1話 クズ三人組、異世界に召喚される
「……これマジ?」
「私達ついに気が狂ったのね」
「この状況は冗談ではすまぬぞ……」
どこからどう見ても異常、異常過ぎて混乱している。俺は、俺達はついに集団幻覚を見るようになっちまったってのか?
俺達の周りには古風っぽい王族や貴族が並んでこちらを見ている。そして俺達をまるで救世主と讃えんばかりのように崇高していた。
「どうかこの国を、いや世界をお救い下さい!」
──ウッソだろおい。
◇◇◇
時は遡ること数時間前。
「零っちおっはー」
気さくな挨拶を交わしてくる美少女、に見える大学生。彼女は『東条 彩華』、金色の髪を靡かせて気品のある立ち振る舞いをする彼女を一目見れば完璧な外見だが、性格が腹黒過ぎて未だに彼氏の一人もいりゃしない。だがその満面の笑顔を見れば今日も今日とて良好な調子だと伺える。
あ、因みに俺の名前は『零』。苗字は──いや、無い。
「おう、最近暑くね?」
「そうねぇ、暑すぎて寝てる時もクーラーガンガンつけてたわ」
「熱中症防ぐにはそれが1番いいらしいけどな、電気代ヤバすぎる」
「あー、電気代?って高いの?」
煽るように返してくる彼女は至って真面目な顔をしている。
そう、彼女はめちゃくちゃ金持ちなのだ、父親が元投資家で莫大な資産を持っている。
投資家などいくら稼いでも後からどうせ吸われる、なんて言われてるが彩華の父親は投資で稼ぐだけ稼いでキリのいいところでやめたのだ。これがどれほど凄いことか俺にはわかる。
投資を含めたギャンブルは異常な依存性があり、たとえ儲かってもその儲かった感覚に惑わされて結局無くなるまでギャンブルの虜になってしまうのだ。
だが彩華の父親は投資を初めて僅か5年で世界トップの資産家に躍り出し、気がつけば何事も無かったかのように投資をやめ悠々娯楽とした生活を送っているのである。
彩華の父親とは前に話したことがあり、何故投資を始め、そして依存することなく終われたのか聞いたことがあったが、本人は親バカレベルの娘愛で「彩華が今後私生活をしていく上でお金に困ることのないようにするためだ」と言っていた。
そう、たったそれだけの理由でギャンブルをし、下手すれば家庭崩壊になり得なかったというのに、父親は悠々と語っていた。
──あれは間違いなく天才の類だった。
そんなこともあり彩華は金持ちだ、既に生きていく上で必要な額を揃えている。
「電気代たけぇよ、ゲームも自動ツール入れっぱなしでずっと稼働してるから洒落にならねえ」
「じゃあまたウチが少し肩代わりしようか?」
「あー頼むわ、今月20万くらいあればいいや」
まるで当然と言わんばかりに親友の彩華に対して金額を提示する、勿論返す気など毛頭ない。
ああ、皆まで言わずとも聞こえてくる。
そう、俺はクズである。
──正真正銘のクズである。
だがやめられない。
「ん、いいよ。と言うかこの前また新しいツール入れたでしょ?BAN対策とはいえあの動きすっごいキモかったんだけど。拡散されてまた批判されても知らないわよ?」
「ツール製作は俺の唯一の取り柄なんだ、これを有効活用しない手はないしお前も俺のツール使ってだろ。て言うかこの前俺のツール使って永久BANされたって聞いたんだけどそのあと1日で復活しなかったか?」
「あー、あれね。パパに頼んで運営に抗議してもらったら1日で戻ってこれたよ、お金で買い取るのも良かったんだけど警察と弁護士差し向けるって脅したら無償で復帰させてくれたんだ、優しい」
こんのクソゲス女ヤバすぎる。
「あとついでに零のIDもBANしないように言っておいたわよ」
「は?マジ?そんなことも出来るのか、ほんと助かるわー」
言ったそばから俺も同類である。
「悪い、待たせたな。彩華、零」
そんな底辺層の話をしていると背後から低く威圧的な声が掛けられる。
「くろっちおっはー」
「お前が遅刻するなんて珍しいな、黒崎君」
車から降りてきたのはガタイが良くいかにも自衛隊にいそうな鋭い目つきをしているこの男は『黒崎 翔』。
小さい頃から親の教えで毎日体を鍛えており今では我流の武道をいくつか極めているらしい。
喋り方も少し堅物で怖い印象がありがちだが見かけによらず優しい──
「彩華、今月ちょっと厳しいから金貸してくれ」
「貸すだけでいいの?」
「やっぱりくれ」
──クズである。
しかも黒崎君はほんの少し前までヤクザの幹部をしており、実際に殺傷経験もある本物の危険人物だ。派閥の対立が激しく内部抗争で黒崎の所属している会が分裂し解散を余儀なくされたのである。俺もそんな実績を持つ彼に対していつの間にか君付けで呼ぶようになった。
……だが彼の本当に危険な所は別にある。それはそのうちわかるだろう。
黒崎君は最近訓練や趣味に一層励んでいるらしく今は無職だ。自堕落な生活を送っており、時よりこうやって彩華に金を貰う、救えない奴である。
俺か?俺はこれでもバイトしてるからノーカン。
「んな事より早く行こうぜ、ここ暑くてたまんねぇわ」
「それにしても零がゲーセンに行きたがるなんて珍しいわね」
「この前店員の中でめちゃくちゃ可愛い子見つけてさ~」
「……遊ぶんじゃないのか」
「遊ぶぜ?女とだけどな」
「これはひどい」
彩華が引き気味だが実際はどうでもいいのだろう、どこからどう見てもお嬢様の様な風格の美少女と、人を殺しそうな目つきとガタイの大男、そして見るからに捻くれたゲスイ根性を持っている俺。絶対に相容れなさそうなこの面子は傍から見たら意外とやばかったりする。
そんな周りの視線など俺達は気にせず黒崎君の車を走らせて移動を開始する事にした。
近道を通るため人気の無いトンネルを選び、これを潜り抜ければゲーセンまで一直線の距離だ。
──そう、この日もいつも通り人気の無いトンネルを通るはずだった。
トンネル入口の地面に見たこともない落書き。円形に知らない文字がぎっしり式詰まった模様が地面に描かれている。
「ん?なんだあれ」
「魔法陣じゃない?子供のイタズラね」
「いや、子供にしては出来が完璧過ぎるぞ、芸術家か何かもしれん」
珍しい出来事に一同反応するが所詮他愛も無い話だった。
しかしこの時俺達は失念していた、この魔法陣が本物だと言う可能性の考慮を。
……そんな考慮出来るかボケ。
止まることなく走り続けるこの車が魔法陣を通過したその時だった。
眩い光が辺りを包囲する。
「──は?」
「ちょ、ちょっと!なに?どうなってるの?」
「な、何も見えん!」
目を瞑る程の眩しさに俺達は抵抗すら出来なかった。
数十秒だろうか、強烈な眩い光に包まれて意識が朦朧としている中、耳から微かな声が聞こえてくるのがわかる。
──────…………──……
────殿……
──勇者殿!
「……は?」
光が収まりぼんやりと視界が開けていく。やがて意識がはっきりと戻り目の前の情報を脳に届けていると、反射的に間抜けな声を発してしまう。──俺達は見たこともない場所に立っていた。
何が起こっているのかわからず頭の中で情報を整理しようとしているが、その間に貴族のような連中はこだまするように俺達に向けてこう言っていた。
「勇者殿!この世界をお救い下さい!」
──と言うわけでこうして今に至るわけだ。……が。
「……これなんてラノベ?」
「そのネタ古いわ、今時異世界行くなんて当たり前よ」
「いや彩華、お前顔がすごい事になってるぞ」
「うっさい!何?なんなのこの状況!?これなんてラノベよッ!」
「おう真似すんな」
目の前で偉そうな人達が眺めているがそんなのお構い無しに言い争いを続ける俺達3人クズ。
そんな俺達を見て1人の姫様らしき美少女が話しかけてきた。
「あの……」
「 「 「 あぁ!? 」 」 」
「あ、いえ……えと、この度は突然お呼びしてすみませんでした。急なことで驚いてるかも知れませんが、今我が国は魔国の侵略により滅びてしまう寸前なのです!このままではいつしか魔国が世界を征服しかねません!どうか、どうかこの国を、いえこの世界をお救い下さい!勇者様!」
「テンプレ」
「いつもの」
「第三次世界大戦」
第三次世界大戦ってなんだよ黒崎君。いやそんな事よりこれマジ?タチの悪いドッキリじゃないよな?まぁそもそも俺達にドッキリを仕掛けるような知り合いいないし、あまりにも規模が大きすぎる訳だけど。
と、言うことは。
「──マジで俺ら転生したんか」
「語弊だ、正確には転移」
「チートは?チート貰えるんでしょ?」
この状況になっても平常心を貫く俺達、と言うか一瞬慌てただけですぐに飲み込む2人はなんというか、凄いな。だってこれ下手したら現世で死んでる説まで浮上してるんだが。
「えと、そのちーと?というのは何でしょうか?」
どうやら姫様は俺達の世界のスラングはわからないらしい。だがその返事は大きく、それを聞いた俺は頭を抱えて項垂れた。
「え?いや、私達にこの世界を救えっていうくらいなんだから何かしらあるんでしょ?こう、超人的な力みたいな」
「彩華、痛いぞ」
「この状況が既に激痛なのよ!?で、あるわけ?超人的な力みたいなもの」
「え、あの……その……」
姫様は頭を垂れたままたじろいでいる。
「す、すみません……そのようなものは、その……ないです」
無いですじゃないがな。
「は……?じゃあ生身の私達がどうやってその魔国とか言うやつに対抗するわけ?どうせこの世界には魔物?モンスター?とかもいる訳でしょ?」
「はい……で、ですが!異世界の皆様方には異世界の知恵や知識があるはずです、私達とは違う知識と経験、これを活かしてなんとか出来ないでしょうか?」
何その鬼畜ゲー、知恵だけで技術改革して軍を率いて魔国とやらを潰せってか?
どんなご都合主義してんだこの国。
彩華は完全に正気を抜かれ死んだような顔をしている、黒崎君はいつも通りだ。
「零、どうするの?」
彩華が俺に望みを託したみたいな顔で返事を委ねてきたので答えるとしようか。……正直こんな訳の分からない所に突然呼び出して世界救えとかふざけるものいい加減にしろと言いたい。が、それは後で言うとするか。
「……わかった。この国のために力を貸すことを約束しよう」
「勇者様……!」
その答えを聞いて彩華が怪訝そうに見ているが俺の表情を見てすぐに納得したようだ。
いやはや、これは面白くなりそう。何がどうなってるのか知らんが。
「……ええ、いいわ。私と黒崎も協力しましょう」
彩華の同意する言葉も聞いて周りにいる王族達もほっと一息ついて喜びに浸る。心の中はきっと歓喜喝采だろう、この返事はこの先の未来を明るく照らす返事になったに違いない。今夜は間違いなく祝いの席が用意されるだろう、──俺達のな。