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27話 クズ三人組、森を燃やす


 ここは王都イデアル、イデアル国で最も盛んな都市。

 貿易、外交、戦争、領地、どれをとっても世界に名を轟かす大国でもある。

 特に港に近い酒場では近隣周辺の噂や密告など様々な情報網が交差する。


 それは何気ない今日とて同じだった。


「おい聞いたか?ヴェタイン国が潰れたって」


 酒瓶いっぱいに詰まった至福の水を掻き分けながら口へと運び、反射的に出された幸福の息と共に今日のネタを一つ掲げて盛る。


「あぁ、だが国と言っても辺境の地にポツンと建ってた街みたいなもんだろ?いつ潰れてもおかしくはなかったんじゃないか?」


 グイっと喉に辛酒を入れながら話しかけられた男もまた、首を垂れるようにヘラヘラと笑う。


「いや、それが言葉通りに潰れていたんだとさ。城ごと落城して街は血の海、誰一人生きてなかったらしいぞ」

「ほーう?それは不気味だな。……そういやヴェタイン国は魔国に狙われてたらしいな。もしかしたら魔国有数の上位魔族が災害系の魔法でも使って潰したんじゃないか?」


 ヴェタイン国が崩落してまだ2日、目撃情報を含めその実イデアル国では既に様々な情報が飛び交っていた。

 小さな国が潰れただけでは見向きもしない彼らも、その不確かな原因に興味を抱く者も少なくなかった。


「確かにな、それに最近は妙な噂が多い」


 そしてこの不確定的な事象は同時期に様々な場所で起こっており、大小差はあれど何かいつもとは違う。不穏な何かが蠢いているのではないかと、水面下で新たな紛争が巻き起こっているのではないかと、そう感じ取るものが多かった。

 だからこそ情報網の中枢であるこの酒場ではより一層賑わっていたのだ。


「ああ……なんでも銀髪の幼女が邪神の森に住んでいるとか、金髪の少女が血みどろになりながら片手に円卓の騎士団の連中の首を持っていたとか」

「はっはっは。そりゃいいや、平和過ぎて退屈している俺達にはちょうどいい刺激的な話だ」


 あまりにも飛躍した話に冗談かと笑い飛ばす周りの客達。

 噂は所詮、噂でしかない。どれほど情報が出回ろうともその目で見るまでは噂の範疇で終わってしまうのだ。

 それにイデアル国は国力としても各国に劣らない実力を示している。仮に戦争をすることはあっても、それが市民に及ぶことなど現状では考えられなかった、それほどまでに平和を享受していたのだ。

 そしてその唯一無二である安寧の時間もある時突拍子もない物事から崩れ始める事もまた、歴史の必然性なのである。


「なんか臭くねぇか?」


 一人の男がふと放った一言に周りの酔っぱらい達は我に返る。

 一瞬訪れる静寂の時間で自分達にも確かに香る焦げたような臭いにふと冷や汗が出始める。

 平和を享受しすぎて危機的反応が鈍かったのか、似たような経験が浅かったのか。彼らはその元凶に辿り着くまでに、声に出して真実を口にするまでに、あまりにも時間をかけ過ぎた。


 唯一酒場の店主がその臭いの原因に気が付き声に出そうとした瞬間、入口の扉を蹴るように入ってきた民間兵の一言によって掻き消された。


「た、大変だ!森が燃えてる!」


 新兵か、慌てふためくようにガチャガチャと鎧を揺らして大声でそう伝える。


「あ?どこの森だよ」

「王都イデアルを囲む近辺の森全てだッ!!」


 ようやく自分達の危機を実感し始めた男達は高揚していた酔いがスーッと抜けていく感覚に陥る。

 港と接しているこの酒場が街から一番離れているため、避難の伝達が遅れてしまっていたのだ。


「誰の仕業かわかってない以上この場にいるのは危険だ。街のみんなは既に避難させてある、お前らもすぐに安全な場所へ移動した方がいい!」


 護衛兵に先導されて会計もせずにぞろぞろと酒場から出ていく客達、こればかりは店主も咎めるわけにはいかない。

 しかし最後の一人が立ち去っても尚、酒場に残り続けている一人の少女。

 茶色のフードを被り、赤い瞳が髪に反射される。目の前のテーブルには葡萄酒、甘味な部類のそれも少女を見て年相応の飲み物とは思えない。


「お、おい。嬢ちゃんも早く逃げた方がいいぞ」


 言葉を放った後に自分がおかしなことを言っている事に気が付く。

 そもそもここは酒場だ。こんな小さな子供が入っていい場所じゃないし入れる場所じゃない、どんな理由があれ門前払いになるのが当然だ。仮に入れたとしても酒の匂いとガラの悪い男達の視線で泣いているだろう。

 ではなぜこの少女はここにいるのか、いつの間に自分は葡萄酒をこの少女に提供したのか。

 少女は平然と今この状況すら自分とは無関係と言わんばかりに葡萄酒を口に運ぶ。


「お、おい……」

「……」


 返事は返されない、本当に返されていないのか? 僅かに見える瞳の先、その少女が何を見ているのか全く分からない。物を見ている、という感じではない事が明らかに伝わる。

 そのあまりに独特な雰囲気を醸し出す少女の異質さを感じ取った店主は気味悪くなりながらその場を立ち去って行った。


 ──一人、静まり返った酒場で葡萄酒を躊躇いも無く飲む少女はポツリと呟く。


「何が起きてるの?」


 その言葉に対して即座に返される返事。

 辺りは少女が一人、他には誰もいない。だが確かに聞こえてくる男の声はどこか威圧感を含む返答。


「言葉通りに森が燃えてたんじゃないか?」

「そんな事を聞いてるわけじゃないのは知ってるでしょ」

「……ふむ、興味があるのか?」

「無いわ」


 少女の目線はカウンターに向いているがその実、カウンターなど見ていない。

 二人。いいや、一人の少女と何者かによる奇妙な会話は誰もいない酒場の地で行われていた。


「そうか、ならまだ急ぐことも無いだろう」


 警報と避難の叫び声が聞こえる中、少女は再び葡萄酒を手に持ち一人静かに自分の時間を嗜んでいた。


 ◇◇◇



 同時刻、王都イデアルに着いたクズ三人組と一人。

 彼らの背後には真っ赤に燃え盛る森と、焼け焦げた平原だけが映っていた。


「どうだ、何か強くなった感じはあるか?」

「うーん……ないですね」

「まぁそんなもんか」


 一般市民を装い、避難に乗じて俺達も逃げる。服装なんかはヴェタイン国から盗んできてこの世界に違和感のない容姿となっているはずだ。

 その分荷物が嵩張り黒崎君に重荷がかかっているのが心配だが致し方ない。


「結局森を燃やすのに3日もかかったわね」

「まぁ人に見つからずモンスターに見つからずってなるとそのくらいはな」


 ソフィアに森を燃やす命令をしてからはかなり危ない綱渡りだった。

 火の魔法を使い乾燥した燃えやすい草や木に点火し、俺達4人が分担して各所の人目に付かない場所へ持っていく。

 後はそれぞれ火が燃え移るまで風通しを良くすれば完成だ。


 問題は何故誰にも気づかれずにここまで出来たか?それは最も単純な理由だが答えはそれより単純だ。

 ヴェタイン国は誰も近寄らない独立した国。であるならばその周辺の平原を通ってきた俺達は当然人と出くわす事も無い。

 王都イデアルまではまだ数キロ離れていたが特に関係するわけではないし、標高もそこまで差が無いため見つかるのも早くはないだろう。

 よって俺達がこの真昼間に森を燃やしたところで誰も気に留める事など無い、どころか面白がることさえあるだろう。


 ──だから毎日燃やした。縁起でもない、イデアル国を囲むように、火種が消えないように3日間昼夜構わず燃やし続けた。

 国境がヴェタイン国から離れて別な国に差し掛かって来た頃にばれてしまったが凡そ想定内、顔も姿も見られていないし何か痕跡を残したわけでも無い。実に有意義な実験を成功させることが出来たのだ。

 そうしてそのまま自然な形で王都イデアルに入場、丁度避難勧告のような事態が起こっていたので警備をするする抜けて今はこうして街中を見ていられるというわけだ。


「魔物何匹か倒せてるといいんだけどね」

「流石に無理なんじゃねぇか?そもそも経験値って何をして貰えるのか定義不明だな、生命を絶てればいいのか?植物なら沢山死滅したろ」

「零っち、それは希望的観測すぎるわよ」


 リスク無く森を燃やす事は出来ても、見返りは大した事がなさそうなのでほぼほぼ実験と言う形で終わってしまいそうだ。

 実際既に燃えている森の方は王都イデアルの騎士団とか言う奴等が水の魔法を使える者を送ることで対処し、街の方は盗賊が入らないように憲兵が見張りを行っている。

 実に体制の取れた一国、これが普通、これが常識的なやり方。ヴェタイン国にはこの片鱗すらなかった。


「まぁこんなもんだろ、とりあえず四六時中動いてて眠いわ。どっかで泊まって寝るぞ」


 欠伸をしながらジョギング。まるで危機感のない避難である。


「その前にお金の計算ができるようにならないとね」


 そういってじゃりじゃりと音を立てながら袋をこっちに見せる。彩華が唯一持っている荷物にはヴェタイン国から持ってきた金の残骸。金銀銅様々な硬貨が山積みにされていた。


 そう、コイツは金の入った袋しか持とうとしなかったのだ、正直令嬢としてどうかと思う。


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