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夢世  作者: 花 圭介
88/119

夢世88

 そのカナリアさながらの愛嬌のある笑い声は、俺達がつい先程探索を終え、あとにした部屋の方から聞こえてきていた……。

 思いもよらない方向からの声に意表を突かれた俺達は、亡者でも見るかのように、恐る恐る振り返る。

 そこには笑い茸でも食してしまったかと心配になるほど、今も腹を抱えて笑い続ける幼い少女の姿があった。

 少女は至る所にフリルの付いた可愛らしいドレスを身に纏い、ウェーブのかかった亜麻色の髪を束ね、綺麗に頭の後ろで結い上げていた。

 その格好は、『お姫様』との形容がぴったりの出で立ちだったが、激しく体をくねらせながらケラケラと笑い続けるその振舞いは、品の良さから縁遠く、御転婆な印象を抱かせた。

「あっ! ……バレちゃった」

 手が触れられるほど近づかれてから、ようやく少女は、俺達が目前まで接近してきていることに気が付いた。

「君は、ずっと隠れて俺達を見ていたのかい?」

 なかなか見つけられなかった事実と、前室の扉の近くに立っていた少女の状況から、俺はそう尋ねた。

「……うん」

 少女は気まずそうな顔とともに答える。

「いつ頃から、そうしてたんだい?」

「……10個前の部屋くらい……かな?」

 少女は、視線を上空に彷徨わせながら、自信なさげに呟く。

「10部屋も前だと!? ……そんなに前から隠れて見てたのか! ……なんで、出てこねーんだ?」

 竜馬は思わず張り上げそうになった声を、少女の顔の変化を素早く感知して抑え込む。

「やっぱり竜馬さんの言う通り、洋輝のことが怖かったんじゃないですかね! だとすると、作戦は大成功ってことですよ! ……まぁ、俺の芸術的な才能があればこそですが」

 一輝が得意げに胸を張った後、洋輝に目をやる。

 一輝の視線につられて、皆の視線が洋輝へと運ばれる。

「フフフッ……そ、そうかな? ……私は、洋輝君は戦ってる時以外は、とても優しい顔をしていると思うけどなぁ……。ウフフフフッ」

 遥が洋輝をフォローしようと言葉を連ねるが、洋輝の姿が視界に入る度に、堪えきれず笑い声を漏らした。

「でも、実際に洋輝を変身させたことで、その子は姿を現したわけじゃないですか! 狼の姿が怖かったっていう証拠ですよ! ……ねえ、そうだよね!」

 一輝は、立てた手柄を御破算にされかねないと、慌てて口を挟むと、少女に同意を求める。

「……違うよ。狼さんは、好きだもん」

 少女は、一輝の言葉に押し切られそうになりながらも、小さくはあるがはっきりした口調で否定する。

「ハハハ……強がらなくてもいいんだよ。今は俺の才能で、プリティーに変身してるから大丈夫だと思うけど、その前の姿は、本当は怖くてたまらなかったでしょ?」

 一輝は、笑顔を引き攣らせながらも諦めず、なおも自分の行いは適切であったのだと、彼女の心を誘導しようと試みる。

「わ、私は……」

 顔を近づけ凝視する一輝に圧倒され、少女はその先の言葉が続けられない。

「怖がらなくていいのよ。お姉ちゃんに、本当のことを話してみて」

 慌てて遥が一輝の耳を引っ張り退けて、少女との間に割って入る。

「……最初、部屋にお姉ちゃん達が入ってきて、モンスターをやっつけてくれたとき……とても嬉しくて、すぐにでも出て行きたかったんだけど……。あのお兄ちゃんの顔が、すごく怖くて……」

 そう言うと、少女は恐る恐るその相手を指差した。

「……そうだよな。どちらかと言えば、そっちだよな」

 その場に数秒の沈黙が訪れた後、俺は合点がいったとばかりにうんうんと頷いた。

「あぁっ!? 俺は、そんな怖い顔なんか……してねーぞ!」

 指をさされた竜馬の口から、否定の言葉が虚しく響く……。

 だがその発言とは裏腹に、どうやら竜馬自身にも思い当たる節があるようだ。その証拠に、言葉を放った口元は、バツが悪そうに歪んでいた。

 思い返してみれば、竜馬は最初からこのミッションに対し不満を漏らし、その苛立ちを隠すこともせずに、少女の捜索に当たっていた。その行動は荒っぽく、捜索対象が少女であることの配慮に欠けていた。

 そう言えば、部屋に少女がいないと分かると舌打ちをし、明らかに仏頂面を浮かべていた。

 俺達は、そんな竜馬の態度に慣れてしまっていたためか、特に気にもとめなかった。

 だが仮に、俺が彼女のような小さな女の子の立場であったならと想像すると、やはり同じ行動とっていただろう……。

 目の前に現れたものが、いくらモンスターを駆逐してくれた相手だったとしても、チンピラやヤクザのような風態の者だったら、隠れ続けて、その動向を見守る選択をするというのは、妥当な反応と言える。

「まぁ、でも……。結果オーライですね! 結局は、俺の芸術が彼女の心に訴え、笑顔を生み出し、現状に辿り着かせたわけですから!」

 一輝は、自分の手柄だと言わんばかりに、また胸を張る。

「えっと……あれ? ……それじゃあ、僕がこの格好をしなくても、良かったってことなの?」

 洋輝が不安げな表情で尋ねる。

「……」

 皆の無言の答えが、それを肯定していることに洋輝が気づくまで、そう時間は掛からなかった。

 何故なら、確認のために向ける視線を、誰もが受け止められず、目を逸らしたからだ。

 一輝に至っては素早く顔を背け、肩口で口元を隠しはしたものの、隠し切れない目元が明らかに笑っていた……。

 衝撃の事実を突きつけられ、洋輝の表情は一変していた。目は潤み、凛々しく弧を描いていた眉根は垂れ下がり、何とも情けない顔に変貌している。

 本来、変わることはない筈だが、この時ばかりは、狼である洋輝の顔色さえも、青くなったように感じられた。

「いやいや! 何を言っているんだ! 馬鹿だなー洋輝は、ハハハッ。これだけ芸術的に変身できたのは、洋輝という特別なキャンバスがあればこそじゃないか! ……例え原因が……その……君では無かったとしても、少女が姿を現すには、必要不可欠な工程だったんだ。決して恥じる事はない! 俺はこの任務を全うできて、誇らしく感じているくらいさ!」

 一輝は腰に手を当て、上体を逸らすようにして上空を見上げると、高らかに笑ってみせた。

 だが、皆の一輝へと向かう視線、特に洋輝の視線には、それを肯首する姿勢は窺えず、冷めた空気がその場を覆った。

「さて……ひとり意識が異次元を彷徨ってる奴は放っておいて、話を進展させようか……。君の名前を聞かせてもらってもいいかい?」

 俺は、一輝が皆から相応に評されたことに満足しながら、目を丸くしている少女に話しかけた。

「あっ……えっと……私の名前はカリン・マクドゥエル。パパやママとお家でかくれんぼして……物置に隠れようと扉を開けたら……こんな所に来ちゃったの」

 少女は話をしているうちに、自身の身の上に起こっている悪夢のような現状を再認識したようだった。途中から大粒の涙をポロポロと流し、嗚咽を交えながらもどうにか話をしてくれた。

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