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45話 クズリーダー、雨に濡れる

 

 生まれてきたことを後悔した。

 こんな世界に生まれてこなければよかったと、何度もその後悔を口にした。


 大粒の雨に打たれながら街の中で一人佇む。辺りに人は誰もいない。

 水滴は全身の服を濡らして地面へと落ちていく。

 こんなにも雨に当たったのは初めてだ。心が洗われる気がする。


「……」


 何度も考えた。何度も、何度も考えて──結局答えは見つからなかった。

 人を殺しちゃいけない。これは正しい倫理観なんだと思う。

 でも、人を殺さなければ自分が生きられない時はどうすればいいのだろう。

 人を殺しても捕まることがないというのなら、それは果たして選択肢から除外されるべきものなのだろうか。


 私は既に取り返しのつかない事をしてしまった。

 ヴェタイン国の人達を間接的にとはいえ、皆殺しにしてしまった。

 家族を、国の皆を。洗脳されていただけかもしれない彼らを、私はこの手で……殺してしまった。

 全ては自分が生きていくために。今まで自分がされてきたことの報復のために。

 ──自分のためだけに、殺してしまったんだ。


「……正解がないなんて、嘘だった」


 本当は私だけが死んで、洗脳された国の皆が生きる方が良かったんだ。

 私と国の皆とでは命の対価が釣り合わない、釣り合うはずがない。

 なのに、私は今生きている自分に喜びを覚えてしまっている。

 喜んじゃいけないのに、私がやってきたことは間違っているはずなのに。

 どうして、今の私はこんなにも人生を楽しんでしまっているの。


「よう、ソフィア」


 不意にかけられた声に勢いよく振り向く。

 ……もう、時間切れだ。


「……零さん」

「こんな雨の中外に出るなんて珍しいな。それも俺達に声すら掛けないとは、何か悩み事か?」


 口では心配しているかのように言っているものの、その右手には拳銃を持っている。

 引き金を引くだけで相手の命を奪う殺傷兵器。それで何人もの人を撃ち殺してきたのを私は幾度も見てきた。

 ──そしてそれが今、私に向けられている。


「零さん、私は考えたんです。あの日ヴェタイン国を滅ぼし、国王様を見捨てて自分の欲望を貫いた時からずっと」


 蹲った体を起き上がらせて目の前の男と目を合わせる。


「そして考えれば考えるほど思ってしまうんです。外道の限りを尽くす零さん達を見て、自分は違うんだって否定したくなる。人を殺してしまった自分が、今さらその行為に躊躇いを覚えている。あの時の私は、もしかしたら感情に身を任せておかしくなっていたんじゃないかって。いつも思ってしまうんです」


 都合のいい事を言っているのは分かっている。

 既に汚れてしまったこの手にただ後悔しているだけなんて、至極つまらなくてどうしようもないものだって分かってる。

 それでも、問いたい──。


「この心は"正義"なのでしょうか?」


 胸に手を当て、今にも泣きだしそうな顔で訴える。

 零さんは表情一つ変えずに、暫しの沈黙のあと口を開いた。


「さぁな。人ってのは複雑だったり単純だったりする生き物だ。その時その時の行動に正解なんてものはねぇ、後悔するかしないかは今の自分が考えるものだ」


 悪人から出る言葉とは思えないほどの正論が返ってくる。


「そう、ですよね……。零さん達はいつもその気持ちを貫いてきました。イデアル国に着いた時も常に自分の欲に従って行動をしていました。正直すごく尊敬します。優柔不断な私には到底真似できない」


 それが正しいかどうかは関係ない。彼らはそれで満足している、それが正解だと思っている。

 私も正解が欲しいのに、正解があるはずなのに……全然見つけられない。


「──なんて、今の私にはそんなの関係ないですよね」


 そうだ。よくよく考えれば関係ない事だった。

 私には私の意志なんて選択する余地がない。私は彼らの奴隷なのだから。


「……おい。何か勘違いしてねぇか?」

「えっ?」


 勢いよく顔を上げた先で、雨に濡れた彼の瞳が赤く煌めいた。


「俺はテメェを奴隷として引き入れた覚えなんざねぇぞ。お前はあの時俺に何を差し出した? 手だ、俺はお前に手を差し伸べたんだ。彩華も黒崎君も、お前の目前に"手"を差し出したんだ。首輪じゃねぇんだぞ」


 零さんはそう言って私を見る。


「で、でも──」

「ああ。もちろんそれは形だけだ。都合が悪くなったら捨て去るか殺す、それが俺達だからな。だがお前は違うだろ? お前にはお前の意思がある、今まで生きてきた経験がある。自分で損得を決め、頭を使い、判断することができるだろ? ……自分が今までされてきた事を思い出して、それでもまだ正義に浸かりたいのならそうすればいい。逆に悪に染まることで自分を保ちたいならそうすればいい。だが、その両方のどちらかしか選べないなんて一体どこの誰が決めたよ?」


 人は極論に左右されながらも、極論を出せない生き物である。

 零さんはそれを分かっていた。分かっているからこそ、それを知らないでいる私を放っておけなかった。

 両手を広げ、悪魔のような恰好を取りながら、彼は私に真理を突きつけた。


「正義か、悪か。じゃないだろう? この世は」

「……!」


 正論で、殴られた気がする。

 外道を歩いているのに、悪を平然と為しているのに、そんな彼から正論が飛んできた。


「俺らはその選択肢を捨てた人間だ。こうすれば悪だとか、こうすれば正義だとか。そんなものはどうでもいい。自分にとって都合が良ければ大勢救ってやる、都合が悪ければ皆殺しだ。罪悪感ってのは愉悦感と同じなんだよ、規模の問題だ」


 零さんは濡れた髪の毛をかきあげて、その言葉を放った。


「ほら、どうする? 正義に身を任せて俺を殺さないよう手加減するか? 悪に徹して容赦なく俺を殺しにくるか? 違うだろ? お前には、お前にしかない意志があるはずだ。──自分の欲望を正義や悪で上塗りすんな」


 感銘だった。

 少なくとも、平凡な人生を歩んできた自分にとってその言葉の重みは深く刺さった。


 そうか、そうだったんだ。

 迷っていたのは、そうしたくない自分と、それをしてしまった過去の自分に勝手な罪悪感を抱いていたから。

 贖罪しなきゃ、貫かなきゃ。そう思う意思が交差していつまでもはっきりしなかった。


 過去の過ちは変えられないし、今の気持ちも変わらない。

 結局、人なんてそういう生き物だったんだ。

 悩んでいた自分がバカみたいだ。


「……ずっと、ずっと考えていたんです。正しい事をしたいと思う自分と、正しい事をしたままでは生きられない世の中。この不条理極まりない環境でどうすればいいのか」

「答えは出たのか」


 私は首を横に振った。

 そして、縦にも振った。


「私はひとつ嘘をついていました」

「?」

「私は、火の魔法があまり得意ではありません」

「……なんだと?」


 ありがとう、零さん。色々教えてくれてありがとう。

 たくさん学ばせて頂きました。たくさん知ることができました。

 だから、最大の感謝と敬意をもって──


 ──あなたを殺します。


「私の得意な魔法は──電撃です」


 刹那、私の手首からバチバチと電流が迸った。

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