脆くて、強い虫
世界が消失した原因に、ある女神の裏切りが深く関わっていたことを知った命は、早速それを天界にいる神々に伝えるために下界から離れることにした。
何故その女神が前創造主を裏切ったのかまでは分からなかったが、前創造主の魂を持つアランの記憶だけが情報源だったので仕方がない。
「じゃあ命、アランくんと一緒に転移魔道具でサルマサトラン共和国に戻ってしばらくしたら、天界に帰るね」
「?サルマサトラン共和国に、まだ何か用事でもあったのか?」
ザグナンが作り出した異空間から出た命は、ザグナンとアランにそう伝えた。だが命ならここからでも一瞬で天界に戻れるだろうということは、流石の二人も承知の上だった。なのでわざわざ一度サルマサトラン共和国に戻る理由が分からず、アランは首を傾げた。
「共和国で食べたチーズドッグとエールの味が忘れられなくて!」
「あぁ……なるほど」
目をキラキラと輝かせながらそんなことを言った命に、アランは思わず苦笑を零した。
命は余程チーズドッグとエールの味がお気に召したようで、あわよくばその味を覚えて、天界に戻ってから創造主の力で大量生産しようと目論んでいるのだ。
〝天界――チーズドッグ&エール生産工場化計画〟を命は頭の中で繰り広げていたが、途中我に返りその思考を中断した。
「魔王くん。魔王くんが転生して命の子供になるのを気長に待ってるからね」
命はザグナンとの別れの挨拶をそんな言葉で始めた。今すぐにでも神になることが出来る程の魂を所持しているザグナンが死後、神に転生するのはほぼ確定事項だ。なので命は現在既に気に入っているザグナンが自分の元に転生するのが楽しみだったのだ。まぁ、転生してしまえばそれはザグナンではないのだが。
「あ、でも長生きしないとダメだよ。ちゃんと君の寿命を全うしてから命の子供になってね!」
「ふっ……あぁ、承知した」
転生、つまりザグナンが死ぬことを待ちわびているはずの命が長生きをしろだなんて、何ともおかしな矛盾だが、ザグナンには命の気持ちが少しばかり理解できたので破顔してその忠告を聞き入れた。
「勇者くん。今の君にはあまり関係ないことかもしれないけど……命、前創造主を裏切った女神を探してみるよ。一応報告ね。……名前が分からないから相当時間かかると思うけど」
世界消失の理由が分かって新たに湧いた疑問。それが、なぜ前創造主は女神に裏切られたのか?という問題だった。
その女神の魂も当然アラン同様何度も転生しているはずなので、今回と同じ方法で理由を突き止めることが出来る。
だがこの女神の場合、何度も虫に転生した前創造主の魂よりも大変な作業になる。
理由は前創造主が神々に名前を付けていなかったからだ。創造主という存在は同じ時に一人しか存在しないので、固有名詞など無くても命の持つ創造主の力で探すことが出来た。
だが神となると話が別になってくる。アランの記憶によると、前創造主時代は男神が二一人、女神は四三人もいたそうで、その全てに固有名詞が存在していなかったらしい。
創造主の力は創造主の想像力で全て稼働している。だから思った通りのことが実現できるし、創造主の力はほぼ何でもありである。
だが女神の名前が分からないとなると、以前の女神全員の魂を見つけることはできるが、区別をつけることが出来ないということになる。流石の創造主でも固有名詞の区別がない同種の魂をピンポイントで探すことはできないのだ。
そのため、前創造主を裏切った女神の魂を探すには、四三人分の女神の魂をしらみつぶしにしていくしかないのだ。
「分かった。……俺も気になるところだけど、俺が生きている間に解明しそうにはないな」
「ごめんね。人間の寿命って短いから」
前創造主の記憶を取り戻したアランもその点は気になっていたようだが、人間であるアランの寿命はせいぜい一〇〇年なのでそれを知ることは恐らくできないだろう。
「じゃあ、魔王くん。命帰るね。バイバーイ」
「あぁ。……アラン、またいつでも来るといい」
「っ……はい!」
命がザグナンに対して手を振ると、ザグナンは深く頷くことでそれを返した。そんなザグナンの真面目な対応に命は思わず笑みを零した。
ザグナンはアランに視線を移すと、息子同然のアランに対しても一旦の別れの挨拶をした。アランは、ザグナンにいつでも帰ってきて良いと言われた気がして、嬉々とした表情を見せると勢い良く返事をした。
「くふふ……チーズめ、命をここまで誘惑して……悪い子は命がぱくりと食べちゃうぞ?」
「そんなに好きなのか?それ」
サルマサトラン共和国に着いた途端、命は市場で売られていたチーズドッグを五本買い、それらを食べながら茶番のような一人芝居を始めた。
本当はチーズドッグを買い占めたかったが、命は睡眠同様食事を自嘲すべきだと思い、己の食欲を押し殺して五本という決断に至ったのだ。それでもアランからすれば十分多かったのだが。
おかしな劇を始める程テンションが上がっている命を目の当たりにしたアランは、チーズドッグを指さしながら尋ねた。
「うん!すっごく美味しい…………よ……」
「ん?どうした?」
命は今までの満面の笑みとは一転、何かに目を奪われたような、衝撃を受けているような無表情で、ある一点を見つめていた。
アランの質問に答えることなく命はその一点に近づくと、途端にしゃがみこんで動かなくなった。
命の後ろから、命が凝視しているものを覗いたアランは首を傾げた。
命の視線の先にいたのは二匹の虫だったのだ。アランは名前こそ知らなかったが、たまに見かけるような何処にでもいる虫で、カメムシに似た容姿をしていた。
何故命がこんな虫を凝視しているのかアランには分からなかった。だが二匹の虫が寄り添っている姿は当に番同士のもので、その微笑ましさにアランは穏やかな表情を見せた。
アランが顔を綻ばしていると、命は食べ終わったチーズドッグの竹串をおもむろにその虫二匹に向けた。そしてそのまま命はその竹串で番同士の虫二匹を貫いて、息の根を止めた。
「……ミコト、くん?」
たかが虫二匹。だがアランには、わざわざその虫を創造主である命が殺す理由が理解できず、固まってしまった表情で命に視線を送った。
「なーんだ――」
「?」
その後の命が紡いだ言葉は、市場の喧騒とあまりにも小さな命の声のせいでアランの耳には届かなかった。
その状況でアランに知ることが出来たのは命の表情だけだった。命はどこか嬉しそうな、でも悲しそうな。そんな複雑で思考を読みづらい表情を浮かべていたのだ。
そんな命に対して、アランが何か言えるはずもなく。アランには命の不可解な行動の理由を解明できないまま、命との別れが訪れた。
「たっだいま!」
「おかえりなさいませ。命様」
命が天界に戻ると神々全員が命を出迎えてくれた。デグネフは命の帰還に対し出迎えの挨拶をすると、クールな表情ながらも嬉々とした雰囲気を滲ませていた。
「デグネフ、クラン。お仕事お疲れさま。素晴らしい処理だったよ」
「「ありがとうございます(です)」
命は組織の壊滅に尽力したデグネフとクランの頭を撫でると誉め言葉を送った。クランは満面の笑みで、デグネフは僅かな微笑みでその誉め言葉を受け取った。
「祈世~……よしよし」
「??あ、あの……命様?」
デグネフ、クランの頭を撫でた命は、何故かわざわざ祈世のところまで行き、その頭を念入りに撫でた。デグネフとクランを褒めるために頭を撫でるというのは理解できるが、何故関係のない自分まで撫でられているのかが理解不能だった祈世は困惑することしかできなかった。
「祈世……祈世には命とか、神の皆がついてるってこと、忘れないでね」
「……はい……?」
最後まで命の言動の意味を理解することが出来なかった祈世は首を傾げつつ、命の意味深な言葉に返事をした。
命の言動の意味を理解できる者などこの場には一人もおらず、神々は祈世同様首を傾げることしかできなかった。
「あ、みんな!命これからチーズドッグ大量生産するから、皆も食べてね!」
「「チーズドッグ?」」
命が態度を急変させ、思いっきり話が別方向に傾いたことで神々はポカンと口を開けたまま、困惑しかない表情で命を見つめた。
前創造主を裏切った女神、命の不可解な言動。多くの謎が残ったまま、天界にはその謎を煙に巻くかのような、命によって造りだされたチーズドッグの匂いが充満していた。
第二章はここで完結です!ちなみにこの回は盛大なフラグ回なので、忘れないことを推奨します。
次は明後日更新予定です。
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