9話 クズ三人組、言葉を交わさなくても完璧な信頼関係を示す
異世界の夜風とは存外気持ちの良いもので、俺はその風を全身に受けながら軽い足取りで王様のいる城へと歩みを進めていた。
「……あれ、勇者様じゃないですか!一体今までどちらへ?」
そのままの空気で素通りしようと思っていたが門前の兵士たちに呼び止められる。どちらへって……逆に宿以外のどこにいると思ったんだよ。
「いやぁ俺らもこっちの世界に来てずっと魔国に対抗する策を練ってたからな、疲れて寝ちまったんだよ。まだパーティはやっているか?遅ればせながら参加しようと思うんだが」
息をするように嘘を吐く。まぁ嘘はバレない限り真実だからな、そしてその真実はこいつにとって一生真実のまま終わるだろう。名前も知らんけど。
「なるほどそういう事でしたか!勤勉な勇者様達で本当に助かります、是非とも魔国を滅ぼしてください!それこそが我々の悲願でもありますゆえ。祝祭はまだやっているかと思います、皆さん勇者様達が来なくて心配していたので是非参加して来てください」
魔国の話を持ちかけたら一気にテンション上がりやがって、まじで引くわ。どんだけ魔国を嫌ってるんだよ。
まぁでもパーティはまだやっている、と言うことだったので安心して俺は城の中へ入る事にした。
「ところでもう一人お連れしていたお嬢様は?」
「あー、あいつはまだ着替え中だ、後から来るからその時は通してやってくれ」
「了解しました!」
にこやかな笑顔で手を振りながら門番の兵士を後にするとほんの少しだけ明かりのついている場所へと足を進める。
「いやぁそれにしても俺達が主役のパーティがある事すっかり忘れてたわ、この重大な情報収集のイベントを見逃したのは痛いなぁ、結局この国の情勢と世界や魔国についてなにも知らないままじゃねぇか」
本来ならこのパーティで貴族の連中を泥酔させてこの異世界についての情報を抜き取る寸法だった。俺達は見た目はまだ若いし酒が飲めないと言っても通じただろう、こちらが飲まないのであれば後は勢いで何とでも出来る。
まぁこの国の貴族なんて大した情報も持ってなさそうだが。
「俺も目が覚めてから気づいてな、零も熟睡していたから起こすよりこっちの方がいいと思った次第だ」
俺達が呼ばれた王室とは反対側の豪華な広場、空腹を誘う料理の匂いが廊下を歩く俺達のところまで漂ってくる。
しかし愉快かな、パーティをしているはずの中からは物音一つ聞こえない。
「いやいや、完璧な判断だ黒崎君。俺が睡眠を取るという最重要項目を考えたら実に効率的な行動だ」
「お前は人一倍睡眠時間にうるさいからな」
ここまで俺の意図を汲み取ってくれるのだから本当に信頼をおける人物だ、この選択肢以外だったらきっと不満を語っていただろう。
俺は気分よく両腕を組み、片足で行儀悪くパーティが行われていた宴会場の扉を強く蹴り飛ばす。
そしてそこには様々な貴族や執事、豪華な衣装を身に纏っている人々などが全員その場に倒れ伏していた。
「まさか全員無力化するとは思わなかったけどな」
外部の損傷は無く息もしている、はたから見れば酔って眠ったように見えるだろう。だがそれでは計画に支障が出る、万が一起きたりしたら最悪だ。
俺は倒れて眠っている一人の女の髪を鷲掴み持ち上げる。
「こいつら全員眠ってるだけか?」
「ああ、眠っているだけだ。──二度と目覚めないが」
流石黒崎君だ、それならば何も文句はない。
ふと俺は鷲掴みにしている女の顔を見ると大して好みでも無かったので投げるように捨て置いた。
「漏れは何人いる?」
「内は制圧、外は見張り数十人、鎧を着ているから俺単体では不可能だが、聞いた話だとただの鉄くずだ、鉛玉は防げない強度だろう。それと城下町の方は残念だが手が行き届かなかった」
「十分上出来だ、貧民連中はあとでまとめて始末するわ」
その言葉を聞いて黒崎君が驚いた表情を見せる。
「何か手があるのか?」
「ある、十二分にな」
俺だってクズだが無能じゃない、これでも外道に関しては秀でているつもりだ。
「問題は鎧を着た兵士か。ここから見ると……王室が近いな、よし。黒崎君、置き土産はいくつある?」
この言葉を言ったのは彩華の別荘がある海外に出向いた時以来か、あの興奮する程の高鳴る音は忘れられない。
黒崎君もにやりと口角を上げ懐から片手で取り出す。
「3つだ、仕掛けるのか?」
「あぁ、一番威力の小さいのを王室に、一番威力の高いのをここに頼む」
「威力は全部同じだ」
「じゃあ二つをここだ」
「わかった」
そう返事を返すとその場から一瞬でいなくなる黒崎君、あのガタイでどうやってそんな早く動いているんだか。
俺は窓から外で見張りをしている兵士たちを一瞥する。まだ手数が足りないな、全員倒すとなるとやはり一筋縄ではいかなさそうだ。
片腕を組んで唇に指を添えながら考えるポーズを取る、やはり黒崎君に全面的に頑張ってもらうしかないか。
ある程度整理がついたところで振り返ると黒崎君が目の前で待機していた。
「終わったぞ」
「はやっ!?」
まだ考え始めて数十秒なのにもう終わらせたのかよ、やっぱ本業は違うなぁ。
俺は作戦を実行する前に窓の方を再度確認する。よく見ると外には先程まで居た兵士たちが誰かと話しているのがわかる。それがどれだけ凄い事なのかこの瞬間じゃ世界中で俺だけしか知らないだろう、流石だ。彼女もまた俺の意図を完璧に汲み取ってくれるのがすぐにわかる。誰よりも信頼しているからこその行動だ。
暗闇でよく見えない中俺はその先に居る美少女にウィンクを交わすとすぐに気づいたのか向こうも返してくれた。──まだまだ大丈夫そうだ。
「あいつらって魔法使えんのか?」
黒崎君の方へ振り返り窓を指さすと一番重要な事を尋ねる、実際問題この世界は俺達の住んでいた世界とは違う。当然力の差も違うわけだ、魔法と言う存在がある以上体格や見た目だけで判断できない。魔法が使えない俺らにとっては出来るだけ戦闘は避けたい、今回に限っては避ける気はないが。
「使える、この世界では下位に相当する魔法程度らしいが俺達のような生身の人間だと命に関わる」
「それは不味いな、こっちは一回でも喰らったら負けなのに相手は格上数十人かよ」
考えれば考えるほど圧倒的な不利と言う結論が浮かんでくる、こちらのアドバンテージは先手が取れるのみ、出来れば不要なリスクは避けたい。手数が足りないと悟った俺はその場で立ち尽くしながら静寂の中過ぎていく時間に眉をひそめた。
「無理そうか?」
俺の緊迫した表情を見て不味いと思ったのか、あまり得意ではないんだがと渋々呟くと最終手段と言わんばかりにジャケットの内側から拳銃を取り出した黒崎君。それを見て散りばめられていたあらゆる策が繋がった。
なんだ、まだ手数があるじゃんかよ。
俺は全てを勝ち誇ったような顔をして心配している黒崎君の肩を叩くと城の外にいる兵士へと向かった。
「──余裕に決まってんだろ」