15話 クズ三人組、それぞれの本性を顕にする
目は隠され辺りは暗く、何も見えない虚空。ただ聞こえてくるのは信じたくもない二人の勇者の声。
「もう、もうやめてください!」
絶望に身を踞せ泣きながら嘆き喚く姫、だが悲しい事に悲劇のヒロインに反応する役者はここには存在しない。
「なん……でじゃ……」
「なんで?面白い事を言うじいさんだな」
そこで初めて零と名乗っていた勇者の声が返事と共に返ってくる。異世界人の感性が自分達と多少違う事は覚悟の上だった、だがいくらなんでもこれは予想できない。身に覚えのない恐怖に国王はただただ額に汗を募らせ眉を顰める。
「何が……なにを……一体どういうことなんじゃ!」
分からない、分かるはずもない。自分が、自分達がなぜ拘束されて暴力を振るわれているのか、この者達の目的は何なのか。分からない、分からないのだ。今はその答えをただひたすらに待つ。
「俺達は安全じゃないんだ、……わかるだろう?」
「わ、わからぬ、わからぬ!安全なら保障すると言ったではないか!」
まるで理解できない言葉を聞かされたように混乱しガタガタを腰を壁にぶつけながら喚き訴える。求めている答えは机上の空論じゃない、真っ当な会話だ。
だが国王は、この国の民は、最も重要な観点に気づいていない。気づいていないからこそ生まれた過ち、それを今身を持って体験している。そして今この瞬間でさえも自分達が犯している過ちに気づいていない。
零は頭が悪く、人一倍道徳から外れた思想を重んじている。だがそれ故に誰よりも人と言う本質を知っている、最も醜い事をしてきたのは最も醜い事だと学んだからだ。
零は古臭い宿の板をギシギシと踏みしめながら国王へと近づいて行く。
「はぁ……確かに言ったが、あれは冗談だろう?」
「冗談……?」
ようやく見えてきた本質、ようやく気付いて行く本命。
「まさかあの一連の会話が冗談じゃないとでも、本気で俺達に対して一国に対抗しろとでも言っていたと……?ほう……」
急な緊張が辺りを包み、誰しもが息を呑む。次に発せられた低い声は猛烈な痛みと共に全身を襲ってきた。
「うぐぅッ!?」
「──テメェら舐めてんのか?」
隣に響くほどの勢いで国王の胸元を蹴り飛ばした零、殺意が込められたその物攻は生かしておく気など毛頭ない全力の蹴りだ。隣で涙を流し震えている姫に同じ蹴りをしたら間違いなく死に至らしめていただろう。
零は木材で出来た木の扉が崩れ、その瓦礫の下敷きになった国王の胸元を片手で掴み上げると、いつものヘラヘラした表情からは到底想像できない程の怒気を放ち国王を戦慄させる。
「突然こんな世界に呼び寄せた上に、無力な人間と変わらない俺達が命を懸けて国と戦争しろって、それ本気で言ってたのか?って、そう聞いてんだよ」
これが俺達の最後の返事、最後の答え合わせ。いくら自分が悪者でも関係ない者にまで手をだすつもりはなかった。少なくとも俺は売られていない喧嘩を買うほど飢餓体質ではない。だが今回は、あまりに俺達を利用しすぎた。
俺は全身の骨が折れ目隠しが剥がれ落ち今にも死にそうな国王に向かって力強く拳を握りしめる。もうコイツに用はない、話すだけ無駄だ。そう思って拳を振りかざそうとした瞬間、彩華が間を割るように入ってきた。
「ねぇ、そんなことより国王さま?貴方たちを今すぐ解放して私達が今までの事全てに謝罪する平和な解決法が存在するんだけど」
割り入った彩華に対し俺は怪訝な眼差しを向けるもすぐに真意を読み取り、背を向けて近くのベッドに座りポケットからスマホを取り出した。相対している国王は彩華の言葉を聞き目に光が戻り始める、これから行われる惨状を前にそんな希望に満ちた眼差しを向ける権力者は実に滑稽な光景だった。
「そ、それはなんじゃ!なんでもしよう、だから娘だけは……!」
ボロボロになった国王はそれでも全身の力を使って頭を下げ、額から血が出るまで地面に摩りつけて許しを乞う。既に結果は分かっている俺でもほんの少しの願いを込めて国王の返事に期待する。まだ、まだお互いに握手を交わして水に流す可能性が存在するのだ、それは──
「私達を今すぐ元の世界に戻して?」
辺りが一瞬で静かになる。これが、これこそが俺達の願い。今まであったことはお互いの不手際として全てチャラにしよう、俺達を元の世界に返せば俺達はこれ以上何もしない。向こうからこっちの世界に呼べたのだからこっちから向こうの世界に戻すのだってたやすいはずだ。
それで相互平和に解決しようじゃないか。……そんなまともな提案だ。──だが。
「それは……出来ない」
明後日を見るように目を泳がせながら淡泊に呟く国王。その答えを知っていながら俺は深いため息を吐いた。
「出来ない?出来ないって言った?今そう言ったわよね?」
ブチブチと血管が切れる音が聞こえそうな程に怒りを露にする彩華。
ああ、そうだ。怒っているのは俺だけではない、資金が必須の世界で有り余る程の資金を持っていた彩華にとってはまるで死の宣告を告げられているのと同じだ。いや、告げられているんだ。身元すら保証出来ない、勇者と言う肩書を貰ったせいで噂は広まり周りは敵だらけ、身に覚えのない魔国等と言う一国を相手取る事を自然と強要される。こんな状況で呑気にやっていける奴なんて『既に壊れてる人間』か『天才』か『狂人』か、それとも主人公補正のある漫画のキャラだけだろう。
俺達は人一倍長けた欲望を除けば貧弱な一般市民だ、1からのスタートどころか0からですらない。望んで異世界に来たわけでも異世界に執着した物があるわけでもない。現世の人間が俺達を裁きたいのなら納得しよう、俺達に復讐したいというのなら理解しよう。だがコイツらは面識もなければ関わり合いもない。本当に他人同士だ、過去俺達に非人道的な事をされた事もなければそんなことをしている事実すら存在しない。
そして返ってきた国王の回答はなるほど、実に本質の見える答えだ。やはり俺の考えは間違ってはいなかった。
俺達を異世界に戻すことが出来ない。それは簡単に言えばこの世界に召喚した時点で決まっていた事実だ。もちろん俺達は今初めてその事実を聞いた。本当に俺達を勇者と、「勇者」と言う全うな言葉で表す事が出来る存在ならば必要最低限の情報は与えるのが当然だ。だがそれすらしなかった、いや、することを自然と放棄していた。この関係は対等じゃない、対等とは常に相手に合わせることで生じる概念だ、平等とは違う。
深く考えれば自ずと結果は見えてくる。例えば俺達が召喚された際に勇者という名目を象る事を拒否し、魔国云々の頼みを聞き入れなかった場合、俺達はどうなっていた?頼みを拒否してもこの国に住まわせられていたか?衣食住を提供してくれたか?そもそも俺達は魔法が使えない、この世界では一般人以下だ。そんな者が協力すらしてくれないのなら邪魔以外の何者でもないと判断され、追い出されるかもしれない。いや、追い出されるならまだいいほうだ。コイツらは魔国に異常な憎しみを抱いている、その為に俺達を召喚したというのに本人達が聞き分けの悪い返事を下したら最悪吊るし上げられる可能性だって出てきているわけだ。
──そう、俺達は召喚された時点で魔国に対抗するこの頼みを断る事など出来なかった、出来る権利がなかったんだ。断っていたらその先に道が続かない、四方八方に仕掛けられた地雷に怯え、少しでも生きながらえるため俺達は全裸で踊り狂う選択を選ぶしかなかった。
……そんな人権すら危うい俺達のこの状況は喧嘩を売られる以外の何で判断出来る?
コイツらは召喚されて右も左もわからない俺達に向かって「この国の礎となれ」と、そう言ったんだ。それをはいそうですかと笑顔で返事をし、自ら成り下がったこの気持ちは昔全裸でドブ水に放り投げられた時よりも頭に来た。
「……話にならねぇ」
俺はスマホを片手でいじりながら舌打ちをする。最初は最低限の人道的行動は取るつもりでいたが、そうか、外道をお望みか。
「ち、違うんだ、それにはちゃんとした理由が」
「ああ……ああそう。ああ、ああ、そうよね。それがこの世界の常識ですものね、そうですわよね。それならよかったわ。よかったですわ、実は私達の世界にも私達のやり方がありましてね」
抑えていた本能を顕にする東條家の令嬢。その喋り方は子供の頃にしつけられた上品な言葉とひねくれた性格を含む暴言が混在した物言い。その異質さがどれだけの恐怖を与えるかをコイツらは知らない、今自分たちが相対しているのは人間味溢れためんどくさがりのお嬢様じゃない。鬼畜と外道を掛け合わせたサイコパスだ、その真髄をこれから知る事になる。
「……?」
これから何が始まるのかと、何を見せられるのかと恐怖に身を固めている国王。そしてあえて話に割り込まない事で自分の存在を薄くし、背中に回し縛られてある両手から小さな魔法を詠唱しこの状況からの脱出を試みる姫。当然俺は気づいているが彩華も恐らく気づいているだろう。それを放っておくのは慢心しているからではない、これから起こりうる惨劇にとっては全く無意味な行為だと理解しているからだ。
彩華は暗い部屋の中から腐臭の放つ袋を抱えて来ると、その袋の根っこを逆さまに持ち上げ中に入っているドロドロした何かを不快な音と共に落としていく。
「なっ……!?」
べちゃりと音を立てて地面に落ちたその物体の正体は──人の顔だった。
次回"から"外道注意です、最初からそれを望んでいる人は大変お待たせしました。




