命の動揺
「神……だと?」
「そう、神様!命の可愛い子供たち!」
信じられないといった表情で聞き返したザグナンは、愛する神々に思いを馳せている命にツッコみを入れたかったが、その気持ちをぐっと堪えて抑え込んだ。
急に神にならないか?なんて言われれば、相手の中二病性を疑う他ないが、その相手が命である以上それを疑う余地など無かった。
命がその手の冗談を言うとも思えないからこそ、ザグナンは命の発言に驚きを隠せなかったのだ。
「これから魔王くんには四つほどの選択肢がある。一つ、命や天界の事情は完全無視!魔王くんのしたいように生きて思いっきり善行を積み重ねて、その命が尽きる時まで生き続ける。
二つ、世界のことを配慮してこれからはその力を無闇に振るわず、自重しながら生きていく。
三つ、今すぐ死んで神様に転生する」
命が指で数字を数えながら、三つ目の選択肢を話した段階でアランが盛大にむせ始めた。ザグナンが今すぐ死ぬという単語に過剰に反応したせいだ。
今回の件で問題なのは、神という存在でないにも拘らず、神と大した違いの無いザグナンがこの世界の住人であるという点なので、その可能性を考慮していたザグナン自身は大して驚いてはいなかったが。
「そして四つ。死ぬことなく今の魔王くんのまま神様になること」
「…………」
四つの選択肢を提示されたザグナンは、深く考え込むように顎を摩った。これからの己の人生を大きく左右する選択でもある為、そう簡単に決断を下せるとは命も思っていなかった。
「あの……三つ目と四つ目の違いって……」
一方、三つ目と四つ目の選択肢の違いを理解することが出来なかったアランは、おずおずと手を挙げて疑問を口にした。
死んで神になるか、死なずに神になるか。この二つの選択肢をわざわざ分ける意味がアランには分からなかったのだ。
「死んでから転生して神になると、前世の……つまり魔王くんとしての記憶を失い、別人として神になる。だけど死なずに神様になれば、魔王くんの記憶はそのままに人格も変わらず神になれる」
「なるほど……」
命の説明にようやく違いに気づいたアランは、少しばかりだがザグナンの気持ちを理解した。己の人生を左右するこの四つの選択肢からたった一つを選ぶのはかなりの時間を要するだろう。
「天界の事情を鑑みると一つ目と二つ目はあまり取って欲しくない選択かな。でも決めるのは魔王くんだから、例えそのどちらを選んでも命は構わないよ。じっくり考えてごらん」
その言葉を聞いたザグナンはあからさまにポカンとした表情を見せた。理由は簡単。命は天界での暗黙の了解が脅かされている問題を解決するためにわざわざ天界に降りたというのに、ザグナンが一つ目と二つ目の選択肢をとることを命が了承すれば、ここまで来た意味が無くなってしまうからだ。
もとより命の事情を全く考慮していない一つ目の選択肢を選ぶつもりなどなかったザグナンだが、二つ目の選択肢の場合は異なった。
なので命が二つ目の選択肢を取ることを了承してしまえば、ザグナンはそれに甘えてしまうかもしれない。命がそれを理解できないような人物でないことは、ザグナンも十分承知していた。だから酷く驚いてしまったのだ。
「何故だ?」
「ん?」
「貴殿は神よりも尊い創造主なのだろう?俺のことなど気にせず無理矢理神にすることだって簡単にできるはずだ。貴殿になら俺を殺すことなど、赤子の手を捻るようなことだろうし、殺さずとも今すぐに神にすることだってできるはずだ。それなのに何故俺の意思を尊重する?」
ザグナンは命に出会ってからの僅かな時間で、命という創造主の性質をある程度理解したつもりだ。
命は誰にでも分け隔てなく善を振りまくようなお人好しではない。悪人にはそれにふさわしい対応をするし、例え善人であったとしてもイレギュラーでも起きない限り世界の住人には無関心。命が何の見返りもなく好意的な態度を取るのは愛する神々に対してだけ。
ザグナンが命を見て感じた印象はこんな感じだ。だから例え神レベルの魂を所持しているザグナンでも、それは命の愛する神々ではなくただの世界の住人だ。そんなザグナンの気持ちを命が考慮する理由がザグナンには心底理解できなかったのだ。
「だって君は……」
「俺は?」
「………………なんでもない」
「……はぁ、承知した」
ザグナンの疑問に命が答えることは無かった。明らかに何か理由を言いかけた命だったが、それを言うのは命の中で良くない、あるいは不要であると判断されたのだろう。
命の表情でこれ以上問い詰めても無駄だと理解したザグナンは、一つ浅いため息をつくと黙秘を貫く命を許した。
命がザグナンの気持ちを配慮する理由は、例え語ったところでザグナンに理解できるものではなかった。いや、理解はできるかもしれないが実感できるものではなかったのだ。
だから命はあえて語る必要はないと判断したのだ。
「ありがとう。で、どうする?」
命はザグナンの決断を尋ねた。ザグナンは数秒間をおいて、命に視線を向けるとその精悍な顔立ちを、更に勇ましいものにした。
「俺は、このザグナシア王国を統べる魔王だ。魔人はこの世界において、幸せな環境にいるとは言えない。それが今変わろうとしている。俺はまだこの世界から離れるわけにはいかない。ザグナシア王国の魔人たちを守り、幸せにする義務がある。だが貴殿の望みを無視することも得策ではない。よって俺は、自分の力をできるだけ制御し、これからもこの地で生きたいと思う」
ザグナンの瞳には強い意志が宿っていることを感じとれた。それがザグナンの望みなら、命にそれを阻む理由はなかった。その気持ちを命は破顔することでザグナンに伝えた。
「そう……分かった。ふふ……魔王くんって、なんだかお父さんみたいだね」
自分のためにではなく、この国に住まう魔人たちのために選択を下したザグナンを目の当たりにした命は、下界に降りてから一番の優しい笑顔を見せた。魔人を思いやるザグナンが、命には親のように見えたのだ。
「父か?」
「うん。命には可愛い子供がいるけど、お父さんはいないから魔人の皆が羨ましいよ」
「そう、なのか?」
創造主という概念をまだ完全に理解していないザグナンは、首を傾げつつ尋ねた。
「うん。命を生んだ人はいるけど、とても親とは呼べる感じじゃなかったし」
「そうか……」
命のその言葉で、ザグナンは大体の事情を察した。命を生んだ人物は確実に存在してはいたが、命はその人物たちにザグナンのような愛情を与えられなかったということだ。
神々を創造することで子供という家族を造ることはできても、親を造ることはどうやってもできない。これも数少ない創造主にできないことの一つだった。
命のどこか浮かない表情を目の当たりにしたザグナンは、思わず命の頭を優しく撫でていた。それはザグナンがよく魔人の子供たちにする行為で、日頃の癖が命相手でも発動してしまったのだ。
「…………」
「……あ、すまない」
普段他人を振り回してばかりの命が珍しくポカンとした表情でザグナンをガン見していることに気づいたザグナンは、今自分が誰に何をしているのか自覚し思わずその手を離した。
創造主である命はザグナンよりも遥かに年上で、所持する力の桁も比べられるものではない。そんな相手の頭を撫でてしまったことに、ザグナンはあからさまな動揺を固まることで示した。
するとしばらく呆然としていた命の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
「!そ、そんなに不快だったか!?」
「……え?…………あ……消えろ」
まさか命が泣くとは思ってはいなかったザグナンは、思わず立ち上がると大声を上げた。そんなザグナンとアランの慌て様で漸く自分が泣いていることに気づいた命は、創造主の力でその涙を消した。命自身、自分がこんなことで泣くとは思っていなかったのだ。
「命……生まれて初めて頭なんて撫でられたよ…………魔王くんのせいじゃないよ。ごめんね、驚かせて」
「なら……いいのだが」
命の言う〝生まれて初めて〟は、創造主として生まれてからではない。正真正銘、命という人間が生まれてから初めてという意味だ。
命は自分を生んだ親にも、誰からもそんな対応をされたことが無かった。創造主になってからは、自分が神々の頭を撫でるばかりでされることは無かった。だからこんなことをされるのは初めての経験で、命は柄にもなく動揺し、同時に今まで感じたことの無い幸福感を得たのだ。
命の謝罪にゆっくりと腰を下ろしたザグナンは、今は少しの潤みも見せないその瞳をまじまじと見た。それは命と出会ってから初めて見た人間らしい一面がすぐに消えたことを惜しんでいるような態度だった。
今までザグナンが見てきた命は、どこか浮世離れした得体の知れない存在だった。創造主なのでそれは当たり前なのだが、命にも人間らしいところがあるという事実を知れてザグナンは安心していたのだ。
「話の腰を折ってごめん。魔王くんの問題はとりあえず、魔王くんが生きていく上でできるだけその力を制御するってことで解決ね」
ポンと両手を合わせた命は、ザグナンが世界に及ぼす問題をまとめた。これで命がこの国を訪れた理由――残り二つのうちの一つは解決した。
最後の一つはもちろん、アランに関する問題だ。
「それじゃあ、勇者くんが関係している、命がここに来た最後の理由を話すね」
「あぁ」
ようやく自分に関する話が回ってきたことで、アランはその顔を引き締めた。ザグナンの問題が神レベルだったことで、流石に自分はそこまでの大ごとではないだろうとアランはたかをくくっていた。
まさか自分の問題に神以上の存在が関わっているなんて、アランでなくても誰も思わないだろうが。
「命は今は創造主だけど、初めは人から生まれたれっきとした人の子だったんだ。でも命は創造主になった。何故なら世界が全て消失して、その世界を造った創造主も消えたからだ」
命の話に二人は酷く驚いたような表情を見せた。自分たちが住まう世界が誕生する以前にも別の世界がいくつか存在していて、それが全て消失したから命が創造主となり新たな世界を創造したとは流石に思わなかったのだ。
「つまり命よりも前に創造主をしていた先輩がいるわけなんだけどね、その先輩の魂の持ち主が勇者くんなんだよね!」
「「……………………え?」」
命の有無を言わさぬ満面の笑みに、この件には無関係のザグナンと当事者のアランの声が重なって漏れた。
フラグたてすぎて、回収する時に皆さんが覚えているか不安になってきました……。
次は明後日更新予定です。
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