閑話:一〇〇〇〇年間の神々1
それは少年が眠り始めてから一週間ほどたったある日のこと。
神々は少年の望みである〝少年の名付け〟に関する話し合い……もとい会議を始めることにした。
場所は天界の中で広間的な扱いになっている広い部屋で、そこに神々が創造した大きな会議用テーブルが鎮座されていた。
この会議の議長であるデグネフは一番神々から見やすい位置に座り、他の神々は各々好きな席に座っている。
因みに静由は添い寝をしてほしいという少年の望みを叶えるべく、現在絶賛睡眠中である。いつもと何も変わっていないではないかと、ツッコみを入れたいと内心思っている神はほぼ全員だった。
「ではこれより、第一回神議会を始めたいと思います」
「はぁ……マジでやるのかよ。名前なんて適当でいいだろ」
デグネフの真面目な挨拶を聞いた武尽は、これが限りなく茶番に近い本気の会議だということを再確認させられ、思わずため息をついた。
創造主の名前を付けること自体に異議があるわけではないが、わざわざこんな大掛かりなことをする必要性が武尽には分からなかったのだ。
「武尽。口を慎みなさい。偉大な創造主様のお名前を私たち神如きが決めるのですよ。生半可な気持ちでここにいるのなら即刻立ち去りなさい!」
「…………」
デグネフにマジギレされたことにより武尽は何も言えなくなってしまい、死んだ魚のような目でこれから始まる会議を見つめることになった。
「では何か案がある者はどんどん意見を述べてください」
デグネフが意見を募ると、まず最初に勢い良く手を挙げたのは、この会議が開かれる原因となったクランだった。
少年の名前を神々が知らないことを周知の事実にしたクランは、他の神々からちょっとした勇者扱いをされていて、どこか自身に満ち溢れたような表情をしていた。
「クラン。何か案があるんですか?」
「はいっです!創造主様は優しくて、とっても可愛らしい方です。なので、創造主様が以前暮らしていた日本の漢字を使った、優愛なんてどうでしょうか?です」
クランは紙に提案した名前を書くと他の神々にそれを見せた。すると何故か全員がポカンとした表情を見せ、その場に沈黙が流れた。
「えっと…………そんなにまずかったですか?」
「え……あぁ、いえ、違うんです。思ってたよりまともだったのでつい」
「何ですかそれ!?です」
神々から見たクランという女神は、ドジで武尽に次ぐ戦闘馬鹿の怪力で、総評して馬鹿というイメージがあったらしく、そんなクランの提案する名前なら余程エキセントリックなのだろうと勝手に決めつけていた為、そのような反応になってしまったのだ。
クランとしては勝手にネーミングセンスが無いと判断されていたことになるので、随分ご立腹の様子で頬を膨らませていた。だがもしここに少年がいたら間違いなく可愛いと称するような表情だったので、他の神々にダメージは全くなかった。
「優愛って女みてぇな名前じゃねぇか。確かにアイツ女みてぇな面してるけど、れっきとした男だろ?アイツ創造主だけあって芯はつえーし、その名前は可愛すぎるんじゃねぇの?」
「悪くはないですけど、武尽の意見は一理ありますね。他に案のある者はいますか?」
武尽は心底興味なさそうな顔をしながらも、話の内容はきちんと聞いていたようで、クランの案の反対意見を述べた。武尽の意見は尤もなものだったので、クランはそれに反論することは無かった。
次に挙手したのは祈世だった。祈世は少年が眠ったすぐ後に意識を取り戻し、その後名付けの件を聞いたので妙にやる気に満ち溢れていたのだ。
「私は創造主様のお慈悲で今ここにいます。私はあの方が創造主で本当に良かったと思います。なのでそんな創造主様を表現する……慈英という名前を提案します」
「慈英……なかなかいいですね。確か創造主様が人間だった頃暮らしていた日本の漢字、慈には可愛がるという意味もあったはずです。創造主様は私たち神々を随分と可愛がってくださりますし、とても合っていると思います」
祈世の意見はなかなかの高評価でデグネフの意見も加わって、周りの神々の印象も良いものになっていた。
「今度は堅苦しすぎねぇか?確かに意味的にはあってるけどアイツはそんな真面目な奴じゃねぇだろ?」
「あ、あのぅ……」
「あ?」
「ひっ!」
武尽がまたしても反対意見を述べていると、カルナがおずおずと手を挙げた。それに反応した武尽の視線がカルナに向くと、臆病なカルナは顔を真っ青にしてカルマの後ろに一目散に隠れた。
完全にカルナを怖がらせた武尽は他の神々から非難の目を向けられた。特にカルナの兄であるカルマからはものすごい殺気の含んだ視線を向けられ、武尽は思わず鳥肌を立たせてしまうほどだった。
カルマとカルナの兄妹愛がここまでのものだとは誰も思っておらず、武尽以外の神も顔を引きつらせてしまった。
「わ、悪かったよ。な、何だ?カルナ」
武尽はバツが悪くなり、後頭部を掻きむしりながらカルナに謝罪する羽目になった。カルナは怯えた表情のままゆっくりとカルマの後ろから姿を現した。
「あ、あの、あの……さっきから武尽さんが的確な意見を出しているので、武尽さんはどんな名前が良いと思っているのかなぁと思って……」
カルナは基本的に自己主張をしない女神だ。そんなカルナが顔を真っ赤にしながら自分の意見を話していることに、他の神々は少々目を見開いていた。
それだけカルナがこの創造主の名付けという議題に、積極的に参加したいと思っているということでもあるが。
カルナの言葉に神々が一気に武尽の方へ視線を向けた。
「吾輩?吾輩は最初から一つしか思いついてないぞ」
「……そうなんですか?」
武尽の言葉にカルナは意外そうな表情をした。候補が一つしかないと言い切ったことにではない。全く興味が無さそうにしていた武尽が、一つでも名前を考えていたことが意外だったのだ。
「あぁ。吾輩は命しかないと思ってる」
「ミコト……?」
口で言っただけではどのような文字を使うのか分からなかったのか、祈世は首を傾げた。武尽はクランがしたように紙に命を意味する命の漢字を書いて全員に見せた。
「どういう意味ですか?」
「アイツは創造主だ。つまり俺たちの、世界の、森羅万象における全ての命の原になっている存在だ。アイツは森羅万象の命だ。だから命しかねぇと思った」
デグネフに名前の意味を聞かれた武尽はぶっきらぼうに答えた。だがその内容には創造主である少年の原を、しっかりと理解していることがひしひしと伝わってきて、他の神々は思わず呆気に取られていた。
その反応は普段の武尽を見ていれば当然のものだった。武尽は少年に創造された初っ端から少年に喧嘩を吹っ掛け、創造主である少年を敬ったことなど一度もないのだから。しかも武尽は基本的に不真面目だ。
そんな武尽が少年のために割と真面目にかなりいい名前を考えたのだから、呆気にとられたくもなるのだ。
「なんだよ?」
「いえ……あなたが意外にも創造主様のことをよく見ているんだということが分かって安心しただけです」
「はぁ!?」
デグネフは武尽をからかう様に思ったことを正直に述べた。すると武尽はすぐさま顔を赤くし声を上げると、思わず席を勢いよく立った。
「ふふっ……ですが命という名前はとてもいいと思います。命は本来、神や高貴な方に尊敬の意を表して添える語ですが、それ自体を名前にするというのも悪くないと思います。響きが可愛らしくて、でも可愛すぎず、創造主様にもあっていると思いますし」
武尽の提案した名前を高く評価したのは、他の案を出していた祈世だった。武尽は思わぬ方向から称賛の声が聞こえてきた為、呆気に取られてしまいそのままおとなしく席に座り込んだ。
祈世は純粋に創造主である少年に一番合っている名前を付けたいと思い、武尽の案を評価した。だが祈世は自分の魔法が暴走した際に、自分の分身体を片付けてくれた武尽に少なからず恩義を感じている為、そういった要因で武尽の案を褒めたわけではないとは言い切れなかった。
だが他の神々にそこまで深読みする者はいなく、誰もそれを追求することは無かった。
「皆さんも創造主様の名前は命ということで異論はありませんか?」
慈英という名前を提案した祈世が命の方を推したので、デグネフは少年の名前を命にしても問題ないか、他の神々に確認した。神々は一様に頷き異論無いことを示した。
「では、創造主様のお名前は命様ということで可決します」
「おい……」
「はい?」
デグネフが神議会を閉幕しようとすると、何やら苦々しい顔をした武尽がデグネフに声をかけた。
「名前はそれでいいけどよ、その名前を俺がつけたってことは創造主には絶対に言うなよ。アイツのことだ。知ったら絶対に俺に構い倒してくる」
「………………分かりました」
「おい待て何だその間は」
武尽が口にした嫌な予感は、他の神々にも容易に想像できるものだった。普段少年に素っ気無い態度をとっている武尽が、自分のために名前を考えてくれたことを知れば少年は間違いなく歓喜し、「ツンデレ可愛い!」などと言い出しかねないのだ。
そうなることを何とか避けたかった武尽は、自分が名付けに関わったことを隠すよう他の神々に頼んだが、それが守られることは無かった。
事実一〇〇〇〇年後、そのことをあっさりとチクった(※武尽は何も悪いことはしていない)デグネフの裏切りに遭い、武尽は少年からの好き好き攻撃にしばらく耐えなくてはいけなくなったのだから。
主人公の名前は命です!ようやく言えました。小説内では新章に入った時に、少年から命に表記を変更しますので、もう少しお待ちください。
明日も更新予定です。
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