8話 クズ三人組、裏の組織でカモ扱いされる
巨大な円卓を囲むように座る複数人の人影、暗い影に灯されて自らの名誉を称えたいが為の欲に満ちた会議が行われていた。
彼らはそれぞれ独特な思想理念を持っている。使いきれない程の資産を確保したい者、実力無くして魔法の頂点に立ちたい者、世界を手に入れたい者、様々だ。しかしそんな彼らが互いに交差する事なくここに集まっているのは全ての利害が一致しているからなのだろう。
今やこの世界を操っているのは彼らだ、天才でもなければ英雄でもない。例えほんの少しだけ優秀な程度でも数多集まれば知恵の集合体、武力と権力の長だ。
そんな世界の命運が賭けられた話合いは今日も順調に行われようとしていた。
「近況はどうだ?」
空席を開けて中央で腕を組む一人の男、この中のリーダーと思わしき人物が珍しく眉をひそめながら訪ねる。
「こっちは何も問題は無い」
「俺の方も無いな、順調に進んでいる」
いつもならばこの様な単調的な会話で幕を閉じるはずだった。失敗や予定外の事象も怠らず想定し、しっかりと穴埋め出来る落ち度のない幾多もの作戦。何もかもが理に叶った定跡の手順。
──しかし世界の歯車が軋みをあげて一つ一つ崩れていっている事を彼らはまだ知らない、知るはずもない。
「グラーフはどうした、何故来ていない?」
一人の男が疑問の声をあげる。
「奴は地球とか言う異世界に行ったまま帰ってこないぞ、報告はおろか兵士一人からも連絡が来ていない」
「どうせ未知の世界で何か面白いものでも発見して道草食ってんじゃないの?」
「グラーフ」とは異世界に侵攻するため赴いた我が国が誇る最強の魔法剣士だ。本来ならば彼一人で行かせても十分だったのだが念には念を入れて三万もの兵士を連れて行ってもらった。
地球には砲台を小さくした銃器と言う殺傷武器があるらしい。だが何も問題は無い、奇跡を起こせる魔法の前ではそんなものは無力だからだ。
しかもグラーフは人間の中でも本の一握りしかいないとされる特殊な剣士、剣に火・水・土・風の四属性を付与させて何倍にも力を増大させることの出来る魔法剣士の使い手なのだ。それも一国最強の。
そんな彼が負けるのはおろか傷一つ付いているところを見たことが無い。彼に勝てる者などそれこそ世界中を探しても早々いないだろう。
だがなんだ、先程から漂う不穏な感覚は。何か──嫌な予感がする。
「緊急報告です!至急お伝えしたいことが!」
一人の兵士が会議室の扉を叩く。その焦りから察するに今までにない事例だ。
「入れ」
「失礼します!」
早々に会議室に入ってきた一人の兵士。何かあったのだろう、汗だくで体が震えているのがすぐにわかった。そしてそれが自身が先程から感じていた嫌な予感に直結すると言う事も──。
「ほ、報告します!グラーフ隊長が……いえ、グラーフ隊長率いる全軍が壊滅しましたッ!」
「な、何……!?」
「なんですって……」
「おいどういうことだッ!?詳しく説明しろ!」
伝えられた内容は正気を疑うほどのものだった。あのグラーフが負けた、それも軍すら全滅。異世界の恐るべき兵器とやらを侮っていたのか。とんでもない痛手だ。一体どんな兵器で倒したというのだ……。
──だがその次に出された内容はもっと狂っていた。
「はっ!我々もその現場を目撃したわけではありませんが、どうやら二人、いえ、一人の少女によって全滅させられたものと思います!」
「……は?」
「少女……ですって……?」
「それも一人に……だと?」
円卓を囲んで座っていた全員が立ち上がり兵士を睨みつける、立てた青筋がブチブチと切れるほどに。
「テメェ……ふざけてんのか!グラーフがガキ一匹に負けるわけねぇだろ!」
一人の男が兵士の胸倉をつかみ怒鳴りつける。
「ほ、本当です!たしかに伝えられた内容はこの通りでした!異世界ゲート守備の担当班も混乱して士気が喪失しています!」
泣きながらただただ真実を伝える兵士。彼に責任は無い、職務を全うしているだけだ。だがそう思っても怒りを鎮めることは出来ない。
「まて、もしやその少女とやらはグラーフに匹敵する魔法の持ち主だったのではないか?」
「異世界の人間が魔力を保有していると?我々とは住む世界が違うんだぞ!それに地球に赴くのは今回が初めてのはずだ、異世界へのゲートも我々しか繋げる手段を知らない。仮にこの世界の住民だとしてもあちら側に行くことは出来ないはずだ!」
「確かにこの世界の人間ではなさそうだな。魔法じゃなくても少女に何らかの特別な力があったのかもしれない。そいつはどうやって3万もの兵士を壊滅させたのだ?」
一番核心的な部分を突く。そうだ、3万もの兵士を倒すと言う事は結局のところ何らかの兵器や巨大な力を持っている可能性がある。戦死したグラーフの為にもここは絶対に得なければならない情報源だ。
「そ、それがわからないのです。我々が来た時にはグラーフ隊長の首を持った金髪の少女が一人立っているだけでした。なんとか捕まえようとしましたが単純な銃器で我々数人を撃退、魔法放出の要となる腕を一瞬で射撃し攻撃手段を奪った後に無抵抗な我々をなぶり殺すと言った残虐なやり口をしていました……その光景を前に私は怖くなってしまい命からがら逃げてきました……なので一体3万もの兵士を相手にどう倒したのかまではわかりません……。報告書によれば兵士を全滅させたのも彼女と言う話ですが魔法も何も使っている気配は無かったため本当に分からないのです……今迅速に調査を行っていますが遺体のほとんどは謎の大穴に落ちたかそのまま消えたものと思います……」
戦慄した表情でそう告げる兵士。一体何が起こっているのだ、その少女は何者なのだ。
「魔法も使えない一般人……それもガキの女たった一人にあのグラーフを含めた3万もの軍隊が全滅させられたと……そう言いたいのか……?いくらなんでもふざけている……俺は信じないぞ、虚偽の報告だ!」
「まぁまぁ落ち着け」
「これが落ち着いていられるか!グラーフが死んだんだぞ!その意味がどれだけ痛手か分かっているのか!?」
やがて円卓の仲間内でも混乱が始まりだした。このままでは内部分裂が始まり非常にまずい、なんとかこの場は納めなければならない。
「お前達一度落ち着け、まだ我々は負けたわけではない。異世界についての知識が浅はかだっただけだ。その少女と同じ異世界から召喚した彼らがいるじゃないか」
その言葉を聞いて全員が黙った。リーダーが再び席に座り、不気味に笑みをこぼす。
「彼らって……あのヴェタイン国が召喚した三人の勇者ですか?」
「ああ、ヴェタイン国は過去に魔国に侵略されて土地も資産も全て奪われた。そこで我々が魔国の動きを止める手助けをする代わりに幾人もの人々を英霊と化して異世界の住民を召喚しろと協力を持ちかけたのだ。そしたらヴェタイン国の連中犬の様にすぐに食いついてくれたからな。本当にいいカモが出来たと思ったよ、──我々が魔国と同盟を組んでいるとも知らずに」
ヴェタイン国は今や魔国に対する恨みしか持っていない、魔国を滅ぼすためならなんだってするだろう。異世界の人間を召喚するゲートを作成するのに必要な英霊は一万。つまり一万人の人間を生贄にして召喚する大魔法だ、普通なら国がそんな事を許すはずがないだろう。だがヴェタイン国は他国との同盟も無ければ繋がりも無い、無駄な兵士は沢山いても魔法の実力は皆無に等しい。だから奴らは自らの民を、家族を、兵士たちを生贄に捧げることを選んだのだ。
全く馬鹿らしい、それが私の術中とも知らずに。奴らヴェタイン国は異世界人を捕らえた後に始末する予定だ、俺の為に精々尽くしてくれよ。
「召喚させた無力な彼らを勇者に仕立て上げて魔国に侵略、捕らえて異世界の情報や知恵を吐き出すというわけか。……だが何故無力な今のうちに捕まえない?わざわざ魔国に対抗するようになるのを待つ意味がないのではないか?」
もっともな疑問だ、異世界人の知識が欲しいなら召喚した後にさっさと捕らえて拷問にでもかければいい、だが異世界人の常識や感覚は俺らとは違う事をさっきの少女の件で思い知らされた。
「確かに今捕まえて拷問にかけるもの考えた。だがもし彼らが拷問にも耐えうる屈強な奴等や最後まで口を割らないような人格だったらこの計画は失敗に終わり意味が無くなってしまう。そこで敢えて泳がせることにより勝手に異世界の知恵を出してくれるという寸法だ。もしかしたら先の少女のように秘密の兵器のようなものを作るやもしれんしな、我々の知らない知識と言うのは案外大きいものだぞ」
「なるほど、確かにそれはいい。もしその少女に繋がるヒントが貰えれば次こそ異世界侵略も可能になるだろうしな」
「どうせ今頃は勇者と称えられていい気になってるんじゃない?ヴェタインもその哀れな勇者三人も惨めで可哀想ね」
段々といつもの調子を取り戻した会議の面々達。予想外の事件に煩慮したが成果はあった、前向きに考えれば未知の知識を会得するのは我々にとって大きな一歩だ。これを機に全世界への侵攻を始めようじゃないか。
世界の命運が天秤に乗せられ、彼らが重りを自在に変えていく、全ての計画はまだ始まったに過ぎないのだ。
少女の件から一転、クククと数人の不気味な笑い声が巨大な円卓の会議室に響き渡った。
だがそれでも尚笑う彼らは知らない、異世界に召喚し勇者と仕立て上げた哀れな三人組は善良な一般市民などではなく──心底欲に塗れたクズの神髄だと言う事を。
同時刻、安寧の夜。一つの小さな王国は刻々と滅びの時を迎えていた。
謎の金髪の少女の正体とは…全てがこちらで明かされています→https://ncode.syosetu.com/n4323fj/