11話 クズ単独、宴会場を制圧する
──時は遡ること一時間前。
勇者誕生の祝祭として行われていたパーティは勇者本人を迎えないまま進行されていた。
「おいおい、勇者様の喝采をしにわざわざでかい酒持ってきたってのにこりゃどういうことだ」
「うふふ、異世界の素敵な勇者様は顔もかなり良いって聞いて噂よ。本当に私に相応しい殿方なのかしら」
「そんな事より酒だ!酒持ってこーい!」
勇者を一目見たいと集まった者、勇者の誕生に安堵して晩餐を楽しむ者など。祝祭は貴族や貴族に関わり合いのある裕福な民が多々集められ賑やかに行われていた。
「失礼する」
宴会場の大きな扉をゆっくりと開ける音が響き渡る。廊下から入れる唯一の出入り口の開門祝祭を楽しんでいた者達の注目を一瞬で集めることとなった。
「……あれは勇者様?」
「勇者様だ!」
「おぉー!!勇者様が遅れて登場したぞー!」
「酔いつぶれてる場合じゃねぇ!これからがメインだぞ!」
見るからにガタイの良い大男、そして見たことも無い服装、一目で異世界の勇者だと判断した貴族たちは黒崎に向かって勇者登場の歓声を送っていた。
「──遅れてすまない」
と一礼をする黒崎。それを見た貴族たちは更に高揚、態度の良さが気に召したのか調子の良い声をかけ始めていた。
「お一人ですかな?他のお連れの方は?」
宴会場を歩いて初めに声を掛けられたのは国王だった。後ろには15に満たない小さな子供が純白のドレスを身に纏っている、服装は変わっているが異世界に召喚された際声を掛けてきた子で間違いない、恐らく国王の娘、姫だろう。
「あぁ、零と彩華なら宿にいる。こんな大層な待遇をしてくれた国王に礼を言いたいそうなんだがあいつら人の多いところは苦手らしくてな、ご足労願って悪いが彼らに会いに行ってやってくれないか。つもる話もあるだろう」
嘘は9割の真実に仕込むとよく言われるが全くその通りだ。俺は国王を零達のいる宿へ向かわせる必要があるため適当な誤魔化しをして誘導する。
「おおそうか!私もこういった場はあまり得意では無くてな、構わないぞ」
「恩に着る」
「お父様、私も付いて行ってよろしいでしょうか」
なんと良い収穫か、姫の方も向かうらしい。
「うむ、準備をしてから行くとしよう」
そう言って王室に戻っていく国王とその姫。内城だからか護衛の一人も連れていない、祝祭でも国王に頭を下げている貴族はいなかった。外を見る限り貧民も多く民主主義でもなさそうだが国王に対して礼儀が薄いのは異世界だからか、この国がおかしいからか。どちらにしてもいい意味では捉えられなさそうだ。
「……さて」
俺はポケットに手を入れ薬の入った瓶を握りしめる。
「盛り上がっているところ悪いが一ついいか?」
宴会場の中央最前に当たるステージの前まで登り、祝祭を楽しんでいる者達に向けて大きく声を響かせた。
初めから注目されていたこともあって彼らの視線は全員黒崎へと向かう。
「俺達の世界の風習でな、こういった祝い事では主役と同じ杯を交わすのが恒例なんだ。本来ならば主役は国王なのだが、先程許可を貰ってな。俺で良ければ交わしてくれないか?」
国王から許可をもらったなどと言うのはもちろん嘘だ。だが国王はこのまま零達の宿に向かうはずだ、宴会場の扉は重く開けずらい、音も出る。恐らく王室やその他の部屋まで音が響かないように防音してあり、扉が重いのはそれのせいだと思われる。それらを鑑みれば護衛も連れていない老いた国王と子供の姫じゃわざわざこの宴会場に戻ってくることはないだろう。こんな小さなローリスクローリターンな事でも積み重ねればいざと言う時に材料が増える。
風習については言うまでもない、こいつらは俺らの事を何も知らないのだから異世界の風習など知り得るはずもない。
「それはいい!ぜひやろう!」
「乾杯みたいなものか?面白そうだ」
「きゃー勇者様と一緒のお酒が飲めるなんて嬉しいわー!」
運のいい事に否定するものはおらずほぼ全員が即決で賛同してくれた。祝祭は酒場と似たようなこともあって酒の飲めない貴族はいなさそうだ。
俺は近くにいた執事らしき男に声を掛ける。
「それじゃあ一番美味い酒の瓶を持ってきてくれ」
「瓶、ですか?」
「そうだ、酒は俺が注ぐ」
すぐさま了承した執事が豪華そうな酒を持ってきた、かなりの期間漬けた古酒の様に見える。
「失礼します」
そう言って蓋を開け、俺のグラスに酒を注ぐ執事、その様子を見ていた観衆は大いに盛り上がる。一喜一憂の一喜だけ取ったかのように事あれば喜ぶ観衆達、彼らのほとんどはもう酔いつぶれているのはないだろうか。
俺は執事の持ってきた酒を両手で持つとそのままステージの端を降りて観衆達へ酌をしに行く。そのステージを降りる直前、曲がる角でステージにいる執事からも広場にいる観衆からも死角になる瞬間がある。
俺はその瞬間を見逃さず手慣れた手つきでポケットから素早く薬を取り出し酒瓶に投入する。ほんの一瞬、しくじれば一気に怪しまれるこの瞬間でさえ黒崎は間違えない。酒瓶へと流入された透明な液体は一瞬で蔓延する。見えない毒素は息を潜め、黒崎自身もまた、額から汗を流していた。
彼から流れる汗は人を殺すという罪悪感から生じるものではない、魔法と言う未知の存在があるこの世界で暗殺が通用するのかが大の問題だったのだ。
もしこの毒素を感知できる魔法があったのなら、もし自分の微々たる殺気を感知する実力を持った人がいたのなら。それは黒崎自身の破滅を意味するに他ならない、いつも逃げ場を用意し自分の安全を必ず保障してきた彼にとってこの行為は人生で初めての賭けだった。
「……」
沈黙に顔を歪めながら酔った貴族達一人一人に酌を注げ始めた。全身から膨大な汗があふれ出す。バレないでくれと、心の中で必死に祈る。
──幾ばくの時間が経っただろうか、数分とは思えない苦痛に身を締め付けられた感覚に陥る黒崎。ようやく全員のグラスやジョッキに酒を注ぎ終わり、ついに乾杯の時がやってきた。再び俺はステージへと立つ。
「何か一言添えてくださーい!」
「じゃあ勇者様誕生を祝って!」
「おい、お前が言うな!勇者様が言う言葉だぞ」
貴族たちは何食わぬ顔で自らの杯となるビアマグを手に取り、頭上へと掲げた。黒崎も自身のグラスをゆっくり目上に突き出すと貴族達を回すように一瞥し、大きな声で宣言した。
「では……魔国の討伐とこの国の発展を願って──」
「「「乾杯!」」」
全員がそう告げ、祝いの酒を堪能しようと口へ運ぶ。その光景を目視で確認した黒崎がわずかながら口角をあげ、自分もまた酒の入ったグラスを自身の口にあて、飲むしぐさをした。最悪毒が入っている可能性があり、そうでなくても異世界の古酒など体を壊す危険性が残っている。わざわざ口にするべきではないのだ。
「ぷはぁ!うめぇ!」
貴族たちにとっては非常に美酒なのだろう、それが祝杯ともなればなおさらだ。俺はそのままグラスを傍に置くと懐に手を滑り込ませた。酒を飲んでいないのは執事と料理を運ぶコックの二人、俺はその二人が自分から視線の外れる一瞬を伺う。
「あ、あれ……」
酒を飲んだ貴族の数人が同じようなタイミングで膝から崩れるようにその場に倒れる。そう、この瞬間黒崎自身は確信した、自身が賭けに勝ったと。
「な、何事です!」
バタバタと倒れていく貴族たちを目を見開き驚愕している執事、俺はその瞬間を見逃さず執事の背後に回り込み消音の付いた拳銃で心臓を打ち抜く。
「うッ……」
悲鳴も上げることもままならず目を開いたままその場に倒れ伏せる執事。続いて流れるようにコックに向けてナイフを投擲する。一寸違わぬその技術は風の通らない室内だからこそ為せる業。コックは異常を感じて黒崎へと振り返るも目の前に映ったのは黒崎ではなく鋭利な刃物の切っ先だった。避けることも防ぐこともできずナイフはコックの額に突き刺さり、映画のシーンのように反動で後ろに頭から倒れた。
「……」
あれだけ賑やかに騒いでいた宴会場は一変して静まり返り、静寂の間のようなゆっくりとした時の流れが押し寄せてくる。
ついにやったのだ、異世界へ召喚されて初めての殺人。普通なら罪悪感に苛まれてトラウマになってもおかしくないほどの大量殺人、だが俺──俺達にはそんな感情は含まれない。日常的に行っていた俺にとってはむしろ率先してやる行為だ、慈悲など欠片も持っていない。
俺は倒れている貴族たちを一人ひとり確認する、息はしており一見眠っているように思えるが実際は違う。これは処方される前の液状の睡眠薬を何度も固めては溶かしを繰り返して作った極度の毒だ。ほんの一滴でも体に入れば二度と目覚めない程の深い眠りにつくだろう。数時間も経てば脈が止まり間違いなく死に至らしめるはずだ。
逆に見た目上は息をしているため例え誰かに見つかるなどの事態に陥っても色々な策へ繋げられる状態だ。
俺はこの宴会場にいる人間全てが薬の微々たる症状を発症している、もしくは死んでいるのを確認し宴会場を後にすることにした。
当然宴会場の出入り口から出ようとすると大きな音を立ててしまうため王室にいる国王たちにばれる可能性がある。となれば窓からの脱出を試みるしかない、ここは一階だが城は登り坂となっているため窓から下はかなりの高低差がある、そのまま足から着地するとかなり危険だ。
「……こいつらを使うか」
何とも人間性を疑う行為か。俺は先ほど薬を盛った貴族たちを数人窓から落とし、次いで自分も飛び降りる。貴族たちをクッション代わりにしたのだ。
「……よし、そろそろ急がねば」
何とか一連の作業を終えるもまだまだ問題が山積みだ。まずは国王より早く零達のいる宿へ向かい、現状を報告する必要がある。今零と彩華は寝ているため国王が来た時に混乱する可能性が残る、この行動は零にすら伝えていない独断のためせめて状況だけでも伝えないと大変なことになるのだ。
俺は全力で気配を消し、物音一つ立てない走りで零達のいる宿へと向かう。零は寝ているところを起こされるのを最も嫌う、多少は怒鳴りつけられるかもしれんが致し方ない。
かなり遠方で国王と姫が小さな明かりをつけて裏門から出るのが見える、こんな真夜中でもしっかりと確認出来るのは常に暗闇で動いていた黒崎だからこそのものだ。向こうからはまず見えることは無いだろう。そして驚くべきことに城の外でも護衛をつけていないのだ、確かに兵士は枯渇しているように思えるがいくらなんでも国王の身の安全が保障されいない。もしや国王自身がとてつもない魔法を使える持ち主だったりするのか。どちらにしろあいつなら問題はないだろう。
走ること2.3分。やっと宿が見え目的地に到着しようとしていた時、宿の近くで暗闇に佇む一人の青年が見えた。
「あれは……」
見慣れた後ろ姿は暗闇の中でもすぐにわかるほど鮮明で、畏怖と敬意を感じる対象でもあった。
「──なんだ、零じゃないか」
「おわぁ!?」
非常に好都合な事に零は起きていたのだ。




