勢で反論した。
「すまぬ……命は本来其方のような下等な存在が口を利くのも、存在をその目に焼き付けるのも烏滸がましい存在じゃ。あまりお遊びが過ぎると、流石のわらわも其方を生かしておけなくなるのじゃ」
「ひっ……」
だがそんな青年にそれ以上の言葉を紡がせなかった存在がいた。ソヨである。ソヨは目にも止まらぬ速さで青年の右側に近づき、腰に帯刀していた小型剣を青年の首につき立てた。
自分の命がソヨの判断次第で左右されることを理解した青年は、迫りくる死を前に思わず怯えた声を出した。
因みに〝流石のわらわも〟というのは、ソヨが神々の中では温厚な方であることを自負しているからだ。実際それは事実でもある。
例えばここにいたのがデグネフやハクヲであれば、青年は確実に一回は殺されている。デグネフやハクヲの様な神々の鏡と言っても過言ではない存在ならば、命に不敬を働いた青年を生かしておかないだろう。
恐らく一三人いる神々の内の五人は確実に青年を殺すだろう。だがソヨも命のことを随分と好いているので、怒り心頭なのは間違いない。ただソヨの場合すぐに殺したりするほど人間を下等生物だと思っていないのが大きな原因だ。
ソヨは今世で死んだことは無く、人間から神に種族を変えただけだ。なので当然人間だった頃の記憶もあり、最初から神に産まれた者たちよりも人間のことを見下してはいないのだ。
「まぁとりあえず命のことは、命っていう名前のすごくすごーく偉い人とでも思っておいてよ。それで、さっきの命の質問に答える気にはなったかな?」
命の問いに青年は激しく首肯する。命はわざとソヨに殺気を抑えるようには命じなかった。ソヨが絶えず自分の命を刈り取ろうとしている状況なら、青年に脅しをかけることができるからだ。
そしてポツリポツリと、青年はこれまでに至る経緯を命たちに語るのだった。
次は明後日更新予定です。
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