嫌いになりたい
瞬くと、遠くで話していた先輩がこちらに向かって歩いてきた。
今となっては珍しい学ラン姿。
手には花束と卒業証書を抱えている。
グラウンドの隅から呼び止められ、弾けるような笑顔で帽子を振る。
人気者だから、解放されてもすぐに捕まってしまう。
それでも歩みはまっすぐこちらに向いていた。
私は第2ボタンが無くなっている辺りを見つめる。
そして彼の到着を、ただ待った。
★★★★★★★
卒業式の前日。
二人きりになったタイミングで告白した。
「正直、驚いてる」
先輩は恐らく素直にそう溢した。
いつも余裕があって寛容な彼を困らせてしまったことが嫌だった。
でも、チャンスは今しかないと思い、精一杯の気持ちをぶつけた。
先輩が私のことを妹のように見てくれているのは知っていた。
良くも悪くも、それ以上でも以下でもない。
でも、だから、私はその状況を変えなければならないと思った。
そうしなければ、この先、一生、妹のままだと思ったから。
先輩は眉間にシワを寄せ、私をいかに傷つけないかを考えている。
それを感じる私は、余計に苦しかった。
いっそ突き放してほしかった。
いっそ、残酷に心を引き裂いてほしかった。
苦しくて苦しくて、居たたまれず、私はその場を離れざるを得なかった。
彼をその場に置き去りにして、私は逃げるように自宅に駆け込んだ。
自分勝手な行いを悔いた。
困惑した彼の表情を思い出し、泣いた。
そして、眠れずに朝を迎えたのだった。
★★★★★★★
「顔あげなよ」
そう言われ渋々顔を上げると、そこには晴れやかな笑顔の先輩がいた。
「なんだいその顔は」
頭をくしゃくしゃにされ、なお笑う彼を見て、なんだか私も可笑しくなってきた。
「お、笑えるじゃん」
照れ半分の笑顔で眩し気に彼を見上げる。
私たちの周囲には、挙動を見守っている取り巻きがいた。
先輩はそんなことは気にせずに、学ランに手をかける。
「これ、お前に持っててほしいんだよね」
言いながら第三ボタンを鋭く千切って差し出した。
戸惑う私の手を取り、彼は優しくそれを握らせてくれた。
「あたし—――」
「またな」
私は口を開いたが、自分が何を言うべきか知らなかった。
それを知ってか知らずか、彼は言葉を遮り、踵を返した。
自由になった先輩は、待っていたグループと話始める。
誠実に応対するその横顔を見つめる。
“いっそ冷たくしてほしかった”
私はそう思い、掌のボタンを握りしめた。
フルならば
いっそ冷たく
してほしい
それならきっと
嫌いになれた