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37話 この世界には下衆しかいない

 ──この世界にはわるいひとしかいない。


 そう悟ったのは私の両親が殺されたと知った時だ。


 ブラウン・アレット。私のパパは貴族でありながら平民に優しく、貴族でありながら平民と同じ生活を望んだ。小さな町を統治する立場にありながら一人一人に目を向け優しさを振りまくその姿はまさに模倣的な人格者。私が子供のころから真似をしたくなる慈悲に溢れた人だった。

 そんな父親を支えるのはイデアル国でもとびきり優秀な魔導士として名を上げているベレニス・アレット、私のママだ。ママは国が直接派遣する魔道大隊の副隊長でもあった。


 この二人の愛に恵まれながら私は育ち、幸せの日々を送っていた。貴族の礼儀、立ち振る舞い、そして自分の立場に甘んじず常に低姿勢で平民の人達へと向き合うこと。両親の教える教育はどれも素晴らしく、他の貴族たちに劣らない模倣的で未来を見据えたものだった。


 ──だけど、この世界はとても残酷だ。慈悲なんて与えてくれはしない。

 私が七歳の時、それは唐突に訪れた。


「娘を置いていけるか!!」


 早朝その怒号に目を覚まし部屋から顔を覗かせる。

 扉の前に佇む怖そうな貴族たち。涙ぐみながらも強気に返事を返す父親の姿。

 その拳は爪が食い込むほどに握られていた。


「そんな急に、約束の日はまだ先だと……!」

「戦争に穏も急もない。向こうが今しがた仕掛けてきたんだ。仕方ないだろう?」

「くっ……本当に、本当に娘に手は出さないと約束するんですね?」

「ああ、何せアレット家の令嬢さんだ。下手に手出しは出来ないだろ」


 それは子供の私からでも分かるほど見るからに一方的な話し合いだった。

 話が終わるとパパは作り笑顔を見せ私の肩を力強く掴んだ。


「よく聞くんだシンシア。パパとママは今から遠い所へ行ってしまう、だからこれからは自分で判断して行動するんだ」

「どういうこと?何を言ってるのパパ? パパとママ、どっかいっちゃうの?」

「お仕事だよ、とても大事なお仕事なんだ」

「今から行っちゃうの?」

「ああ……本当はもう少しゆっくりとしていたかったんだけどな。急ぎのお仕事でパパには時間がないみたいなんだ。……シンシアはパパとママがいないと何もできない子じゃないだろう?」

「うん」

「じゃあ大丈夫。パパとママはシンシアが立派になった時にきっと帰ってくる。だから今日から立派になるんだ、きっと帰ってくる。きっと、だから強く、優しく、そして立派になるんだ」

「立派になったら帰ってくるの?」

「ああ、約束する」


 パパはこれでもかというくらいに私を抱きしめたが、その時に言われたあまりの淡泊な会話に私はついていけてなかった。

 外で貴族たちが待っていたのを思い返せばこの時パパには本当に時間が無かったんだろう。


 いつもの仕事が少し長くなるだけだろうと大して心配していなかった私は部屋に戻ると、ふとパパの机に散らばった資料が目に入った。


 資料を漁るとそこには仕事先の様々な情報が書かれていた。難しく読めない文字や言葉があったが、その中でも一つだけ私にでも理解出来た文面があった。


 隣国首都を魔族の大軍が襲撃、前線の参加者一覧。──ベレニス・アレット、ブラウン・アレット。


「え……?せん、そう……? うそ……パパが戦争!」


 仕事と言っていたから安心しきっていた。

 きっとお利口にしていたらいつか帰ってくると落ち着いていた。

 ……冗談じゃない。ママはともかくパパは魔法も使えないし剣の使い方も知らない、戦えない。戦えない兵士が戦争にいったらどうなるかなんて……そんなの、そんなの。


「このままだと……パパが死んじゃう!」


 私はすぐさまパパを連れて行ったイデアル国の城へと飛び込んだ。

 しかし寸でのところで門番に止められる。


「通して、通してください!パパが、パパが!」

「なんだこの小娘?」

「この髪色と子爵紋、確かアレット家の娘かと」


 時間がないと焦る私は貴族の地位も名誉もプライドも投げ捨てる勢いで喚きたてながら猛抗議した。


「パパは戦えないんです!おねがいします!連れていかないで!じゃないとパパが、パパが……っ!」

「これは国王の決定だ、選定に変更はない。国の為に尽くせてパパも本望だろう」

「ちがう、ちがうよ……!パパは本当は戦いたくないの!戦えないの!」

「喧しい小娘だ。おい、城下へ連れ戻せ」


 当然子供が大人の力に勝てる訳もなく、私は引きずられるように城の敷地外へと放り出された。


「嫌っいや……っ! パパぁ"ーー!!」


 結局それから私はパパとろくに言葉を交わす間もなく、次に両親の名を聞いたのは戦死報告の時だった。

 そこにはブラウン・アレットと共に、ベレニス・アレットとも書かれていた。


 ……ママも戦死したんだ。きっと戦えないパパを庇って死んでしまったんだろう。

 私の思考は端から端へと壊れていき、端的な事しか考えられなくなっていた。


 パパは最後に私を抱きしめてくれたけど、ママと最後に話したのは戦争が始まる一か月も前だ。ママは職業上家に帰れる日が少ない。だけどとても強いし何回も戦争に参加して無事生還している。だから今回も大丈夫だと思った。例え最悪の展開になったとしてもママだけは帰ってきてくれると信じていた。


 ──あぁ……なんでこうなっちゃったんだろう。どうしてこうなっちゃったんだろう。


 戦死報告を最後まで見て目の光が消える。

 そこには国の不利益になる貴族や死刑囚、反逆罪で牢獄されていた者達の名前ばかりだった。私のパパとママは、その中に混ぜられていた。……貴族の邪魔ものとして戦争を装って殺されてしまったんだ。

 泣く気も失せて地面へと膝を着く、私の幸せの全てが失われた感じがした。


 ──それから間もなくして私は流れるように他の貴族の元へと引き取られた。

 拒否権なんてない、私にあるのは貴族とは名ばかりの自分の身だけ。家来も従者も家臣も部下も、友達すらいない。そんな私がいくらアレット家の名を翳そうと怖くもなんともないだろう。


「ブラウンさんに頂いた慈悲がある、その娘は私達が預かるから放せ」


 そう言って唯一パパが治めていた町のみんなだけは私のことを助けてくれようと動いてくれていた。

 だけど笑ってしまうかな、上の貴族の人達が大金を見せびらかすとまるで何事もなかったかのように町のみんなは大人しくなった。たった30分で崩れ落ちた信頼だった。


 パパは慈悲を与え自らも町に貢献する活動家だったがその実資金面については他の貴族より劣っていた、後から聞いた話ではその資金不足を逆手に取られ他の貴族に統治交代をするなどと脅されていたそうだ。

 ママも魔道大隊の副隊長という立場がありながらその戦果のほとんどは隊長に掠め取られ、決して十分とは言えない額を呑んでまでその職に就いていた。


 そう、私の両親は決して現状に満足した生活なんて送れていなかったんだ。

 それでもパパとママは一人でも助かるなら、一人でも幸せになるならと自分の身すら削って色んな人を助けていた。私もその一人だ。

 だけどそうやって救われていった人たちは、まるでその慈悲が貰えて当たり前のように、私の両親が死んでいっても二人に感謝の意を示すことはなかった。


 やがて他の貴族に引き取られた私はボロ雑巾の様に使い古された。

 その後5年間、他のメイドの憂さ晴らしの道具にされまるで当然のように虐めを受け入れ、そして寝る間もなく働かされた。そして体が動かなくなって使い物にならなくなった頃、私は奴隷商人に売り渡された。

 それが事の顛末、振り返りたくもない過去の全て。


 周りに馬鹿にされ、陰謀を企てたライバル貴族から家族を殺され、地位も失い、唯一残った自分の意志すら奴隷商人に奪われた。


 もうこの世界に希望なんてない。パパが教えてくれた光ある世界なんて眉唾だった。嘘だった。それをパパ自身の命で証明してくれた。優しかったママも、きっと最後はこの世界に呆れて死んでしまったのだろう。あの温もりはもう二度と訪れない。


 ──この世界には下衆しかいない。


 慈悲に満ちた人々なんていない。

 どんなに正しいことをしても、どんなに相手を思いやる行動をしても救われない。

 所詮それが現実という縮図なのだろう。

 もうこの身すら自由に動かせることが出来ない、復讐の一つも出来ない。

 本当に悔しい、本当に憎い、本当に辛い。


 でも、何も……何も出来ないの……。仇も取ってあげられないの……。

 無力な私を許して、誰でも信用してしまった私を許して、みんなを救おうとしてしまった私を許して、許されない罪を犯してしまった私を許して、パパとママを救えなかった私を……許して。


 瞳は濁り、体は穢れ、名を汚した者の最後はおとぎ話のように優しくはなく辛く寂しい最後を迎えるの。


 ……もう、会いにいっても、いいよね……。 パパ……ママ……。


 微睡が薄くなり、段々と意識が戻っていく感覚がする。

 もうすぐ目が覚めるんだ、今日が私が見る最後の現実になるんだ。

 そんな諦めに満ちた心の拠り所に、何も得てこなかったこの5年間に。ほんのわずかに、秘められた気持ちが隠れていた。私は今まで届くことのなかったその気持ちに手を伸ばす。灰色に輝いた光が一片だけ、崩れた欠片をしていながらも強く光り続け下へ下へと落ちて行く。

 私はその光に千切れるくらい手を伸ばした。掴み取らなきゃいけない気がした。光は水底へ沈むように重く、速い。私が手を伸ばそうとすればするほど下へと沈んでいく。


 それがもし願う程に届かず、思う程に遠く、翻すことのない本心だとするなら……。


 伸ばしていた手を戻し、沈む光を置いて私は上へ上へとあがっていった。

 すると光は私との距離を取り戻していき、やがて浮上する私を追い抜いた。元々光は沈んでいなかった、私が光を求めて光から距離をとっていただけだった。

 長く続いた息苦しい悪夢から覚めた感覚が身を過る。


 そしてようやく浮上した私は、水面に浮かぶ灰色の光を手に取った。

 諦めていた心に住み着いて離れない光射す感覚。

 これは、希望? 絶望? 願望? 悲哀? 憎悪? 違う、これは──











「いい"覚悟"だ。その気持ち、目が覚めても忘れんなよ」

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