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夢世  作者: 花 圭介
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夢世97

 そこは、全てが曖昧な場所だった。

 例えて言うならば、『宇宙空間』とでもいったところだろうか……。

 スペースデブリさながらに、暗闇に近い藍色をバックに、様々な物が漂っている……。

 それは、役目を終えた衛星やら宇宙船やらに成り変わり、何処ぞの階段の切れ端であったり、崩れた煉瓦壁であったりした。

 ブラックホールを連想させる黒檀色の扉や、星の輝きを彷彿させる燭台の群れなども飛び交っている。

「何だこれは……」

 先頭に立ち、間断なく5層から続く階段を踏み締め上がってきたフルプレートメイルの男が、6層へ辿り着くなり、怪訝な様子でその宇宙を睨みつけた。

「ん? 隼人。お前であっても、この層は、想定外ということなのか?」

 その反応にすぐ後ろから追行していた塔矢が、驚きの声を上げる。

「……」

 隼人と呼ばれた男は、無言のまま目を四方へ走らせ、状況把握に努める。

「こんな……破壊し尽くされたような場所で……私の役目は、あるのでしょうか?」

 そこへ、大きなロッドをまるで抱き枕のように小脇に抱えながら、赤毛の少女が、辺りに散らばる瓦礫をキョロキョロと目で追いつつ前へ出る。

「全てを無に帰するまでと言われるのであれば、やぶさかではないですが……」

 そして虚ろな表情で、凄烈な言葉を付け加えた。

「ちょっと待ってくれるか……。対処方法は、きっとあるはずだ……」

 塔矢は、今にも行動に移ってしまいそうな赤毛の少女の前に出ると、落ち着くように掌を向けて制した。

「確かに……この状況は、想定外と言えば想定外だ。流石に何らかの形にはなっていると思っていたからな……。だが、都合がいい。6層は、形を成していないってことだ。……あいつは、この空間の何処かにいることになる」

 一頻りこの場の状況を確認した上で、隼人が塔矢の問いに、かなり遅れて返答する。

「……あいつ。それは、この6層の神のことか?」

 話の流れから、隼人の言う『あいつ』は、他にいないと思いつつも、神という存在に対する呼び方とは思えず、塔矢が念押しをする。

「ああ、もちろん。6層の神『ネボ』のことだ。……あいつは、根っからの怠け者でな」

 そう言うと、隼人は罰が悪そうに、面頬の隙間から、鼻の頭をポリポリと掻いた。

「……ネボのことをよく知っているような口ぶりだな」

「……まあな」

 隼人はそれだけ答えると、また視線をガラクタが散在する藍色へと向けた。

 視線を切られたことで、塔矢は、隼人がそれ以上『ネボ』との関係について語りたくないのだろうと推察し、それ以上詮索することはなかった。

「……この空間に、あいつがいることは間違いないが……。こうガラクタが多いと、捜し出すのは骨が折れそうだな……。どうするか……」

 隼人は、周囲の様子を見遣りながら、不機嫌そうな声色で呟く。

「この何処かに、いるはずなんですよね? それなら、私達が来たことにも気付いているんじゃないですか? ……捜さずとも、待っていれば、いずれ何か反応がありますよ……きっと」

 その場の空気が少し重たく感じられたのだろう、美希が楽観的ではあるが、前向きな発言で、空気を変えようとする。

「……そうだな。この6層の神であるならば、ここはもうそいつのテリトリー内……。階で隔てられてもいないのならば、この時点で、俺たちの来訪に気付いている可能性は高いだろうな」

 特に美希の意見を後押しするわけでは無いのだろうが、列の最後方で皆のやりとりを見ていた修平が、徐に口を開いた。

「それなら尚のこと、今、出て来ていないということが問題だ。あいつは、元来人間という生物のありように、異常なまでに関心を持っている奴なんだ。そんな奴が、こんなチャンスに飛びつかないなんて考えられない……」

 隼人はそこまで言うと、1度口を噤み、両腕を組みつつ天を仰いだ。

「……俺のせいだろうな」

 そして苦しげな声色とともに、自分の中での確信に近いその理由を吐露する。

「……そういうことなら、無理矢理引きずり出すしかないようだな」

 塔矢に呟きにも似た隼人の言葉まで聞こえていたかは定かではないが、待つだけという選択肢はどうやらないらしい……。

「亜花梨、やはり君の力が必要なようだ。……この6層を無にするつもりで破壊してほしい。頼めるかな?」

 塔矢は、包み込むような優しい眼差しを少女へと向ける。

「……良いのですか?」

 少女はそう尋ねながらも、抱えたロッドを強く握り締めた。

「ああ、構わない。存分にやってくれ」

 塔矢の返答に、少女はコクリと1つ頷くと、大きなロッドを正面に構えた。

 ロッドの先端に飾られた赤水晶が、さらに赫う。その直後、凄まじい轟音を引き連れて、大火球が上空へと駆けていった……。

 それは彗星のように長い尾を伸ばしながら、虚空に白線を描き、ついには藍色の空を突き抜けた。白い尾の残像が、薄れゆくと、火球が残した風穴だけが虚空に浮かび、まるで満月のように青白い光を湛えていた。

 皆がその神秘的な情景に心惹かれゆく最中、少女のロッドは、再度煌めきを放つ。

 それは、先ほどよりもさらに大きな火球となって上空を駆けた……。

 だが轟音に加えて、大気まで震わせる火球が、空の果てに辿り着くのを見届ける前に、その少女は既に次なる火球を産み出そうとしていた。

 何かに取り憑かれたかのように、只々今ある己の限界点を超える火球を放ちたい、そんな衝動を具現化していく。

 生み落とされる度に、その身を膨張させるその火球は、藍色の空を次々と突き破り、水玉模様へと変えていく……。

「ちょっと! ちょっと! ストップ! ストーップ!!」

 藍色の空に浮遊するデブリ群の中から、声を張り上げ、大慌てで何者かが近づいてくる。

 その者は、2層で出会ったマルドックが駆っていたムシュフシュによく似た獣に跨がり、手には一冊の大きな本を抱えていた。

「君達は、一体何を考えているんだ!」

 声を張り上げ迫るその者の姿が、次第に明らかとなっていく。

 髪は茜色のマッシュスタイル、瞳が大きく、その色は栗色で満たされている。体色は健康的な小麦色で、肌は張りがあるというより弾力がありそうに見える……。

 それは塔矢達が立つ地に彼が降り立ち、目前にまで接近してきたことで認識できた。

 獣の背から軽やかに降り立った彼の目線が、自分達よりもかなり低い位置にあったためだ。

 人間の尺度で彼を見た場合、皆が小学校低学年くらいの少年、というより『児童』と認識するはずである。幼いが故に頬などの肌は、モチモチとしていて、それが幼子特有の膨よかさに繋がっている。

「僕のテリトリーの中に入り込んだと思ったら、好き放題火の球を放って、空を穴だらけにしちゃって……非常識極まりない! 礼儀ってものを知らないのかい! まったく、もう!」

 苛立ちが治まらないのか、その者は、頭を掻き毟りながら地団駄を踏み、その後も暫く、文句を連ね続けた。

 突如現れ、畳み掛けるように非難してくる存在に驚き、火球を放つ手を止めてしまった亜花梨は、呆けながらも相手の目を見つめた。相手の話されている内容は、いまいち頭に入って来なかったが、その者の激しい剣幕に本能的に従順な態度を示したのだ。

 だが、次第に耳に入ってくるようになった言葉のどれもが心に響かず、不要な物だとの結論に達すると、視線をまた上空へと向け直し、悠然とロッドを構え直した。

「わっ! わっ! 何をしようとしてるの? 僕の話、聞いてた?」

 亜花梨の思いもよらない変化に気付いた童子が、慌てて彼女の前に立ち塞がる。

 その行動に対して、亜花梨はあからさまに不快な表情を浮かべ、童子を鋭い眼光で睨み付けた。

「亜花梨、ありがとう。もう良いんだ。もう目的は果たせたから……。そのロッドを納めてくれるか?」

 そこへ塔矢が、亜花梨の頭に優しく手のひらを乗せ、感謝の言葉を掛けつつ、矛を収めるよう求める。

 すると亜花梨は、渋々塔矢の依頼を承諾し、ロッドを胸元へと引いた。

 だが去り際に、自身の楽しみを阻害した邪魔者に対して、思いっきり舌を出していった。

「ごめんなさい。こんな行動でしか呼び掛けることができなくて……。貴方が『ネボ』よね?」

 唖然と亜花梨の後ろ姿を見つめる童子に、美希が気遣い声をかける。

「……」

 美希の自身を気遣う言葉にも反応できず、『ネボ』と呼ばれた童子は、未だその視線を逸らせずに亜花梨の背中を目で追っている。

「お前が悪いんだ。俺達に気付いた時点で、すぐに出てこなかったんだからな」

 そこへフルプレートメイルの男、隼人が自業自得だとでも言いたげに、言葉を乱暴に投げつける。

「……何を言っているんです。元はと言えば、貴方が原因じゃないですか!」

 ネボは今し方、亜花梨から向けられた怒りを孕んだ視線に、負けないくらいの攻撃的な視線を隼人へと向ける。

「……悪いとは思っている。だが、もうこれしか方法がない。考えを変えるつもりはない」

 隼人はネボから返された言葉に動じず、自分の思いを押し通すことを宣言した。

「分かってますよ! 僕は予言を司る神、ネボです! 貴方の行動が変わらないことぐらい、知っています!」

 不機嫌な表情を隠すことなく、ネボは忌々しそうに言葉を吐き捨てる。

「それなら分かっている筈だ。俺が用のある奴は、最上階にしかいないことも……」

 隼人は、ネボに視線を合わせることなく、自身の目的のみを口にする。

「……それを僕に語って、僕が『はいそうですか』って7層への道を開くとでも思うんですか? 僕は此処の守護者ですよ! 通すわけないじゃないですか! ……そうしろと教えたのも貴方の筈です!」

 ネボは今にも泣き出しそうな顔で隼人を見上げた。

 時が途切れ、空白が重なり、その重みに耐えきれず、その場所だけが沈み込んでいく……。相対する2人の心も、その重力に逆らえず、押し潰されていくのが、傍目からでもよく感じられる。

 ネボは胸の痛みに顔を歪めながらも、隼人を先へは進ませない、そんな決意を込めた視線を向け続けた。

 例え心が砕けようと、それだけは守り続ける、絶対に負けない、そう心を奮い立たせようとしたとき……その言葉が掛けられる。

「……お願いだ。ネボ」

 それは今までに聞いたことのない、隼人からの懇願の言葉だった。

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