神々の創造
主人公は途中まで作中では〝少年〟と表記しますが、ちゃんと後から名前が付きますのでご安心ください。
神の創造の原材料は生物の魂である。神であろうと何であろうと、生きとし生ける者には必ず魂が存在している。そして魂とは世界が終焉を迎えたその瞬間でさえも、一つたりとも消えることのなかった唯一の存在でもあった。
少年は世界が終わったとき、確かに自分以外の数多の生物の魂の存在を感じていたのだ。
だがその魂たちと少年との違いは意識があるかどうかという点だった。少年は意識を保っており、世界の終わりを理解していたからこそ、創造主として存在しているのだ。
だが少年と違い、他の生物の魂はただそこに存在しているだけなのだ。その目で何かを見ることも、自分の意思で何かすることもない、ただの存在。
そんな存在でしかない魂に器を用意するのが少年が今から行う必要のある、神々の創造なのだ。
要するに少年は見た目がランダムの器を十体ほど用意し、その器に神になるにふさわしい善良な魂を移して神々の創造を行うのだ。
少年は神々を想像する前に、自分の創造主としてのオーラを抑え込むことにした。別にそうしなければならないわけではないのだが、そうでもしないと神々たちが自分のオーラで少々怖がってしまうかもしれないと少年は危惧したのだ。
少年が創造主としてのオーラを隠すと、少年の顔の左側で光っていた紋章はその姿を消し、少年の顔は普通の人間のものになった。
少年がイメージすると、そこには十人の神が存在していた。
いや、そもそも神の中に人型ではない者も存在していた為、十人という表現は正しくはない。少年はその神々たちに一瞬目を奪われた。姿形は様々でも一人一人の神々がそれ程までに美しく、神々しかったのだ。
少年は神の絶対条件に容姿の美しさは入れていなかったが、神という存在でだけでこれほどまでの美しさを手に入れることができるという事実に、少年は目を丸くしたのだ。
ちなみに誕生したばかりと言っても、神々たちの容姿が赤ん坊というわけではない。神々はそれぞれ成人したような姿だったが、それでも皆現在は〇才である。
少年はひとまず目の前にいる神々に挨拶をしようと咳払いをした。
「えーっと、一先ず誕生おめでとう、神のみんな。僕は創造主、つまりは君たちの親だよ」
「親?」
少年の挨拶に疑問を呈したのは神の一人である女神だった。
二十代前半に見えるその女神の容姿はエルフに似ていた。世界が終わる以前、ライトノベルをあまり読んだことのなかった少年でもそれがエルフだということは分かった。
特徴的な長く尖った耳に透き通るような白い肌。身長は一六〇センチほど。スリムな眼鏡の奥に光る瞳は深緑。ペリドットのように光る目は鋭く、その表情からも冷酷という印象を持たれそうな女神だ。そしてそんな深緑を薄めたような髪は、ショートカットで前髪は七三で分けてあった。
そんなエルフの女神は言葉を続けようとしたが、その行為は重要なことを思い出した少年によって阻まれた。
「あ!服!」
少年は神々が全裸のままで会話をしようとしている現状に気づき、先刻創造したばかりの衣服を取り出した。
一方の神々たちは突然目の前に数え切れないほどの衣服を用意されたことに困惑した。
「みんな、とりあえず服に着替えよう。好きなのを選んでいいよ」
「創造主様はそのままでよろしいのですか?」
着衣を勧める少年にそう尋ねたのは先ほどのエルフとは違った女神だった。
彼女は薄黒い肌が特徴的なエルフの女神と同年代に見える女神だった。その肌とは対照的に腰まで伸ばした髪は薄い桃色。前髪は両端から中央につれて短いので山型である。
身長は一七〇センチほどでモデルのようにスラっとした体型だ。瞳は輝くような金色で少々垂れ目なところが穏やかそうな性格を表している。
「あー、僕も何か着ようかなぁ」
少年はシャツ一枚しか身につけていない自分の格好を姿見で観察すると、悩ましそうな声で呟いた。実際服装など大した問題でもないのだが、神々のために目を奪われるほどの衣服を用意した創造主が、シャツ一枚というのも滑稽だと思った少年は他の服も着ることに決めた。
早速着替えをした少年と神々は益々その神々しさを増していた。
少年は元々着ていた大きめの白いシャツに加え、太ももの三分の一程度を隠す黒いショートパンツを身に纏った。そして首からは藍色の勾玉のネックレスをかけた。足元には黒い紐ブーツを履いていて、そのブーツの踵に備わるヒールのおかげで低めの少年の身長が多少高くなっていた。
「流石に君は衣服要らなかったかな?」
少年がそう話しかけたのは人ならざる者の容姿をしている男神の一人だった。
全身に生える新雪のようなふわふわの毛は、少年が思わず触れて撫で回したいと感じるほどのものだ。少年はそんな衝動に駆られつつも固唾を呑むことでそれを抑えた。
体長は二メートルほどで少年の身体をすっぽりと包み込むことが出来そうな大きさだった。そんな大きな身体を持つ男神の頭についている二つの耳は、少年に話しかけられたことによりぴくっと動きを見せた。
そして中でも特徴的だったのはその尾だった。たった一つでも大きなふくらみと長さを持つその尾が、男神には九つあったのだ。しかもその一つ一つの色が微妙に違っており、身体と同じ純白以外は限界まで薄くした赤、黄、緑、青、黒、紫、桃、茶という色とりどりの九尾だった。
そう、その男神は九尾の白狐だったのだ。
「えぇ、私は狐。衣服は他の生物体になった時だけで構いません」
完全な獣の姿をしている今の男神に衣服は不必要だ。だが相手は男神。時には人だろうとエルフだろうとドワーフであろうと姿を変えることが出来る為、この男神には衣服が全くの不必要というわけでもないのだ。
「ねぇ、ねぇ、狐の男神くん。その…………もふもふしてもいいかな!?」
「……もふもふ?」
少年の申し出に白狐の男神は首を傾げた。少年は男神の九尾や耳が僅かに動きを見せる度にその身体に触れてみたい欲求を抑えつけていたが、我慢の限界が来てしまったようだった。
男神は少年の言っている意味を理解してはいたが、唐突にそんなことを言われたため反応に困っていた。だが少年の曇りなき眼に流され、訳の分からぬまま少年の申し出を了承した。
少年はその場にしゃがむと男神の九尾に顔を埋め、左手で九尾を、右手で男神の頭を撫でた。一方男神は自分より上位の存在である創造主に何故かもふられているという事実に困惑し硬直してしまった。
「はぁぁぁぁぁ……ふわふわぁ……これは堪らん……」
少年はまさに歓楽といった感じの腑抜けた表情になると、しばらくそうして男神の身体に顔を埋めていた。だが残り九人の神々の視線に気づき、正常な意識を取り戻した少年は白狐の男神から離れた。
「男神くんありがとうね。……えっと、あ、そうだ。女神ちゃん、何か言いかけてなかったっけ?」
少年が〝女神ちゃん〟と呼んだのは、最初に少年に疑問を呈したエルフの女神だった。
エルフの女神は体のラインにぴったり合う白のドレスワンピースに、緑を基調にした丈の短いカーディガンに枝葉の刺繍が施されたものを羽織っていた。足元にはシンプルな白のヒールを履いていて女神の姿勢の良さを強調させていた。
女神は少年が自分の発言を覚えていたことに少々驚きつつも、少年に対して抱いた疑問をぶつけることにした。
「はい。創造主様は私たち神々の親とおっしゃられていましたが、それは何故ですか?あなた様はこれから誕生する全ての世界の頂点に君臨なされるお方。私たちのような神々ごときは創造主様と対等に会話することなど許されないはずです。それなのに何故あなた様は、創造主様が神々の親であるなどと仰られたのですか?」
神々には創造主や自分たちに関するある程度の知識が備わっている。少年が神を創造する際に絶対条件として加えたからだ。
それによりエルフの女神は今現在の大まかなヒエラルキーを理解していた。十人の神々の位は同等だが、少年は比べるのも烏滸がましい程上位種であるということ。
創造主というのは基本的に何でもできてしまう、望みさえすれば。創造主が命じればその事象は必ず実現し、創造主に創造できないものなどほとんど無い。
だからこそ創造主は絶対的君主であり、他の生物から畏怖されるべき存在だ。
そんな創造主とたかが神々が家族という同じ集団に属するというのは、エルフの女神にとって不可思議なことだったのだ。
「確かに僕は創造主だ。君たち神々が唯一首を垂れる存在なのかもしれない。でもそれは君たちの意思でやることではないよね?君たち神々が僕にそういう接し方をしたいのであれば止めないけれど、創造主だからとか、上位の存在だからとか、そういう上辺だけのことで無理をする必要はない。それに君たちを家族だと思っているのは、僕がそうしたいからだ。君が創造主に絶対の忠誠を誓うというのであれば、僕の望みを聞いてはくれないかな?」
「…………」
少年の主張に神々は驚きを隠せなかった。知識としての創造主という存在は森羅万象の頂点に立つ唯一無二であり、誰も逆らうことなど許されない者だと捉えていたからだ。
そんな創造主が自分たち神の意志というものを考えてくれている事実に、神々は喜びと困惑の入り混じった驚きを感じていた。
「かしこまりました。ですが私は今この瞬間をもって、己の意志のもと、あなた様を創造主様と認めました。ですのでこれから、あなた様への忠誠をお誓いいたします」
エルフの女神は片膝をつくと少年に向かって頭を下げた。女神は少年の言葉で、創造主だからではなく、少年だから忠誠を誓うことを決めたのだ。誰でもない、少年だからこそ。
「ありがとう。……そうだ!名前を付けないといけないね」
少年は創造した神々に名前を付けていないことに気づき思案し始めた。少年はつい先刻まで会話を交わしていたエルフの女神の名前を最初につけることにし、女神の顔をまじまじと観察し始めた。
「うーーーーーん……ディグニファイド……ディグニフ……デグネフっていうのはどうかな?」
「デグネフ……ありがたく享け賜わります」
少年の提案した名前をエルフの女神――デグネフはありがたく受け取った。少年はうっすらとほほ笑んだデグネフを見ると満足げに頻りに頷いた。
「差支えなければその名前の意味を教えて頂けますか?」
「dignified……凛とした女性という意味を込めて作ってみたんだけど、気に入ってもらえたかな?」
「っ……もちろんです」
少年は英語で〝凛とした〟という意味を持つ単語をもじって女神の名前を付けたのだ。自分の名前の意味を聞いたデグネフは感激したように頭を下げた。
そんなデグネフを羨ましそうな目で見つめていたのは薄黒い肌を持つ女神だった。
彼女は黒の見せブラに黄色のスリムパンツを選んで着ていた。そしてその上から白のジャケットを羽織っており靴は履いていなかった。
服を着たことにより、ますますモデルのような出で立ちになった女神が、デグネフに羨望の眼差しを向けていることに気づいた少年は次に名付ける神を決めた。
「じゃあ次は君の名前だねっ」
「は、はい!」
突然自分を指名されたことに驚きを見せた女神は上擦った声で答えた。
「そうだな……祈世っていうのはどうかな?」
「祈、世」
少年が空中に人差し指で祈世という漢字を書くと、その文字が空中にそのまま浮かび上がった。女神の瞳と同じ美しい金色のその文字に見惚れた女神――祈世はそれに触れようとしたが、実態があるわけではないので祈世の指先は空を切った。
だが空中に浮かんだ金の文字はゆっくりと祈世に近づいたかと思うと、一瞬にして粒の結晶と化して消えた。
「きれい……」
それは、今目の前で起きた現象、そして自分に与えられた名前に対する祈世の純粋な感想だった。そう感じたのは祈世だけでなく、他の神々も少年が起こした現象に目を奪われていた。
「君の瞳もこれぐらい美しいんだよ。知ってた?」
少年はニコニコ顔で姿見を祈世の前に置いた。その時初めて、祈世は自分の瞳を見たのだ。祈世の目には先刻少年が創造した金の文字と同じ色を持つ己の瞳が映っていた。
すると祈世は自分の瞳の色から目が離せなくなっていた。そんな祈世を微笑ましく見つめていた少年は更に神の名付けを行おうとした。
するとそれを阻むように突然少年の目に映ったのは一人の男神だった。
「おいお前。吾輩と勝負しろ。吾輩は創造主だからと言って弱い奴に付き従うつもりはない。お前が吾輩に勝つことが出来たのなら、吾輩はお前を創造主と認め、名付けられることも許可してやる」
「……ん?」
少年は突然に、そして突拍子もなくそんなことを言った男神に向かって首を傾げることしかできなかった。
その男神は一八〇センチ越えの高身長に、多すぎず少なすぎない綺麗な筋肉を持っていた。燃えるような赤髪に所々黒髪が混じった短髪はどこか刺々しい。顔には髪と同じ色の刺青のような模様があり、それが男神の身体的特徴の中で二番目に目立つ部分だった。瞳は焦げ茶と目立たない色ではあったが、男神は勇ましく精悍な整った顔をしていた。
男神は紺色の浴衣に着替えていて、足には黒の草履を履いていた。その浴衣の袖から覗く爪は純黒で鋭く、触れれば簡単に引き裂かれそうな程だった。
そしてそんな男神の身体的特徴の中で最も少年が目を奪われたものがあった。それは男神のおでこと生え際の境部分に生えているもので、鋭く、硬く、白いそれは、まるで生き物の歯のようにも見えた。
雄々しく反るそれに名前を付けるとするのなら、それは――
「つの……?」
その男神は一本の角を生やした鬼の神――鬼神だったのだ。
明日も更新予定です。
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