半端な殺意
「待ってるんだけど。」
ロイは不機嫌そうな顔でそう言った。
実際不機嫌なのだ。ギルドに入ってくるなり怒声が聞こえてくるし、言い争っているのが受付の前なので何も出来ない。
仕方ないので待っていたのだが、中々収まらないので不本意ながら、でしゃばって来たのだが、
周りを見て、状況を考察する。
「なるほどな。おいお前。」
ロイの言葉に、叫びながら狂人は答えた。
「ア゛ア゛?なんだよ。お前も俺に文句があんのかぁ!!」
「うるさい。叫ぶな。お前に話してんじゃねえんだ。」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛?」
「はぁ、もういい。おい、そこのお前。」
ロイは、ソフィアに話しかけた。
「ひ……………い………?」
すっかり怯え、うまく話すことも出来ないソフィアにロイは短く問う。
「助かりたいか?」
「えっ……………?」
「助かりたいのかって聞いてるんだ」
ソフィアは答える。そりゃあ怖くて、声も出すのも辛かったし、よく分からなかったけど。
それでも、頑張って答えた。
「たっ、助けて!」
「おい!なに勝手な事言ってんだぁ!」
狂人が何言ってようが関係ない!助かりたい!
ソフィアはただそう考えていた。
そんなソフィアの願いに、ロイは、
「わかった。貸し1つな。」
ロイの金眼の光が輝きを増し、黒眼の闇が深くなる。
そして、凄まじいプレッシャーが、その場にいた全員に降り注いだ。
「ひいいいいっっづ!!!?」
恐らく、この威圧感を最も受けている狂人が動かなくなった。
周りの冒険者達の声も消える。
そのプレッシャーの原因となっている白髪の少年は、
「おい、そのまま、その娘を離せ。」
静かにそう狂人に言った。
狂人はよほどのプレッシャーがかかっているのかしばらく固まっていたが、ソフィアを掴んでいた手の力が徐々に抜けていく。
少しずつ腕が下がっていき、ソフィアは自由になった。
腕がそっと掴まれ、優しくカウンターの上に引っ張られる。
乗ったカウンターからそのまま飛び降り、少年の胸に飛び込む形で着地した。
「ふ、ああああああああぁぁぁ……………」
今までの緊張感と恐怖。そこから脱出した安心感から、脱力してしまった。彼の腕に抱かれる。
その腕の中に例えようのない安心感があり、ついに泣き出してしまった。
「うっ…………ぅぅぅぅぅぅぅ……………ヒック、ぅぅうう………」
周りのプレッシャーも、既にない。
「おいおい……こわかったのは分かるが、泣かないでくれよ。」
「ぅぅうう……………ごめんなざい…………うぅぅうぅぅぅ………」
「もう大丈夫だからな。」
頭に優しく手が乗せられた。ポンポンと頭を撫でられる。
その事に、顔を上げた。目に映り込んでくるのは、少し身長の高い彼の顔。
その顔は!先程までの不機嫌そうな顔ではなく、とても優しい、穏やかな顔。
ドキリ
その顔を見た時、胸がキュッとするような、苦しいような、そんな感覚がして、
「ふっ、ふざけんじゃねぇぞおぉぉぉぉぉぉ!!!」
狂人が叫ぶ。カウンターを乗り越え、ソフィアの方へ手を伸ばした。そして、彼に剣を向ける。
「ひっ!」
「チッ!」
彼がソフィアを突き飛ばした。
次の瞬間。ドスッ。という音が背後から聞こえた。
ソフィアはぱっと、振り返る。目に飛び込んできた景色は、狂人と彼が重なっているところだった。
そして、彼の、背中から、『剣が生えていた』。
「えっ?」
自分の目が信じられなくなり、ゴシゴシと目をこする。
もう一度開いた視線の先にいたのは、先程と変わらず、狂人が彼の胸に剣を刺している光景。
「嘘だろ………」
誰の声だったのか、だが、この場にいる全員の気持ちの代弁だった。
彼の背中から生えている剣には、べっとりと血がついていて、ぽたぽたと床に垂れている。
次第に出血量も増え、ぽたぽたはダラダラに、そしてブシャア!になる。
全員が理解した、彼は助からないと、ならばこの勇者の為にも、自分も戦わなければならないと。
全員が武器を手に取り、罪人を取り押さえようと動き出した。
その時______。
ドグシャアアアアアッッッッッ!!!
罪人の頭は、木造の壁の床にめり込んでいた。
「「「「「「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」」」」」」
全員が、そう間抜けた声を出した。
その原因を作った彼は、剣を胸に刺したまま、不敵に笑う。
「たりねえな。そんな半端な殺意。届くわけないだろ。」