17話 クズリーダー、ヒロインを見つけてまさかの意気投合をする
資源が豊富なわけでもなければ発展途上国でもない。優秀な人材が集まっているわけでもなければ他の国との接点もない。街程の大きさしかなく、領土もこの場所のみ、森に恵まれていなければ食料の調達すらもままならない。そんな哀れな国がここヴェタイン国。
「痛っ……」
何処からか投げられた石が丁度こめかみに当たる。それに伴って私の血は外に出たがるようにすぐ流れ出す。
目線だけ振り向くと、そこにはいつもの子供たちがまるで私を排除するように冷酷な目でこちらを睨んでいた。
「国の裏切りもの!出ていけ!」
そう言って次々と石を投げてくる子供たち。小石じゃない、石だ。手のひらに収まるほどの大きな石。それを何の躊躇いも無く私へと投げつける。
当然抵抗する事も出来ず、私は頭を抱えてその場を走り去る。この国から出ていけるのなら今にでも出ていきたいくらいだ。──いつまでもこんなところに居たくない。
「……ただいま」
「ちょっと!どこほっつき歩いてたの!?」
震えた体を抑えながら家へと帰る。そして帰った先では顔のない鬼が私の頭を大きく掴み、千切れるくらいの強さで髪を引っ張り上げて、いつものように怒鳴り散らす。
「いっ痛い……!やめて……っ!」
反射的に出てしまった否定の言葉、それは火の粉が舞う火山で導火線を持ち続けるが如く繊細な過ち。
「……何よその態度、母親に対してその口の利き方は何!?まだ自分の立場が分かっていないようね」
パチンと甲高い音がなり響き玄関の端へ思いっきり飛ばされる。飾り付けてあった花瓶にぶつかり、割れた破片が足へと刺さる。上書きされた頬の痛みと伴って伝う涙が流水のようにあふれ出した。
「いッ……!ごめんなさい……!ごめんなさいごめんなさい!」
蹲って身を丸め、謝罪の言葉を何度も何度も繰り返す。
痛くて痛くて今にも泣き叫びたいその気持ちを極限まで噛み締めて涙だけを零れさせる。それを母親は嘲笑するように鼻で笑うと、ゴミを見るような目で私を端へと追いやった。
「ほんっと、あんたみたいな子供を持って最悪よ」
「うぅ……ひぐっ……ぅ……」
昔はこんなんじゃなかった、可愛がってもらっていた、幸せだった。
魔国の襲来を受けてからこの国は何もかも変わっちゃったんだ。復讐に囚われて我を忘れ始めたんだ。
たくさんの人が死んじゃったのは凄く悲しいことだし、恨むことかもしれない。でも、魔国を倒すためだけに何人もの人を犠牲にする召喚なんて行ったらそれこそ本末転倒だよ……。
──そう口にしてしまったのが最後だった。
以来私は国に見捨てられ、家族にすら見放された。混濁する記憶の中で今の母親の顔はわからない、見ることが出来ない。
たった一言、それも子供の口ずさんだことですらこの国は許すことは無かった。魔国に復讐する。ただそれだけが生き甲斐になってしまった国の人達、わけがわからない。
そういえば、この国の人達がおかしくなっちゃったのは『円卓の騎士』を名乗る人達に会ってからだったような……。あの時は急な寒気がして私だけ家の中に隠れていたけれど、何をしていたんだろう……。
そのあとは何万人もの人達を犠牲にして異世界から勇者様を召喚する大魔術をするって王様が言って、どうみてもおかしいのに何故か誰も反対する人がいないまま行われて……。
──あの時私がおかしいなんて言わなければ、こんなことにはならなかったのかな。
「もう……いやだよぉ……」
頭がごちゃごちゃしておかしくなりそう。どれが正しい事なんて私にはわからない。
気づけば私に帰る場所なんてなかった。毎日のように裏切り者扱いされる、体中傷だらけ。裏切ったことなんてないのに……思った事を言っただけなのに……。もう、もうないんだ、私の居場所なんて。こんなところに居続けてもいつかは死んじゃうんだ。
「あ……え……?ご飯……」
よろめいた体を起こし、静かに玄関を上がる。泣けばまた怒られるから、もう痛い思いはしたくないから。
部屋に入ると私以外の家族はテーブルを囲って座り朝食を食べていた。既に起床してから数時間は立っているから当たり前の事だ。……だけど。
「は?」
母親が私に向かって射貫くような鋭い視線を向ける。父親は反応すらしない。
美味しそうに囲んで食べているそのテーブルには彼らのご飯しか用意されてなく、私の分があるようには到底思えなかった。
その食物は私が森から、魔物を避けながら一人で取ってきたものだったのに。
「その……私の……」
「あんたの分なんてあるわけないでしょ、ただでさえ邪魔なのに何言ってんの?」
気づけば涙腺から零れ落ちる雫と共に心音が更に高まるのを感じていた。食べ物はもう2日も食べていない、今日だって何か食べないと本当に倒れそうだったから空いた時間でずっと、何時間も外を回ってゴミ箱を漁っていたんだ。
でもそんな行為を続けていたらいつか兵士達に見つかって捕まっちゃう。ただでさえ外で誰かに見つかれば石を投げつけられ、家に帰れば怒鳴りつけられるのに……。このままじゃ本当に死んじゃう、殺されちゃう。
その現状はまだ15も迎えていない私にとって信じられないほど耐え難い状況だった。
「ごめ……んなさい……ごめんなさい、あやまりますから……おね、おねがいします……食べ物を……すこしだけでいいので、すこしだけ……本当に……ごめんなさ……うぐっ……うぇええ……おねがいじまず……めぐ、んで……めぐんでぐだざい……!」
私は憎しみと言うプライドを根本から崩し捨てて、母を前に膝から崩れ落ちるように頭を下げ全力で慈悲を乞う。
その瞳から流れ出す涙は生命の危機を伝える信号に等しかった。この人達に対して許しを乞わなければならない屈辱と、噛み締めた憎しみだけが募り続ける。それでも生きる為に、生き長らえるために何もかもを捨てる、捨てた。……私はこんなところで死にたくない。
──けれど母はそんな私の真摯な願いを踏みにじるように馬鹿にした。
「あっははは!惨めねー?」
そう言って大きく笑い私の前まで来ると、その足で私の頭を押しつぶした。
「あんたに与えるものなんてあるわけないじゃない」
「うっう"ぅ"……あ"ぁ"ぁ"あ"……っ!」
心が折れて崩壊する私に対して、母は私の鼻が潰れるまで何度も、何度もその足を振り下ろし。やがて満足したように席に着いて食事を始めた。
「うっぅ……ひぐっ……」
その日は玄関で散らかした花瓶を片付けて、また森に行って。誰もいない路地裏で寝ました。それがいつもの私。
◇◇◇
「…………」
もういい。もうわかった。
味方なんてどこにもいない、周りは敵だらけ。もう、こんな国出て行ってやる。
そう決心した私は早朝に一人、街を駆け抜けていた。
上は見ない、顔はない。同じ地面が続く道のりを途方に暮れるまで走り、走り。──そうしてこの国から出るんだ。
いつもなら門の前にいる兵士達が門番として立っているはずなんだけど、今日は勇者様の歓迎会とか何かをするらしく、手薄だった。
それを好機と見た私は勢いに任せてただひたすら走った。目の前に届く門の外、国から出ても私じゃ数日も生きていけないかもしれない。それでも、少しでも可能性があるならそっちに賭ける……!
「痛っ……!」
目を瞑るほどの勢いで走っていた私は、門を出る直前でなんと人にぶつかってしまった。
「……」
男だろうか、少なくとも大人だ。終わった……こんなところを街の人に知られたら……。
「ご、ごめんなさい……!ごめんなさいごめんなさい、もどります、戻ります……!」
必死に謝り来た道を戻ろうとするが見たことない服装の男は無言で私に近づこうとする。顔のない鬼。もう立つ力も残っていない。殺されちゃうんだ。何も、何もできないまま。こんな狂った国の人達に──。
「おい」
伸ばした手が逃げようとする私の後ろ首を掴み、力の向くままに引き戻される。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
既に枯れた涙腺からどっとあふれ出す涙は、きっと生きたいって意志だったのかもしれない。
死を受け入れる覚悟はしていた、けれど絶対に死にたくない。ただ今は生きていたい、それだけだった。
「おい。目を合わせろ、俺を見ろ。目ん玉付いてんだろ?見ろっつってんだよ」
母親と同じく髪を引っ張り上げて無理矢理目を合わせようとさせる男。
嫌──目は、顔は見たくない。もう人の顔は見たく──……
「えっ……?」
淀んだ靄、歪んだ光。一目で悪人だとわかるその瞳に何故か私は言葉を失った。
「おー、きったねぇし臭ぇが割とマシな顔つきしてんな」
何、この男……誰……?この国の人じゃ……ない?
「あ、あの……あなたは一体……?」
「あぁ?質問すんのはまず俺からだガキんちょ。お前、魔国は憎んでるか?」
突然意味の分からない質問を投げかけてくる男、この国の人達なら魔国を死ぬほど憎んでいる。だけど……
「え……えと……その……」
普通なら憎んでると言わなければならない、この国の人達はそう言わないと暴力をふるってくるから。痛い思いをするから。だから私は
「に、憎んで──」
「オメェよ。自分の言葉持ってねぇのか?洗脳されてんのか?」
私の放った言葉は何倍もの迫力のある言葉で遮られた。
洗脳……?私は洗脳されている……?違う、洗脳されているのはこの国の人達、おかしくなっているのは私じゃない、他のみんな。私は生きたい、から……。
空腹と疲労により段々と薄れていく思考の中、鈍ってきた判断の中。突然その刺激は訪れる。
「っ!?」
男の平手打ちが私の頬を抉ったのだ。母親とは比べ物にならないほどの痛さが、神経を駆け巡る。
私はあまりの衝撃に目を見開いて固まった。
「何寝ぼけてんだ?」
冗談でしょ……この人……人なの?
性格、いや人格を疑わざるおえないその行動に私は度肝を抜かれる。
でも、それと同時に直感が彼の伝えたいことを理解してしまった。この男はこの国の人達じゃない、そして善良な人間でもない。──ただ欲望に真っ当な人なんだって、そう分かってしまった。
私と似ている、死ぬ覚悟は出来ているけど生きることに誰よりも貪欲で。その欲望に従って何もかもを捨てていくその様が……この人に重なった気がした。
私は力の入らなかった拳を強く、強く握りしめて。その男の目を真正面から捉えてこう言った。
「……憎んでいます。──全てを」
それが私の、欲望に従ったままの回答だったからだ。
正直終わった気がした、全てを失った気がした。
「ほぉ……?大きく出たなぁクソガキ、名前はなんだ」
私の返事を聞いた男はまるでその答えを求めていたかのように口角を上げ、私を見下ろすように威圧する。
「……ソフィア。ソフィア・フォスティンヌ」
それでも真意を読み取った私はあくまで真正面から、その男の目を離さずに見続けて答えた。そこに無駄な思慮は含まれない、お互いの気持ちだけが鍔迫り合いを成す特別な空間。
男は次は自分の番だと言わんばかりに芝居じみた自己紹介をする。
「そうかソフィア、俺は勇者だ。わかるか?魔国を打ち滅ぼすためにこの世界に召喚された正義の勇者だ。打倒魔国を掲げて仲間と共に成長を目指す稀代のヒーローだ」
そのわざとらしい言い方に心の底から不思議と笑いがこみ上げてきた。
「ふふっ……。うそつき」
自慢気の自己紹介を間髪入れずに否定した私に対して、男はなぜか嬉しそうに笑うと。その憎悪に劣らない悪魔の笑顔を影に魅せていた。
そしてついさっき私の頬を殴ったその手を今度は私の目の前へと差し出し、誰にも劣らない風格で微笑んだ。
「上等だソフィア。よし、ついてこい」
その伸ばされた手は今まで取ってきたの誰の手よりも信念に満ち溢れていて、固く、強く、欲望のままに貫いていた。
威厳さえ映し出し、あまつさえ人を殺しそうな目をぎらつかせているその男の手を私は余力が無くなるほどに力いっぱい握りしめて立ち上がる。
何日もお風呂に入っておらず泥と汚物を被ったような汚い手なのに、男は決して離す事はなく、力強く私を引っ張り上げた。
それがどれほど嬉しかったか、どれほど胸を高鳴らせたか。私は今にも消えてしまいそうなほどに嬉しい悲鳴を重ねて、ただ一言返事を返した。
「──うんっ!」




