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奇跡は突然やってくる

 そこからリディアは、いつも通りの一日を過ごしていた。

 甲板を掃除し、食事を作って団員たちにふるまい、他愛のない世間話をしたり、と、行動自体は普段と何も変わらない。

 いつもと違うことといえば、グリフォンのノクスの全身を洗ってやったこと、そして交易の余りでもらった粘土で遊んだことくらいだ。



 夕食の片づけを終えたリディアは一人自室へと戻り、ランタンを置いてゆったりと椅子に腰掛けた。

 ふと何かを思い出したように、小さく身体を震わせ、目の前にある机の引き出しを開けていく。

 そこから、手のひらに乗るサイズの人形を取り出し、机の上に置いて微笑んだ。


 黒髪に紫色の瞳、そして青いジャケット。

 黒いズボンにこげ茶色のブーツを身に付けているそれは、人形にしては少々目つきが悪い。

 どうやら粘土でできているようで、その見た目はこの船の“キャプテン”と呼ばれる二番手の男、ファルシードによく似ていた。



「明日、バド君増やしてあげるね」

 リディアはにこにこと微笑みながら、小声で粘土人形に話しかけていく。

 ちょこんと座っているこの粘土人形は、リディアが日中に作製したもの。

 子どものころによくしていた粘土遊びをまたやってみようと思ったリディアは、今日から仲間に似せた人形を作りはじめていたのだ。


 ――久々だったけど、結構上手く作れたかも

 可愛らしい粘土の人形に、思わず口角が上がっていく。

 ファルシード人形のほっぺたをつんつんとつついていると、ついにその時は訪れた。


「おい、ランタンのオイル余ってねェか」


 突如ファルシードの声が後ろから聞こえてきたのだ。

 振りかえると、ノックもないのにドアが開かれており、リディアはしまったとばかりに目を見開く。

 隣の部屋に住むこの男は、鍵をかけていないと、こうやってノックしないまま扉を開けてくる。

 それを失念していたのだ。


 青みがかった黒髪とアメジストに似た紫の瞳を持った端正な顔立ちの男。

 相変わらずその目つきは鋭く、常に不機嫌そうに見える。



 この男がファルシードであり、男ばかりの船の中で女一人のリディアを守るために、フライハイトの団長から偽りの彼氏役を任命されていた。


 顔立ちは良くとも残念なことに、彼は言葉づかいも態度も荒く、過去に影があることからあまり人と慣れ合うことを好まない。

 そのせいもあり、リディアも彼に恩義を感じているものの、二人の間には常に一定の距離が開けられていた。


 そんなファルシードの視線が机の上の人形へと向けられていき、真顔のまま先ほどのリディアと同じように目が見開かれた。


「あ、ええと、これは違う! ああでも、違うって何が違うのか私もよくわかんないけど、ととと、とにかく違うの!」

 慌てて立ち上がり、顔を真っ赤に染め上げて、両手をせわしなく動かし弁解していく。

 頭の中はハイスピードで考えが巡っているのに、何一つ良い意見は浮かばないようで、リディアは“違う”という言葉を連呼していた。


 わたわたと慌て始めるリディアとは反対に、ファルシードは考え込むように口元に手をあてて、視線を外しているだけで、何を考えているかさっぱりわからない。


「あのね!」

「……おい」


 同時に声を発してしまって、気まずい空気が流れていく。

 そしてすぐさま二人は、はっと息を飲んだ。


「何だ……?」

「ファル、光ってるよ!」

 おかしなことに、突如ファルシードの身体が、七色に光りはじめたのだ。


 自身の胸にある魔力を持つ“証”が光ったことは、過去にある。

 だが、こんなふうに彼が七色に光るなんてことは一度たりともない。


 リディアは状況の理解ができず、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしている。

 だが、そんな状態も長くは続かず、ファルシードはあっという間に光に包まれ消えて縮まり、七色の光はリディアの真横を一瞬にして通り過ぎた。


「嘘、でしょ……ファルが、消えちゃった……」

 目の前にいたはずのファルシードは跡形も無く消えてなくなり、光が進んだ方向を見ても、誰もいないどころか、先ほどの光の欠片すらない。


「どうしよう、ファルが、ファルが……!」

 その場で崩れ落ちて、小刻みに震えるリディアの瞳には涙が浮かんでいく。

 いま何が起こっているのか何一つわからなかったが、目の前でファルシードが消えていなくなってしまったこと。それだけは確かなことだった。


「団長に言わなきゃ……! 早くファルを見つけてもらわなきゃ!!」

 慌てて立ち上がり、駆けだそうとすると、背後から微かに声が聞こえた。


「待て! 俺はここにいる」

 振り返ってみても誰もいない空間が広がっていて、幻聴が聞こえてしまったのかとリディアは顔を横に振った。


「私、おかしくなってる。落ちつけ……落ちつけ……」

 深く息を吸って、扉へ向かおうとすると、また背後から声がする。


「落ち着いてまた、こっちを見ろ!」

 小さいけれど、はっきりとした声に首をかしげたリディアは、再び振り返る。

 やはり誰もいない。


「なんで、声だけするの?」


「そのまま視線を落としていけ」

 ファルシードの声に、壁を見ていた視線を徐々に落としていく。

 すると、先ほどまで座っていた粘土の人形がなぜか立っていて、いつものファルシードのように偉そうな態度で両腕を組んでいた。


「な、なななななな……!」

 リディアは思わず後ずさりする。


「なんで、とは言うんじゃねェぞ。俺が聞きてェ」

 姿こそ小さいが、ため息をつくその姿も、普段のファルシードのままだ。

 彼が消えていなかったことに安堵するが、ファルシードは手のひらサイズの粘土人形になってしまっていて。

 なぜそうなってしまったのか、どうすれば元の姿に戻れるのか見当もつかなかった。


 リディアはぽかんと口を開けたまま操られるように椅子に腰かけ、小さなファルシードを見つめていく。

 普段のファルシードとは違って威圧感が薄れていて、視線を向けられてもちっとも怖くない。

 むしろ、この状況で不謹慎だが“可愛い”とさえ思ってしまっていた。


「この人形、お前が作ったのか」

 ファルシードの声に、ぎくりとする。

 自分の姿に似た人形を勝手に作られ、それをにやにやと見つめられていたら気味が悪いだろう、とリディアは思ったからだ。


「ええと、うん……どうして?」

 恐る恐る尋ねると、ファルシードはトントンと靴を直すような仕草を見せてくる。


「足の長さが合ってねェから、歩きづらい」


「もう! 下手くそで悪かったわね!」

 リディアは、ファルシードの襟元を掴み持ち上げて、自分の目の高さまで持っていく。


「おい、何する!」

 ぶらさがった粘土のファルシードと視線が合うが、いつものような迫力は一切ない。

 ためらうことなくぷらぷらと軽く振ると、ファルシードの身体が左右に揺れる。


「ファルはいつも文句ばっかりで、自分勝手だから、仕返しだよっ!」

 むくれたリディアは、ファルシードが「やめろ」というのも聞かず、ひたすら彼を振り続けたのだった。

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