10話 クズ三人組、ついに殺ってしまったがそんな事より夜風が気持ちいい
夜の見えない風が金色に光る可憐な髪を靡かせる。それは暗闇ですら見ている者を一瞬で魅了し立ち止まるほどの絶世。一切有無を言わせない天の花であり、彼女の歩き去った後には楽園に居るかのような中毒性のある匂いを漂わせる。そう、まさに誰もが認める完璧な美少女。
「こんばんは、夜風が気持ちよくて素敵な夜ですわね」
そしてそんな少女から声をかけられた暁には──
「は、はい!勇者様もと、とても素敵ですよ!」
「……ゴクッ……(なんだこの美少女は……!?)」
門番をしていた兵士の前に佇む美少女が一人、彩華だ。彼女のスタイル、気品、佇まい、そして存在感。その全てが否定しようのない程の美しさで、東條家最高傑作の令嬢。こんな完璧な風格を共にしてなおどこか危ない雰囲気を醸し出す、そんな男女問わず思考回路を破壊されるような感覚に誰もが彼女を欲していた。
そこにいるだけで価値がある、まさに女神に劣らない尊厳だ。
「勇者様、奥の祝祭でお連れの方がお待ちに……って、え、あの!?」
目の前の美少女に見惚れながらも真面目に職務を全うしようとする兵士、だが彩華はそんな兵士の胸元まで顔を近づけると頬を赤く染めながら上目遣いで囁く。
「そんなことより兵士様……私少し肌寒くなってきちゃって……よければこの身体……温めてくれないかしら?」
度肝を抜くような甘美な言い方は戸惑っていた二人の兵士をいともたやすく陥落させる。一瞬、たったその一瞬で彼らは惚れてしまったのだ。目の前の令嬢に。
「え、えと、ゆ、勇者様こ、こまります!」
彩華に迫られた兵士は最後の力を振り絞って色沙汰の冥府に落ちない忍耐を見せるも女慣れしていないのか甲高く若い裏声が小さく響き渡る。もう片方の兵士も硬直を解かない、表情は見えないが明らかに獣化する一歩手前だ。
そんな状態の二人は彩華を視界から外すことが出来なくなり、己の背徳感と悶々死闘を繰り広げていた。
彩華は本の一瞬、目の前の兵士の先にある明かりの付いた部屋に目を向ける。そこの窓から顔を出しこちらに向かって片目を瞑る青年。それが彼自身の状況とこちらの状況を交差させる唯一の伝達方法であると知っている彩華は兵士と重ならないようにわずかにずらしてウィンクを返した。
しかし哀れにも彩華の虜になってしまった若い兵士は自分に向かってウィンクを交わされたと誤解し更に兜の内側にある顔を赤く歪ませる。
「ふふ……素敵な兵士様」
一言一言が色っぽく、それがこの少女から発せられていると思うと本能が抗えない。兵士達は自らの職務など遥か彼方へと置き去りにし、為されるがまま手玉に取られていた。
その様子を見て可愛気に笑うとそのまま兵士が身に着けている兜の中に両手を入れていく。
「ほら……耳を塞いでみて?嫌な音ぜーんぶ消えて私の声だけ聞こえるでしょう?」
こんな美少女に誘惑された挙句相手の方から触れてくるという今後人生で二度と来ないであろう場面に遭遇した兵士はただただ硬直し息を荒げている。
彩華の両手で耳を塞がれた兵士は当然周りの音など聞こえるはずもなく、また視線も彩華の顔と胸元にばかり行き、辺りを見渡すなんて到底無理な話だった。
「ふふ、もっとカッコいい兵士様の顔を見たいわ」
そう言って耳から手を放しゆっくりと兜を取っていく、彩華の温かい手が離れ冷たい空気が入り込んでくる。人とは存外単純な生き物で熱くなれば周りが見えなくなり冷めれば冷静になる、その瞬間になってようやく兵士感じただろう。何かが視界から消えている不穏な違和感に。
「はーい、よく取れました……♪」
最後に聞いた魔性の喜び。それは若き兵士にとって全ての答え合わせに等しかった。
──自分の隣にいたはずのもう一人の兵士がいない。
否、視線を落とした先に兵士はいた。いたのだが、地面に赤い血痕を残しまるで何も知らないと言った表情のまま死んでいたのだ。
──背後に悪寒が走る。
「ま、まさか──ぐぎッ!?」
悟った頃には後頭部に何かが入り込む感覚と共に辺りが暗転し、若き兵士はそのまま地に向かって倒れ伏す、それが兵士にとっての最後の意識となったのだ。
どくどくと生々しい血が流れ出し地面を赤く染め上げる、地面に倒れた兵士の後頭部には深々とナイフが突き刺さっている。
ひと段落ついてか、彩華は目の前で倒れた兵士になど目もくれずその先にいる二人組に満面の笑みで声をかけた。
「零っち黒っちおっはー!」
「おう」
「おはよう」
挨拶代わりに零が手を挙げるとそれに乗じたように彩華が勢いよくハイタッチをする。
「もぉ二人とも起きたらいなくなってたからびっくりしたんだよ?まさか異世界に来て一日目で行動するなんて思いもしなかったわよ」
「ははっまぁな、それにしても随分と食いついてたじゃねぇかコイツ。兜被ってても顔真っ赤なのが透けて見えたぜ、よかったなぁ死ぬ前に幸せな思いが出来て」
吐き捨てるようなセリフともに後頭部に刺さったナイフを両手で抜き取る。抜かれた勢いで小さな血の噴水が沸きあがる。人間の頭からナイフを抜いたのは割と初めてだ。
彩華はそんな哀れな若き兵士に向かってなんの感情もこもってない声で呟いた。
「かわいそう」
なんだこの棒読み、可哀想だと思ってなくてもせめてもう少し哀れんでやれよ、感情値消えてんのか。
「周囲警戒って言う大事な仕事そっちのけで性欲に溺れたんだから死んでも自業自得だろ」
「あんたが言うと説得力ないわね」
素に戻った彩華は先ほどまでとは一変していつも通りとなっている、既に言わなくてもわかると思うが門番兵士達との先程までのやりとりは全て演技、つまりは色仕掛けと言うわけだ。
そしてここまでの流れは事前に全て零が仕込んだもの、全員が行動を把握し順序を踏んで行動した違えることのない計画だったのだ。
一連の細かい内容はこうだ。まず見た目だけは完璧な美少女である彩華に宴会場から一番近い門番をしている兵士を出来るだけ長く惹き付けてもらう。門番は基本片方が失態してもいいように二人体制となっているためどうしても黒崎君だけでは不安が残ってしまう、そこで宿で待機している彩華に置きメールで事前に頼んでおき、丁度いい時間に来るように伝えてある。
時間になったら色仕掛けで一人の兵士を惹きつけ視線を奪い、その隙にもう片方の兵士を気配を消した黒崎君が仕留める。同時に俺は彩華が惹きつけている兵士の背後で待ち伏せし、それを確認した彩華が兵士の兜を外し、後は俺が直接頭にナイフを叩き込めば事完了と言うわけだ。
「私色仕掛けは好きじゃないのよね~、やればやるほど自分の価値下げてるみたいじゃない?」
色仕掛けは美少女の特権なのだが本物の美少女はそれすら嫌うと言う。
「お前の価値なんて石ころ程度だ安心しろ」
「石は頑丈だし誰かの手によって投げられたら強力な殺傷力を持つのよ?」
「ああ、だから俺がお前を投げるんだよ。全力投球でな」
彩華はこの三人の中でも貴重な戦力だ、宿にそのまま居残りさせておくなんてもったいない事するはずがない、使えるものはなんだって使うからな。
俺と彩華がそんな比喩まがいの軽い会話をしていると珍しく黒崎君がのっかってきた。
「それを俺がバッドで跳ね返したら更に──」
「黒っち、さすがにそれは割れるわ」
「……そうか」
どうやら失敗したようだ……かなしいかな。
無表情で落ち込んでいる黒崎君の前を背伸びしながら歩く彩華。
「んー!それにしても異世界に来て初めて人を殺したわ~でも思ったより感触ないわねぇ……」
「そりゃ実際に手を下したの俺と黒崎君だからな、お前は殺してないだろ」
間接的には殺したことになるので同罪と言えば同罪なのだが。
「じゃぁ私は人なんて殺したことも無い純粋無垢な美少女って事ね」
と言って純粋無垢な美少女の演技をする彩華、……純粋無垢な美少女の演技ってなんだよ。
「おうお前また記憶喪失になったのか、零お兄ちゃんが思い出させてやるぞ~今まで何回人の悲鳴を聞いたか言ってみなさい」
「零お兄ちゃんは今まで食べたパンの数を覚えてるの?」
「んんん?夜風が気持ちいですね~」
「あ、逃げた」
これ以上彩華の泥沼にハマるとあの兵士みたいな哀れな結末を迎えかねないので適当に思い浮かんだ言葉と共に口笛を吹きながらそっぽを向いた。
「まぁ確かに夜風は気持ちいいな、異世界だからか」
黒崎君が目を瞑って吹いてくる風を意識全体で受け止めている、俺はそんな黒崎君を見てコイツも心はまだまだ青春を謳歌したいんだなと少し投げやりな思考をした。
「異世界じゃなくても夜風は気持ちいいものじゃない?ここが割と高い場所で周りが自然に囲まれているせいかもしれないけどね」
「そうなのか?今は真っ暗でよく見えないがこの国自然に囲まれていたのか」
等と綺麗ごとを言っているが逆に捉えればこの国は自然と言う壁に囲まれ誰にも知られないまま滅亡していくという意味だ。
まぁどのみち今日滅ぶ予定なので特に感想はない。
彩華が再び背伸びしながら深呼吸を始めた。
「んー!夜風が気持ちいわね~」
本当に気持ちがよさそうな表情をしているので俺も真似て深呼吸をし深く空気を吸い込んだ。
「あ~夜風が気持ちいいわー」
黒崎君も続いて深呼吸をしたので三人そろって声を合わせて言った。
「「「夜風が気持ちいい」」」
なんだこれ。




