42話 クズ三人組、大国を相手取ることに決めるも不可能だと言われる
全ての伏線は繋がった。
この世界に来る前に張られていた魔法陣の意図、そしてヴェタイン国の魔国に対する執着。俺達に対する思慮の欠けたお願いという名の脅しと、知恵を振り絞って魔国に対応するという無謀な策の真意。
その全てを俺達は今、理解した。
そして現実はよっぽど非情に出来ているらしい。もし召喚されていたのが俺達以外だったらと思うと、やはり正義は勝つなんておとぎ話なんだと痛感する。
「……なるほどなぁ。つまり、もしあそこで俺達がヴェタイン国の連中の言うことに従って、知恵を振り絞り魔国とやらに戦争を仕掛けていたらその時点で敗北が決まっていたわけだ」
「正規ルートが実はバッドエンドだったパターンってことね。でも、私達なら例えどう転んだとしてもヴェタイン国を潰していたと思うわよ?」
「違ぇねぇ」
過去を振り返ることは無駄な事だと感じるものの、今回ばかりは自分達の行動が正しかったという歓喜に浸りたいものだ。
ヴェタイン国の連中は俺達が来た瞬間から洗脳されていたのだから、召喚されたあの場面で仮に断っていたら恐らくアウトだっただろう。
断らなかったとしても、ヴェタイン国の連中の意のままに知恵を振り絞って魔国に挑んでたら相手の望む結果になっていた。
そう。俺達のヴェタイン国を潰すという異常な行動は、今になって思えば最善の行動だったのだ。常にリスクと向き合い最善の効率を求めて生きるやり方でも、こんな外道な方法は思いつかないだろう。
この事態は相手にとっても予想外な出来事だったに違いない、残念だったな。相手は善良な一般人でも正義を掲げた本物の勇者でもない。ただの外道だったってことだ。
「そうと決まれば次の敵も決まりだな」
俺は不敵な笑みを浮かべて、これから狙うべき相手を窓から覗き視界に捉えた。
◇◇◇
雰囲気は一転二転と変わって行く。
さらりと自分達が異世界人であると暴露している零達に、シンシアは割って入る事すら出来ない。
語っている内容もまるで雲の上の話だ。
「じゃあ、本当の敵は魔国でもヴェタイン国でもない。この国って事よね」
「ああ、さっきユナは円卓の騎士がイデアル国の騎士団って言ってたからな。騎士団って事はこの国の中枢に値する存在、この国そのものを敵とみなしていいだろうな。潰し甲斐があるわ」
「こっちも準備が出来た。俺はいつでもいけるぞ、零」
ガタイの良い大男が武器の点検を終え、バッグに無理矢理詰め込み始める。
彼らが今、相対しようとしている存在は魔物でも無ければ人でもない。
強大な一国、それも大都市の首都だ。
「何を……言っているの……?」
「あ?」
勝てるわけがない、敵対できるわけがない。
シンシアは知っていた。彼らがどんな行動を取ろうとも、相手取る事の出来ない存在であるということを。故にその疑問は胸の内に留めて置くことすら出来なかった。
「仮に、仮にその話が本当だとしてもっ。あんた達が円卓の騎士に歯向かえるはずがない! どんな汚い策を立てようと、どんなに醜い戦術を講じようと絶対に不可能なのよ! 力で、ねじ伏せられるのよ……」
その言葉はまるで自分に向けて放った言葉のようだった。自分が今まで歩んできた人生そのものに対する嫌悪感のような罵声だった。
シンシアは心底信じ切れてない様子で声を荒げる。
今日だけでも相当な情報を聞かされた。話を聞けば彼らは自分達が異世界から来たと口にしていた。異世界人の召喚はイデアル国において特別珍しい出来事というわけでもないが、シンシアは彼らが魔法を使えない無力な一般人であることを見抜いていた。
その体内に宿る魔力が全くない。魔法を使えるシンシアだからこそ把握できる彼らの本質。だからこそ不可能だと思える彼らの行動。
だが、目の前の男は一切の迷いがない。集められた情報だけで可能な推論を組み立てていき、導き出した答えに後悔の二文字をまるで示さない。
彼らもこの世界に来たのなら十分に知っているはず。魔法の恐ろしさを、剣術や槍術と言った分野に特化した軍隊の練度を。
魔法を持っている自分ですら何も出来なかった、どんな手を使ってでも復讐を遂げたいと思っていた自分ですら何も出来なかったのだ。
魔法を持たない、下衆な思考だけで動いている彼らにそんなことが出来るはずがないと。自分と彼らの限界を勝手に推し量っていた。
「それは、自分に向けて言った言葉か?」
「……っ!?」
──目の前の男は、見抜いていた。
「シンシア・アレット、お前は両親を殺されたらしいな。誰に? 魔物に? 違う。同じ人間にだ。そんな境遇を経て育った今のお前が何故、両手両足を拘束されてこんな惨めな姿になっているのか。俺には手に取るように分かる、全部な」
「うるさいッ!」
全てを見透かしされたようなその目を振り払いたくて声を荒げる。目をそらさず真っ直ぐとこちらを見つめる彼の目を、私は合わせる事が出来ない。
ただ溢れ出る感情に身を任せるばかりで。
「手に取るように分かるですって……? 私がどんな人生を歩んできたのか、あんたごときに分かるっていうの!?」
「ああ」
「両親を失った私に残された選択肢は何もなかった、何もなかったのよ! 私を娘のように扱ってくれていた村のみんなは金に目が眩んで私を売ったわ、売られた先では道具のように扱われた。それでも生き残るために汚物に塗れた生活の中で必死で働いていたのに、最後には奴隷売り場に掛けられて……」
思い出すだけで吐き気がする。握られた手が震えてくる。
どんなに辛いことだって我慢してきた。どんなに辛い仕打ちも乗り越えてきた。
それなのに、その先に待っていた未来がこんな外道達の奴隷として生涯を送る人生だったなんてあまりにも残酷だ。
シンシアは目から涙を浮かべ、今まで固く閉じていた自分の過去を感情のままに吐き出す。
「最初からノワール家の計画だったのよ。両親を戦争で死なせ、残った私を売り飛ばすための。彼らにとって爵位上、一番邪魔である私をお金に換えるための画期的な計画。私はその礎にされたのよ! ……何も出来なかった、何かをしようとする選択肢が最初からなかった。全部、全部最初から決められていた運命だったのよッ!」
これほどまでに怒りをぶつけたことがあっただろうか。
それほど限界が来ていたんだろう。
いかに自分が辛い人生を送ってきたのかを、この自分勝手な人達に伝えなければならない気がした。ここから解放してとはいかないまでも、自分の歩んできた最悪の境遇を理解してほしかった。
言い終わった後は呼吸が乱れ、息遣いが荒くなるシンシア。
手応えはあった。思いは伝わった。これが自分の歩んできた人生の全てなんだとぶつけていった。
そこから少しばかりの無言のまま沈黙が流れたが、シンシアが言い切ったことを悟った零はついに口を開き、言ってきた。
「自分語りは終わったか?」
「は……?」
信じられない返しに、開いていた口がカタカタと震え出す。
あれだけの熱弁を前に、零はたったそれだけかといった返事を返してきたのだ。
同情も共感もない。子供の与太話でも聞いた後のように表情すら変わっていない。まるでシンシアの歩んできた地獄の人生を"その程度か"と貶めるようなつまらない表情。
「"こんな可哀想な人生を歩んできた私"を知って欲しかったんだろ? よくわかったよ。終わりか?」
「ち、ちがっ……」
シンシアの否定は零の嘲笑に掻き消され、全く興味無さそうに上の空を見ていた彩華に問いかけた。
「彩華。お前が同じ状況だったらどうする?」
「自分を飼った主人の性奴隷になってセ〇クス中に喉噛みちぎってぶっ殺すけど?」
「なっ……!!」
「逃亡は?」
「行為中は当分部屋に誰かが入ることはないでしょうし金目の物奪って逃亡ね、流石に経路は事前に調べておくのが鉄則でしょうけど」
零の問いに彩華は即答で答える。
まるでその質問にはその答えが当然のように、予め対策を講じているかのように。彩華の表情は微塵も変化がなかった。
しかし、シンシアにはその行動があまりに愚かしく思えた。
「そんな博打同然の行為、もし失敗したら……!」
「あんたね。自分が置かれている状況をリスクなしで回避できると思ってるわけ? そこが今のあんたの無様な姿に直結してるのよ」
またしてもシンシアが言い終える前に返事を返しす彩華。
彼女の目からは同情の視線など向けられない。同じ女として情けないと嫌悪する視線だけ。
「そもそも私はそんな状況には陥らないし。仮にそんな状況になったとしてもあんたと同じ境遇になるくらいなら死んだ方がマシよ。今の自分に後悔するくらいなら後悔しない選択肢を事前に取る、たったそれだけのことでしょ? そんな簡単な選択もできずに自分の境遇を他人のせいにするんじゃないわよ、弱者が」
彩華の強烈な一言がシンシアの心に突き刺さる。
二人の待遇は傍から見れば天と地ほどの差がある。生まれながらに人生の勝利を与えられた彩華と、抵抗する事も出来ずに奴隷として売られ、人権を剥奪されたシンシア。
比べてみれば明らかにシンシアの方が苦悩しているだろう、シンシアの方が生きるための選択肢が少ないだろう。
しかし彩華は今この瞬間、その全てを失っているのだ。
地位も名誉も富も名声も全て持っていた、持っていながら更に夢を欲した。人生に勝っていながら更に天上を目指す強欲を見せていた。
──だがこの異世界に召喚された瞬間、その全てが失われた。
普通の令嬢なら堕落し発狂するだろう。裕福故に生き方も分からず途方に暮れるだろう。あるいは貧乏人である零達と自分との間に隔たりを作って女王様となっていただろう。仲が割れ、味方同士で喧嘩をしていたかもしれない。
だが、彩華は今の今まで自分の身に起こった状況を仲間のせいにすることはなかった。貧民の生活をしたことがない彼女が突然の異世界召喚という異常事態に対し、自らの行動に迷いを見せることなく進んできた。
女王様が身包みを全て剥がされたというのに、自らの行動をもって再び高級な服へと手を伸ばそうとしている。自分の地位は父親だけが築いてきたものではない。"自分の力"だけでも築き上げる事が出来ると、そう確信している。
それが例え奴隷になろうとも牢獄に売り飛ばされようとも、彼女は、東條彩華という人間は必ず這い上がってくる。自分が座るに相応しい椅子を掴み取ってくる。
彼女にはその"覚悟"が常にあった。それがシンシアとの最大の違いだった。
「……」
何も言い返す事が出来ずに黙りこくるシンシア。
先程の威風はどこへやらと言った感じで完全に萎縮してしまっていた。
「ま、お前がそう思うならそれでいいんじゃねえの? 俺達は例え無理だと言われようが円卓の騎士団とかいうのをぶっ潰しにいくだけだがな。それを指をくわえてみてるも良し、勝手にしろ」
「奴隷に向かって勝手にしろって零っちってば鬼畜~」
「人権はないが意志はあるからな。その意志を奪うほど俺は鬼じゃねーよ」
零は両手を上げて大きく背を伸ばす。
ダメだったかと目を瞑る黒崎と、足を組んで暇そうにしている彩華。
シンシアから何かしらの情報が得られると思ったが、奴隷の扱いはファンタジーのように絶対服従なものではない。自分の意思から伝えたくないと言うのならそれも結果だろう。
零はシンシアの前から腰を上げ、ベッドに戻ろうと背を向ける。
「んじゃそろそろ」
「ま、まって!」
とても高い、先程と違う感情の籠った声色が響く。
──そこで初めて、シンシアから静止する言葉が掛けられた。




