ちょっとのお別れ
「戯れは終わりじゃ。」
賢者の目が怪しげに揺らめく。
僕は死を覚悟した。
莫大な光の奔流が溢れ出す――――――――――ことは無かった。
「止めて!!もうロイにひどい事をしないで!!!」
リーナが僕と賢者の間に立つ。
「リーナ…………な……に……をして……」
「ごめんね。ロイ。」
ちょっと待って、リーナ。
だが、リーナはそんな僕を置いていくかのように話を進める。
「私を帝都に連れていくために来たんでしょう?」
「ふぉっふぉっふぉっ、そうじゃがの。」
「なら私を連れていきなさい。その代わり、ロイにもう何もしないで。」
ちょっと待って、それじゃあ僕は。
「ふぉっふぉっふぉっ、いいじゃろう。その者に手出しはしない。」
「ありがとう………ロイ。」
「リーナ………僕は………僕は…………!」
君を、リーナを―――――!
そんな自責と苦しみと混乱がごっちゃになっている僕に、リーナは慈愛と悲しみを湛えた顔で話しかける。
「ロイ。私は帝都に行かなきゃならないみたい。」
「嫌、嫌だ。行かないでくれ。」
「大丈夫よ。ちょっと行ってくるだけ。心配しなくていいの。」
そんな訳ない。僕の予想通りなら、リーナが帰ってくる事はない。
「大丈夫。大丈夫だから、いつも私を守ってくれたものロイは。今度は私が守る番だわ。」
「そんな……嫌だ。…駄目だ。僕が守る。これからもずっと。」
嫌々と癇癪を起こした子供のように僕は首をふる。
そんな僕に、リーナは優しいそれでいて悲しげな笑顔を向けた。
「あなたが守ってくれたおかげで外に出られた。あなたが守ってくれたおかげで楽しいことがいっぱい出来た。」
そしてとリーナは続ける。まるで、もう言えないお礼をしているかのように。
「あなたがいたおかげでこんなにも幸せになれた…………!」
彼女の目には大粒の涙が溜まっていた。
「私に出会ってくれてありがとう。私の家族になってくれてありがとう。」
「やっやめ…………」
止めてくれ―――――‼
「私を守ってくれてありがとう……………!」
リーナの目尻から涙がこぼれる。
「ちょっとのお別れよ。」
「だ………駄目だ。行くな。行かな」
その先は言えなかった。リーナが口付けをしてきたからだ。
唇と唇が触れるだけのキス。そんなささやかな口付けに、万感の思いをこもっている気がした。
サッとリーナが離れる。賢者の方に。
「さぁ連れていきなさい。」
「…………………うぬ。」
賢者とリーナが光に包まれていく。
「!!!待って、待ってくれ!」
そんな僕を嘲笑うかのように、光はリーナを覆う。
そのまま光は上に飛び、西に飛んでいく。
「リーナああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
いって………しまった………。
守れ………………なかった……。
あんなに守ると誓ったのに。
あんなに守りたかったのに。
『守られた』
守られてしまった。
「ああああああああああああああぁぁぁああああああああああああああぁぁぁああああああああぁぁぁ!!!!!!!!!」
ロイは叫び続けた。
罰を乞うように、己の力不足を呪うように、愛しの存在を求めるかのように。
だが、いくら叫んでも現実は変わらない。
金木犀の花が、静かに落ちた。