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夢世  作者: 花 圭介
95/120

夢世95

 詠唱を始めてから数分後、不意にシャマシュは言葉を切った。

 知らない言葉ではあるが、一定のリズムで刻まれてきた言葉の流れが、唐突に途絶えたことで、俺は詠唱が中断されたことを理解する。

 その理由を問おうと今まさに口を開きかけたとき、シャマシュが驚愕の声を発した。

「どういうことだ!」

 その声は、動揺のためか震えていた。

 あんなにも華麗で威風堂々とした振舞いを見せていたシャマシュが、力なく項垂れ、地の一点を見つめている……。

 声を掛けれる雰囲気ではなく、俺達はシャマシュの次の行動を待つしかなかった。

 幾ばくかの時が流れた後、シャマシュが徐に顔を上げた。

 その表情は、感情が欠落した石像のようで、触れずともヒンヤリとした冷たさが感じられた……。

「お主ら……それは紛い物であろう?」

 微動だにしない体躯とは裏腹に、見開かれた瞳は煮えたぎるマグマのように激しく泡立ち、俺を射抜いた。

「紛い物? ……そんなはずは……」

 俺は否定しようと試みたが、本物であると肯定できるだけの情報を持ち得ていないことに気付き、言葉が出ない。

「紛い物であるはずないわ! 心が……吸い取られると感じるほどに、魅せられたあの輝きは、間違いなく本物よ!」

 俺の代わりにそれに答えたのは遥だった。

 遥の瞳はシャマシュの圧力に屈することなく、力強い光を宿したまま見つめ返していた。

「ほう……。ならばなぜ、宝玉の力が発動されない」

 シャマシュは動じず、低い声で問う。

「そんなもん知るか! お前のまじないが悪いんだろ!」

 竜馬がシャマシュを睨み付けながら詰め寄っていく。

「待って! ……シャマシュ様の言う通り、この宝玉、ちょっと変だよ!」

 洋輝が壁画に収められた宝玉の匂いを熱心に嗅いでいる。

「何が変なんだ? 前見たときと変わらないぞ?」

 洋輝の側にいた一輝が、深紅の宝玉を覗き込む。

「やっぱり違う! これ、僕が見つけた宝玉じゃない! あのとき感じた自然の香りが、全然しないもん!」

 洋輝が振り返り訴えかける。

 俺は洋輝の側まで歩み寄り、宝玉をまじまじと熟視したが、発見した当時との違いを見出すことはできなかった。自身の目を信じるか、それとも洋輝の嗅覚を信じるか……。

「……どうやら、俺が持ってきた宝玉は偽物らしい。……シャマシュ様、期待を裏切る結果となってしまい申し訳ない」

 誰もが探し出せなかった宝玉を手に入れることができたのは、一重に洋輝の嗅覚があればこそだ。その大前提を覆してしまっては元も子もない。

 洋輝からの訴えを受け取った俺は、シャマシュに向き直ると、素直に頭を下げた。

 それは、宝玉を見た瞬間の幼子を思わせるシャマシュの喜びようが思い出されたからだ。きっと宝玉を目にするときを、長いこと待ちわびてきたのだろう……。その思いがようやく実を結んだと歓喜した後に、この結果なのだ。

「……いや、わしの確認不足じゃ。……まさか偽物があるとは思いもよらなかった。こちらこそ、すまなかった」

 シャマシュは、俺達を責めることはしなかった。荒れ狂う胸の内にありながら、俺達が交わした談議を注視し、俺が送った謝罪の言葉を信じたのだ。

「……でも、どうしてこんなことに……」

 遥が現状を受け入れられず、小首を傾げる。

 根本的な問題はそこにある。

 洋輝の言が正しいならば、見つけた宝玉と今ある宝玉が、別の物ということになる。

 それはどこかのタイミングで、すり替っているということ……。

「まさか……そんなはずは……」

 俺は、自分が思い至った考えに絶句した。

 宝玉を手に入れてからシャマシュに見せるまで、表に出したのは1度きり……。塔矢にトラップが仕掛けられてないか、見てもらったその時だけだ。

「……」

 俺は無言のまま、仲間達に視線を合わせていく。

 洋輝はただただ不安げな目で俺を窺い、一輝は俺と同様の答えに辿り着き、寂しげな目を向けた。竜馬はその上で怒りの炎を瞳に付与し、遥は目を合わせずに俯いた……。

 これはもう、塔矢に直接会って問いただすしか道はないだろう。

「シャマシュ様、一旦、此処を離れます。次会う時には、本物の宝玉を持参してみせますので、もう少しだけお待ちください」

「……わかった。……ただいくつか、伝えておかなければならないことがある」

「何でしょうか?」

「お主らも体験してきたからわかるであろうが……この4層は、様々な『怨念』を具現化した層となっている」

「……はい、確かに」

 俺はシャマシュの言葉により、忘れかけていた精神的な苦痛が蘇り、胃液が逆流してくるような感覚に襲われた。

「その『怨念』は、宝玉を壁画に収め、わしが詠唱することによって浄化される……。つまり現状、お主らに纏わり付いた『怨念』は、浄化されずに今も継続して、お主らを呪ってやろうと待ち構えている状態にある……。浄化されずに5層へ踏み入れば『怨念』は解放され、様々な災いが、お主らに降り掛かることとなるだろう」

「……それは、敵に桁違いの力が付与されたり、他のパーティとの交流を妨害されたりする……というものですか?」

「……その通りだ」

 シャマシュは深く溜め息を吐きつつ、そう答えた。

「是が非でも本物の宝玉を手に入れ、わしの元に戻って来い。待っておるぞ」

 シャマシュはそう言うと、最後に口元を綻ばせた。

 それは期待の現れでもあり、信頼の証でもあり、願いでもあるようだった。

 俺達はシャマシュに深く一礼し『太陽の間』を後にした。

 ……皆の表情は暗い。

 仲間の思いもよらない行為に、どう対処するべきか考えなくてはならない。まだ犯人は塔矢ではない可能性もあるなどと、現実味に欠ける考えに辿り着いてしまいそうにもなるが、それはただの現実逃避でしかない。せめて対面したときに、塔矢から納得のいく弁明が語られることを願うだけだ……。

 俺達は黙々と歩き続け、セーブポイントまで辿り着くと、そのまま『バベルの塔』から抜け出した。直ぐにでも塔矢とコンタクトを取り、事の真相を追求しなければ、心の波がおさまらない。




「何処まで行くんだ、あいつら!」

「このまま、頂上まで行っちまうんじゃないか?」

「あの強さは、尋常じゃねーよ!」

 『バベルの塔』の受付周辺には、今までにない程の人集りができており、巨大スクリーンを前に、観客が騒然としている。

「一体、何があったんだ?」

 スクリーンに向かい歓声を上げている中の1人に、俺は声を掛けた。

「何も彼にもあいつら、数日前にこの『バベルの塔』に現れたかと思ったら、ガンガンミッションをこなして……今では誰もが攻略できなかった5層でさえも、苦にすることなく突き進んでるんだ。今までの最高到達記録すら、あっという間に抜いちまったよ!」

「5層を苦にすることなく?」

 俺は『そんなバカな』と思いながらも巨大なスクリーンを見上げた。

 そこには見たことのある顔が混じり、淡々と敵をなぎ払う光景が映し出されていた。

 その場を蹂躙する5人の猛者達の有りように皆、目を奪われている……。

 燦然と輝く白銀のフルプレートメイルに身を包み、大気が唸るほどの斬撃で、敵を一刀両断する剣士。

 巨大なロッドを振りかざし、規格外の大火球を踊らせ、敵を一瞬で灰と化す。誰もが知る最強の魔法使い。

 群がる敵は使役する大百足に一任し、自身は泰然と敵の急所をライフルで貫く。4眼暗視ゴーグルの冷徹なスナイパー。

 戦場に応じて自身を千姿万態に変化させ、戦況を優位で盤石なものに整える輔翼者(コーディネーター)

 変幻自在の糸を駆使し敵の動きを封じ込め、遂にはその戦場一帯を支配下に置き、コントロールする操縦者(マニピュレータ)

 そこで繰り広げられる敵の討伐は、まるでサーカスの催し物のように華やかで、神秘的で、美しかった。

「塔矢……」

 スクリーン上で舞うように敵を駆逐していく塔矢の姿を、俺もまた、ぼんやりと眺めるしかなかった……。

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