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43話 クズ三人組、シンシアの覚悟を向かい入れる

 

 ──小さな指が零の裾を掴む。女のことは思えないほど傷つき、汚れた手。

 上目遣いで縋るように顔を上げるシンシアに、零は掴まれた足を軸に振り返る。


「なんだ?」

「あ、いや……その……」


 確かな言葉が出てこないと言った様子。

 ほんの一瞬だけ感じた気迫はたまたまだったのか。それとも──。


「黒崎君」


 零が一瞥すると黒崎は「ふむ……」と軽く頷き窓の外を覗く。

 一見晴れてはいるが、空一面を薄いベールで覆ったような雲が蔓延っている。日本では"うすぐも"と呼ばれており天気が下り坂になる事を示している。先ほど見た雑誌に書いてある通り、明日はかなりの雨が降ることになる。


「明日は雨だ。奇襲には持ってこいだが地の利が不明瞭すぎる、悪天候を突くなら地盤固めが先決と言ったところだな」

「なら情報収集は頼めるか?」

「構わんが、暫くかかると思うぞ」

「おーけー」


 軽く返事をすると、未だに落ち込んでいるシンシアの方を向いて軽くため息を吐く。

 そして先程まで黒崎が読んでいた雑誌をシンシアの目の前に投げつけた。


「ほらよ」


 不満げに睨みながらもその雑誌を拾い上げるシンシア。そしてたまたま開かれたそのページに目を通すと、ノワール家のことについて書かれた記事があった。


「これって……!」


 そこにはノワール家の過去の暴虐を胡散臭く書かれたものと、ノワール家が"円卓の騎士団と関わりがある"という確かな相関図が載せられていた。


「円卓の騎士団……国のトップとアイツらが、なんで……!」

「なんでもクソもあるか。元々裏の連中だ、繋がっていても別段不思議じゃないだろ。それに力を持つ者が力を持つ者と手を組むのは世の中の道理だしな。まぁ最も、自分が力を持っていると勘違いしている集団だろうが」


 相手は奴隷を保有する悪の商人家と、敵国と手を組む国のトップ。

 金も地位も権力も持っている。護衛にも精鋭の剣士や魔導士を備えているだろう。どう見積もっても魔法すら使えない一般人が勝てる要素はない。

 ないのだ、どこにも。……なのにこの男は──。


「さっきも言ったと思うが俺達は予定通りそいつらを潰す。ノワール家に関わりがあるお前なら知っている事も多少あるだろうが、どうせ口を開く気はないんだろう? なら俺達のある策でやりきるまでだ」


 自信に満ちた表情。自らが成すこと全てを成功させると信じて疑わない。

 こんなのは慢心だ、自信過剰だ。なのに何故か。何故か彼らはその上でも勝ってしまうんじゃないかと、心の底から思ってしまう。

 ただの悪知恵だけが働く一般人に、それほどの力があるとは到底思えないのに。


「む、無理矢理言わせたいならそこの女性のように、私にも拷問をすればいいじゃないですの……」


 苦し紛れに彼らの疑問点を突く。まるで抜け道を探すかのように粗を探す。

 本当は分かっている本心に嘘を吐き、彼らの問いに自分の答えを重ねようとしない。

 しかしそんな事は全てお見通しだと、零の目は心を捉える。


「そんな怯えた目で言われても迫力が足りねぇな。この人形、ユナは既に洗脳で手遅れだったから直してやったんだよ。俺は話が出来る人間を拷問する趣味はないんでな」

「私はあるけどね~」

「……っ。どこまでも最低な人達」

「それも言い訳か?」


 彼らのどこまでも余裕な表情に顔が俯く。

 この世界に来る前もこんな表情をしていたのだろうか。今までやることなすこと運よく全部成功してきたからこんな表情が出来るのだろうか。


 ──違う。本当は分かっていた。

 彼らがいつも余裕の表情をしているのは負けたことが無いからじゃない。負けるまで、死ぬまで勝ち続ける覚悟を決意していたからだ。

 死を絶対の敗北として死ぬことを恐れない。死んでしまえばその先に未来はない、だからこそ死ぬまで全力で欲望に従う。

 そういう生き方を彼らはしているのだ。


「俺は復讐って言葉はあんまり好きじゃねぇしくだらねぇことだと思ってる。だが、復讐を遂げようとする人間は全てにおいて弱者だ。弱者だから復讐をしなきゃいけないことになる。強者は常に復讐される側だからな。だから復讐を遂げるというのはすなわち弱者が強者に勝つことだ。弱者が強者に成り代わる瞬間だ。それを傍観するのは中々に面白い事だと思わねぇか?」


 楽しそうに笑う零の言葉に、シンシアは唖然とした表情を見せる。

 しかしやがてその口は口角をあげ、最後には零の言葉にシンシアは首を縦に振った。

 彼に対する、初めての肯定だった。


「……あんた達は間違いなく最低最悪な人間よ」

「知ってるさ」

「女の子を躊躇いもなくいたぶり嬲る、最低な蛮族」

「そうだな」

「……でももし、この世界に法が無かったのなら。──あなた達は英雄になれたのかもしれない」


 それは今までシンシアが見てこなかった客観的な視点。

 犯罪を悪とし、規律を正義とし、秩序を平和とする。作られた世界のルールに従って行動する者が正しいと謡われる常識的な理。

 だが彼らはそのルールに囚われない。当然のように敷かれたレールを脱線して、自らが求める穴場を探しにいく欲望の権化。

 シンシアはその視点を始めて見つめて、そして考えた。

 自分がしようとしていることは間違いであり、それでも自分のプライドを守るために行動する事を正義だと勝手に考え、そして惨めな奴隷生活を送ってきた。

 正しい事をしている者が報われない世界はおかしいと、嘆いていた。


 しかしそれは大きな間違い、勘違いだったのだ。

 正しい事をするから報われるのではなく、報われている人達の大半が正しい事をしているだけであったと。そしてその陰で大勢の人たちが苦しみ、絶望し、死んでいくのだと。

 彼らは絶対に報われない。正しい事をしていないのだから。神も見捨てる悪を働いているのだから。

 だが彼らは絶対に後悔しない。天から差し伸べる導きなど無視して欲望のままに突き進んでいくのだから。世の中のルールなど関係なく、自分の進むべき道を築き上げているのだから。


「……分かったわ」


 決意を固め、覚悟を示す。

 今まで死んでいった母や父に恥じない行動をしてきた。女性としての立派な立ち振る舞いをしてきた。村の皆が自分を騙したのも生活の資金に困っていたからと、そう納得していた。

 悪を恨み、正義を称え、復讐なんてと自分を抑えていた。


 ──そんな正義じゃ、何も出来ないまま死んでいくだけだ。


「私の知っている情報を全部話す。それでノワール家を倒せるのなら。いいえ、倒すんじゃない。潰して破壊して、めちゃくちゃにしてッ。私がやられた分をやり返さなきゃいけない。例え私自身が返せなくても、私の意志が返すから……!」


 その姿は悪魔に魂を売った少女そのもの。浮き出る涙からは憎しみと後悔だけが含まれ、感情のままに人の手に落ちる哀れな傀儡。

 人はその姿を醜いと言うだろう、復讐に塗れた哀れな虚像だと蔑むだろう。

 だがそれもまた人間だ。それも覚悟のひとつだ。彼女は今、内に秘めた確かな覚悟と共にその言葉を言い放った。


「私の持つ全てをあげる。私の持つ"覚悟"を、捧げる! だから……ノワール家を、アイツらをッ。この世から消し去って……!!」


 異世界から来た魔法も使えない一般人に何を言ってるのだろうか。魔法が使えるシンシア自身の方がまだ勝算はあるのではないだろうか。

 そんな疑問を掻き消すくらいに欲望に染まったシンシアは、目の前の男に頭を下げた。先程の感情論とは違う、本心からの欲望を目の前の男にぶつけた。


 その言葉を聞いて、今まで無表情だった彩華と黒崎の口角が上がる。面白い答えだと外見にそぐわない嫣然の笑みを浮かべる。


 そう。彼らは魔法も使えない一般人だ。天才的な知能があるわけでもなければ、有り余る人脈や金があるわけでもない。この世界に来た瞬間に彼らは武器を失ってしまったのだから。

 そう考えれば、ここまでの出来事は全て円卓の騎士団の計画通りの展開なのかもしれない。完璧な予想図を立てているのかもしれない。

 だがもし、その円卓の騎士団が唯一失敗したことがあるのだとすれば──。


「当然だ。俺達を誰だと思ってやがる」


 この世界に彼ら(外道)を召喚してしまったことだ。


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