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夢世  作者: 花 圭介
89/119

夢世89

「オオカミさんの体って、フワフワで暖かいんだねー。すごく気持ちいいー」

 少女は、洋輝の背に覆い被さるようにもたれかかりながら、夢見心地な顔で、何度も手を滑らせる。

「……あのね、僕も本当は、みんなと一緒に戦いたいんだよ。でも、君をひとりにしておくわけにもいかないだろ? ここにはモンスターがいっぱいいるんだから。……知ってるよね?」

 洋輝が、自分の背中を優しく撫で続ける少女を振り返り、困った顔で見つめる。

「うん、知ってるー」

 少女がそれでもなお、ぼんやりとした眼差しのまま、洋輝の背中を撫で回し続ける。

「だったら、もうちょっと緊張感持たないと……。今はみんなが守ってくれてるから大丈夫だけど、あっ! きっともっと上の階に行ったら、強いモンスターが出てきたりするから、あっ! こうやって、ゆっくりしてもいられないんだよ。あっ! あっ! ……もうっ! カリン! 分かってる?」

 洋輝が一生懸命説明をしているのにも関わらず、カリンは先程までの撫でる動作に加えて、洋輝の背中の毛を不定期にくるくるっと、人差し指に巻きつけだした。その度に、洋輝の背中はビクビクッと震える……。

 その指の動きに合わせて、自身の体が反応してしまう恥ずかしさを隠すように、洋輝は少し怒った表情を作り、カリンへと向けた。

「……だってー」

 洋輝の嗜めるような表情を前にして、カリンは少しだけ怯み、口を噤んだ。だが、次の瞬間には、その表情を不服げな顔へと変化させ、反論を始める前置きとなる接続詞を発する。

 だが結局、それに続く言葉が、洋輝の耳に届くことはなかった。

「……んー、僕が本当に気をつけてって言ったら、そのときは、ちゃんと言うこと聞くんだよ」

 カリンが自分の想いを言葉にすることができずに、もどかしげで悲しげな顔となっていることに気付いた洋輝は、これ以上責めても良いことはないと悟り、いつもの穏やかで愛らしい顔を見せた。

「うん! 分かった!」

 カリンは洋輝の表情が変わったことを確認すると、元気の良い言葉と同時に、再び洋輝の背中へ覆い被さるように抱きついた。

「はぁー……」

 洋輝の溜息が力なく漏れる。




「……何だか、物足りねーな」

 階を上がるごとに、確かに敵は強くなっているのだが、元々の実力もさることながら、戦いを重ね、意志の疎通も円滑となった今では、少々のイレギュラーやハプニングなどでは揺るがない強さが、このパーティには備わってしまった。

 純粋に強さを求めてきた竜馬にとっては、望んでいた形ではあるのだが、強敵を打倒することで得られる快感が訪れなくなった現状に、ジレンマのようなものを感じているようだ。

「そうですねー。敵の耐久力、攻撃力、スピード……。確かに能力値は上がっているとは思いますけど、皆がその敵の対処法をすぐに読み取って行動してしまうので、危機感がないですね。……詰将棋をしているみたいです」

 一輝が、少し気怠げに感想を述べる。

 俺達はカリンを見つけて以降、坦々と敵を屠り続け、既にこの3層の7階まで上がってきていた。

 勿論、危なげなく順調に前進しているからといって、ここまでの道程に時間がかからなかったという訳ではない。

 この3層に入ってから、現時点で2日という時を重ねている。

 その間、少なく見積もっても、数百匹のモンスターを駆逐し、さらにいくつものミッションをクリアして、今ここに至っているのだ。

「詰将棋か……。いい例え方をするじゃないか。終局までの手が見えている者にとっては、手順を追っていくだけの単純作業。まさに、今の俺達にぴったりの表現だ」

 俺は一輝に向かって、拍手と乾いた笑みを送った。

 この3層では、あるイベントが発生する。

 3層内で完結する物語の最も重要なシナリオであり、そのイベントを消化しなければ、振り出しに戻されてしまう程、根幹に位置する話だ。

 最上階を目指す限り、必ず発生するイベントではあるが、その発生階は、2階から8階までの間としか分かっていない……。

「……カリンのときのように、何かが起因して、イベントの発生が先送りになっている訳じゃねーよな」

 竜馬が、途中から引きずり始めたのであろう、嫌な予感を吐露する。

「口にしちゃダメでしょ! こういうのって、口にすると本当にそうなっちゃうものなんだから! 言霊って知ってるでしょ?」

 遥が立てた人差し指を口にあて、隣の竜馬を苛立たしげに睨み付ける。

 竜馬は自身の振舞いにより、カリンの捜索に手間取った経緯から、反論することができない。

「あっ! あれっ! あれってきっと、そうですよ! ネットにあった『双子の階段』の片っぽ! こっちは、青色みたいですね」

 何とも言えない居心地の悪い空気となった場を、一輝の弾んだ声が押し退けた。

 一輝が指し示す方向に、ぼんやりと青白い光を放つ階段が見える……。

 まるで、磨き込まれた白珊瑚を組み上げたような滑らかで艶やかなフォルムから、上った先を極楽浄土だと連想してしまいそうになる。この場合、『上る』より『昇る』と表現する方が妥当か……。

 だが俺達は知っている。

 この階段の先に広がるフロアには、特段挙げるべきものはなく、対の階段を上がった先とを、分つためだけの階段に過ぎないことを……。

 そして、分たれた2つのフロアでは、互いにその場景を拝むことはできるが、行き来することは叶わない……。そこには、何人であっても破壊することのできない透明な壁が、横たわっているからだ。

 ネットでは、2手に分かれて両方の階段から上階を目指そうと試みたパーティーもいたらしいが、どちらか一方の階段に、パーティー5人が集まっていなければ、『双子の階段』はその姿を隠し、上階への道を閉ざすらしい……。

「あっ! お父さんとお母さんだ!」

 新たなフロアへ出た途端、カリンが前方を指差して、楽しげな声を上げる。

 見るとカリンが指差した先、十数メートルの所、柔らかな赤色に輝く階段脇に、30代前後と思われる男女が、悲痛な表情を浮かべ、周囲をキョロキョロと見回している。

 カリンに似た面貌から、容易にその両親であることが連想できた。

 どうやらカリンを探して、このダンジョンへと辿り着いたらしい……。

「カリン!」

 カリンが上げた声に反応し、2人が慌てて駆け寄って来る。

 だが近づけたのは、カリンのいる場所の数歩手前まで。

 両親は、フロアの周りに設置された燭台の光の反射で、そこに透明な壁があることに気付くと、その壁に張り付くようにしながら、我が子の名前を叫び続けた。

 カリンも急いでその透明な壁まで駆け寄ると、両親が張り付けた手の平に、自分の手の平を合わせる。

「カリン! 少し離れていなさい!」

 しばらくの後、父親がカリンにそう声を掛けると、自身の体を肩から壁に叩きつける。

 しかし、透明な壁は微動だにせず、逆に父親の体を跳ね除けた。

「ブォォォーン!」

 それでも懲りずに何度も壁を砕こうと、体をぶつけ続ける父親の傍らで、その様子を祈るように見つめていた母親が、突如、自分達の後方から聞こえてきた奇怪な物音に、体を硬直させた。

「……あれ何? ねえ、あれっ! どうしよう! やだっ! 助けて! 助けてよ! みんな!」

 両親の後ろに現れた得体の知れない生物を目にして、カリンの表情が悲痛に歪み、色を失う。

 現れたのは、人間の体の数倍はあるミミズに似た化け物。

 手足が無いため、体をくねらせながら前へと進んでいる。目や耳も見当たらず、大きく開かれた口だけが前面にあるかたちだ。

 命の匂いだけを嗅ぎ取り、ただそれを口内に敷き詰められた無数の牙で、咀嚼し飲み込むだけの単純な生物。

 そんな存在が滑る体液を滴らせながら、着実にカリンの両親との距離を詰めて行く……。

 カリンの蒼ざめた表情と叫び声により、危険が迫っていることに勘付いた両親は、慌てて振りかえると、目前にまで迫っていた醜い化け物に言葉を失い、思わず壁に背を張り付けた。

「やだっ! やめてー!」

 泣き崩れるカリンの声など意に介さず、醜い化け物は、口内からも粘液を溢れさせると、牙を波打たせるようにして、2つの命に喰らい付いた。

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